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「お父さんの仕事は人殺しなの?」死刑に直面する人の悩みを放置したままでいいのか

プレジデントオンライン / 2021年12月22日 11時15分

東京拘置所のエントランス(2019年6月10日)。この施設は、窓に鉄格子がなく、光沢のある床と最新の医療機器を備えている。被告人を無期限に拘束して自白を促す「人質司法」の道具だとする批判に反論するため、この日、ジャーナリストにすべてが公開された。 - 写真=AFP/時事通信フォト

政府の世論調査によると、国民の8割は死刑制度に賛成している。しかしその実態はあまり知られていない。死刑囚はいつ殺されるのか。だれがどうやって殺すのか。『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)を書いた共同通信社編集委員の佐藤大介さんに聞いた――。

■授業中に死刑について語った教師の言葉

——死刑について一冊の書籍をまとめるにいたった経緯を教えてください。

私が子どもだった1980年代は免田(めんだ)事件や財田川(さいたがわ)事件など、過去の事件の冤罪が次々と発覚し、メディアで死刑についてさかんに論じられた時期でした。そうした影響で、死刑や冤罪について書かれた本を手に取るようになったんです。

あと大きかったのは、中学時代の社会科の授業です。かつて検察庁につとめていた教頭先生が社会科を受け持っていました。ある日、先生が死刑について口にしたのです。

「悪いことをした人は死刑になる。それは仕方のないことかもしれない。でも死刑ってとても残酷なものでもあるんだ。さっきまで話をしていた人がほんの少し時間がたったら手足を縛られて目隠しをされ、首を吊されて、鼻や口からは鼻水や血が出ている。検察や拘置所の刑務官でも、死刑はいやだって言う人がいたほどだよ」

あの言葉はいまも鮮明に記憶に残っています。

私が記者になった1995年に、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こりました。新人だった私も麻原元死刑囚らオウム真理教幹部の裁判取材を手伝いました。オウムの死刑囚には、私とさほど年が変わらない人もいた。目の前にいる死刑囚と自分との違いはなんだろう……。傍聴席に座りながらそんなことを考えたのを覚えています。

■死刑についての議論を妨げる法務省の「密行主義」

これも新人時代ですが、松本サリン事件で濡れ衣を着せられた河野義行さんに取材をしたことがあります。

松本サリン事件もオウム真理教が引き起こしたのですが、当初警察のリークを受けたメディアが河野さんを犯人扱いした。そんな体験をしたにもかかわらず河野さんは「麻原さんが犯人と決まったわけじゃないでしょう」と麻原元死刑囚に敬称をつけて話すんです。

——自身がいわれのない罪を着せられそうになった経験があるからですか。

それもあるでしょうが、河野さんの人柄だと思います。河野さんは麻原元死刑囚たちの死刑に対しても慎重な考えを持っていた。日本中が「オウムは許せない」という風潮だったからとても印象的でしたね。

——確かに、オウム事件は死刑を容認する人がとくに多い気がしました。そもそも死刑は、イメージや感情論で賛否が語られますが、議論の具体性が乏しい印象があります。

死刑制度の問題はそこなんです。十分に情報が公開されていない状況で、イメージだけで語られたまま死刑制度が続いてきた。その原因のひとつが、刑罰の執行状況などを公開しない法務省の方針である「密行主義」です。

■曖昧なままに維持されてきた死刑制度

刑事訴訟法には「死刑判決確定後6カ月以内に、法務大臣が執行を命令しなければならない」と書いてあるけど、実際は6カ月以内に執行されるケースはほとんどありません。いつ誰に死刑を執行するのか、誰がどのように決めているのか……法務省の検討内容は表に出てこないので闇に包まれたまま。

執行は当日朝に死刑囚本人にしか知らされません。1998年に執行の日時と件数を発表するまでは執行の事実も公表されませんでした。執行者の氏名が公表されるようになったのは2007年からです。

誰が執行するのか細かい規定がない。支援者やジャーナリストが死刑囚と接触することもできない……。調べれば調べるほど、非常に曖昧なまま維持されてきた制度だと感じるようになりました。

こうした密行主義も、日本の死刑制度がEUなどの国際社会から非難される一因になっています。

法務省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■死刑執行のプロセスや関係者の意見もオープンにするアメリカ

——現在、主要先進国で死刑執行を行っているのは、日本とアメリカの一部の州だけですが、アメリカの死刑制度はどうですか?

