テスラ車で10人が死亡しても一切謝罪せず…イーロン・マスクが超強気を貫く本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年10月12日 11時15分
2021年8月13日、ドイツ東部のベルリン近郊グリューンハイデで、建設中のTesla Gigafactory工場を訪問した米国の起業家・ビジネス界の大物イーロン・マスク氏。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■運転支援システムなのに「完全自動運転」のような名称
今年8月、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は約80万台のテスラ車に関して、運転支援システムの安全性を調査すると発表した。2018年以降に発生した緊急車両を巻き込んだテスラ車の衝突事故が11件に上り、うち1人が死亡したことを受けての対応だった。
テスラの「オートパイロット」と1万ドル(約110万円)のオプション機能「フル・セルフ・ドライビング(FSD)」はドライバーの監視が必要な「レベル2」に相当する“運転支援システム”だが、名前が完全自動運転であるかのようで紛らわしく、物議を醸していた。
自動運転はレベル0から5までの6段階で表され、レベル2は、ドライバーは常にハンドルに手を置き、運転状況を監視することが求められる。運転主体はあくまでヒトである。これがレベル3になると主体は人からシステム側に移り、そして、レベル5は完全自動運転となる。
NHTSAは緊急車両を巻き込んだケース以外でのテスラ車の衝突事故についても調査を行っており、16年以降でオートパイロット稼働中のテスラ車が少なくとも30件の衝突事故を起こしており、これらの事故で10人が死亡したと報道されている。
テスラのCEOのイーロン・マスクは、度重なる衝突事故が発生しているにもかかわらず、オートパイロット稼働中に起きた事故に対し、一度も謝罪していない。振り返ると、2016年にフロリダ州でオートパイロット稼働中のテスラ車が死亡事故を起こした際は、世間の多くから「オートパイロットを中止しろ」と批判の声が上がった。
■「人が運転するより、オートパイロットのほうが安全」と反論
だが、イーロンは「統計的に米国では1.5億kmの走行で1件の死傷事故が起きている。一方、オートパイロットを使ってテスラユーザーたちが走行した距離は合計約2億km以上で、今回のフロリダの事故が初の死亡事故だ。比較すれば、オートパイロットは人間よりも優れていると判断できる」と主張し、開発の継続を公言した。この発言を受けて世論もテスラ支持に傾いていった。
「自動運転」と聞くと完璧なものを期待してしまうが、イーロンは「自動運転は、ある種の確率の問題だ」と主張する。人々は自動運転に完璧を期待するのではなく、「人の運転より安全かどうかで考えなくてはいけないんだ」というイーロンの指摘は現実的だ。
以降、イーロンは事故が起きても「人が運転するより、テスラのオートパイロットのほうが安全だ」との主張をデータを示しながら繰り返してきた。
だが、テスラ車の販売台数が増えるとともに、自動運転での事故も増加している。なにより、テスラはオンラインでつながっているモデルSやモデル3といった実車を公道で走行させて膨大なデータを収集し、自動運転開発に生かしてきた。公道でテスラユーザーを実験台にするかの手法には根強い批判もある。
なぜテスラはユーザーを実験台にするようなやり方で開発を進めているのか。そこにはテスラが採用している「ベストエフォート型」と呼ばれる開発手法が関係している。
■シリコンバレーでは常識の「ベストエフォート型」
まず、ベストエフォート型の対極にある「ギャランティ型」について説明しておこう。
テスラ以外のトヨタやGMなどの自動車開発は、「ギャランティ型」と呼ばれる手法を採用している。あらゆる状況を最大限想定し、性能テストや品質確認を何度も繰り返し、時間とコストをかけて不良品が出ないように万全を期すというものだ。そのために開発期間は極めて長かった。
一方、テスラのEV開発は「ベスト・エフォート型」である。
この開発手法がひと言でいえば「まずはやってみて、問題が起きれば修正する」というものだ。ベストエフォート型はシリコンバレーを中心としたソフトウエアの世界では常識となっている。例えば、プログラムのバグはあって当たり前。PCがフリーズしたら、電源を切ってもう一度立ち上げればいい。
