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暴走運転の原因は「運転脳」にある…高齢ドライバーの事故率が3.4倍になる「白質病変」という脳の異常

プレジデントオンライン / 2024年4月11日 10時15分

「認知機能検査」が強化された(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/T Turovska

高齢ドライバーの「暴走事故」の原因はどこにあるのか。医師の朴啓彰さんは「事故を起こす高齢者の脳には『白質病変』という特徴がある。脳ドックを受ければ、そうした異常をすぐに確認できる」という――。

※本稿は、朴啓彰『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)の一部を再編集したものです。

■「高齢ドライバー」への非難が高まっていた

「高齢者に車を運転させるのは、危ないんじゃないのか」

私の記憶では、2010年前後あたりから、このような声が世間で頻繁に聞かれるようになりました。高齢ドライバーの起こす交通事故が目立ち始めてきたからです。

そして、事故の件数は日増しに上昇していきました。その中心には、認知機能の落ちてしまっている人たちが多くいました。

「いったい警察は何をしているんだ! 認知症の人に免許を与えるな」

このように、非難の声は高まるばかり。2010年代半ばには、高齢ドライバーによる事故はすでに大きな社会問題になっていました。

■「認知機能検査」が強化された

そんな情勢を受け、NHKは専門家をまねいて時事問題について討論を展開する番組「日曜討論」にて、高齢ドライバー事故をテーマに選択。番組内でいかに事故を防止するかについて話し合いがもたれ、国が喫緊の課題として取り組むべきであるという結論に至りました。

これが2016年12月11日のことです。

討論の内容はものすごくタイムリーで、的確で、有意義でした。

自動車運転外来を開設する前でしたが、私は高齢ドライバーの診断を行う専門の医師として、「これはええ番組やなぁ」と感心したことを鮮明に記憶しています。

おそらく国にとって、この番組の放送が大きく舵を切る契機になったのでしょう。

すぐに道路交通法が改正され、2017年3月から高齢者の免許更新時や軽微違反時に課せられる認知機能検査が強化されました。

■認知症ドライバーによる事故は大きく減った

すると、まさに効果はてきめん。認知症や軽度認知機能障害の人だけでなく、「最近ちょっと怪しくなってきたな」とご自身もしくはご家族が感じるようになった人が、免許を自主返納するケースが一気に増えました。

2016年の免許返納件数が34.5万件、免許返納率が7.65%だったのに対し、2017年になって前者が42.4万件、後者が11.62%に上がったのです。

もちろん、これに連動するかたちで、認知症ドライバーによる事故は大きく減りました。

■「運転脳が衰えてきている人」が事故を起こしている

これにて一件落着。となれば理想的な展開だったのでしょう。

しかし、そうは問屋が卸しません。社会の高齢化は加速度的に進んでいるので、認知症ドライバーは減っても、高齢ドライバー自体は減ることがなく(というより、むしろ増加しており)、事故も激減というわけにはいかなかったのです。

「じゃあ、誰が事故を起こしているの?」

おのずとそんな疑問がわいてきますよね。

その答えとして浮上してくるのが、「運転脳が衰えてきている人」になります。

手のひらの上に浮かぶ脳のイラスト
写真=iStock.com/mi-viri
「運転脳が衰えてきている人」が事故を起こしている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/mi-viri

認知症ではなく、日常生活にとくに問題はなく、会話の受け答えも可能で、自分の言動や行動の内容をおおよそ認識できている――そういう“ごく普通の高齢者”が事故を起こしているのです。

■「池袋母子死亡事故」加害者は認知症ではなかった

2019年4月19日、東京の池袋で乗用車が暴走して多重衝突を起こし、母子2人が死亡、9人が重軽傷を負うという痛ましい事故が起こりました。

加害者となったドライバーは87歳(当時)の男性。パーキンソン病の疑いはあったものの、認知症ではなかったとされています。

「認知症」と書かれたニュースの見出し
写真=iStock.com/y-studio
「池袋母子死亡事故」加害者は認知症ではなかった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/y-studio

