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「50代なのに歯が1本もない」元エリート会社員が酷暑のなかで孤独死を迎えたワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

孤独死は高齢者だけの問題ではない。ノンフィクション作家の菅野久美子さんは「現役世代は地域とのつながりが薄い。職を失うと、すぐに孤立というブラックホールに落ちてしまう。私はある50代男性の孤独死現場が忘れられない」という――。

■孤独死した人の8割がセルフネグレクトに陥っている

「また、この季節が近づいてきた」

特殊清掃業者たちの言葉だ。梅雨の訪れとともに、特殊清掃の依頼件数は増え続ける。じめじめした梅雨のこの時期からうなぎ登りとなり、7、8月の夏場にはその件数はピークを迎えるのだ。

その依頼のほとんどを占めるのが孤独死だ。夏とは、すなわち、孤独死が大量発生する季節なのである。ニッセイ基礎研究所の2011年3月のレポートによると、年間3万人が孤独死していると言われている。しかし、私は長年の取材を通じて、実際の孤独死はもっと多いのではないかと感じている。

一部の特殊清掃業者は、梅雨のこの季節からフル稼働となる。3カ月間ほど休みなく、昼夜ぶっ通しで仕事をする。夏場だけで1年分の収益を上げる業者もいるほどだ。大量の汗をかきながら、ひっきりなしに仕事の依頼を受け過酷な現場と向き合い続ける。そして、死臭を緩和する専用のオゾン脱臭機は、現場で休みなく回り続ける。

夏場に孤独死が増えるのは、熱中症になりやすいからだ。前掲のニッセイ基礎研究所によると、孤独死した人の8割は、自分で自分の体を痛めつけるセルフネグレクト(自己放任)に陥っている。つまり、「ごみ屋敷」のような家に住んでいるのだ。すると、エアコンは使えない状況になっていることが多い。さらに室内に幾層にも積み重なったプラスチックなどのごみは熱がこもりやすく、その中で寝起きする人の命をも容易に脅かす状態へと変容する。

■一度社会から転落すると一気に孤立する

私は孤独死の現場をいくつも取材しているが、現役世代の孤独死はとりわけ印象深い。

それは2018年の夏だった。酷暑が連日のようにニュースになり、その日もすさまじい暑さだった。この部屋で亡くなった男性は、50代だった。

男性が住むマンションの鉄のドアは、どこかしこもカビだらけで、その隙間からすさまじい臭いが外まで漏れ出ている。男性が亡くなった場所は、すぐにわかった。キッチンに大きなタールのような黒っぽい染みが広がっていたからだ。その周りには、男性が生きていた痕跡を表すかのように、生きた蛆がまだ這(は)いまわっていた。

■一部上場企業を退職し、20年以上引きこもり

部屋の中は、まるでジャングルのようだった。文庫本やCDがタワーのようになっていて、寝る場所はもちろんのこと、足の踏み場もなかった。エアコンは壊れていて、使えない。室内は40度にも達しようとしていたのに、男性は、たった一人この部屋で暑さと戦っていたのだ。

男性の死因は遺体の腐敗が進み過ぎて検死でも不明だったが、恐らく熱中症ではないかと思われる。

遺族である妹さんに話を聞くことができた。地方に住む妹さんは、男性が亡くなる数カ月前に会っていた。男性とは電話で連絡を取ることはあったが、地方に嫁いでから20年以上、直接会うことはなかった。たまたま上京する機会ができたので、会うことにしたのだという。

妹さんは20年ぶりに会った兄の姿に、衝撃を受けたという。兄の服はすすけていて、歯は一本もなく、まるで老人そのもので、かつての兄とは、全くの別人だったという。

男性は大学を卒業後、一部上場企業に勤めていた。しかし、上司と折り合いがつかずに30代で退職。そこから、貯金を食いつぶし、20年以上にわたって自宅に引きこもるようになったらしい。

■現役世代が孤立する要因

男性の生い立ちも聞くことができた。男性は、幼少期は音楽が大好きな内向的な少年だった。しかし父親は、ことの外厳しく男性をしつけた。試験の成績は常に上位であることが求められ、順位が下がると、「音楽なんか聴きやがって!」といつも怒鳴り散らしていたという。話を聞くと、男性は教育虐待を受けていた可能性がある。

男性は社会人になって一人暮らしを始めるが、失業してからは、妹以外とは連絡を絶つようになる。

男性は自分の窮状を、周囲に伝えたくなかったのだろう。部屋には心の隙間を埋めるかのように、CDや本が山積していった。

しかし、20年ぶりに会った妹さんにだけは、そんな自分の現状を伝えることができた。2人で生活を立て直そうと約束した矢先の死ということもあり、妹さんは、兄の死をとても悲しんでいた。

