「今が金投資のラストチャンス」株式投資だけを続けるのはリスクである
プレジデントオンライン / 2021年3月25日 9時15分
■投資家は金市場から資金を引き揚げ、株式に投じている
金相場はこのところ軟調な展開となっている。メディアによっては「下落が止まらない」と書いているところもある。だが、金は今後も必ず上昇していく。だから、私はいまが金投資のラストチャンスだと考えている。私がそう考える理由を解説していこう。
金価格は3月8日に一時1676.10ドルと、昨年6月5日以来の安値を付けた。このような下落基調となった背景には、米金利の上昇とドル高がある。将来のインフレ懸念の台頭で米金利が上昇し、それを受けてドル高基調となったことが、ドル建てで取引される金相場を押し下げているのである。金利は上昇すれば、利息を生まない金は売られやすくなる。今の金利上昇は、金相場を直撃しているといえる。
また、このような状況を受けて、投資家は金市場から資金を引き揚げ、株式に資金を投じているようである。BofA(バンク・オブ・アメリカ)の最新の週間調査によると、3月10日までの1週間で投資資金が金・債券から株式にシフトした。株式投資に315億ドルが流入する一方、金からは18億ドル、債券からは154億ドルが流出した。安全資産である金や債券が売られ、リスク資産である株式が買われる動きがいまも続いている。
■これからはインフレに対処すべき20年間になる
現在の投資家の最大の関心は、金利動向のようである。米金利が上昇すると、株価が不安定化し、投資家は慌てて株式を売却する動きを強める場面が何度も見られている。また、同時に金も株式の受け皿になるどころか、売られている。もっとも、資金フロー全体では、上記のように依然として株式に資金が流入している。金利上昇に弱いハイテク株は売られているが、むしろ金融株は買われており、株式市場の中でもセクターローテーションが起きている。このように、投資家は依然として投資対象の中で株式を選好している。とはいえ、金利の上昇にも警戒感を解いていないといえる。
筆者は、今後も米金利は上昇することが確定的と考えているが、ポイントは市場がこれを理解し、この状況に慣れていくことができるかどうかであると考えている。
いまのように、米国債利回りの上昇を嫌気し、米連邦準備制度理事会(FRB)追加的な政策を催促しているようでは話にならない。原油や銅などのコモディティ価格が上昇基調を強める中、これからはインフレ率が上昇し、金利は上昇していかざるを得ない。1981年以降、40年にわたり低下してきた米金利は、2020年に底打ちした。これからはインフレに対処すべき20年間になるだろう。この点を理解せずして、金融市場を見ていくことは非常に危険である。
■米国のインフレ率は年内に最大で5%にまで上昇する可能性
この点を理解しているのは、ほかでもないFRBであろう。FRB関係者は、今後の金利上昇は必然であることを、表現を変えて示唆しているが、多くの市場関係者はこの点に気づいていないようである。
そもそも、FRBの金融政策の目標は、インフレ率2%の達成である。まだそこまでにも至っていない中で、金利上昇に懸念を示すはずもない。無論、金利上昇のペースが速ければ、それは懸念として牽制する可能性はあるが、一定のペースでのインフレ率の上昇は容認することになる。
まして、インフレ率が2%を超えても、これが平均的に2%超になるまでは利上げをしないと説明している。したがって、FRBが利上げを示唆するのはまだかなり先である。この点は、市場には安心材料である。
今後は金利の上昇ペースに目を配る必要がある。筆者は、年内に米国のインフレ率は最大で5%にまで上昇する可能性があると考えている。その結果、米長期金利は2.5%から3%程度にまで上昇するだろう。このようなシナリオを想定しておくことが、今の市場動向を見極めるうえでの大前提であると考えている。
しかし、これは多くの市場関係者からみれば、かなりトリッキーな見通しであろう。だからこそ、わずかな金利上昇に多くの投資家がおびえているのだ。株式市場はこの程度のインフレ率を許容しなければならないのである。
■インフレ率が3%を超えると、金投資のリターンは大幅に大きくなる
年内は、株価は堅調に推移するとみているが、インフレ率の上昇は実質金利の低下をもたらし、むしろ金相場の上昇を後押しすることになるだろう。インフレ率が3%を超えると、金投資のリターンは大幅に大きくなる。このことを知らない投資家が多いようである。これは、過去のデータが示す「事実」である。いまはインフレ率がいまだ2%を下回っている。したがって、インフレ率が上昇する前のいまこそが、金投資のラストチャンスになると考えられる。
