「残業代を減らされるかも」テレワークでの収入減を防ぐために会社員が知っておくべきこと
プレジデントオンライン / 2021年11月17日 12時15分
■フルリモートワークによって生じるさまざまな軋轢
新型コロナ感染症(COVID-19)後に急速に広がりをみせたテレワーク。これをきっかけに初めてテレワークを導入した会社もあるだろう。社員にとって気になるのは、こうしたテレワークブームが、アフターコロナにどうなるかだ。
テレワークは、コロナ禍の緊急避難的なものなので、アフターコロナでは、元の働き方に戻そうと考えている会社も少なくない。その一方で、テレワークを導入してみて、意外にうまくやれると感じている会社もあるようだ。
テレワークは、最初は社員も経営陣もぎごちなさがあったが、慣れてくるとメリットをいろいろ実感できるからだろう。とりわけ社員にとっては、通勤がなくなることは有り難い。時間もエネルギーも節約できるので、家庭がある人は家族サービスの時間が増える。余った時間を趣味や自己研鑽に充てることもできる。
会社のほうも、社員に余裕がうまれれば、生産性の向上を期待できる。もちろん、リモート環境ではコミュニケーションがとりにくいといった仕事のやりにくさはある。ただそれも、性能の向上したビデオ会議ツールの普及などで、解消されつつある。社員も上司もこうした働き方に徐々に慣れてきている。
とりわけICT(情報通信技術)やデジタル技術を活用する会社では、すでにそうした新技術に慣れ親しんでいるので、テレワークを全面的に導入することに抵抗が少ないはずだ。大手フリマサイトを運営するメルカリの発表した「メルカリ・ニューノーマル・ワークスタイル」が、まさにそのような例だ。メルカリのHPをみると、その内容は次のように紹介されている。
日本国内であれば住む場所や働く場所についても社員が各々、選択することができます。
マネージャーはオフィス出社/リモートワークなどワークスタイルを推奨をすることが可能ですが、最終的には各個人が自らだけでなくチームのパフォーマンスやバリューが最大限に発揮できるワークスタイルを考えて、決めることができます。
なお、出社の有無によって社員が不公平な扱いを受けることはありません。
メルカリの新しい働き方そのものへの評価は、今後の運用次第だが、少なくとも社員の選択によるフルリモートワーク(完全テレワーク)が、これからのデジタルトランスフォーメーション(DX)の時代の働き方のモデルとなることは、間違いない。
ただ、フルリモートワークは、大多数の会社で長年行われてきた働き方とはまったく異なる。今後、この働き方が他の会社にも広がっていくと、さまざまな軋轢が生じるおそれがある。なかでも懸念材料は労働法との関係だ。
労働法が新しい働き方に対してうまく機能しなければ、社員にとっては、一見良さそうなこの働き方が、思わぬ「落とし穴」となりかねない。そうならないようにするためには、まずは労働法のことを知っておく必要があろう。
■テレワークは労働法の想定していない働き方
労働法は、18世紀以降の産業革命(工業化)にともない、工場での劣悪な労働環境下で働く労働者を保護するために誕生した。当初は工場法と呼ばれていた労働法がまず行ったのは、工員(とくに女性や児童)の労働時間の制限だった。
工場での労働時間の測定は、比較的容易だ。工員は、機械の稼働に合わせていっせいに肉体作業に従事するので、機械の稼働を止めれば労働も停止する。その働きぶりは上長の目で確認でき、労働時間は集団的に管理できた。工場以外でも肉体労働者(ブルーカラー)であれば、多かれ少なかれ状況は似ている。
一方、オフィスで働く事務系・管理系の労働者(ホワイトカラー)の働きぶりは個人に任されている部分が多い。そのため外部からは確認しづらく、労働時間の測定は容易ではない。それでも、上司や同僚が同じ職場にいれば、労働をしている時間かどうかは、ある程度は客観的に測定可能だ。
ところがテレワークとなると、個人が場所的にバラバラに働くので、労働時間管理が難しくなる。これは労働法が想定していなかった働き方だ。
■テレワークで時間外労働時間が適切に把握されないおそれ
そもそも労働法は、労働時間をどのように規制しているのか。
最も重要なのは、労働時間の上限の設定だ。労働基準法は、1日および1週の労働時間の上限を、休憩時間を除き、それぞれ8時間、40時間としている。この時間を「法定労働時間」という。これを超える労働(「時間外労働」という)をさせるためには、労働者の過半数代表(過半数の労働者を組織する労働組合があれば、その労働組合)との間で、所定の様式での協定(労働基準法36条が根拠規定なので「三六(さぶろく)協定」と呼ばれる)を締結して、労働基準監督署に届け出なければならない。
