「親の収入格差を行政が全面フォロー」ドイツ人が子育てをあまり負担に思わないワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月8日 9時15分
■「お客さん」のつもりがドイツに住み着いた外国人労働者
【池上】ドイツは日本と同じく少子高齢化問題に直面しています。その労働力不足を移民の力で乗り切ろうと一時期、力を入れていました。
【マライ】移民労働者、「ガストアルバイター(Gastarbeiter)」の話ですね。「ガスト(Gast)」、つまり「ゲスト」「お客さん」と呼んだくらいですから、ドイツに来て一定期間働いていただいて、将来的には自国に帰ってもらうはずだった外国人労働者のことです。
【池上】そのはずだったけど、実際には帰ってもらえなかったという……。
【マライ】政府の見込み違いでした。でも、そりゃ住み着きますよね。仕事があって、治安も教育もいい。特に子どもがいたら、そのまま家族で住み着きますよ。
【池上】最初はトルコ系でしたよね。
【マライ】50年代後半くらいから、積極的に受け入れてきました。
トルコとイタリア、ギリシャなどですね。その結果、たしかにドイツの経済は成長したけれど、そのツケが数十年後にやってきました。「いずれ母国に帰るんだから」と、ドイツ語教育などに本腰を入れないまま二世、三世が生まれていった。先ほど教育問題の話で述べたように、ドイツにいながらドイツ語が喋れない人々が大勢生まれたんです。
外国出身の労働者たちは、その地域で独自のコミュニティを形成します。ドイツ語ができなくても日常会話さえできれば、コミュニティ内の母国語でなんとか生活できてしまうんですね。
子どもたちは地元の幼稚園にも行かず、お母さんと一緒に家で生活し、小学校入学という段階になって初めて、ほとんどドイツ語が話せないという状況に直面する。
■5人の子どもがいれば、毎月14万円超が振り込まれる
【増田】そうです。教育問題の背景にある家計の事情も無視できません。率直な話、親が仕事もせずに子どもたちの児童手当で生活している家庭もたくさんありましたよ。ドイツは社会保障が充実しているから、子どもが大勢いるとそれが「稼ぎの源泉」になってしまう。4〜5人の子どもがいれば、毎月十数万円ほどの児童手当が入ってくる。
【マライ】トルコと言っても広く、イスタンブールなど大都市での生活はけっこう豊かです。だけど地方出身者の場合、外国に出稼ぎに行かざるを得なくなるケースも多いし、地域や家庭に昔ながらの価値観が残っていがちなこともあり、異国生活ではとかくギクシャクしがちです。さらに多産文化でもある。そういう家庭は、ドイツでも子だくさんになる傾向が強い。
ドイツの場合、「子どもがいる家庭にはきちんとした環境をつくらなければ」という観点から、いろいろお金を受給する権利が生じます。子どもが生まれたら、まず「両親手当(Elterngeld)」を受給できます。日本と同じく「児童手当(Kindergeld)」もあります。しかも日本より受給期間も金額も手厚いんですよ。
子どもが18歳になるまでもらえるし、その後も子どもが進学などした場合、25歳まで受給できる。金額はだいたい一人当たりひと月200ユーロ強。子どもが複数になれば若干加算されます。だから子どもが5人もいれば、ひと月1100ユーロ以上、日本円にして14万円以上もらえるんですね。これが、増田さんがご覧になった状況のベースとなる施策なんです……。
■児童手当の支給に際し、所得制限はない
【増田】そんなに‼
何だか、うらやましい話ですね。日本では児童手当を減らす方向にあります。例えば中学生以下の子どもを対象とした児童手当の場合、高所得世帯向けの「特例給付」について、年収1200万円以上の世帯への支給を廃止することになりました。この改正児童手当法は、2022年10月支給分から適用されます。浮いた財源は、新たに保育所を整備するなど待機児童の解消に充てるとしています。所得の多い世帯は、児童手当がなくとも子育てには困らない、という発想なのでしょう。確かにそうなのかもしれませんし、限りある予算を少しでも多く配分したい、と考えたら、ある意味合理的な判断なのかもしれません。
ドイツは、児童手当の支給に際し、所得制限はあるのですか?
