東京は23区なのに、大阪が24区のままで本当にいいのか
プレジデントオンライン / 2020年10月29日 11時15分
※本稿は、石川智久『大阪が日本を救う』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■歴史的・地理的要因のなか生まれた大阪都構想
大阪都構想というのは実は維新の専売特許ではない。古くからある議論であり、一人の政治家や政党によるものではない。もしかしたら大阪の人もそんなことを忘れてしまっているのかもしれない。さて、北村亘氏の著作『政令指定都市 百万都市から都構想へ』(中公新書)によると、大阪都構想の源流は1953年に府議会で議決された「大阪産業都構想」と言われている。
なぜそのようなことが議論されたかというと、吹田市や東大阪市といった大阪の周りの衛星都市に一定の規模があり、力も強いので大阪市域の拡大が難しいこと、大阪市外の居住者が大阪市内に勤務し、大阪市から行政サービスを受けているのに、大阪市に納税しないという問題が発生したからである。
府と市の足の引っ張り合いを揶揄(やゆ)した「ふしあわせ(府・市あわせ)」問題もある。仲が悪いだけであればまだ良いが、府が何か作れば、市も負けずにハコモノを作るといった過剰投資がみられた。そして大阪府市ともに財政を悪化させた。こうしたなか、大阪府と大阪市の関係がこれでは良くないという意見が非常に強くなった。
また、大阪都構想が議論される背景には大阪府市の面積の小ささというのもある。私の出身地の北九州市は政令指定都市であるが、福岡県は結構大きく、北九州市のターミナル駅の小倉駅から福岡市の博多駅までは新幹線で20分近くかかるので、福岡市と北九州の合併はあまりイメージしにくい。
一方で大阪府は面積では全国で二番目に小さい。また、大阪市に住んでみるとわかるが区の面積が非常に小さい。大阪の現状の区を3つか4つ合わせると、東京の一つの区になるようなイメージである。私の経験からしても、大阪市内を30分も歩けば2つ3つの区を横切るということは珍しくない。
そうした歴史的・地理的要因のなか、維新が出した答えが「大阪都」構想であった。もちろん、必ずしも合併しなければ大阪府市の問題は解決しないわけではない。ただし、合併というのは争点としてはわかりやすいので議論が盛り上がったというのがこれまでの経緯である。そしてそれが2020年11月に住民投票にかけられる。2015年にも実施されたがそれは僅差で否決された。今回が本当に最後の勝負となろう。
■東京都は23区だが、大阪市には24区ある
全国の人からすると、大阪都構想というのはいまいちピンとこないと思う。一方で、大阪ではどうであろうか。
私がみている限り、多くの人が電車のなかや居酒屋、喫茶店などで大阪都構想について議論をしており、かなり理解が進んでいる。しかし、何回聞いてもわからないというコメントも多く聞かれる。それでは仮に住民投票で「大阪都」が合意された場合、どのようになるのか。簡単に概要を説明したい。
大阪都構想というのは、一番簡単に言えば、「大阪市を解体してそれを大阪府と合併させることで政令指定都市(以下、政令市)と都道府県を一体化させる」という構想である。そして、全国の人があまり知らないポイントであるが、政令市である堺市は含まれていない。
つまり、仮に大阪都構想が実現した場合、大阪府の下に4つの特別区、政令市の堺市、大阪府下の市町村が存在するという形になる。また都構想が実現しても、府の名前を「都」に変えるには法律改正が必要であり、名称は大阪府のままとなる。
■不自然な区の形にも訳がある
大阪都構想が実現した場合、わかりやすい変化は大阪市内の行政区の数が減ることだ。大阪市は24区ある。東京特別区(23区)と数はほぼ同じである。一方、面積をみると、大阪が約230平方キロメートルであるのに対し、東京特別区は約630平方キロメートルであり、大きな違いがある。
府市統合後、区の名前は淀川区、北区、中央区、天王寺区の4つになる(図表1)。北区、中央区、とくれば東、南、西あたりにすればよさそうであるが、実はこれには深いわけがある。
区の名前というのは全国どこでも同じようにみえて、それぞれ思い入れが深い。そのため単純に決めることは住民感情を傷つける。そうしたなか、大阪府市の担当者の方々は、東京特別区や政令市の名称が方角・位置、地名等、地勢等、古典・その他にちなんでつけられていることを分析した(図表2)。それで旧区をその分類で整理し、覚えやすさなどを考えて各区の名前を決めたものである。