アメリカでは、死刑事件に関しては「スーパー・デュー・プロセス」という極めて慎重な手続きをとる仕組みになっていて、死刑執行までのプロセスが細かく公開されている。死刑囚との交流もできる。私もアメリカの死刑囚にインタビューした経験があります。死刑執行には、家族や被害者遺族、死刑囚が指名した知人に加え、希望するジャーナリストも立ち合える。

アメリカの死刑制度を調べていくなかで、400件以上の死刑執行に立ち合ったジャーナリストがいると知りました。彼は、死刑制度に賛成の立場でした。その上で「きちんと法の下に執行されているか見届けるのが自分たちジャーナリストの義務なんだ。もしもひどい殺され方をしたり、間違いが起きたりしたときに正すのが自分たちの仕事だ」と語ってくれました。

20年ほど前に見たアメリカのテレビ番組では、刑務所長が「死刑を執行したら、部屋の掃除をしてまた新しい死刑囚を迎えるだけですよ。こんなこといつまで続けるんでしょうね」と本音を吐露していました。ほかにも執行の前に死刑囚の手を握ったエピソードや、自分のメガネを外すのが死刑執行の合図だったということも、証言していました。

——日本では絶対出てこない話ですね。

そうなんです。そうした現場の実態を国民が共有した上で、死刑を続けるかどうかを選択すべきだと思うんですよ。

■「お父さんは人を殺す仕事をしてるの?」と言われたらどうするか

日本の死刑に話を戻すと、2018年7月に13人の死刑が執行されました。すべてオウム真理教の元幹部です。

当時の確定死刑囚117人のうち、なぜこの13人だったか。彼らは死ぬ前にどんな言葉を残したのか……。法務大臣はプライバシーを盾に何も答えなかった。私には疑問でした。確かに彼らは憎むべき罪を犯した。同時に、ある意味では、オウム真理教は社会が生み出した団体とも言える。

国家の名の下に、合法的に死刑を執行するわけでしょう。彼らが残した最期の言葉は社会に向けられたメッセージが込められているかもしれない。それを隠してしまうことは、ひとりの人間としてだけではなく、社会的な意味でも存在を抹殺することになるのではないか。本当にそれでいいのか……。そう思わずにはいられませんでした。

とはいえ、私は死刑廃止をことさら訴えたいわけではありません。死刑制度をどう考えるべきか。現場を取材してみて、賛否以前に、考える土壌が必要だと感じました。だからこそ、死刑囚だけではなく、死刑に直面する人たち——死刑囚の身の回りの世話や食事の準備、掃除などを行う衛生夫、刑務官、死刑囚の家族、弁護士、教誨師、法務官僚、被害者家族などの言葉をすくい上げて伝えられればと思ったのです。

たとえば、拘置所幹部は匿名を条件にこんな話をしてくれました。

「子どもが『お父さんは人殺しだ』といじめられたらどうするのか、逆に子どもから『お父さんは人を殺す仕事をしているの?』と聞かれたらどうするのか。現場ではいろんな悩みが起きているのです」

■被害者には犯人の死刑を望む生き方しか許されないのか

——知られざる現場の本音ですね。一方で国民の約8割が死刑に容認というデータもあります。国民が遺族感情を慮(おもんばか)っているからでしょうか。

そこは大きいと思います。ただ第三者が遺族感情をどこまで共有できるのか。

ここで知ってほしいのは、加害者に対して死刑を望む遺族もいれば、望まない遺族もいるということ。弟を殺害されたある男性は死刑反対の発言をすると「被害者感情を考えたことがあるのか!」と問われることがあるそうです。彼はこう語っていました。

「被害者には、犯人の死刑を望む生き方しか許されないのだろうか」
「みなさん私の弟などが殺された事件を、いま覚えていますか? 当時はずいぶんと騒がれましたが、時間が経つと何事もなかったように忘れられていきます。死刑は抑止力にならないし、時間が経てば忘れ去られていくんです」

時間が経てば忘れ去られていく——。そこには我々メディアの問題もあります。死刑執行後、遺族から「これでひとつの区切りが付いた」というコメントを引き出し、型どおりの報道を終える。そして、事件そのものが忘却の海に沈んでいく。

■冤罪事件は忘れ去られ、死刑制度は変わらないまま

私自身も記者として実感した経験があります。

先ほども少し触れましたが、日本の4大死刑冤罪事件のひとつに数えられる財田川事件は、1950年に香川県で起きた強盗殺人事件です。死刑を言い渡された谷口繁義さんが、冤罪だと明らかにされたのは、私が子どもだった1984年。当時、メディアも大きく取り上げ、日本中が谷口さんに同情しました。

佐藤大介『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)
佐藤大介『ルポ 死刑 法務省がひた隠す極刑のリアル』(幻冬舎新書)

私が香川県の高松支局に配属されたのは、それから約20年後です。谷口さんは、いまどうしているのか、気になって調べてみたんです。行方不明になっていた谷口さんをようやく見つけ出して入院している病院に行くと、私を誰かと勘違いしたのか、ずっと手を握っているんですよ。彼はその半年後に亡くなりました。

谷口さんは財田川事件で逮捕されたときも、裁判を受けているさなかも、そして、冤罪が明らかになったときも、日本中の注目を集めました。それなのに、判決から時間が過ぎて、谷口さんの存在をみんな忘れてしまっていた。

その反面、死刑制度は、150年も変わらないままの形で残っている。では、これからどうするのか。存置か。廃止か。あるいは、死刑に代わる刑罰は何か。簡単に答えが出る問題ではないからこそ、問い直す必要があると思うのです。

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佐藤 大介(さとう・だいすけ)
共同通信社 編集委員兼論説委員
1972年、北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。韓国・延世大学に1年間の社命留学後、09年3月から11年末までソウル特派員。帰国後、特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より現職。著書に『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)などがある。

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(共同通信社 編集委員兼論説委員 佐藤 大介)

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