男性に家事・育児への参加を呼びかけても全然効き目がない理由

プレジデントオンライン / 2020年10月25日 11時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/bee32)

深刻化する日本の人口の減少。その原因は、共働き世帯の子育てのしにくさがひとつと言えます。男性の育休取得の「義務化」を目指す小室淑恵さんに、日本の男性育休の現状を教えてもらいます。

※本稿は、小室淑恵、天野妙『男性の育休』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■母親を産後うつへと追い込んでしまう夜中の育児

産後一年までに死亡した妊産婦の死因で最も多いのが「自殺」です(出産後の自殺九二人、次いでがん七五人、心疾患二八人、出血二三人。二〇一五~一六年)。その要因と言われているのが、「産後うつ」ですが、産後うつの発症リスクは、産後二週間~一カ月がピークです。うつを防ぐには「十分な睡眠をとれる」ことと「朝日を浴びて散歩」ができるような環境により、体内に「セロトニン」というホルモンを増やすことが重要ですが、この二つこそが、産後の女性にとっては一番難しいことです。二時間おきの授乳や夜泣き対応があり、赤ちゃんはしばらく外気にあてられないので、薄暗い部屋でたった一人、赤ちゃんが息をしているかどうかを確かめながら過ごす日々は、母親を産後うつや自殺へと追い込んでしまうのです。

この時期に、まずはたった二週間から一カ月でもいいですから、夫が育休を取って夜中の育児を一緒に支えて、妻が休める時間を作ることで、妻の命を救うことになるのです。

私自身も二〇〇六年に長男を出産した際、夫の平均帰宅時間は深夜二時で、ともに両親が遠方に住んでいたため本当に追い込まれてしまいました。子どもが泣き出すと「このまま腕の中で死んでしまうのではないか。そうなったら、全て自分の責任なんだ」と、一緒に泣き続けたのを覚えています。今思えば、あの時は産後うつの入り口にいたわけです。そしてやっと深く寝てくれて、ベッドに赤ちゃんを置いた瞬間に、まるで見ていたかのようなタイミングで大きな物音を立てて帰ってきて赤ちゃんを起こしてしまう夫に「二度と帰ってこなくていいから!」と言って大喧嘩したものです。

■少子化対策には、企業への働きかけが急務

実はこの第一子出産以降における夫の家事育児参画時間が、どうやら日本の少子化の根本要因であるということが、厚生労働省のデータで分かってきています。同じ夫婦を一一年間追跡調査してみると、第一子が生まれた際に、夫が休日に六時間以上の家事育児参画をしていた家庭では、なんとその後八割の家庭で第二子以降が誕生していたのです。夫の家事育児参画時間が少ないほど、第二子以降が生まれていないということなのです。

孤独な子育てが妻のトラウマ体験になる国が、少子化になるのは当然とも言えるでしょう。第一子の孤独な育児で妻の自殺を招いてしまったり、夫婦の信頼関係が崩壊してしまったりすれば、第二子以降は生まれないのです。

しかし、妻を孤独に追い込んだのは「夫の意志」ではないのです。妻の妊娠が分かり、育児に参画することを楽しみにしていた男性の多くが、職場に育休を打診すると「まさか育休なんか取るんじゃないだろうな」「取ったらどんな処遇になるか分かっているよな」という組織の壁に阻まれてきました。取引先や出向先の企業から「男に育休を取らせるような企業とは契約しないぞ」というような圧力を受けて断念させられたというケースもあります。そもそも言い出すことすら不可能な同調圧力の強い風土の企業もまだまだ多いのが現実です。ここが重要なポイントです。こうした企業の阻害が、結果的にこの国の少子化を招いたのですから、企業に対して政府が何らかのルールを設定しなければ、解決するはずがありません。にもかかわらず、政府の施策は、ずっと育児する本人たちの意識に働きかけるものにとどまってきたのです。

■三十年前から行われている少子化対策

遡ること三〇年前の一九九〇年は、国の少子化対策にとってターニングポイントとなった年でした。前年の出生率が1.57となり、一九六六年の1.58を初めて下回ったのです(一九六六年は丙午の年であり、例外的に出生率が低かった)。その三年後の一九九三年、政府は「男女ともに仕事をしながら子育てしましょう」と「共働き社会」への変革を宣言。「少子化社会対策基本法」や「次世代育成支援対策推進法」といった法律を制定しました。

その後も次々と国は少子化対策を講じてきました。

しかし残念ながら、今も少子化に歯止めはかかっていません。なぜなら、政府は「男性も育児家事に参画しましょう」「夫婦で協力して子育てしましょう」と、育児中の夫婦、本人たちに働きかけ続けているからです。

■啓発活動の限界を実感したイクメンプロジェクト

夫本人が「育休を取りたくない」「妻に協力したくない」と考えていることが原因であれば、本人に向けた啓発活動が効果的でしょう。しかし実際には、育休を取得したいと考える男性は約八~九割いるにもかかわらず、実際の取得率は7%台ですから、そこには育休を阻む組織側の問題が大きいことは明らかです。男性が育休取得を希望した企業で今まで起きてきたのが「パタハラ」でした。また、日々の育児に参画しようとしても現実的にかなわないような長時間労働。そして組織の属人的な仕事のやりかたにより、一人が休めば仕事が回らないような体制を作られていて、責任感の強い男性ほど育休を取ることが事実上できないような仕組みになっていたのです。

