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「人口の98%がタワマン住まい」東京23区で平均年収最低の足立区に存在する"特殊な地域"

プレジデントオンライン / 2021年9月23日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

足立区は東京23区で平均年収がもっとも低い特別区だが、そのなかにはポツンと孤立する高所得地域がある。早稲田大学人間科学学術院の橋本健二教授は「足立区の千住曙町や新田3丁目などの地域は、隣接する地域に比べて平均世帯年収推定値が200万円以上多い。これらの地域は大規模工場の跡地に高層マンションが建設されたため、高所得地域になっている」という――。(第1回)

※本稿は、橋本健二『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■千代田区で平均世帯年収推定値が低くなっている“特殊な場所”

東京23区の空間構造は、「中心と周縁」「東と西」という2つの対立軸によって特徴づけられる。しかしもうひとつの特徴も見逃せない。

それは東京23区の空間構造が、この2つの対立軸に沿っているわけではない地域があちこちに分散していて、かなり複雑だということである。これは図表の1と2をみれば明らかだろう。

【図表1】東京23区の地域別の平均世帯年収推定値
出所=『東京23区×格差と階級』
【図表2】年収200万円未満世帯比率推定値
出所=『東京23区×格差と階級』

都心にも、また西側にも、所得が低い地域がある。東側にも、所得が高い地域がある。ときおり所得の高い地域と低い地域が隣り合っている。法則性から外れる地域のなかには、特殊な事情をもった地域もある。

千代田区千代田は、その典型例である。東京23区のちょうど真ん中、皇居の位置に、平均世帯年収推定値が低い場所があるのに気づいた方もいると思うが、これが千代田区千代田である。

人口は98人で、世帯数は97世帯。世帯の内訳は、親族のみ世帯が1世帯と、単独世帯が96世帯。年齢は10歳代後半から30歳代が大半で、40歳代から50歳代が3人。

そして80歳代が男女1名ずつ。労働力状態は、不詳が2人、雇用者が96人。雇用者のほとんどは、公務に従事する保安職である。おわかりだろうか。親族のみ世帯を形成している高齢の2人は天皇と皇后(調査当時、現在は上皇と皇太后)であり、残りは皇宮警察学校の学生(身分は警察官)と関係者で、寮で1人暮らしをしているのだろう。

若年者が大半で、しかも所得水準が高くない保安職ということから、所得推定値が低くなったのである。

■周囲と所得水準が異なる地域の特徴

これとよく似ているのは、港区元赤坂2丁目である。

ここには赤坂御用地があり、皇太子一家(当時、現在は天皇)や秋篠宮一家などが住んでいたのだが、敷地内に皇宮警察の宿舎などもあって、130人ほどの公務員とその家族も住んでいる。単独世帯が多いので、やはり単身の若い警察官などが多いのだろう。

赤坂離宮
写真=iStock.com/Agnesstreet
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Agnesstreet

しかし、このように特殊な事情があるわけでもないのに、都心、東部、西部を問わず広い範囲に、周囲と違って所得水準が高い、あるいは所得水準が低い場所が散見する。高所得の地域が密集する港区の片隅に、所得水準の低い場所がある。

池袋や新宿など、都心の繁華街のすぐ近くに、所得水準の低い場所がある。高級住宅地が連なる杉並区や世田谷区の片隅に、低所得世帯が集中する場所がある。全体としては所得水準が低い荒川区や足立区に、ポツンと所得水準の高い場所がある。

ときには、平均世帯年収推定値が300万円ほどの場所と600万円を超える場所が隣り合っている。こうしたところに注目していくと、中心と周縁、東と西という単純な原理で構成されているかにみえた東京23区の空間構造が、複雑なモザイク画のようにもみえてくる。

電子地図やインターネット上で公開されている地図と比べながら詳しくみていくと、理由が判明するものもある。よくあるのは、大規模な公営住宅が立地しているケースである。

たとえば都営青山北町アパートのある港区北青山3丁目、都営広尾(ひろお)5丁目アパートがある渋谷区広尾5丁目、そして新国立競技場の建設にともなって取り壊された都営霞(かすみ)ヶ丘アパートがあった新宿区霞ヶ丘などである。

所得制限をかけて居住者を集めるわけだから、これらは人為的に作られた低所得地域といっていいだろう。同じような地域は、世田谷区や目黒区など、西側の所得水準の高い地域も含めて、東京23区の全域にみられる。

■足立区にポツンと存在する高所得地域

しかし、実は都営住宅がいちばん多いのは、低所得地域が全体に広がる足立区である。

その戸数は約3万戸で、都営住宅全体の約2割を占めている。低所得者の多い東側の外縁部に低所得者向け住宅が集中しているのだから、「中心と周縁」「東と西」の構造を、人為的に強めたということもできる。

反対に、所得水準の低い地域のなかに、高所得地域がポツンと孤立しているような場所もある。なかでも目をひくのは荒川区の東端、足立区との区界を流れる隅田川が大きくカーブした場所にある、荒川区南千住(みなみせんじゅ)4丁目と8丁目である。