少なくとも、警察の事情聴取や現場検証においては、しっかりと受け答えができていました。

加害者および弁護人は当初「車の電気系統の故障」を主張していましたが、その後の捜査により、事故原因はブレーキとアクセルの踏み間違いであると認定。裁判で禁錮5年の有罪判決がいい渡されました。

■脳の萎縮が進み、白質病変が発生していた可能性

このニュースは大々的に報じられ、高齢ドライバーの運転がそれまで以上に問題視される一因となったので、みなさんの記憶にも深く刻み込まれていることでしょう。

私はこの加害者を直接診ていないので断定はできませんが、事故の引き金となったブレーキとアクセルの踏み間違えを引き起こした要因について、「おそらくこうであろう」というひとつの確信めいたものを持っています。

それは、脳の萎縮が進み、白質病変が発生していたのではないかということです。

■80代では半数以上が「白質病変」

この現象は、運転脳の衰えと同義に考えていただいても構いません。

白質病変は加齢のほか、高血圧等の生活習慣病、喫煙、生活習慣の乱れなどによって生じる脳の毛細血管を中心とする脳虚血病変のことで、40代までは喫煙者以外ほとんど発生しませんが、50代くらいから増え始め、60代以降に急増し、80代では半数以上の人に認められます(当脳ドック施設でのデータ分析より)。

白質病変では、神経細胞が集まっている大脳皮質(灰白質)にダメージがないため、呂律が回らない、あるいは手足が動かないといった脳卒中でよく見られる明白な症状はありません。

ただし、広範囲にわたる白質病変は、脳梗塞の再発や血管性の認知症と高い関連性があります。

■交通事故を引き起こしやすくなる

そして何より、安全運転を阻害するやっかいなファクターになることが、私たちの長年の研究により明らかになっています。

大脳白質には神経細胞が乏しい反面、毛細血管と神経線維が密集しているので、白質病変では毛細血管のダメージとともに神経線維網(脳神経ネットワーク)が破綻しています。

白質病変は、脳神経ネットワークの破綻をもたらし、情報伝達の障害をまねき、それが運転操作に影響して、交通事故を引き起こしやすくするのです。

自転車と自動車の接触事故
写真=iStock.com/kazuma seki
交通事故を引き起こしやすくなる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kazuma seki

■「ブレーキを踏め」が「アクセルを踏め」に置き換わってしまう

例えば、脳が「ブレーキを踏め」という指令を出したとしても、ネットワークが壊れているためにうまく伝わらず、いつの間にか「アクセルを踏め」に置き換わってしまうケースもあるということ。

【図表1】白質病変が進行すると意図せぬ行動をとってしまう
出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』

あくまで推測の域を出ませんが、池袋の事故の加害者がそうだった可能性は否定できません。

■交差点の事故率が3.4倍になる

白質病変が自動車の運転に及ぼす影響や、関連性が認められている事例はまだまだあります。すでに論文として発表されているものをいくつか紹介しましょう(図表2)。

【図表2】白質病変が自動車の運転に及ぼす影響や関連性が認められている事例を示す代表的な論文
出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』

いずれもとても大切であり、重要なのですが、とりわけ強調しておきたいのは、①になります。

白質病変のある高齢ドライバーは、交差点で事故を起こしやすいのです。

あくまでも脳ドックを受けた健常中高齢者を対象にすれば、白質病変が左右にあると全体の事故率が1.6倍、交差点ではなんと3.4倍になるという研究結果が得られています。

■メタボ対策・高血圧治療で進行を止められる

自分の脳に白質病変があり、増加傾向があれば、車の運転は控えるでしょうし、仮に運転したとしても、交差点ではとくに慎重になるでしょう。

それだけ、白質病変が運転に及ぼす影響は大きいのです。

ただし、白質病変があったとしても、禁煙や運動などメタボ対策・高血圧治療でその進行を止めることができます。

おなかの肉をつまむ人
写真=iStock.com/kuppa_rock
メタボ対策・高血圧治療で進行を止められる(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kuppa_rock