テスラのモデルSの開発におけるアルファ版(開発初期の試作品)はたった15台だった。これで、寒冷地走行テストも衝突試験も済ませて、車内デザインの検討もやってしまう。一方で、トヨタやGMなどギャランティ型の自動車メーカーでは“万全を期す”ために、200台以上は必要だった。
とりあえずやってみる。でも、ダメだったら、原因を解明し、改善する。ベスト・エフォート型でテスラはこのサイクルを高速で回し、モデルSのアルファ版の台数の少なさを補っていた。
■社長が批判を浴びている間に、問題を解決する
トヨタなどのギャランティ型は開発に時間もコストもかかるが、万が一の問題が起きる確率は大きく下げられる。つまり、会社がマスコミの批判にさらされる回数が減ることになる。ただし、ギャランティ型では失敗を悪と見なすので、革新的なテクノロジーが誕生する可能性は低くなる。
かたやベストエフォート型は、開発がスピーディでコストも減らせる。しかも、失敗を容認するので、革命的なテクノロジーが生み出しやすくなる。とはいえ、万が一の問題が起きる確率は高くなり、その結果、会社が批判される頻度は格段に高くなる。
テスラのオートパイロットでの事故問題で、イーロン・マスクが晒されている状況がまさにそれだ。ベスト・エフォート型は、社長が批判に耐えて時間を稼いでいる間に、技術者たちが問題を解決できるかで命運は分かれる。解決できなければ、開発は止まってしまいブランドイメージを損なってしまう。
イーロン・マスクが革新的だったのは、ギャランティ型だった自動車業界に開発がスピーディでコストも減らせるベスト・エフォート型を持ち込んだことだと言える。
ベスト・エフォート型だからこそ、テスラはわずか12年間でEVの年間販売台数を5000倍にも増やすことができたのだ。ただしその間、手ひどい失敗も繰り返し、イーロンは批判の矢面に何度も立ち続けた。精神力が桁外れに強靭でなければ耐えられない手法でもある。
■事故が起きれば中止し、謝罪するトヨタ
オートパイロットで死亡事故を起こしても開発中止をしなかったテスラに対して、ライバル企業はどうだっただろう。
トヨタが出資するライドシェア大手「ウーバー・テクノロジーズ」は、2018年にアリゾナ州での自動運転車の走行試験中に公道で死亡事故を起こした。すると、「公道での走行テストを中止する」と直ちに決定した。
トヨタは「事故を起こさないクルマ」をつくるという目標を掲げ、2016年にTRI(トヨタ・リサーチ・インスティチュート)を設立し、初代CEOにはMIT出身でコンピュータサイエンスの博士号を持つギル・プラットを就任させた。
豊田章男社長も自動運転開発への本気度を示していたのだが、ウーバー・テクノロジーズの事故から4日後には、トヨタも自動運転を使用した公道での走行試験を中断すると発表した。
テスラ以外の自動車メーカーや大手IT企業は、石橋を叩く慎重な姿勢で臨んでいる。そのため、米規制当局がテスラへ注ぐ視線はより厳しいものになっていた。
グーグルの親会社アルファベット傘下の自動運転車開発企業ウェイモは、グーグル時代を含めると2009年には自動運転開発に乗り出していた。そして、他社がレベル1からステップアップして完全自動運転のレベル5を狙うのに対して、ウェイモは一気にレベル5に上り詰めようとしている。
そのウェイモのCEOジョン・クラフシック(当時)はイーロンの開発姿勢、とりわけ“言葉“を問題視した。
クラフシックは、イーロンが乱発するself-driving(自動運転)という言葉は「誤解を生んでいる」と批判した。ドライバーの監視が必要な運転支援技術なのに、それをテスラが「自動運転(self-driving)」と呼ぶのは間違っているというウェイモの指摘は、米規制当局などの発言にも重なる。
■イーロン・マスクはほら吹きなのか
イーロンの言葉は、良く言えば、未来への希望を持たせてくれる言葉だ。「地球温暖化を食い止めるために、世界中のガソリン車をEVに置き換える」と公言し、テスラが自信を持って世に出した3万5000ドルのEV「モデル3」は予約注文だけで40万台を突破した。
とはいえ、イーロンの言葉は誇大広告で、ほら吹きだと批判する人たちもいる。
2016年にイーロンは、「完全な自律走行は、基本的に解決された問題だ」として「2年以内に完全な自律運転が可能になる」と述べていた。このとおりなら、2018年にはレベル5の完全自動運転ができているはずだった。
2019年のテスラの投資家説明会で「2020年までに完全自動運転を実現させる」と発言し、2020年12月には「テスラ車が1年以内にレベル5に到達することを多大に確信している」と述べている。
