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未曾有のコロナ危機でも黒字を計上したトヨタの「6つの危機管理」

プレジデントオンライン / 2020年9月11日 11時15分

2020年4月28日、感染対策のため、マスクを着用して作業するフランスのトヨタ工場の作業員 - 写真=EPA/時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上し、すでに中国向けの販売台数はコロナ前を上回っている。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか、ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第1回は「6つの危機管理」——。

■いち早く“コロナ危機”を脱しつつある

現在でこそトヨタは何があってもびくともしない会社のように思われている。新型コロナ危機になる前の2019年3月期(2018年4月~2019年3月)の連結決算を見ると売上高は前期より2.9%増えて30兆2256億円だった。営業利益は同じく2.8%増の2兆4675億円。売り上げが30兆円を突破した企業は日本では初のことだった。

新型コロナウイルスが蔓延し、世界の自動車会社が軒並み大きな赤字を出しているなかでもトヨタは2020年第1四半期の決算で黒字を計上した。さらに同社の中国マーケットの状況を調べてみると新型コロナ危機以前よりも販売は伸びている。

世界中の企業は今もなお、危機のさなかにいる。業種にもよるが、大半の会社はロックダウン、休業要請、サプライチェーンの途絶、需要の減少などの影響を受け苦しんでいる。

特に苦しいのはメーカーだ。事務職であればリモートで仕事ができる。しかし、メーカーの生産現場はリモートというわけにはいかない。また、封鎖が解けて工場へ行けるようになったとしても、サプライチェーンが寸断され、原材料が入ってこなくなっていたら工場設備を動かすことはできない。

そして、メーカーの減産は他の産業にも波及する。製品ができなければ販売店は売るものがないし、商社、物流業は扱う商品がなくなってしまう。

■トヨタのコロナ対応を紹介できるのはここだけ

新型コロナの危機はどこの会社にも同じようにやってきた。危機に際してはどこの会社も同じように立ち向かわなくてはならなかった。

そうした状況のなか、トヨタは100点満点とは言えないが、適確な危機管理と危機対応をした。他の会社とは違う考え方と手法で危機に対処したから、決算を黒字にすることができたのである。

連載では危機に際して、トヨタの各セクションがどう動いて、危機を乗り越えようとしたかをまとめてある。

危機管理、危機対応についてはさまざまな本がある。だが、トヨタの危機管理を具体的に開陳したのはこの連載が初めてだ。

だから、「オレは偉いんだぞ」と威張っているわけではない。危機が来たら、もっとも適確に対処した例を知らせたいから、取材して書いたのである。組織、個人を問わず、連載のなかから、真似ができると思ったところは誰もが真似をすればいい。

会社であれば危機対応ができるし、個人であれば危機に際して家計を赤字にせずに、生活を維持、発展させていくことができる。

■他社と比べて幾度となく危機に直面してきた

トヨタの歴史を調べると他社よりも危機に直面している回数が多いことが分かる。

創業期は自社設計を貫いたために、なかなか自動車を作ることができなかった。やっと自動車生産ができるようになったかと思ったら、第2次大戦が始まり、工場は軍需生産に転用を命ぜられた。戦争が終わって、やっと自動車を作ることができると思ったら、そうはいかなかった。金がなくて原材料を仕入れることができなかったので、アメリカ軍のジープの修理に終始した。

なんとか生産を再開させることができたと思ったら、今度はデフレで車が売れず、在庫が増えた。泣く泣く人員整理をして、会社を存続させることはできたが、創業社長の豊田喜一郎は責任を取って退任するしかなかった。その後、高度成長とモータリゼーションで一息ついたけれど、石油ショック、輸出増大による現地生産の開始などでまた危機に陥った。

やっと乗り越えたと思ったら、阪神大震災、リーマンショック、品質問題、東日本大震災、異常気象による台風、洪水の頻発、そして、新型コロナ危機である……。

ただし、トヨタは地面に叩きつけられた時に、こぶしのなかに土くれをつかんでから立ち上がる。手のなかにつかんだ土くれをじっくりと見て、くふうして加工して生かすことで、危機から立ち上がる。