区の形については、少し自然とはいえない形になっている。それは、基礎自治体として住民に必要なサービスを安定的に提供できるよう、各特別区間の財政の均衡を最大限考慮するほか、特別区間の将来の人口格差を概ね2倍以内とし、これまで築き上げてきたコミュニティや過去の合区・分区の歴史的な経緯、住民の円滑な移動や交流を確保するための鉄道網、商業集積の状況、災害対策としての防災上の視点を考慮した結果、この形に落ち着いた。
■区の名前をめぐって東京と大阪のプライドが激突
区の名前では東京と大阪で互いのプライドをかけた駆け引きがあった。2020年の2月、4特別区のうち2特別区の名称が「北区」と「中央区」となることについて、東京都の北区と中央区が「混同される恐れがある」として、大阪府市に名称の再考を求めた。
確かに大阪都構想が実現すると、東京、大阪に「北区」「中央区」という自治体が存在する事態となる。そのため、大阪府市が東京の北区・中央区に照会したとき、東京都の北区と中央区は再考を求める文書を送付した。理由は、北区は「基礎自治体としての北区は東京だけにしかない」であり、中央区は「70年間、中央区としてやってきて、銀座などのブランドが築かれてきた。避けてほしい」というものだった。
法律的には、新しい市ができる場合の名称は、既存の市と同一または類似しないよう「十分配慮すること」という1970年の自治省の通知があるが、強制力はない。実際、同じ名称を規制する法律はない。
個人的には日本中に銀座もあれば、富士もあるので、かぶってもそれほど問題はないと思うが、それくらい区の名前というのは当事者からすれば大きな問題ということがわかる事例だ。
■なぜ「構想」ではなく「抗争」が起きるのか
さて、政令市に住んだことがある人にはわかると思うが、政令市には都道府県とほぼ同じ権限があり、市が単独でいろいろな事業を進めることができる。そういう意味ではかなり自治権が高い制度だ。
もっとも、政令市の力が強い分、「ふしあわせ」のように、都道府県とは隙間風が生じやすい。政令市と都道府県が共同で作業をするということも意外と少なくない。私も多くの地方自治体の方と知り合いになり、地方公務員の優秀さはよくわかっているが、どんなに優秀であっても、政令市の職員は政令市を中心に、都道府県の職員は政令市以外の市町村を中心に考える傾向がある。そういう意味で、統合すれば、ふしあわせが解決しやすいのは一理ある。実際、最近、大阪府や大阪市の職員と会っても大阪都が実現する前提で、両者の対立はあまりみられなくなった。
今のところ、成長戦略の一本化、大阪府と大阪市の観光部局の統合による大阪観光局の創設、信用保証協会や公設試験研究機関の統合、万博とIRの誘致、地下鉄などの広域交通網の整備促進などが府市一体となって取り組まれている。大阪都構想実現時には、広域行政を大阪府、住民に近いサービスを特別区が行うことで二重行政をなくし、昔のような「ふしあわせ」とならないようにしたいというのが今回の構想の基本理念である(図表3)。
このようにみると大阪都構想はメリットが多そうだが、反対意見も根強い。例えば、府立体育館と市立体育館が両方ある状態に対して、反維新はきめ細かい行政サービスがあるという言い方をする。非効率ときめ細かいサービスは紙一重なのだ。大阪府民というよりも大阪市民であることを誇りに思う人々も多い。大阪都「構想」をめぐって、維新と反維新で大阪都「抗争」となる。
■賛成派、反対派はそれぞれどのような人たちなのか
前回の住民投票をみると会社員や最近移り住んできた人が多いところは大阪都構想に賛成、自営業者や昔からの住民が多いところは大阪都構想に反対となっている。住民サービスを受けるメリットを感じている人、政令市「大阪市」への愛着が強い人からしてみると、大阪市が解体されて、これまで身近であった区も統合されて大組織になって行政サービスが雑になるリスクを忌避する人が多いのであろう。
一方で、地域よりも会社で過ごす時間が長い人や町内会活動に参加していない人からすると、きめ細かい行政サービスや窓口の近さより、有効な成長戦略を作ってほしいといったビジョン的な話の方が好まれるところがある。そういった点が住民投票や世論調査をすると浮き彫りになるのだ。
