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「マーケティングの鬼であり、勝負師でもある」ネットフリックスが世界的ヒット作を次々生み出せるワケ

プレジデントオンライン / 2021年10月29日 9時15分

2021年2月4日、カリフォルニアのハリウッドにあるネットフリックス本社〔撮影=VALERIE MACON(米)〕 - 写真=AFP/アフロ

ネットフリックスが急成長できたのはなぜか。映像業界に詳しいジャーナリストの長谷川朋子さんは「ネットフリックスの急成長を支えたひとつは、オリジナル作品だ。その原点は『ハウス・オブ・カード』の成功にある」という――。

※本稿は、『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■『ハウス・オブ・カード』で業界内の目が変わった

ネットフリックスがディズニーなどと並ぶ世界有数のスタジオに勢いよく上り詰めていくことができた理由を探っていく。それを語るのに欠かせない、アメリカ発のオリジナルコンテンツを通じてネットフリックスの素顔をあぶり出していくとしよう。

筆者がネットフリックスのブレイクを感じ取った瞬間は、本書の第2章でも述べたように、2014年にフランス・カンヌで開催されたMIPCOM(ミプコム。テレビ番組コンテンツの国際見本市)でのことだった。ネットフリックスのキーノートに業界関係者が詰めかけ、1000人収容の会場で入場制限がかかったほどの熱狂ぶりをみせたからだ。これまで10年以上カンヌのMIPCOMに通ってきたなかで、これほどの熱気に遭遇したのは初めてのことだった。我こそはネットフリックスと仕事をしたい。業界に革命を起こすネットフリックスの戦略を聞きたい。ネットフリックスっていったい何者? そんな空気に包まれていた。

カンヌでの注目ぶりには明確な理由があった。デジタルファーストで勝負に出たネットフリックス・オリジナルシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の成功によって業界内でネットフリックスに対する見る目が大きく変化したからだ。

■2013年に世界同時配信、瞬く間に話題を呼んだ

本書の第2章で述べたように、『ハウス・オブ・カード』は、アメリカ政界のドロドロとした権力闘争を描くドラマである。主人公フランクがアメリカ大統領に上り詰めていく、そしてその妻であるクレアも大統領にまでのし上がっていく様子を描いている。ハリウッドの第一線で活躍し、ギャラもトップクラスのデヴィッド・フィンチャーを監督に迎え、1話5億円とも言われる破格の製作費をかけた勝負策である。

2013年に世界に同時配信されると、瞬く間に評判を呼んだ。日本では当時ネットフリックスがまだ参入していなかったため、その盛り上がりを肌で感じることができなかったが、同時に日本のような未配信地域では映画専門チャンネルなどで放送したりDVD展開するほど力の入れようだった。従来のウィンドウ戦略に囚われないやり方が業界にインパクトを与えていた。

そして2013年のプライムタイム・エミー賞で、ネット配信のオリジナルドラマでは史上初となる主要部門にノミネートされる快挙を果たす。エミー賞とは、映画界の「アカデミー賞」、音楽界の「グラミー賞」と称される米テレビ業界では最高の栄誉とされるアワードである。最終的に(2019年までに)、テレビ業界で最も影響力あるエミー賞で「演出監督賞(ドラマシリーズ部門)」など合計7つの賞をかっさらったのだ。

■「マーケティングの鬼」ならではの骨太さ

巨匠のデヴィッド・フィンチャーがなぜいまさらドラマに? 当初はそんな声も聞かれたが、内容は圧巻で、エンターテインメント性を徹底追求した骨太のストーリーは「マーケティングの鬼」と言われるネットフリックスならではである。勢いに乗って2014年に配信開始されたシーズン2では、オバマ大統領(当時)が配信日前日に「明日はハウス・オブ・カード配信日。ネタバレ厳禁でよろしく」とツイートするほど社会現象と化していた。

夜のホワイトハウス
写真=iStock.com/JTSorrell
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JTSorrell

話をカンヌのMIPCOMに戻すと、ネットフリックスのいまの共同CEOで、当時最高コンテンツ責任者を務めていたテッド・サランドス氏が登壇したとき、「『ハウス・オブ・カード』をご覧になったことがある方は?」と尋ねるシーンがあった。参加者が一斉に手を挙げたことに、サランドス氏が喜びを隠せない様子でニヤっと笑ったことが、今でも記憶に残っている。

■エミー賞にゴールデングローブ賞…数々の栄誉に輝く

人気のある作品はシーズンを重ねていく。『ハウス・オブ・カード』シーズン4(2016年)からは日本でも同時配信を開始、筆者も配信日を待ち望んだファンのひとりだった。アメリカでは米大統領選が行われていたこともあって、現実と見まがうようなストーリーが人々を夢中にさせた。