FRBは短期金利を低い水準にとどめる一方、長期金利は放置するだろう。市場ではツイストオペなどに期待を寄せているようだが、それは無駄な期待だと思われる。FRBは日銀の金融政策の失敗をよく分析している。
マイナス金利は導入しないことを言明しているのは当然であり、長期金利の調節にも消極的なのはそのためであろう。FRBが金利上昇に懸念を示し始めるのは、長期金利の動向ではなく、インフレ率の上昇ペースが速まったときである。この点を間違えないことである。
■1兆9000億ドル規模の米追加経済対策は将来のインフレにつながる
一方、11日にバイデン大統領が署名して成立した、新型コロナウイルス危機に対応する1兆9000億ドル規模の米追加経済対策は、将来のインフレにつながる可能性がある。国際通貨基金(IMF)は、追加対策が発動されれば、米国のGDPが今後3年で計5-6%押し上げられると分析している。米コロナ経済対策は累計で約6兆ドルと、GDPの3割に迫る異例の規模となっている。
イエレン米財務長官は、追加経済対策により「来年にコロナ危機前の完全雇用状態に戻る」と予想している。また、同氏は、追加経済対策は「米景気が力強く回復するための燃料」としている。さらに、巨額財政出動が景気過熱を招き、インフレが加速する恐れがあると一部の声に対し、同氏は否定した上で、「インフレ気味になったと判明しても対処手段がある」と反論している。バイデン政権は景気回復の足取りがより確実になるまで、財政悪化を棚上げし、対策を緩めることはないだろう。
米議会予算局(CBO)は、長期財政見通しで、連邦政府債務のGDP比が21年度の102%から30年後の51年度には202%へと2倍に膨張すると試算している。新型コロナウイルス危機を受けた一連の経済対策で財政赤字が急拡大しているが、社会保障費を賄う財政支出が増え続けることで債務も積み上がる。
試算には1兆9000億ドル規模の追加経済対策を考慮していないため、今後の財政悪化はさらに拡大することになる。公的債務のGDP比は21年度の102%から31年度には107%と、CBOは、これまで最悪だった終戦直後の1946年度の106%を超えると予想している。
■戦後のインフレが再来すれば金価格が暴騰する
ここでポイントになるのが、戦後の財政悪化である。戦後のインフレ率は20%に達し、名目金利からインフレ率を引いた実質はマイナス15%を超える水準に達した。このような状況では、現金の価値が大きく目減りすることになる。逆に実物資産の価値は相対的に高くなる。これ以上の説明はいらないだろう。
つまり、今後戦争状態あるいはそれに近い状態になり、インフレ率が高まったときには、実質金利が低下し、金価格が暴騰する可能性があるということである。しかし、そのような状況になる可能性はあるのだろうか。
そこで筆者が注目したのは、中国の第13期全国人民代表大会(全人代)第4回会議での、習近平国家主席(中央軍事委員会主席)の発言である。習氏は軍分科会に出席し、「目下、わが国の安全保障状況は不安定で不確実性が大きい」と発言して、「複雑で困難な局面への準備」を指示したと報じられている。米中対立に関する習氏の発言は伝えられていないが、バイデン政権発足後も米国との軍事的緊張が続いていることを念頭に置いたとみられている。
■中国では「最悪のシナリオ」に向けた準備が着々と進んでいる
また、中国軍高官は、全人代で米国との対決を想定した準備を促したとされている。全人代会議録によると、制服組トップの許其亮・中央軍事委副主席は「既存の覇権国と新興国が衝突する『トゥキディデスのわな』に直面しており、軍は能力向上を強化する必要がある」と指摘したようである。また、魏鳳和国務委員兼国防相は「米中対立が長期化する」との予想を示したようである。このように、中国では「最悪のシナリオ」に向けた準備が着々と進んでいるのである。
「トゥキディデスのわな」とは、米国の政治学者グレアム・アリソンが提唱した概念である。一般的に、急速に台頭する大国が既成の支配的な大国とライバル関係に発展する際に、それぞれの立場を巡って摩擦が起こり、当初はお互いに望まない直接的な抗争に及ぶ様子を表現した言葉であるとされている。
現在では、国際社会のトップにいる国はその地位を守るために現状維持を望み、台頭する国はトップにいる国につぶされることを懸念し、既存の国際ルールを自分に都合が良いように変えようとするパワー・ゲームの中で、軍事的な争いに発展しがちな現象を指すようである。
具体的には、15年にオバマ大統領が米国で開催した米中首脳会談において、南シナ海などで急速な軍拡を進める中国の習近平国家主席との話で用いられたとされている。オバマ大統領は、「一線を越えてしまった場合はもはや後戻りをすることは困難になる」という牽制の意味合いで使用したとされている。
■最大のリスクが起こったとき、金は必須の保有資産になる