白質病変内の毛細血管や神経線維は可塑性が高い組織なので、白質病変と安全運転能力低下は不確定なことがあり、最近の知見では、白質病変のみならず脳萎縮も考慮すべきだと考えられるのです(これを説明しているのは⑤と⑥)。

■できれば脳ドックを受けたほうがいい

脳萎縮や白質病変発生の有無は、脳ドックを受診し、頭部MRIを撮ることによってわかります。

それこそ、私が主宰する脳ドックに来ていただければ、脳の状態を瞬時に詳しく診断できます。

しかしそれは、物理的にも、時間的にも、金銭的にも、即座に実行しづらいことは承知しています。お住まいの地域にある脳ドックを受けるにしても、気軽に「じゃあ明日行ってこよう」というわけにはいきません。

ちょっと、ハードルが高いですよね。

できれば脳ドックを受けていただきたいのですが、受けなくても、脳が萎縮していたり、白質病変ができていたりする公算が大きいということは、ある程度予測できます。

■「飲酒・喫煙習慣がある人」は脳が年5ml萎縮する

脳萎縮と白質病変発生の原因は枚挙にいとまがありませんが、両者に共通する大きな要素として挙げられるのは、高血圧と飲酒・喫煙習慣です。

血圧が高い人、大酒飲みの人、タバコを吸う習慣のある人は脳萎縮と白質病変の両方に関係し、過度のストレスを抱えている人は脳萎縮に強く関係すると考えています。

通常、私が主宰する脳ドック施設のデータでは、男性は1年で2ml、女性は1mlの割合で脳萎縮が進行するのですが、飲酒・喫煙習慣のある人はそれが約5mlに、仕事や人間関係などにストレスを感じている人は約10mlに増加するのです。

さらに、運動不足や睡眠不足、不規則かつ栄養バランスの偏った食事、糖尿病をはじめとする生活習慣病が脳萎縮に影響することも、付け加えておかねばならないでしょう。

■脳萎縮がやる気の低下をまねく

また最近では、フレイルと脳萎縮・白質病変が密接に関係しているのではないかということが指摘されています。

朴啓彰『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)
朴啓彰『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

脳萎縮が進み、白質病変が継続的に増加すると、高次脳機能の衰退・低下、やる気・粘り・意欲の枯渇などをまねき、それがフレイルに結びついていくとする考え方です。

フレイルとはFrailty(虚弱)の日本語訳で、日本老年医学会が2014年に提唱した、健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態を指す概念を意味します。

そして、欧米の追跡調査では、白質病変とフレイルの関係が多く報告されています。

つまり、フレイルと診断されたら、それは白質病変が増えている可能性を疑ってもいいということです。

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朴 啓彰(パク・ケチャン)
医学博士、高知検診クリニック脳ドックセンター長
1985年、大阪大学医学部卒業後、1993年、大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。大阪府立泉州救急救命センター、関西労災病院などで勤務、高知大学医学部脳神経外科准教授を経て現職。2008年から脳ドック専門診療に従事するかたわら、交通科学に脳ドックビッグデータを活用した脳から見た交通安全対策を研究。2010年から高知工科大学で地域交通医学・社会脳研究室を主宰。2017年、日本ではじめて認知症疑いの高齢ドライバーを対象とした「自動車運転外来」を高知市・愛宕病院にて開設、話題になる。2023年から、けいはんな学研都市にあるATR(国際電気通信基礎技術研究所)の行動変容研究室研究員を兼務。日本脳神経外科学会、日本認知症学会、日本脳ドック学会、日本老年行動科学学会、日本頭痛学会、交通工学研究会、交通科学研究会、自動車技術会に所属。著者に『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)などがある。

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(医学博士、高知検診クリニック脳ドックセンター長 朴 啓彰)

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