わたしたちがまず真似をすべきなのは、転んでもただでは起きないという精神だろう。これさえあれば、人は危機や失敗を乗り越えることができる。

■私の誇りは「数知れぬ敗北から立ち上がったこと」

メジャーリーグ・ベースボール史上もっとも有名なニックネームを持つ選手とされているのがスタン・ミュージアルだ。

「The Man(ザ・マン 男のなかの男)」と呼ばれた彼はセントルイス・カージナルスに入団し、そのまま現役生活をまっとうしている。かつて劇画漫画『巨人の星』で引用されたのが、スタン・ミュージアルが現役を引退した時に語った言葉である。『巨人の星』のなかでは星一徹が息子の飛雄馬に語るセリフになっている。

「私の誇りは打率やホームランなどの数字ではなく、数知れぬ敗北とスランプから、その都度立ち上がったことだ」

トヨタも数知れない危機、不況、売れ行き不振、リコールなどに直面した。しかし、その都度、立ち上がって、乗り越えて強くなった。

スタン・ミュージアルのような気概を持って、危機に対処すればトヨタでなくとも、危機を乗り越えることができるし、また、その後、より強くなり、そして成長する。

■日本中が五輪景気に期待を寄せていたが…

新型コロナウイルスの蔓延を受けて、世の中はどう動いたか。時系列で整理するとだいたい次のようになる。

2020年1月。真夏に開かれる東京オリンピック・パラリンピックを前に国民は経済が活性化することに期待していた。

「景気はますます良くなって、自分たちの懐も潤うに違いない」

日本中、そんな雰囲気だったのである。

ところが、1月の中頃から中国の武漢で新型コロナウイルスの患者が増加したことが分かる。23日、中国政府は時を置かず、武漢市を封鎖した。ロックダウンが始まったのである。同地で日産、ホンダなどの工場は封鎖され、操業停止となった。トヨタが危機を感じ始めたのはここからだった。

1月30日 世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。
2月3日 クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に帰港。
2月4日 トヨタは本社にある事務3号館の1階大部屋に新型コロナ危機に対する生産・物流対策本部を設置。世界中の最新情報を収集し、対応を実行。
2月26日 日本政府がイベントの自粛を要請。翌27日、政府は全国の小中高校に一斉休校を要請。
3月11日 WHOがパンデミックを宣言。センバツ高校野球が史上初の中止。
3月30日 東京オリンピック・パラリンピックの1年延期が決定。
3月29日 志村けんさん亡くなる。

一般の人々が新型コロナに関して恐怖を感じたのはこの日、そして女優、岡江久美子さんが亡くなった(4月23日)後からだった。

■対策チームを担ったプロフェッショナルたち

4月7日 東京、大阪などの全国の7都府県へ緊急事態宣言を発令。
4月16日 緊急事態宣言を全国に拡大。
5月10日 中国、武漢の感染者が減り、1人となった。
5月14日 政府は39県の緊急事態宣言を解除。

このあたりでトヨタの生産現場における対策本部の活動は休止。ただし、対外的な支援活動は続いた。

5月25日 東京、神奈川など残る都道府県の緊急事態宣言を解除。
6月18日 東京など首都圏の1都3県や、北海道の都道府県をまたぐ移動の自粛要請が解除。

こうした状況のなか、トヨタの対策チームは動いた。主な担当の人間は次の通りになる。

生産部門のトップは執行役員でチーフ・プロダクション・オフィサーの友山茂樹。実際に現場を仕切るのは「トヨタの危機管理人」朝倉正司。朝倉は生産本部とTPS本部の本部長だ。TPS(Toyota Production System)とはトヨタ生産方式のことで、同社の改善、原価低減のツールであり、トヨタの経営哲学でもある。