先日、東京の方とこの状況について議論した。そのときに私は「維新側は小泉改革的な構造改革路線であり、成長を重視する。一方、反維新は安定と公平重視であって、現状が良いと考える」と説明すると周りの理解も早かった。そのような目でみると、全国の方にも大阪都「抗争」の空気がわかってもらえると思う。
■自治体の大合併や道州制の議論を再び始めるきっかけになるか
それでは仮に大阪都構想が実現した場合、それが日本に与える影響はどのようなものであろうか。私は自治体の大合併や道州制の議論を再び始めるきっかけになるのではないかと考えている。
人口減少が進むなか、令和の時代も行政の統合が進む可能性が大きい。一方で、政令市と都道府県、都道府県同士の合併は行われていない。そもそも今の都道府県は人が馬で往来していた明治時代にできた区分である。交通網が発達し、ネットでいろいろなことができる時代に、今の区分では狭すぎる。また、政令市も20市とかなり多くなっており、今のままでいいとはいえないだろう。
民間企業がなぜ活性化するかといえば、M&Aがあるからである。一方で行政については都道府県レベルでは再編は起きていない。実際に「大阪都」になるかはともかく、政令市や都道府県のM&A(合併)は真剣に議論する必要があるのではないか。
■三位一体の改革以降、道州制の議論は停滞している
また、道州制も近年議論が低調である。道州制に関係する論議の始まりは古く、第二次世界大戦前にも全国を6つの州に分けて官選の長を置くとした「州庁設置案」(1927年:行政制度審議会)などがあるので、決して最近の思いつきではない。
第二次世界大戦後も政府や地方制度調査会などが様々な答申を出したほか、経済団体などからも都道府県制度の再編を前提とした提案や意見があったが、現行都道府県制度の枠組みが見直されることはなかった。
平成に入ってからも、道州制の議論は続き、第28次地方制度調査会は2006年2月28日に「広域自治体改革のあり方の具体策としては、道州制の導入が適当と考えられる」といった答申を出した。2007年1月には、内閣に新たに設けられた道州制担当大臣のもとに、有識者会議として「道州制ビジョン懇談会」が設置され、2008年3月には中間報告が公表された。
このようにみると道州制の議論は不足しているというよりは、真剣に議論を進めるきっかけが不足している状況といえそうだ。地方自治体においても、小泉改革時代の三位一体の改革で地方にある程度権限と財源が移管されて以降、道州制に関心を失ってしまっている。
こうしたなか、前述したとおり、大阪都構想はこれまでパンドラの箱であった政令市と都道府県の関係、都道府県同士の合併、最終的には道州制の議論を進めさせるきっかけとなるのは間違いないだろう。
■タワマン増加で賛成票が増えているという分析も
現時点では、大阪都構想の帰趨(きすう)はまだわからない。私が聞いたところでは、大阪市内にタワーマンションが増えた結果、これまでのしがらみにとらわれない有権者が増えており、大阪都構想への賛成票が増えているとの分析も聞かれる。
2020年6月には、自民党の府議団が、広域行政の一元化や大阪市の権限や財源、人材が大阪府に移ることで、府域全体の最適化が期待できるなどの賛成意見が団内で多数を占めたことから、賛成の立場を取るなど、地殻変動が感じられる。
一方で、これまでの大阪市への愛着が強い人々や、大阪都構想という実験的な取り組みを不安視する人々の間では否定的な意見も多いとのことだ。賛成・反対双方が建設的に議論して、令和の時代に相応しい地方自治の形を示してほしい。
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日本総合研究所マクロ経済研究センター所長
北九州市生まれ。東京大学卒。三井住友銀行を経て現職。大阪府の「万博のインパクトを活かした大阪の将来に向けたビジョン」有識者ワーキンググループ委員、兵庫県資金管理委員会委員等を歴任。日本経済新聞十字路など、メディアにも多数寄稿・出演。
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(日本総合研究所マクロ経済研究センター所長 石川 智久)
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