欧州最高の知性が予言「多くの企業は大都市を離れ、本社を中堅都市に移す」
プレジデントオンライン / 2020年11月15日 11時15分
※本稿は、ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■都市部の景観は様変わりするだろう
今回の感染症により、都会で暮らすのは住民の健康にとって危険だという考えが甦った。たしかに、ミラノ、マドリッド、ニューヨークなどの大都市では、新型コロナウイルス感染症による死亡者が大勢出ている。過去の時代には、パンデミックが起きるたびに都市計画によって清潔な街づくりが推進されたように、今回の危機においても、人口の密集を解消するために都市部の景観は様変わりするだろう。
■人々は巨大都市での暮らしに見切りをつける
都市部の住人は今回の危機をきっかけに、生活費が異常に高く密集した巨大都市での暮らしに見切りをつけ、自宅待機中のように一時的にではなく、恒久的に郊外に引っ越してしまうかもしれない。
大都市では、もっと距離を保って暮らすようになるのではないか。というのは、ウイルスは密閉された環境や、数人が一つの部屋を共有する場面で拡散しやすいと考えられるからだ。
緑地、幅の広い歩道、自転車専用レーンは大幅に増える一方で、自家用車と公共交通機関の利用は激減するだろうが、テレワークの発展によって、不便はあまり感じられないだろう。
パリなどの巨大都市では、ここ数カ月間で早くも自転車レーンが整備された。コロンビアの首都ボゴタ〔以前から延べ540キロメートルの自転車専用レーンを設置していた〕では、全長117キロメートルにおよぶ臨時の自転車専用レーン〔毎週日曜日の午前7時から午後2時まで〕が整備された。
駐車場には空きが増えるが、そのスペースは通販や宅配の商品配送センターとして利用できる。道路の法定速度はさらに引き下げられるだろう。たとえば、ブリュッセルの都市中心部やその周辺では、法定速度が時速20キロメートルにまで引き下げられた。歩行者の多い地区では、〔家具量販店〕イケアの店内と同様に一方通行が一般的になるだろう。
密集度の低い小都市には、大都市からの住民が引っ越してくるだろう。人口の密集を解消するための移住も、パンデミック中に潜在的な力が確認されたテレワークによって容易になるはずだ。ヨーロッパ各地の不動産関係者によると、2020年5月以降、別荘の需要は増え、都市部の集合住宅の需要は減る傾向にあるという。
■会議室は「野戦病院」に改装できるようにするべきだ
事業用不動産の市況についても同様だ。パンデミックはすでに始まっていた傾向を加速させるだけだろう。大型商業施設は存在意義を失い、施設によっては統廃合を強いられるに違いない。これは今後数カ月から数年にかけての大きな課題の一つだ。
とくに公共性の高い建物では、病原体への感染対策に万全を期す必要がある。既存の建物であれば、建物内を抗菌処理し、清掃しやすくする。手を触れずに扉を開閉できるようにする。建物に入る前に体温測定を実施し、人の流れを一方通行にする。マスクとアルコール水溶液ジェルを建物内の至る所に用意する。自動洗浄式トイレを設置し、室内の空気の質を大幅に改善する。これから建てる建物であれば、再生可能エネルギーを利用すべきだ。
そして、すべての建物は、危機の発生時に用途をすぐさま変更できるように設計しなければならない。多目的室は住居を失った人の避難所、会議室は「野戦病院」に改装できるようにするのだ。バカンス村は隔離施設としても利用可能な構造にすべきだ。
■すでに企業は大都市を離れている
多くの企業は大都市を離れ、本社を中堅都市に移すだろう。
こうした動きはすでに散見できる。ウーバー・テクノロジーズ〔自動車の配車・相乗りサービス「Uber」を運営〕はダラス〔テキサス州〕、リフト〔ウーバーと類似のサービス「Lyft」を運営〕はナッシュヴィル〔テネシー州〕、アップルはオースティン〔テキサス州〕へ本社を移動させようとしている〔いずれも現在の本社はカリフォルニア州〕。
数年前から、ブラチスラヴァ〔スロバキアの首都〕、リスボン〔ポルトガルの首都〕、エディンバラ〔スコットランドの首都〕、ヴィリニュス〔リトアニアの首都〕、クラクフ〔ポーランド南部の都市〕などのヨーロッパの中堅都市には、賃料の安さや現地での生活の質の高さからハイテク起業家が集まり、ビジネスコミュニティが形成されつつある。
■ルーマニアの首都に世界のハイテク企業が集まっている
たとえば、ブラチスラヴァには、ビジネス誌『インク(Inc.)』が発表する「Inc. 5000 Europe」〔毎年、急成長中のヨーロッパ企業上位5000社を発表〕にランク入りする100社以上のハイテクベンチャー企業(とくに、デジタルと運輸の分野)の本社がある。イーロン・マスク〔テスラ、スペースXなどの創業者〕は、自身の構想である「ハイパーループ」〔真空チューブ鉄道〕技術でブラチスラヴァとウィーンの間を結ぶ計画を練っている。
グーグルとウーバー・テクノロジーズは2018年、ヴィリニュスに事務所を開設した。クラクフには、IBM、UBS〔スイス最大の銀行〕、キャップジェミニ〔ITコンサルタント企業〕などの世界的な大企業が拠点を置き、業績を伸ばしている。
また、ヨーロッパで最も経済成長が著しい都市の一つであるルーマニアの首都ブカレストにも、世界のハイテク企業が集まっている。外国語が堪能な大卒以上の若者が多く、不動産賃料はベルリン、ロンドン、パリの半額だ。
そして2017年、フィットネスアプリ用のセンサー付き端末をつくるアメリカ企業、フィットビット(Fitbit)は、高級スマートウォッチメーカーであるルーマニア企業、ヴェクター・ウォッチ(Vector Watch)を買収した。
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経済学者
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。林昌宏氏の翻訳で、「2030年ジャック・アタリの未来予測』(小社刊)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機一ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?」、『危機とサバイバルー21世紀を生き抜くための(7つの原則)』(いずれも作品社)、『アタリの文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。
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(経済学者 ジャック・アタリ)
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