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「飯塚被告は絶対許せない」高齢者に免許返納を迫る人が犯している意外な"勘違い"

プレジデントオンライン / 2021年7月4日 11時15分

東京・池袋で暴走した車にはねられ母子が死亡した事故現場で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(左)=2019年6月13日、東京都豊島区 - 写真=時事通信フォト

ネット上で“上級国民”と揶揄される飯塚幸三被告が2年前に池袋で起こした11人死傷事故を巡り、6月21日に行われた公判(過失運転致死傷罪)で自らの過失を認めず、無罪を主張した。精神科医の和田秀樹氏は「飯塚被告への非難の高まりは理解できるが、これを機に、高齢者に対する免許返納の圧力や高齢者差別が強まるおそれがある。免許返納した高齢者は返納しない人の8倍も要介護の状態になるリスクがあるという調査も発表されている」という――。

■「上級国民」「トヨタのせいにする老いぼれ」飯塚被告への非難の高まり

旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(90)は2019年4月に東京・池袋で車を暴走させ、次々と人をはねて死傷者11人の大事故を起こした。

妻(当時31)と娘(同3)を亡くした夫(34)が、6月21日、東京地方裁判所で行われた飯塚被告の過失運転致死傷罪を問う公判で、被害者遺族として詰め寄った際も、過失を一切認めず、無罪を主張する姿に非難が高まっている。

確かに、これだけの事故を起こして収監されなかったこともふくめ、「飯塚被告=殺人犯」「上級国民」「トヨタの責任にして自らの非を認めない老いぼれ」と多くの人が思うのも無理はないかもしれない。だが、医師である私はこの件で別の心配をしている。それは、90歳の飯塚被告を象徴とする高齢者への差別意識が高まるのではないかということだ。

この手の事件を起こした人間に強い処罰感情が起こるのは当然のことだが、有罪になればそれでいい、というわけではないだろう。再発防止のための法改正などをすべきケースもある。

■高齢者ドライバーの死亡事故は減り続けている

近年、高齢者の違反運転や交通事故がクローズアップされることで、「高齢者は免許返納すべし」という声が高まり、2017年に道路交通法が改正された。75歳以上の人は運転免許更新時に「認知機能検査」が義務付けられ、2020年の道路交通法改正では運転技能の確認のための実車試験も追加された。

飯塚被告が事故を起こした2019年には高齢者の免許の自主返納が進んだ。85歳以上の返納率は2018年には11.75%だったが、翌年は14.41%。順調に返納率が上がっているが、飯塚被告の動向もあり、「高齢者=危険」だから車を取り上げてしまえ、という人が潜在的に多いように思える。

警察庁「交通安全白書」を調べてみると、運転手が75歳以上、もしくは80歳以上の場合の死亡事故はほかの年齢層と比べても多い。2009年の運転者10万人当たりの死亡事故件数は80歳以上が15.2件、75歳以上は13.0件だったが、2019年には80歳以上が9.8件、75歳以上が6.9件に対し、75歳未満が運転者の場合は3.1件となっている。80歳以上の高齢者であっても死亡事故を起こす確率は1万人に1人以下であり、高齢者の死亡事故は減り続けていることもわかる。

高齢者の運転が危険という啓蒙(けいもう)のために安全意識が高まったのと、さまざまな安全装置が開発され、サポカーも普及し、自動車の安全性能が向上したことによるのだろう。

■16~24歳ドライバーのほうが高齢者より多く人をひき殺している

警察庁の「高齢運転者交通事故防止対策に関する有識者会議の配布資料」(2016年)によれば、運転者が起こす死亡事故のパターンにおいて、「車両単独事故」(工作物などに衝突して自分が亡くなる事故)は75歳以上が40%、75歳未満が23%だった。一方、人をはね殺す「人対車両」の事故は75歳以上が19%で、75歳未満の38%の半分だ。

必ずしも池袋の事故のようなケースは多くはないとはいえ、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる死亡事故は75歳未満と比べ、75歳以上のほうが多く、高齢者は免許を返納すべきだという気持ちは理解できる。

しかしながら、危ないから(人をはねたりしやすいから)運転すべきでないという考え方でいけば、16~24歳までのほうが免許保有者10万人当たりで人をひき殺している数は多い。高齢者に免許返納を求めるなら、24歳までは免許を取るなというアナウンスもしなければ年齢差別ということになるかもしれない。

■「運転をやめた人」は「運転を続けた人」に比べ“要介護リスク”2倍

それ以上に私が問題だと思うのは、高齢者の免許返納は、高齢者の事故を減らす可能性がある一方で、副作用が大きいということだ。

東京・池袋で暴走した車にはねられ母子が死亡した事故現場で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(左)=2019年6月13日、東京都豊島区(写真=時事通信フォト)
東京・池袋で暴走した車にはねられ母子が死亡した事故現場で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(左)=2019年6月13日、東京都豊島区(写真=時事通信フォト)

筑波大学の市川政雄教授らのチームが、愛知県の4市町に住む65歳以上の高齢者のうち、2006年~2007年時点で要介護の認定を受けておらず、運転をしている2844人を調査した。

この2844人に対し、2010年に運転を続けているか改めて尋ね、「運転を続けた人」と「運転をやめた人」に分け、その後6年間にどれだけの人が要介護認定を受けたかを比較したところ、2010年時点で「運転をやめた人」は「運転を続けた人」に比べて、“要介護となるリスク”が2.09倍に上ることがわかったというのだ。