男性は孤独死したが、最後に辛うじて妹さんとつながることができただけ、幸せかもしれない。孤独死する人の多くが、孤立ゆえに最後まで誰ともつながることもなく、助けを求められずに、夏の暑さによって命を落としているからだ。

現役世代が孤立する要因の一つは、セーフティーネットの乏しさだ。高齢者は民生委員などによる地域の見守り体制があるが、現役世代にはそうした手当てがない。特に都会のマンションなどで生活していれば、その存在自体、見落とされやすくなる。

しかし一番の大きな要因は、命の危機があっても誰にも助けを求められないという日本人が抱える大きな闇である。特に働き盛りの現役世代の孤立が深刻なのは、職場での人間関係が大きなウエイトを占め、地域とのつながりが薄い。だから、一度会社などの組織から弾かれると一気に孤立してしまう。また、社会からは失業なども本人の力不足だとシビアにとらえられやすく、常に自分の力で何とかすることを求められる。そこから脱落したのは自分のせいだと感じ、声を上げることができない。

道を一人で歩く人の影
写真=iStock.com/AlexLinch
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AlexLinch

■孤独死の背景には過剰な自己責任論がある

日本の孤立研究の第一人者である早稲田大学の石田光規教授は、著書『孤立不安社会』(勁草書房)で、人びとが常日頃から発する「迷惑をかけたくない」という言葉に注目し、こう分析している。

「この言葉は、選択性を増し、自己決定の領域におかれた人間関係の暴力性を象徴している。(中略)その結果、人間関係の維持・構築は自己決定・自己選択の範疇(はんちゅう)に入れられ、生活の維持手段は関係性のなかではなく、資本主義システムのなかで努力を通じて獲得するものになる」
「そのような状況下での関係性への依存は、個々人の努力や怠慢を意味し、『甘え』や『他者への迷惑』というラベルを貼られる。かくして、人びとは『迷惑をかけたくない』という消極的理由により、人間関係の自発的撤退を強いられるようになる。『選択的関係』が主流化した社会では、自発性の皮をかぶらせて、関係を維持しうる資源をもたない人びとを巧妙に排除してゆく」

つまりこれだけ増え続ける孤独死の背景には、これまでの人生の岐路において、自ら選んだことだから、「自分が悪い」と自己責任を過剰に内面化させられるという社会的背景がある。私たちは、さまざまな人生の選択を自分から選んでいるように見える。しかし、実は親の社会的地位や学歴などといったものがコミュニケーションの能力や関係性の豊かさに好影響を与えていることからもわかるように、「持つべき者」が「多様な選択肢の中から望みのものを手に入れやすい」という現実がある。

結果として、経済的「資本」などさまざまな資源を持っていない者は、自然と人間関係を作ることが不利になり、孤立しやすくなる。しかし、「持たざる者」は、そんな人間関係からの撤退を、「自分で選んだこと」で、自己責任として甘んじて受け入れるように巧妙に仕向けられる。命の危機があるほどの状況に置かれても、他人に助けを求められない理由がここにある。

■孤独死は個人の問題に還元できない

過酷な競争社会を生きる現役世代は、地域とのつながりが希薄だ。職縁を失えば、孤立というブラックホールへ真っ逆さまに転げ落ちていく。それは、明日の私や、あなたの姿かもしれない。

コロナ禍で孤独死への注目が高まる中、政府は今年2月、内閣官房に「孤独・孤立対策担当室」を設けた。私も先日、有識者としてヒアリングに呼ばれた。そこでは「孤独死の定義づけと実態把握をしてほしい」と主張した。

私が日々取材で接している現場の死者たちは声を持たない。生前にも声を上げることすらできなかった人たちがほとんどだ。だからこそ、私は国として「死」の現場から、現役世代の孤独や孤立の現状の実態を把握し、生きづらさを抱える人たちと向き合ってほしいと切に訴えた。もはや、これは個人の問題に還元されることではないからだ。

私たちの社会は、こういった人間関係からこぼれおちた人々に目を向けなければならない。ある特殊清掃業者によると、これまで長くても死後1カ月ほどで遺体が見つかっていたが、コロナ禍で死後3カ月目以降に発見されるケースが増えているという。今年の夏を、去年から続く孤独死の夏にしないために、今後も日本が抱える孤立の現状を伝え、向き合っていきたいと思っている。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。

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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)

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