この手続きを踏んでいない時間外労働は違法で、罰則も適用される。2018年の働き方改革で、時間外労働の合計(休日労働も含む)にも、1カ月で100時間未満、2~6カ月の複数月の月平均で80時間以下という上限が罰則付きで導入された。
時間外労働をした社員には、通常の賃金に一定の比率(原則25%)を乗じた「割増賃金」が支払われる。法律は、会社に割増賃金の支払いというペナルティを科すことによって、長時間労働を抑制しようとしているのだ。
ただ、社員からすると、割増賃金は、時間外労働(残業)をしたことによる報酬アップという意味がある。だから時間外労働は、社員にとって、必ずしもいやなものではない。むしろ、時間外労働を命じられなければ、それを差別だと労働者側が訴えた裁判があるほどだ。
ただ割増賃金は、通常の月給のような固定給ではなく、時間外労働の実績に応じて支払われるので、どの程度の時間外労働をしたかが確認できなければ、額の算定のしようがない。固定残業代を支払う会社もあるが、この場合も実際の時間外労働数に応じた法定の割増賃金との差額は支払わなければならないので、労働時間の確認が必要となることに変わりない。
もちろん、割増賃金は、本来は会社の方が社員の労働時間をしっかり測定して支払うべきものだ。だが、テレワークでは、それが容易ではなく、そうなると、割増賃金が適正に支払われないおそれが生じる。これでは社員は安心してテレワークができないだろう。
■テレワークが健康確保と労災補償に不利に働くおそれ
労働時間には、別の役割もある。
労働安全衛生法は、労働時間を基準として、健康確保の措置を講じることを会社に義務づけている。具体的には、1週40時間を超える労働時間の合計が月に80時間を超えていて、疲労の蓄積が認められる労働者が申し出れば、会社は産業医の面接指導を受けさせなければならない。会社は、その結果を聴いて、必要と判断すれば、勤務の軽減措置などを講じることとされている。
また過労による典型的な疾病である脳・心臓疾患(脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞など)を発症したとき、これが労災に該当するかの認定でも、労働時間は重要な役割を担う。
一般に、脳・心臓疾患は本人の基礎疾患がベースにあり、必ずしも業務による疾病とはいえないので、労災かどうかの認定は簡単ではない。ただ発症前1カ月において1週40時間を超える労働時間が100時間(または2~6カ月の平均が80時間)を超えていれば、その発症と業務との関連性が強いとされ、労災と認定されやすくなる。この時間数は「過労死ライン」とも呼ばれる。労災と認定されると、政府から労災保険の給付を受けられるし、労災保険でカバーされない損害分は会社に賠償請求することも可能だ。
ところが、労働時間の測定が難しいテレワークでは、上記のような産業医の面接指導を受けられなかったり、発症後に労災と認定されなかったりするおそれが高まる。つまり予防の面でも補償の面でも、社員に不利となる可能性があるのだ。
■労働時間の管理が難しい働き方の人をどうするか
実は労働基準法は、労働時間の管理に適さない働き方があることも想定している。例えば、一定の専門性の高い業務(その範囲については、「専門業務型裁量労働制」を参照)や「企画・立案・調査・分析」業務は、その業務の遂行において労働者本人に大幅に裁量が与えられていることが多い。
これは工場での拘束的な労働とはまったく異なる働き方だ。そのため、労働時間を測定して管理するのに適さないので、労使間で労働時間はあらかじめ決めてしまうという簡便な方法がとられる。これを裁量労働制という。
1日8時間と決められれば、実際に何時間働こうが、時間外労働はないことになり、割増賃金は発生しない。ただ、こうした業務では、給料は成果型となることが想定されている。長時間労働に対する報い(割増賃金)はなくても、成果に応じて本来の給料(基本給)で報われるならば、それでよいということだ。これは、専門性の高い業務などで働く労働者のニーズにも合う。
裁量労働制はテレワークで勤務する人にも適用可能だし、むしろ裁量労働制の適用対象になるような人こそ、テレワークに向いていると言える。ただ、裁量労働制は、会社が割増賃金の支払義務を免れるために濫用するおそれがあるので、法律で適用対象者や対象業務が限定されているし、導入のための手続も厳格だ。裁量労働制の適用対象にされた社員は、その取り扱いが法律の要件を充足したものであるか確認したほうがいい。