そのほか、国立長寿医療研究センターが65歳以上を対象に行った調査では、運転をやめた人が要介護状態に陥るリスクは、運転を続けている人の約8倍という結果が出ている。

これは、とくに地方では免許を返納すると外出の機会が大幅に減るため、と考えられている。実は、コロナ自粛でも要介護者数は増えることが予想されている。

■免許返納の強要→要介護者増加→国の介護費コスト増→人々の税金増

高齢者に免許返納を強いても、事故のリスクを劇的に減らすことにはつながりにくいが、6年後の要介護の可能性を2倍にする。75~79歳なら要介護率を13.7%から27.4%にしてしまうれがあるということだ。

こうした介護にかかるコストは介護保険料と税金で多くが賄われる。つまり、国民が汗水流して稼いだ給料から引かれる介護保険料と税金が増えることにつながりうる。

それでも、市民の安全のためには免許返納を迫るべきと考えるのか、サポカーをさらに普及させ、自動運転の開発を急ぐべきか(これが実用化した際に、免許を返納している人でも利用できるかの議論を含めて)をもう一度議論すべきだろう。

■運転時を含め「意識障害」を起こしやすい人はどんな人か

私がもうひとつ問題にしたいのは、今回の飯塚被告の事故原因が本当に高齢のためだけかということだ。

もちろん飯塚被告が主張するように、車に不具合があったと言いたいわけではない。

ただ、飯塚被告が認知機能検査でもひっかからず、またふだんはそんなに危ない運転を常習的に行っていたという話は現在のところ報じられていない。

高齢者が事故を起こしやすい原因というと、主に「動体視力の低下」「体力や筋力の低下」「判断力の低下」の3つが挙げられる。要するに飛び出してきた子供をよけられないとか、運転技能が低下してあちこちにぶつけるとかというパターンである。道に迷った際に判断ミスでパニックを起こす可能性も含まれるだろう。

ハンドルを握る高齢者の手元
写真=iStock.com/dszc
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dszc

テレビなどのマスコミが報じる高齢者の事故や危ない運転というと、通常は、暴走や逆走である。確かにアクセルとブレーキの踏み間違いはあり得るが、通常は上記の3つの加齢による高齢者運転の事故リスクで、暴走や逆走は起こらない。また、暴走や逆走を起こす人たちも日常的にそれをやっていることはまずない。

私が高齢者専門の精神科医の立場として疑うのは、意識障害である。

要するに、体は起きているが脳のほうが寝とぼけている状態だ。高齢者の場合、この症状が起きやすい。なぜなら、複数の持病を抱えていることが多いからだ。

意識障害は、例えば、血圧や血糖値が下がり過ぎて起こることも珍しくない。糖尿病は血糖値が上がる病気と思われがちだが、血糖値のコントロールが悪くなる病気である。つまり、高血糖だけでなく低血糖も起こりやすい。すると意識が混濁しやすい。

私が以前、高齢者専門の総合病院に勤務していた際、糖尿病専門医から聞かされたのは、正常値を目標に血糖値を下げると低血糖になる時間帯がどうしてもできてしまうので、認知機能が低下したり、失禁したりすることがあるということだった。実際、高齢者の場合、血糖値をやや高めでコントロールしたほうが生存率は高いという大規模調査の論文が次々と発表されている。

認知機能の低下などではなく、こうした持病や服薬の影響によって、危険運転につながる可能性は否定できない。それは、非高齢者にも言えることだ。

■事故を起こした人、暴走・逆走をした人の服薬状況をチェックすべき

意識障害の原因としてもうひとつ怖いのは、低ナトリウム血症がある。

高齢になり、とくに血圧が高い人は「塩分を控えろ」と言われるが、高齢になると腎臓の機能が落ち、ナトリウムを貯留しにくくなるので、塩分を控えすぎると低ナトリウム血症を起こしてしまう。利尿剤を使っているととくに起きやすい。これは意識障害だけでなく、ひどい場合にはてんかんのような症状も出る。当然、車の運転どころではない。

さらに、若い頃と比べて肝臓の機能が落ちる分、いろいろな薬の血中濃度の半減期が長くなることで薬がなかなか抜けない状態になることもある。睡眠導入剤や精神安定剤を使っていると、それが抜けず、頭がボーっとした状態になりやすい。その他、いろいろな薬を併用していると思わぬ意識障害が起こることも知られている。

事故を起こした人、暴走をした人、逆走をした人などの服薬状況をチェックして、どの薬が運転の際に危険であるかを特定できれば、多少なりとも、飯塚被告が引き起こしたような痛ましい事故の再発防止につながるかもしれない。

少なくともすべての高齢者から免許を取り上げるより、特定の薬を飲んでいる人の運転を控えてもらうほうが、経済的なダメージや、要介護高齢者の増加を防げることだろう。

■高齢者を一律に危険視し、免許返納を迫るのは間違い

「自分は悪くない、車が悪い」といった態度を貫き、罪を認めようとしない飯塚被告の態度をみていると「罪を憎んで人を憎まず」という気になれないかもしれない。

だが、事故の再発予防や高齢者のQOL(生活の質)の維持のためには、高齢者を一律に危険視し、免許返納を迫るより、何が本当に危ないのかの分析が必須だと私は信じている。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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