このように、トランプ前政権で貿易戦争に発展した米中関係は、いまや経済的な争いではなく、軍事的な覇権争いに発展しようとしている。これは今後数年間の最大のテーマになると思われる。1940年代後半から1950年までの戦争時に、米政府債務と実質金利がどのような動きになったかをいまのうちに理解しておいたほうがよいだろう。
中国の習近平氏は、すでに軍事体制の強化を指示している。すでに世界はその方向に進んでいる可能性がある。想定外のことが起きるのは世の常である。筆者は、一般的に想定外とされるシナリオも念頭に置きながら将来の戦略を考えるようにしているが、このような事象が示現すれば、金は保有すべき資産の必須アイテムにならざるを得ないだろう。
最大のリスクを念頭に置いておくことが、資産運用ではもっとも重要である。このシナリオの実現性はともかく、実現した場合のきわめて大きなリスクに備え、いまから金をしっかりと保有しておきたいと考えている。
■投資家の金離れはきわめて近視眼的である
しかし、投資家はそこまで頭が回っていないようである。彼らは常に近視眼的であり、目先の材料で行動する。それが正しいことも少なくないが、こと金に関しては、それは正しくないといえそうである。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、金ETF(上場投資信託)の2月の保有高が前月から84.7トン(46億ドル相当)減少した。債券利回りの上昇によって、投資家の金への関心が後退したのである。
新型コロナウイルス危機の中、投資家が安全資産としての金の保有を増やすなどしたため、金ETFは急速に拡大した。低金利によって、保有していても金利が付かない金の投資妙味も大きくなり、金相場は昨年8月に過去最高値の2072.50ドルに到達した。
しかし、その後は、経済回復への期待の高まりと米国債の利回り上昇を背景に下落した。2月末時点の金ETF保有高は3681トン(2070億ドル相当)だった。このように、投資家は金離れを加速させているが、このような行動は、目先の金利上昇を背景とした、きわめて近視眼的な判断に基づくものであろう。
■米大型経済対策で現金の多くは株式に投資されたが…
また、ドイツ銀行の調査によると、米大型経済対策に盛り込まれたひとり最大1400ドルの現金給付について、37%が株式投資に使用されるとの結果が出たようである。株式市場への流入見込み額は1700億ドルに達するという。
18-24歳の40%、25-34歳の50%、35-54歳の37%が給付金を株式投資に使用すると回答した。実際、昨年12月の対策で盛り込まれた給付金は、半数以上の個人投資家が、一部を株式投資に振り向けたと回答している。さらに、若い世代ほど積極的に投資に使用しているという。
トランプ前政権は昨年12月の追加経済対策で1人最大600ドルの現金給付を実施したが、その多くが株式に向かったわけである。そして、今回のバイデン大統領が打ち出した総額1兆9000億ドル規模の大型経済対策でも、株式に資金が向かいそうである。
戦争を知らない世代がそのような行動をとるのは、仕方がないだろう。しかし、将来のインフレに関して全く考えていないのであれば、それは危険だ。彼らこそ、資金のいくらかでも金に投資すべき世代である。しかし、彼らは値上がりするものにしか興味はない。それは、暗号資産の上昇でも証明されているといえるだろう。
将来に何が起きるかは、誰にもわからない。しかし、だからこそ想定される最大リスクを念頭に置くべきであろう。実物資産である金が最終的に選好されるときが必ず来る。インフレになってからでは金投資は遅すぎることを、いまから肝に銘じておくべきだ。
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エモリファンドマネジメント 代表
1990年慶應義塾大学商学部卒業後、住友商事に入社し、非鉄金属取引に従事。英国住友商事(現欧州住友商事)に出向し、ロンドンに駐在。Metallgesellschaft Ltd.(ロンドン本社、現JPモルガン)、三井物産フューチャーズ、アストマックスを経て独立。現在はエモリファンドマネジメント代表。著書に『ロンドン金属取引所(LME)入門』(1999年総合法令出版)、『米国株は3倍になる』(2017年ビジネス社)など、共著書に『コモディティ市場と投資戦略』(2014年勁草書房)がある。新刊は『金を買え 米国株バブル経済の終わりの始まり』(2020年プレジデント社)。
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(エモリファンドマネジメント 代表 江守 哲)
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