日本初のロシア人弁護士が「ずっと日本で働きたい」と言い切る真意

プレジデントオンライン / 2020年9月3日 9時15分

弁護士のベロスルドヴァ・オリガさん - 写真=筆者提供

日本育ちでロシア国籍の弁護士、ベロスルドヴァ・オリガさんは、日本語、ロシア語、英語のトライリンガルにもかかわらず日本を拠点に活動している。しかも「日本ほど、すてきで住みやすい国は他に存在しない」として、今後も日本に住み続けたいという。オリガさんが考える日本の魅力とは——。

■決まって聞かれる「いじめられた経験はあるか」という質問

こんにちは。弁護士のベロスルドヴァ・オリガです。前回までの資格試験や英語の勉強法の記事には、多くの温かいコメントを頂きました。どうもありがとうございます。コメントの中には、私自身が日本に住み続け、日本で弁護士として働く決断をしたことについて、興味を持ってくださった方もいらっしゃいました。

そこで、今回は、私が日本社会に対して抱いているすてきな印象と、外国籍者として住む上での覚悟についてお話したいと思います。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私はロシア・シベリアの中心都市ノヴォシビルスクに生まれ、2歳半の頃に、物理学の研究者である父の仕事の関係で宮城県仙台市に移り住んできました。日本の義務教育を経て、慶應義塾大学法学部に進学。東京大学大学院在学中にロシア出身者としては史上初めて予備試験・司法試験に合格し、今は弁護士として東京で働いています。

最近、いろいろなメディアの方々から、私のこれまでの人生について尋ねられることがあります。そのときに決まって聞かれる質問が「小中学校時代、その見た目からいじめられた経験はあるか」というものです。

■「ハロー」とあいさつされることはあるが…

取材のネタ集めのために質問される方々のご期待に添えず申し訳ないのですが、私はこれまで、そのような経験をしたことは一度もありません。とてもすてきな方々に囲まれて育ってきました。

同じく、「差別をされた経験」についても尋ねられることがありますが、こちらについても答えは「No」です。20年以上の日本生活の中で、「差別」によって不当な不利益を被ったことはありません。

もっとも、「差別」というのは難しい言葉です。日常生活では「『区別』は許されるが『差別』は許されない」という言説を聞くこともありますが、そこでの言葉遣いは法律学の世界のものとは異なります。法律学の世界では、「合理的な差別」か「不合理な差別」かで、許されるか許されないかの境界線が引かれます。

例えば観光地を訪れた際、皆さんには「こんにちは」とあいさつしている係員の方が、私に対してだけ「ハロー」と英語であいさつしてくるような事態にはしばしば遭遇します。ただ、これは係員の方の経験則に基づいて職務上の便宜でそのように対応しているだけで、別にそれが許されない「不合理な差別」というわけではありません。それによって入場料が高くなるわけでもないですし、本来受けられるはずのサービスが受けられなくなるわけでもありません。

また、現在私は、ニューヨーク州弁護士の資格取得のため、アメリカのロースクール留学を検討しているのですが、日本国内で募集されている奨学金の多くは、募集要項に「日本国籍を保有していること」と書かれています。

このような条件を見たとき、自分が応募できないことを残念には思いますが、「不合理な差別」とは思いません。奨学金を支給する人には、どのような人に奨学金を支給するかを選択する権利があるからです。それを否定してしまうのは、日本社会の根底にある権利・自由の否定につながってしまうと思います。

■最高裁の判決の大半は合理的なもの

このように、私はこれまでの人生の中で、「不合理な差別」を受けてそれによって不利益を被ったというような経験はないのです。弁護士として刑事弁護を担当した被疑者・被告人の方も含め、私がロシア出身だからということで偏見を持たれたりしたこともありません。

もちろん、例えば現在の新型コロナウイルスに関する水際措置としての外国籍者の一律上陸拒否問題等、潜在的に問題となりうる場面は存在します。しかし、日本には公正な裁判所が存在しています。潜在的な問題が顕在化したときには、私は法律家として国の仕組みの中でその問題に立ち向かうことができるという意識を抱いているので、潜在的な問題を過度に恐れることもありません。

裁判所自体が信頼できないという意見を聞くこともありますが、多くの判決文を読んだ私の考えるところ、最高裁の判決の大半は、判決文のロジックを丁寧に追っていくと、合理的なものが多いように思います。日本国憲法で定められた権力分立の制約の下で裁判所の権限を及ぼしきれず、最終的な問題解決が国会や政府に委ねられる問題もありますが、裁判所の権限の範囲内においては、知性と理性に基づいた公正な裁判が行われているように思います。

日本はメディアで誇張して伝えられるような悪い国では決してないのです。

むしろ、私は日本ほどすてきで住みやすい国は他に存在しないと考えています。

■日本は最高に住みやすい国

現在、東京で働いている私ですが、将来的にも日本を拠点に弁護士として活動していきたいと考えています。数年後、アメリカ・ニューヨークの弁護士資格をとったとしても、その方針は変わりません。なぜならば、日本は私にとって、とても住みやすい最高の国だからです。

日本が住みやすい一番の理由は、その安全さにあります。もちろん、地震や台風といった自然災害の脅威はありますが、東京のような大都会であっても犯罪を恐れずに気楽に街中を歩けるというのは、世界的に見てとても貴重な環境です。

これまでロシアだけでなく、アメリカやフランス、イタリア、シンガポール、マレーシア、ベトナムといった国々に訪れたことがありますが、いずれの国でも、都心の街中を歩く際は強い警戒心を抱きます。スリや強盗といった犯罪に巻き込まれないよう、常に注意する必要があるからです。たまに旅行で行くならいいですが、こんな環境でずっと暮らし続けるのはちょっと……。暗くなってからも気軽に出歩くことができて、気楽にバスや地下鉄が使える日本の環境は、それだけでとても大きな価値があると思います。