ここはもともと、大きな紡績工場があり、その北側が木造住宅の密集地になっていた場所だが、1990年代から2000年代にかけて大規模な再開発が行なわれ、高層住宅が建ち並ぶ地域となった。

2015年の国勢調査によると、全世帯6102世帯のうち、約98%にあたる5976世帯までが、11階以上の高層住宅に住んでいる。都営住宅もあるので、高所得層一色というわけではないのだが、これは近年になって人為的に作られた高所得地域ということができる。このような例は、あとで詳しくみるように増加傾向にある。

■専門職・管理職が集中する中高層マンション地帯

足立区は東京23区の最北端に位置し、荒川区はその南側の、隅田川を隔てたところにある。

荒川区は面積が10.16平方キロメートルと、台東区に次いで狭いが、人口は21万人を超える人口密集地域で、人口密度は豊島区、中野区に次いで高い。足立区は面積が53.25平方キロメートルと広大で、大田区、世田谷区に次いで広い。人口は約69万人である。

いずれも1932年に成立した東京35区のひとつで、荒川区は旧北豊島郡の南千住町、三河島町(みかわしままち)などの4町、足立区は南足立郡の千住町、西新井町(まち)などの10町村が統合されて成立した。

図表3は、専門的・管理的職業従事者比率を示したものである。比率が高い地域は、まず西日暮里から町屋(まちや)、北千住、綾瀬を結ぶ地下鉄千代田線と、日暮里から三河島、南千住を経て北千住に至るJR常磐線の沿線である。

【図表3】荒川区・足立区の専門職・管理職比率
出所=『東京23区×格差と階級』

この両路線は乗り入れを行なっていて、北千住の先は同じ線路を走っている。これらの地域は、平均世帯年収推定値の高い地域でもある。都心で働く新中間階級が、駅の近くに住んでいるのだろう。

これらのなかには、大きな紡績工場の跡地に高層マンションが建てられた前述の荒川区南千住4丁目(30.0%)と8丁目(25.0%)、やはり工場の跡地に中高層マンションが建設された足立区千住曙(あけぼの)町(ちょう)(31.1%)なども含まれる。

そのほか、比率の高い地域が点在しているが、これらのなかにも大規模工場の跡地に中高層マンションが建設された場所がある。東伸(とうしん)製鋼東京製鋼所の跡地にハートアイランド新田(しんでん)が建設された足立区新田3丁目(26.3%)、日清紡績化成の工場跡地に西新井ヌーヴェルが建設された同西新井栄町(さかえちょう)1丁目(26.7%)などである。

つくばエクスプレス六町駅のある足立区六町4丁目(27.6%)には、とくに大規模なマンションがあるわけではないが、過去の地図と照らし合わせると、倉庫や農地だった場所に中小のマンションが多数建設されており、ここに多くの専門職・管理職が移り住んだものと思われる。

■マニュアル職が多い地域の共通点

図表4はマニュアル職比率を示したものである。

「マニュアル職」とは、「主に手足を動かして行なう仕事」というような意味で、「農林漁業従事者」「生産工程従事者」「輸送・機械運転従事者」「建設・採掘従事者」「運搬・清掃・包装等従事者」を指している。

【図表4】荒川区・足立区のマニュアル職比率
出所=『東京23区×格差と階級』

しかし、この地図をみる前にいま一度、図表5で東京23区全体の傾向を確認しておこう。ここから明らかなように、足立区は23区のなかでもっともマニュアル職比率が高い区である。

【図表5】東京23区の町丁目別職業分布
出所=『東京23区×格差と階級』

マニュアル職比率が高い地域は、葛飾区、そして江戸川区、荒川区、板橋区のそれぞれ北部、大田区の南部などに広がっているが、足立区での広がりはとくに顕著だといえる。図表4で確認すると、とくに北端の足立区入谷と同花畑(はなはた)には、50%を超える地域がある。

この2つの町にマニュアル職の多い理由は異なっている。前者は零細な工場、リサイクル施設、産業廃棄物処理場などが密集する地域であるのに対して、後者は都営住宅が立地している地域である。比率の高い他の地域も、だいたいこのいずれかのパターンに分類できそうだ。

荒川区と足立区だけで作成したこの地図では、荒川区のマニュアル職比率は低いようにもみえるのだが、図表5でみればわかるように、かなり比率の高い地域である。とくに比率が高いのは、荒川区町屋、同西尾久(にしおぐ)などで、やはり多くの町工場がある地域、あるいは都営住宅のある地域である。

■15歳未満人口比率が高い地域の2つの特徴

図表6は15歳未満人口比率である。興味深いことに、比率の高い地域には、性格の異なる2種類があるらしい。

【図表6】荒川区・足立区の15歳未満人口比率
出所=『東京23区×格差と階級』

図表3、図表4と見くらべると気がつくのだが、ひとつは荒川区南千住、足立区千住曙町、同新田、同西新井栄町など、工場跡地などに中高層マンションが建設された、専門職・管理職比率が高い地域である。