小室淑恵、天野妙『男性の育休』(PHP新書)
小室淑恵、天野妙『男性の育休』(PHP新書)

このように、企業側に大きな要因があるにもかかわらず、政府の対策は本人に向けた「啓発活動」にとどまってきました。たとえば二〇一〇年に厚労省が立ち上げたイクメンプロジェクトは、男性の育児・家事参画を促す目的で創設され、筆者もその委員を一〇年間務めてきました。

座長は認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さん、他の委員はプロデューサーのおちまさとさん、育休プチMBAの代表であり、静岡県立大学准教授の国保祥子さん、中央大学の高村静准教授、大正大学の田中俊之准教授、日経DUAL創刊編集長の羽生祥子さんなど、各界で活躍するリーダーで、男性が育児参画しやすいムーブメントを起こすために、「イクメン企業アワード」「イクボスアワード」表彰対象者の選考などを熱心に行なってきました(イクボスとは、部下の育児と仕事の両立を支援する管理職のこと)。

■壁となった厚労省委員との問題意識の差

しかしながら、約一〇年かけて男性の育休取得率は2%程度から約7%に変化しただけ。本人への意識啓発も大事ではありますが、それ以上に男性の育休取得を阻止している企業に対して抜本的な制度改定をするべきであるという議論が、委員の間でも年々高まっていきました。

二〇一八年、ついに業を煮やした何人かの委員たちで「企業の対応を変えるために法律を変える必要があるのだから、このプロジェクトでその点を検討すべき」と厚労省にぶつけました。しかし、返ってきたのは「このプロジェクトはあくまでもイクメン啓発事業ですので」という杓子(しゃくし)定規な回答でした。これだけ深刻な少子化であるにもかかわらず、事業の枠を超えて動かない厚労省に委員たちがメラメラと憤ったのを覚えています。

■あえての「イクメンプロジェクト敗北宣言」

政府の委員をお受けしたら、事前に定義された枠の中で成果を出すべく、素直に動くのが常識だとは思います。しかし、イクメンプロジェクトの委員たちはプロジェクトで集まるたびに、終了後に厚労省の職員には席を外してもらい、委員のみで問題意識について話し合うということを始めました。そして二〇一八年の九月。会議終了後、ついに「このイクメンプロジェクトの敗北宣言をしよう」というアイデアが浮上したのです。「一〇年間やりましたが、男性本人への周知事業だけでは、効果がありませんでした!」と委員メンバーが、「ちゃぶ台をひっくり返して」謝る記者会見を開くのです。そしてその場で、「本気で少子化を解決しようと思うならば、本人への周知事業ではなく、企業に対して男性育休義務化制度を作るべき」と発信しようという内容でした。

同じ時期、天野は「待機児童問題は、女性の問題に矮小化されていることが本質的な原因。男性育休を義務化し、男性が当事者にならないと政府は本気でこの問題に向き合わない」と駒崎さんに力説していました。そこで、駒崎さんに引き合わせてもらって、天野、小室らで集まり、本気で男性育休義務化について話し合いを始めたのです。

イクメンプロジェクトでのあの憤りがなかったら、以前から頭にあった「男性育休義務化」について本格的に始動しよう、と動き出していなかったかもしれません。二〇一八年末から二〇二〇年現在まで、この有志でのミーティングは毎月続いています。有志メンバーで白熱した議論を繰り返し、粘り強く各所に働きかけていった結果、「男性の育休『義務化』を目指す議員連盟」が発足し、自民党に育休のあり方検討PT(プロジェクトチーム)会議が設置されて一〇回にわたる議論が重ねられ、政府の骨太の方針へ盛り込まれるという流れになりました。

骨太の方針とは、この先の日本が取るべき政策を取りまとめ、正式に閣議決定されるものです。ここに盛り込まれるということは、政府の予算がつき、具体的な施策へ進んでいくことを意味します。

■二〇二〇年、ようやく一歩前進した男性育休制度

自民党の育休PTが二〇二〇年三月に終わり、同年四~六月は新型コロナウイルス対策一色となりましたが、本書の原稿を執筆しているさなか、二〇二〇年七月一七日に閣議決定された骨太の方針に「配偶者の出産直後の男性の休業を促進する枠組みの検討など、男性の育児休業取得を一層強力に促進する」という文言が入りました。昨年の文章には入っていなかった「配偶者の出産直後の男性の休業」という言葉は、議連や育休PTで提言してきた「産後うつ防止には出産直後に取得できる枠組みが重要」ということが盛り込まれた形です。

昨年までの骨太の方針は八〇ページ近くのボリュームがあるのに対して、二〇二〇年版は三九ページ。新型コロナウイルス対策に膨大な予算が取られることから、骨太の方針内に記載が残った項目自体が半減しました。そうした中で、男性育休の項目がより踏み込んだ内容として記載されたという点は、特筆すべきことだと思います。

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小室 淑恵(こむろ・よしえ)
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
資生堂を退社後、2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを設立。1000社以上の企業や自治体の働き方改革コンサルティングを手掛け、残業を削減し業績を向上させてきた。その傍ら、残業時間の上限規制を政財界に働きかけるなど社会変革活動を続ける。著書に『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)『プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)他多数。

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(株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長 小室 淑恵 写真=iStock.com)

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