「店頭でワクワクしながらCDを選ぶ」という人が絶滅危惧種になった本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年6月15日 11時15分
■あまりに自由だと、自由から逃げたくなる?
ドイツ出身の社会心理学者エーリッヒ・フロムは、第二次大戦中に発表した著書『自由からの逃走』において、「第一次大戦後、世界でもっとも自由で民主的と言われたワイマール共和政の下で、ドイツはなぜナチスの台頭を許したのか」という疑問について政治学・社会学的な分析を行った。
著書においてフロムは、「人はあまりにも自由な立場に置かれると、自分から進んで誰かの指示に従いたがるようになる」と指摘し、これを「自由からの逃走」と呼んだ。
フロムが見出したのと同じような現象、すなわち「『選択の自由』が確立された結果、逆に『選択からの自由』が求められるようになった」という状況は、2020年代の今、音楽や動画鑑賞など文化、コンテンツのレベルで日常的に見られるようになっている。
かつて音楽がアナログレコードやカセットテープで聴かれていた時代、私たちはその媒体に収められた曲を、収められた順番で聴くしかなかった。とくにカセットテープの最後の曲などは、その前の曲すべてを聴かねばならなかったから、なかなかたどり着けなかったものだ。
■約30年かけ「好きな曲順」を実現した
1980年代になってCDが登場し、音楽の主要メディアがアナログレコードからCDに替わると、ボタンひとつでスキップが可能になるなど、聴き手の「選択の自由」が広がった。
2000年代になると、AppleからiPodとiTunesが登場した。人々は自分でプレイリストを作成して好きな順番で聴いたり、オンデマンド形式で曲を一曲ずつダウンロード購入したりすることも可能になった。聴く必要のない曲をアルバムとして抱き合わせ買いする必要もなくなったので、聴き手の選択の自由度は一段と高くなった。
2010年代になると、SpotifyやApple Musicなど、サービスや商品の利用期間に応じて料金を支払うサブスクリプションモデルが普及していく。このサービスは、好きな時に好きな曲を、好きな順番で聴くという、完全な「選択の自由」を実現したのである。
■なぜか「レコメンド再生」に頼るように
ところが音楽における「選択の自由」が確立されたとたん、それと逆行するような現象が出現した。
例えば、曲を再生する順番を好きなように決められるiPodでは、あえて再生順を機械任せにしてしまう「シャッフル再生」が一般化し、それしかできない型番も発売された。また音楽ストリーミングサービス世界最大手のSpotifyでは、ユーザーが曲を選ぶのではなく、サービスを提供する側が曲を選ぶ「Discover Weekly」などのプレイリストが人気だ。
動画サービスでも視聴者が見たい番組を探すのではなく、サービス提供側が提案するレコメンデーション(お勧め)機能が主流となり、最大手のNetflixでは閲覧されている動画の8割近くがレコメンデーション経由とされている。
動画番組のオンデマンドサービスを手掛ける日本のWOWOWでも、レコメンド支援システムを実装し、顧客ニーズとのマッチング精度を向上させたところ、解約抑止率が30%向上したといわれる。
つまり、レコメンド機能を強化したことで、今までやめていったユーザーを引き止めることに成功したわけだ。自分でコンテンツを選ぶことができないユーザーに対して、レコメンド機能が見るべきコンテンツを伝えることで、ユーザーは喜び、サービスを継続するということである。
■「どんな曲が来るか分からないワクワク感」謳い文句は本当?