ひとつ残念なのは、主役を務めたケヴィン・スペイシーが未成年へのセクシャル・ハラスメント疑惑によって、途中で降板したことである。これが決定打となり、『ハウス・オブ・カード』はシーズン6をもって終了している。

とはいえ、全シーズンを通じてこれまで56回もエミー賞でノミネートされた功績は大きい。エミー賞と並んで注目度の高いゴールデングローブ賞では2回の受賞に輝き、全米映画俳優組合賞やピーボディ賞などでも受賞を果たすなど、数々の栄誉に輝いている。ネットフリックスが驚異的な存在と見られるようになったことについて、全ては『ハウス・オブ・カード』から始まったと言っても過言ではない。

■ハリウッドを代表する監督や俳優陣が次々と参加

『ハウス・オブ・カード』の成功はテレビ業界全体の流れも変えていった。それまで、ネットフリックスは買い付けた番組をデジタル配信する会社に過ぎなかったわけだが、自ら制作費を投じて本格的な作品の担い手になったことにより、ディズニーやワーナーに比肩するスタジオとしての顔を持ち、その存在感をじわじわと示していった。

また、ライバル的存在のアマゾンもスタジオとしての機能を持ち始めたことで、オリジナルコンテンツそのものに商品価値が増して、ハリウッドを代表する監督や俳優陣が次々とオリジナルに関心を寄せていった。意外だったのはウディ・アレン監督である。彼は『ハウス・オブ・カード』を見るや否や、アマゾンでオリジナルドラマを撮る話を進めることになったとか。

後出のように、スティーヴン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシ、スティーヴン・ソダーバーグ、コーエン兄弟といったヒットメーカーがネットフリックスでオリジナル作品を打ち出し、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ケビン・コスナー、ブラッド・ピット、サンドラ・ブロック、ティルダ・スウィントン、ウィル・スミスといったスター俳優が、ネットフリックス・オリジナルに華を添える。

ハリウッド
写真=iStock.com/rodolfo_salgado
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rodolfo_salgado

■クリエイター育成で見せる「勝負師の顔」

一方でネットフリックスは、次世代を担うクリエイター育成にも力を入れていく。ネットフリックス・オリジナルの最大ヒット作と言われるSFホラー『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のクリエイター兼ショーランナー(制作総責任者)のダファー兄弟はまさにその代表例にあたる。どのスタジオにも断られた企画を拾い上げ、無名だった彼らに手を差し伸べたネットフリックスは先見の明があったというわけだが、同時に勝負師の顔も見えてくる。人々が見たことのないもの、見る者をワクワクさせる面白いものとは、いったい何なのか。探求心を持ちつづけ、それを制作の奥義として勝負をかけたからこそ『ストレンジャー・シングス』のヒットがある。

クリエイターのジェンジ・コーハンもその一人である。彼女の名を世界に広めたのは、女性刑務所を舞台にしたコメディドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』である。この作品はネットフリックスの最高コンテンツ責任者のテッド・サランドス(のちに共同CEO)が一押ししたことでドラマ化が実現したと言われている。レズビアンもバイセクシュアルも個性のひとつとして、塀の中で生き生きとした女性囚人たちの人間模様を描く話が7シーズンにもわたって展開され、惜しまれながら全91話で完結する。ネットフリックス・オリジナルのロングランヒットの代表作になった。

■Z世代を取り込んだ『13の理由』

長谷川朋子『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)
長谷川朋子『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)

クリエイターのみならず、Z世代の視聴者を取り込んでいくことにも余念がなかった。デジタルネイティブの若者たちを熱狂させた、10代の青春を描く『13の理由』がまず挙げられる。若者のいじめ、レイプ、自殺といったセンセーショナルな題材を扱うその内容について、オリジナルシリーズ部門のバイスプレジデントのブライアン・ライト氏は語る。「『13の理由』が世の中に出ることで、若者と大人が重要な課題に対する会話を始めるきっかけとなるのではと感じた」と、脚本が上がった時に確信したという。実際、ドラマで描かれる10代のリアルな姿は現代社会に問題を提起するものになった。

ネットフリックス・オリジナルは、ドラマから映画、ドキュメンタリーへと広がり、リアリティショーまで、ヒット作品を次々生み出していく。セクシュアルマイノリティを総称する「クィア」な5人組の視点で、応募者の人生をキラキラに改造していく『クィア・アイ』もその代表格である。『ハウス・オブ・カード』の成功から始まり、数々の世界ヒット作を経て、ネットフリックスはわずか10年足らずでメジャースタジオと並ぶまでに上り詰めていく。

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長谷川 朋子(はせがわ・ともこ)
テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、ATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。

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(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)

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