また、前述のように、日本で生活していても、不当な「差別」を受けたりはしません。各種報道で「外国人差別」のような問題を目にすることがありますが、個人的な経験からするとそのような事例は極めて例外的。見た目や人種・国籍で不当な差別を行う人は、ごく一部の人々だけで、日本に住む多くの方々はそんなことはしません。ましてや、ヨーロッパのネオナチやかつてのアメリカのクー・クラックス・クラン(KKK)のような、暴力行為に結びつくほど極度の差別主義者は日本にはほぼいません。

このように住みやすい国である上、小さい頃から現在に至るまでの友人や恩師が多く住む日本に、できれば住み続けたいというのが今の私の願いです。

■外国籍である以上、「フリーライド」は絶対しない

もっとも、私は「日本」にフリーライドするつもりは一切ありません。これまで国籍を変える必要性に迫られたことがなかったため、私はいまだにロシア国籍のままですが、主権国家のメンバーシップたる国籍を有していない以上、日本に甘えるわけにはいかないのです。

子どもの頃からずっと日本の方々に面倒を見てもらいながら育ってきたので、その恩返しをする意味でも、私自身が新たな価値を生み出し、日本社会に貢献したいと考えてきました。

そのような考えの下、子供時代に経験したインターナショナルスクールの破綻事件(2020年7月28日配信「日本初のロシア人弁護士『日本育ちの私がネイティブ級の英語力を手に入れた勉強法』」参照)や、職業への純粋な憧れから、今私は弁護士として働いています。現在は、多くの外国出身者が日本国内の企業で働いていますが、幼少期から日本にいた私としては、せっかくなら司法試験に通って、弁護士として、他に前例がない存在になりたいと考えたのです。

2000年代初頭の法曹制度改革により、日本国内の弁護士の数は増加しましたが、それでも私のような者にしかできない仕事や、私がコミットすれば劇的に円滑化する業務も存在するはずです。本来の弁護士プラスアルファの価値を生み出していくために、今も日々奮闘しています。

■四大法律事務所からも声がかかっていたが…

日本には、いわゆる「四大法律事務所」が存在します。西村あさひ法律事務所、森・濱田松本法律事務所、長島・大野・常松法律事務所、アンダーソン・毛利・友常法律事務所です。これにTMI総合法律事務所を加えて五大法律事務所と呼ばれることもあります。

私は合格率4%の予備試験経由の司法試験合格者だったため、これらの法律事務所からも声がかかりました。しかし、最終的には四大法律事務所ではなく、外資系のポールヘイスティングス法律事務所にジョインしました。この選択について、どうしてなのか気になっている方もいらっしゃるみたいです。

私が今の法律事務所を選んだ決め手は、能力だけでなく人間性を含めて私のことを1人の人間として評価してくれた事務所トップの先生の存在でした。あくまで私自身の経験にすぎませんが、就職活動の過程で四大法律事務所に訪問した際、私の個性を見つめるというよりは、「予備試験合格者」や「ロシア国籍」、「女性」という属性だけで私のことを評価しているように思われたのです。

また、四大法律事務所はたしかに弁護士数ではトップですが、待遇や就労条件、労働環境が他の事務所と比べて絶対的に優れているというわけではありません。事務所にもよりますが、個人での案件受任やメディア出演についての制限が厳しかったりもします。

弁護士プラスアルファの価値を創造していくためにはより大きな活動の自由が必要でしたし、ましてやこのようにプレジデントオンラインで記事を書くことができているのも制約の少ない現在の所属事務所のおかげです。仕事内容としても、日本と世界各国を跨(また)ぐ企業法務の仕事の現場に、1年目から重要な戦力として携わることができているので、その選択を後悔したことはありません。

■日本の明るい未来を目指して

私が生まれて以来、日本は、「バブル崩壊」「失われた30年」「人口減少社会」といったネガティブワードに覆われてきました。アジアにおいては中国の存在感がどんどん大きくなり、相対的に日本の存在感が薄くなっているような感覚を抱く人もいます。そんな状況に加えられた、新型コロナウイルスによる追撃。先行きの見えない社会に、絶望しかけている方も多いのではないかと思います。

しかし、日本は世界的に見て、とても魅力的な国です。生活していく上での安全さや快適さはもちろん、個人の頑張りが報われる資本主義社会で、比較的まともな法律に裏付けられた「正義」が実現される国です。

私は、そんなすてきな国、大好きな人々が多く住んでいる日本に明るい未来をもたらす一助となりたいです。新型コロナウイルスの影響でグローバリゼーションに歯止めがかかったようにも思えますが、私たちには遠隔地を結びつける高度の情報通信技術もあります。

人口が減少して国内マーケットが縮小するなら、国外に販路を広げて成長する。日本と世界の橋渡しをして、日本の幸せな社会を未来にわたって維持・発展させ続ける。それが、私の人生の目標です。

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ベロスルドヴァ・オリガ 弁護士
ロシア生まれ。2017年3月、慶應義塾大学法学部卒業。同年4月、東京大学法学政治学研究科入学。学業とアルバイトを両立させ、同年11月、ロシア出身者としては史上初の司法試験予備試験合格。2018年9月、新司法試験合格(ロシア出身者初)。司法修習を経て2019年12月、弁護士登録。ポールヘイスティングス法律事務所で法律業務にあたる。

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(弁護士 ベロスルドヴァ・オリガ)

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