なお、働き方改革で新たに導入された高度プロフェッショナル制度の適用対象者は、割増賃金を請求する権利が否定されているが、年収1075万円以上の人だけが対象で、金融商品開発などの業種に限定され、導入手続が厳格なので、多くの労働者には無縁の制度だろう。
■みなし労働制の導入には要件がある
このほか、外回りの営業職のように事業場の外で働いて、労働時間の算定が困難な社員の労働時間は、その会社の就業規則の定める労働時間(所定労働時間)とみなすという仕組みもある。これを「事業場外みなし労働時間制」という。
これだと時間外労働は始めから発生しない(その業務を遂行すると、通常、所定労働時間を超えてしまう場合には、過半数代表との協定でより長い労働時間を決めることもできる)。テレワークの場合には、事業場の外で働いているので、この仕組みを導入することも考えられる。
ただその際に問題となるのは、「労働時間の算定が困難」という要件だ。
厚生労働省のガイドライン「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」によると、①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと、かつ②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと、という要件を充足していなければならない。
しかし、多くの会社では、この2要件に合致するような形ではテレワークを導入しないだろう。社員に常時通信可能な状態であるよう指示したり、具体的な指示を随時行ったりするだろう。そうなると「事業場外みなし労働時間制」は導入できないことになる。
■テレワークで労働時間規制が形骸化するおそれ
事業場外労働のみなし労働時間制や裁量労働制が導入されていない一般の社員の場合、労働時間の管理はどのようになされるのだろうか。
会社は、社員の労働時間の適正な把握のために、始業・終業時刻を確認して記録しなければならない。その方法として、厚生労働省が会社に求めているのは「自ら現認する」ことと「客観的な記録」だ。
テレワークの場合、「自ら現認する」のは難しいので、「客観的な記録」という方法がとられる。具体的には、労働者がテレワークに使用するパソコンの使用時間の記録を利用することになろう。また「客観的な記録」では十分に労働時間の把握ができないことに備えて、自己申告も可能とされている。
しかし、自己申告で正確な労働時間が把握できるだろうか。自己申告においては、労働者が実際に働いた時間より長い時間を申告して不当に割増賃金を請求するという懸念もあるが、その逆の過少申告の懸念もある。会社から申告時間の上限を設定されるケースもある(これは違法だ!)が、労働時間が長くなったのは、自分の能力不足だからと考えた真面目な社員が、自発的に実際の労働時間を申告しないこともある。
以上のような労働時間管理に関する問題は、普通の勤務においても起こることだが、テレワークとなると、そのおそれがいっそう高まる。つまりテレワークで労働時間を自己申告とすると、労働時間規制は形骸化する危険があるのだ。
■労働時間管理とプライバシーのバランス
もっとも、社員のほうから、労働時間をきちんと測定してほしいと会社に求めるのは、やぶ蛇になるおそれがある。
そもそも、会社の本音としては、リモートで働く社員には、サボる危険があるので、働きぶりをきちんと監督したい。だから、社員のほうから、例えば労働時間を正確に把握するために、パソコンに設置したカメラを常時オンにして仕事ぶりをチェックしてほしいと申し出たりすると、会社はコストの問題さえなければ喜んでこれに応じるだろう。
こうなれば労働時間の把握はできるが、会社からずっと監視されることにもなる。これは社員にとって窮屈なことだろう。
対面型の働き方のときでも上司は監視しているので、それと同じことだと言えなくもないが、デジタル技術を使うと、会社は社員がサボっているかどうかを常時監視することが可能だ。人間の目による監視のときにあるような「隙」がなく、AI(人工知能)が常時チェックしているのだ。これは、社員には大きなストレスとなり、新たな労災(精神疾患)を生み出すことになりかねない。加えて、収集されたデータ(個人情報)がどのように利用されるかも心配だ。
それにテレワーク(在宅勤務型の場合)の職住一体という特徴は、仕事の領域と私生活の領域とが物理的に区別されないため、プライバシーが侵害される危険が高まる。ライフのなかにワークが浸食してくることになり、ワーク・ライフ・バランスからほど遠いものにもなる。
■テレワークでは成果評価が適当
社員にとっては、こうした監視方法をとる会社は、たとえ労働時間をきちんと管理してくれて、それが割増賃金の正確な支払やしっかりした健康管理につながるとしても、あまり有り難くないかもしれない。