もうひとつは、足立区舎人およびその周辺、そして東武伊勢崎線とつくばエクスプレス線にはさまれた地域など、比較的交通が不便でマニュアル職比率が高い地域である。

これらの地域では、交通の便利な場所の中高層住宅に子育て世代の新中間階級、比較的交通の不便な場所に同じく子育て世代の労働者階級が住むという形で、人口再生産が行なわれているようだ。

地下鉄千代田線の綾瀬駅から北へ1駅分だけ支線が出ており、終点に北綾瀬駅がある。ここから東へ少し歩いてから南に下ったところに、足立区東和(とうわ)3丁目がある。北綾瀬駅からは徒歩12分ほどだが、JR常磐線の亀有駅から歩いても17分ほどである。

ここの15歳未満人口比率は20.2%で、荒川区南千住8丁目(22.7%)や足立区新田3丁目(21.8%)などに次いで、荒川区と足立区の全町丁目のなかで5番目に高い。2007年に建設された、15階建てで全555戸のマンション、トーキョーガーデンスイートの所在地である。

■中間層がじわじわと増加してきている足立区

実はこの地域は、私が大学に入学して最初に住んだ江東区の門前仲町から、1年半ほどで引っ越して住んだアパートのすぐ近くである。この地を選んだのは、ひとえに家賃が安かったからだった。

橋本健二『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)
橋本健二『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)

文科系の研究者をめざす学生なら普通のことだが、貧乏なくせに本だけはたくさんもっていたので、広くて家賃の安いところを探した結果、自然に足立区に落ち着いた。とはいえ、地下鉄を使えば都心まで20分ほど。大学へ行くにも便利だった。駅との間の道の両側には一戸建てや木造アパートが建ち並んでいたが、畑も点在していた。

いろいろな思い出があるので、何年かに一度は出かけて行って、住んでいたあたりを散歩する。畑はマンションに変わり緑は失われたが、家賃や物価が安くて住みやすいということ自体は、おそらくいまも基本的には変わらない。しかし、変化もある。

マンションの増加はずいぶん前から始まっていたが、次第にやや値段の高い中間層向けの大規模マンションが増え、ジェントリフィケーションが進んだことである。

図表7からわかるように、東京23区では1980年から2015年の間に新中間階級比率が上昇し、地図は全体に色が濃くなったが、足立区の新中間階級比率も12.4%から19.7%へと上昇し、地図の色分けではいちばん下のカテゴリーから、下から3番目のカテゴリーへと移動している。

【図表7】東京23区の階級構成とその変化(1980年―2015年)
出所=『東京23区×格差と階級』

最近、散歩に行ってみて、以前はなかったスーパーをみつけた。のぞいてみると、全体に値段は安かったが、肉売り場に黒毛和牛があったり、酒売り場に2000円台のワインやクラフトビールがいろいろあったりで、中間層の多様なニーズにも応えているようだった。

■所得水準は低下し続けているが好ましい変化も

同じことは、西新井ヌーヴェルにもあてはまる。

マンションに併設されたアリオ西新井という商業施設には広い自転車置き場があり、周辺の所得水準の低い地域から、多くの住民が自転車で買い物にくる。足立区は土地が平坦なので、自転車があれば遠くからでも買い物に来やすいのである。

ジェントリフィケーションとはいっても、決して富裕層というわけではない中間層の流入だから、旧住民とのギャップは大きくはない。都心や山の手の一部にみられるように、新しいマンションが周辺住民を排除するゲーテッド・コミュニティになったり、商店街が富裕層向けの店ばかりになって旧住民が困ることもない。

【図表8】東京23区の基本統計
出所=『東京23区×格差と階級』

図表8に示したように、足立区のジニ係数は0.310と、東京23区で最低である。全体としては足立区の所得水準は、依然として低下を続けているが、他方では好ましい変化も起こっているといっていいだろう。

(脚注)
(*1)
面積は2021年の「全国都道府県市区町村別面積調」による。人口は2020年の「住民基本台帳」による。世帯数、65歳以上人口比率、15歳未満人口比率は2015年の「国勢調査」による。1人あたり課税対象所得額は2019年の「市町村課税状況等の調」による。年収1000万円以上世帯比率、年収200万円未満世帯比率は2018年の「住宅・土地統計調査」による。ジニ係数は2018年の「住宅・土地統計調査」から著者が算出した。算出にあたっては、平均世帯人員が区やそれぞれの所得階級によって異なることを考慮し、所得階級ごとに所得を平均世帯人員の平方根で割った疑似等価所得を用いている。

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橋本 健二(はしもと・けんじ)
早稲田大学 人間科学学術院 教授
1959年生まれ。石川県出身。東京大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程修了。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『アンダークラス2030』(毎日新聞出版)などがある。

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(早稲田大学 人間科学学術院 教授 橋本 健二)

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