Spotifyには「Spotify Radio(スポティファイ・ラジオ)」というアプリもある。
これはユーザーの好みに合わせて作成される自動再生リストであり、ベースとなるアーティストや楽曲、あるいはすでに作成されているプレイリストに基づいて作成される。その特徴は、ベースとなったアーティストや楽曲・アルバム以外からも曲が集められ、しかもそのリストが随時更新されていくという点だ。
例えば楽曲単位でリストを作ると、「その曲が好きな人に対して、アプリがお勧めする曲」がリスト化される。アーティスト単位でリストを作ると、そのアーティストを中心に、「そのアーティストと音楽傾向が近いアーティスト」「他のユーザーがそのアーティストと一緒に聴いているアーティスト」などが含まれてくる。
プレイリストは特定の曲を特定の順番で組み合わせたリストなので、どの曲がいつ流れるかがあらかじめ分かっている。一方のSpotify Radioは順番が決まっておらず、その結果「次にどんな曲が来るか分からないワクワク感」や「新しい曲との出会いの喜び」が期待できる、というのが謳い文句である。
■消えたはずのラジオ的なサービスが復活している
もちろんSpotifyには特定のミュージシャンの曲だけを集めたプレイリストや、アーティストの曲の売り上げランキングに基づいたリストもある。一方で、ユーザーの好みを踏まえて、ベースとなったアーティストだけでなく、その周辺を含んだ「緩い」リストを作成するサービスを提供し、それを「ラジオ」と呼んでいるわけだ。
アナログレコードやカセットテープといった古いメディアは、「選択の自由」を求めるユーザーの希望に応えてCDやMD、そしてオンデマンドやサブスクリプションモデルに進化し、ユーザーは選択の自由度を高めていった。
ところがそのオンデマンドやサブスクリプションの中で、それまでは否定されてきたブロードキャスト(放送)的なサービスが、やはりユーザーにサービスを利用させるための手段として復活してきている。なおかつそれが「ラジオ」と呼ばれている。これは興味深い現象といえないだろうか。
■ユーザーは「選んでもらわなければ」、選べない
SpotifyやNetflixを見れば、音楽であれ動画であれ、現代のコンテンツビジネスでは、視聴するコンテンツを顧客に決めさせるのではなく、サービス提供側が顧客の好みを予想し「決めてあげること」が重要になってきていることが分かる。つまり、顧客が自分で選ばなくても大丈夫なサービス設計がなされ、顧客も自分で決めるより、決めてもらわなければ利用できないのだ。
音楽を愛する人々は、カセットテープの時代には求めてやまなかった「選曲の自由」が実現したとたん、その自由から逃避し、「選択からの自由」を求め始めたわけである。
さらに現代のレコメンド機能は、かつて人気だったラジオのランキング番組のように「たくさんの人が見ているから、あなたもどうぞ」といった単純なものではない。それぞれのユーザーの視聴傾向を踏まえ、各ユーザーの好みに最適化されたコンテンツをレコメンドするシステムであり、そのために用いられているのが機械学習やAIといった新技術である。
ミクロ経済学では、私たちの価値観、好き嫌い、好みの幅は「選好(リファレンス)」と呼ばれる。ユーザーひとりひとりのリファレンスを、ビッグデータを用いて分析し、膨大なコンテンツの中から選択・リコメンドする。技術の進歩とともにこうしたサービスが実用レベルとなり、一斉に採用され始めたのである。
■ユーザーの苦痛を低減させる工夫
では、そもそもなぜレコメンド機能は必要になったのか。それは「選び放題」というサービスを全面的に享受できるほど、ユーザーの側に「自分の手でコンテンツを選ぼう」という強い意欲や指針がないことの表れであると考えられる。前回記事で述べた通り、ユーザーは選ぶことが面倒になっているのである。
ストリーミングサービスでも、もしサービス提供側の手助けなしにユーザーが独力で自分好みの未知の楽曲を探そうと思えば、多くの手間と努力が必要になってくる(ひとつひとつ「検索」することは、もはや非常に面倒な行為である)。
Spotify RadioやDiscover Weeklyでは、それぞれのユーザーの好みの曲を中心としつつ、その選好の周辺の楽曲も「緩く」混ぜることで、ユーザーの苦痛を低減しながら音楽体験を多様化する工夫が施されており、それが現在、ユーザーが新たな好みの曲を発見するためのもっとも有力な手段になってきている。
それは機械学習といった新しい技術が可能にしたサービスだが、サービス提供側がそこまで複雑なシステムを作ってサポートしなければ、ユーザーは今や、新たなコンテンツを体験すること自体が困難になっていることを示しているのかもしれない。
■「好きなものだけ」では進化の余地がない
ネット上の記事には、「レコメンドの鍛え方」と題して、自分の好きな曲やアーティストだけがレコメンドされるようなテクニックを指南しているものも見られる(一部の若者の間では「機械を調教する」とも呼ばれている)。
「自分が好きなものだけを聴き続けたい」と考える気持ちは分かるが、かつてのオンデマンド志向と同じく、失望に終わるだろう。「自分の選好をいかに強く満たすか」にベクトルを集中させ、ノイズを完全に排除してしまえば、そこには進化の余地がなくなり、やがてサービスそのものに飽きてしまう。「どんなに好きなものでも、そればかり食べ続けたら飽きてくる」ということだ。
ユーザーが飽きずにサービスに魅力を感じ続けるには、各ユーザーにおけるコンテンツ体験の進化が不可欠であり、そのためには各人の選好に100%従うだけでなく、選好から比較的近いところにあるコンテンツも体験させていく必要がある。
要するに、愛されるサービスになるためには、ユーザーの希望を鵜呑みにしてはならず、適度にユーザーを裏切ることが必要なのだ。
それは冒頭のエーリッヒ・フロムが指摘したような、「究極の選択の自由を与えられると、人はそれに耐えられず選択から自由であろうとする」という、人間特有の心理が生み出した苦肉の策といえよう。
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(Screenless Media Lab.)
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