朝倉を助けるのがTPSを社内外に広める生産調査部のトップでTPS本部副本部長の尾上恭吾。さらに、現場一筋の男、チーフ・モノづくり・オフィサーの河合満は危機になると現場の精神的支柱として生産現場(工場)を見回る。

■「私たちにとって危機は変化のひとつです」

連載では主に、この4人と、TPS本部出身で現在は情報システム本部長の北明健一に取材した。加えて、トヨタの生産現場の保全を担当する男たち、三河弁丸出しの愛知県上郷工場長、斉藤富久、同じく、同工場の土屋久、保田浩生、高橋洋一。また、牛島信宏(生産調査部)、泉賢人、八尋新(ITマネジメント部)にも話を聞いてまとめた。

平時であれば取材協力者への謝辞は最後になるが、なにしろ危機のさなかである。危機対応にあたる彼らは寝る間を惜しんで働いた。それなのに、何度も取材に答えていただいたので、謝辞は冒頭に置くことにした。

さて、友山は「トヨタでは危機を次のように理解しています」と語る。

「私たちにとって危機は変化のひとつです。しかも、大きな変化のことです。ですから、災害でも、リーマンショックのような経済危機でも、そして、今回のような感染症による危機でも大きな変化が来たと認識して、対応すればいい。

私たちはトヨタ生産方式(TPS)にのっとって仕事をしています。TPSが真価を発揮するのは、世の中が大きく変化する時なんです。環境の変化に柔軟に迅速に対応する方式ですから、日ごろ、やっている仕事の仕方が問われると思っています」

危機管理とは、すでに起こってしまった災害などのトラブルに対して、事態が悪化しないようにマネジメントして復旧を目指すことだ。

一方、リスク管理という言葉がある。こちらは、起こりうる災害などのトラブルに備えておくための活動を言う。
友山の説明によればトヨタではトヨタ生産方式を利用して平時のリスク管理を行い、危機が来ると、同方式の延長上の行動を起こす。危機管理、リスク管理の双方に同方式が活用されているとわかる。

■トヨタが備える「6つの危機管理」

通常、世の中の組織における危機管理では6段階の手順で行われている。

①予見と予防
平時から危機に備えておく。兆候を少しでも早くとらえて予防措置を取る。
しかし、実際はなかなかこの通り実行している組織はない。個人でもやっていない人が大半だろう。危機管理のなかでもっとも難しいのが、平時における予防と準備だ。

②情報の収集と危機状況の把握
危機が起こった後、情報を集めて、何が起こっているかを把握する。ただし、情報の収集にはプロの目がいる。初めて危機に対応する人間が収集した情報では心許ない。

③危機の評価と対策の検討
危機によって生じる損失や被害を評価する。
対策を決めるためには情報を評価できなければならない。
危機対策に関わるコスト、人員を評価し、具体的なアクションを決めて、行動計画を作る。

④対策の実行
行動計画を決定し、実行する。

⑤対策の再評価と修正、変更
行動計画が実施された後、効果が上がっているかを絶えず評価しながら、追加の対策を行ったり、計画を修正したりする。

⑥記録を残し、次の危機に備えての準備をする。
危機が終息したら、計画と行動の評価をして、すべて記録しておく。それが次の危機に備えての道しるべになる。

■スピードを徹底するから対応できる

問題は、危機の際にはいずれも時間をかけずに行うことだ。情報の収集に2日間かけて、評価に2日間かけて、それから対策を立てるのに1週間もかけていたら、とても間に合わない。ひとつの段階が終わらなくとも、情報収集をしながら、評価し、対策を立てて実行しなければならない。

トヨタの場合は情報の収集から対策の実行、修正まで、すべて対策本部で完結させている。毎日、会議を開いて、その場で即決し、現場に指示して実行してしまう。トヨタの危機管理が何よりも重要視しているのはスピードだ。危機対応でもトヨタ生産方式における「リードタイムの短縮」を肝に銘じているのだろう。

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(11月まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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