だが、テスラの自動運転オートパイロットもそのオプションであるFSDも、正確には運転支援機能であり、まだドライバーの監視が必要なレベル2のままだ。
■過激な言葉と開発現場の違和感
さらに、自動運転に関するイーロンの過激な言葉が、テスラの自動運転開発チームとイーロンとの間に溝を生んでいるとの話もある。
例えば、テスラの自動運転開発メンバーは今年3月にカリフォルニア州車両管理局(DMV)に対し、「2021年内に完全自動運転の実現はできない可能性が高い」と示唆していた。それにもかかわらず、イーロンは今年1月の決算発表では「今年、人間を超える信頼性でクルマを自動運転させることができると確信している」と述べていたのだった。
一方で、イーロンの言葉が多くの投資家たちを惹きつけてきたことも間違いない。そして俯瞰すれば、イーロンのスケジュールはおおむね2年から5年程度遅れるものの、最終的には実現していた。
それは2006年の「マスタープラン」に見て取れる。内容は次の4つだ。
②その売り上げで手頃な価格のクルマを作る
③さらにその売り上げで、もっと手頃な価格のクルマを作る
④上記を実行しながら、ゼロエミッションの発電オプションを提供する
■着実に実現してきた「マスタープラン」
「スポーツカーを作る」は08年に出荷を開始した、最高時速201キロ、約4秒で時速約97キロまで加速するロードスター(販売価格は約1000万円)のことだ。
「②その売り上げで手頃な価格のクルマを作る」は12年から販売を開始した750万円以上のEVセダンのモデルSで、「③さらにその売り上げで、もっと手頃な価格のクルマを作る」が17年から売り出した約380万円台のモデル3である。
「④ゼロエミッションの発電オプションを提供する」は屋根一体型の太陽光発電パネル「ソーラールーフ」と、蓄電池の「パワーウォール(家庭用)」と「パワーパック(企業用)」であることは言うまでもない。これにより、テスラは単なる自動車メーカーではなく、持続可能なエネルギー企業となった。
しかし、2006年当時に「マスタープラン」を目にした人たちは、「まだ1台もクルマを出荷してもないベンチャーが、何をわけのわからないことを言う」とばかにした。つまり、イーロンの発言はリアルタイムでは理解できないことも多いのだ。
■今後、もし死亡事故が起きても自動運転を進めるイーロン・マスク
ベスト・エフォート型で自動運転開発を進めるイーロンは、これからも死亡事故が起きようとその歩みを止めることはないだろう。たとえテスラの株価が下がろうとだ。
なぜなら、多大なリスクを取ることで、テスラや、イーロン率いるもうひとつの企業スペースXを、他社の何倍も速いスピードで成長させてきた輝かしい実績と、過剰な自信があるからだ。
とはいえ、今後はさらに安価なモデルを発表することが予想される以上、いままでのように尖ったテスラユーザーにだけアピールするだけでは販売台数を伸ばすことはできない。
販売台数を前年上半期の2倍に伸ばしたEVモデル3(販売価格3万5000ドル)の次に登場する2万5000ドルのEVは、これまでの尖ったテスラユーザーではなく、一般ユーザーが購買主体となる。それだけに、彼らに現状を正しく伝える言葉がより重要となってくるといえる。
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経営コンサルタント
1957年生まれ。徳島大学大学院工学研究科修了。米国ノースウェスタン大学客員研究員。松下電器産業(現パナソニック)に入社。PC用磁気記録メディアの新製品開発、PC海外ビジネス開拓に従事。その後アップルコンピュータ社にてマーケティングに携わる。日本ゲートウェイを経て、メディアリングの代表取締役などを歴任。シリコンバレー事情に精通。現在、コンサルタント事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『TechnoKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』(朝日新聞出版)、『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)、『世界で最もSDGsに熱心な実業家 イーロン・マスクの未来地図』(宝島社)などがある。
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(経営コンサルタント 竹内 一正)
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