【マライ】それはないです。ドイツの法律は親の経済的な状況ではなく、子どもの福祉を第一に考えるように設計されているんです。だから、すべての子どもに同じ額が割り当てられる。ちなみにドイツでは、進学した18歳以上の子どもでも親が養う義務があって、その義務を果たさない場合、子どもが直接自分の口座に手当が振り込まれるように申請できます。親ではなく、子どものためのお金ですから。
■どんな家庭の子どもでも手当は一律であるべきか
【増田】そもそも「社会で子どもを育てる」ということを前提に考えた場合、日本の制度設計はどうなのかという疑問が個人的に残ります。家庭環境や経済状況がどんな条件であっても、子どもが等しく教育を受けられ、健全に育っていくことができる環境を整える。そう考えたら、理念としては、児童手当の金額は一律であるべきだと思うんですよね。
以前、フィンランドの保育所を取材したとき、保育料が実質的に無料になるのは、子どもを保育所に入れると児童手当がそのまま保育所に支払われるからだと聞きました。なので、例えば1人目を保育所に入れていたけれど、2人目が生まれて母親が産休・育休で自宅にいるので上の子も自宅で過ごすようになった、という場合には、児童手当が今度は家庭に振り込まれるそうです。
ドイツでは、所得の低い、例えばひとり親世帯への支援などはどうなっていますか。
■「奨学金」を返済させる日本は国際水準からズレている
【マライ】わりと手厚いですね。ひとり親の場合は出産時にベビーセットももらえますし、仮に離婚相手が養育費拒否をした場合、国が代わりに支払ってくれます。失業中や低収入で家賃や健康保険料が払えないケースでも、国が代わりに払ってくれます。
これはオプションですけど、例えば「子どもに人並みに習い事をさせたいけれども、収入が少なすぎてできない」という場合、習い事のクーポン券が発行されたりもするんです。これは国ではなく住んでいる自治体単位ですけど、水泳教室とかバイオリン教室とかに通わせることができる。学校の修学旅行代も同様です。
【池上】日本では親の経済格差が子どもの学力格差につながっているというデータがあります。実は私の学生時代も「東大生の親の所得は、他の大学生の親の所得より高い」と言われていました。
もちろん東大生の中にも苦学生はいますが、総じて「恵まれた家庭のお坊ちゃん、お嬢ちゃん」という印象があります。例えば東工大には「家族の中で初めて四年制大学に進学した」という学生を対象にした奨学金制度があるんです。個々の大学にも努力してほしいけど、結局は幼稚園や保育所から高校まで学費を無料にしていく取り組みがもっと必要だよね。
それに日本の「奨学金」の中には、後に返済しなければならないものがあります。これは、国際水準で言えば「学資ローン」であって、奨学金とは言えませんよね。
■ドイツでは「ホームレスになる必要がない」
【マライ】変な表現ですけど、ドイツでは「ホームレスになる必要がない」んです。つまり、路上生活や、ファイナルステージとしての「生活保護」の手前に、いろんな階層で救済措置があるから。ましてや貧困を子どもの人生にまで及ばせたくないという、社会全体での合意ができているんです。もちろん、それでも路上生活している人はそれなりにいますが。
【池上】日本でも、生活保護になる前の救済措置が2015年にできました。「生活困窮者自立支援制度」です。働く意思がある人を対象に、一時的に支援して自立を促すための制度ですね。生活に困っていて生活保護に助けを求めることになりそうな人や、生活保護から抜け出したい人などが利用できるように、というものです。相談窓口は、市区町村に設置された福祉事務所になりますが、意外に知られてないですね。
■高い税金を払った人は対価を得る「権利」がある
【マライ】こういった社会保障について話すとき、私のようなドイツ人が常に意識してしまうのは、やはり「義務」と「権利」の関係性です。ドイツでは高い税金を払う「義務」もしっかり発生しますが、同時に、いざとなったら様々な手当てを受給できる「権利」もあると考えます。だから、そのあたりをしっかり調べた上でもらえる手当をしっかりもらっている人に対しては、ちゃんと評価するようなところがあります。「権利に関する義務をちゃんと履行した」みたいな、というとアレですけど(笑)。
【池上】どうも、日本の場合は両極端なケースが目立つ気がします。
お金は個人で何とかするもの、という考え方が根強いので、社会保障のシステムを理解できていなかったり、教育費は個人負担が当然だったり。「4つのポケット」なんていう言われ方もしますが、両親なり祖父母なりが少なくなった子や孫にお金をつぎ込むみたいな状況が生まれていますよね。
やっぱり日本の場合、「社会が子育てをする」という観点の弱さが、いろいろな問題の根底にある気がしますね……。
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翻訳家、エッセイスト
1983年生まれ。ドイツ出身。NHK「テレビでドイツ語」、「まいにちドイツ語」などに出演。二度の留学を経て日本との「縁」を深め、2008年より日本在住。通訳・翻訳・ドイツ放送局のプロデューサーにウェブでの情報発信と多方面に活躍。著書に『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』(NHK出版)がある。
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ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』など著書多数。
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ジャーナリスト
国學院大學卒業。27年にわたり高校で社会科を教えながら、NHKのリポーターを務めた。世界各地を精力的に取材している。著書に『新しい「教育格差」』『教育立国フィンランド流 教師の育て方』『揺れる移民大国フランス』などがある。
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(翻訳家、エッセイスト マライ・メントライン、ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ)
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