では、テレワークは、以上のような問題をどうしても避けられないのだろうか。一つの解決策は、会社が社員管理の方法を根本から見直すことだ。
テレワークする社員の仕事ぶりを現認して評価するとなると、どうしても上記のようなリモートでの監視を強化せざるを得なくなるが、社員のやるべき業務を明確にし、成果型報酬に切り替えて、仕事ぶりを成果で管理することができれば、こうした監視の必要性は大幅に低減する。サボると成果が出ないので、社員には真面目に働くインセンティブがあるからだ。これにより、プライバシーを侵害するような社員管理も不要となる。
このように社員管理が、プロセスではなく、成果でみるということになれば、社員にとって重要なのは、労働時間がどうかではなく、どのような業務に従事し、その成果をどのように会社が公正に評価して報いてくれるかになる。
■社員が働き過ぎないための規制も必要
ただ、会社が社員管理をどのようにしようとも、労働時間の把握は法律上の義務だ。監視しないことの弊害は、勤勉な日本人の場合は、社員がサボるのとは真逆の働き過ぎのほうにある。上司が制止しなければ、仕事に熱心に取り組むあまりついつい働き過ぎてしまうという懸念だ。とりわけ成果型報酬になると、成果を求めて過労となりがちだ。
実は、会社には、社員の過労防止のために、監視の強化という以外にもやれることがある。それは「つながらない権利」を認めることだ。
夜中や休日などの業務メールが、社員の自由時間を奪っていく。メールをみなくてもよい時間帯を設定することが大切なのだ。また、会社のシステムにアクセスできない時間帯をつくることも考えられよう。これにより社員を強制的に仕事から隔離することができる。もちろん、これをうまく機能させるためには、社員にも自覚が必要で、会社が進んで社員に健康管理意識を高めるよう啓発することも必要だろう。
■デジタル技術を活用して適正なテレワークを
テレワークをする社員にとっては、プライバシーを守られながら、自らのペースで働くことができれば、満足いくだろう。うまく成果を出すことができて、それが給料のアップにつながればなおさらだ。
会社にとっても、通勤費を節約できたり、オフィスを縮小して賃料を削減したり(さらにはオフィスを廃止したり、地方に移転したり)することができるし、それにより社員の生産性が上がるのなら一石二鳥だ。
それでも会社には、労働法上の責任は残るし、とくに重要なのは、労働契約法上の安全(健康)配慮義務だ。前述したような過労の防止のための措置を講じるのは、そうした義務の履行の一つだ。
しかし、これからの時代は、もう少し違ったやり方もある。それはデジタル技術を活用して、社員が日常業務のなかで自分の働き過ぎや健康状態のチェックができるようにすることだ。
さまざまな健康テックのツールを活用すれば、個人が働きながらも自己の勤務状況や健康状態をチェックできるようになる。会社に個人情報が知られない形で自己管理ができればプライバシーも確保できる。テレワークのような、個人の自律的な働き方には、社員の自己健康管理を中心に据えて、会社はそれをサポートするというやり方がふさわしい。
■テレワークを導入する会社は適切な働き方の整備を
テレワークには、ワーク・ライフ・バランスの実現、高齢者や障がい者の就労可能性の拡大などのメリットが期待できるし、会社側にも、災害時の事業継続、遠隔地の人材の活用、育児や介護を理由とした社員の離職の回避などのメリットが期待できる。
職住一体化は、地域社会にも好影響が及ぶ。テレワークには、こうした種々の社会的価値がある。テレワークにはいくつかの課題はあるものの、それをうまく乗り越えて、この働き方のもつ社会的価値が発揮できることが社会にとっても望ましい。そのためにもまず会社は、デジタル技術を適正に使いながら、テレワークに適した働き方を整備することが必要だし、社員のほうは、そういう会社をきちんと選ぶ目をもつことが大切だ。
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神戸大学大学院 法学研究科教授
1963年生まれ。東京大学法学部を卒業後、同大学院修了。近著として『誰のためのテレワーク?』『労働法で企業に革新を』、『人事労働法』、『会社員が消える』など。
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(神戸大学大学院 法学研究科教授 大内 伸哉)
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