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「喫煙や放射線は直接の原因ではない」ヒトががんになる"最大のリスク因子"

プレジデントオンライン / 2022年1月27日 19時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『ヒトはなぜ「がん」になるのか』(河出書房新社)――。

■がんは「エラー」が積み重なり、進化したもの

長らく「不治の病」として恐れられ、治療法、予防法などが研究されてきた「がん」。その最新の成果によると、がんは化学物質や喫煙、放射線などの外的要因による直接作用で生じるものではなく、生まれてから成長の過程で不可避的に起こるエラーが積み重なり、体内で「進化」したものなのだという。

どのように進化するのだろうか。

本書では、世界のがん研究の歴史に触れながら、人ががんを患う理由、体内でがん細胞がどのようなメカニズムで「進化」していくのか、治療法や「がんとの付き合い方」などについて、数々の研究・実験などのエビデンスをもとに詳細に解説している。

がんの進行は自然界の生物進化の縮図であり、がん細胞は体内の環境に適応して突然変異を繰り返すことで、その勢力を広げ、転移していく。そのため、治療にあたっては体内のがん細胞の勢力をコントロールする「適応療法」が有効であることがわかってきている。

著者はサイエンス・ライター。ケンブリッジ大学で発生遺伝学の博士号を取得。「ワイアード」「BBCオンライン」「ネイチャー」などのメディアに寄稿しており、『ビジュアルで見る 遺伝子・DNAのすべて』(原書房)などの著書がある。

1.地球に生命が生まれたところから話は始まる
2.がんは生きるための代償である
3.がんはどこからやってくる?
4.すべての遺伝子を探せ
5.いい細胞が悪い細胞になるとき
6.利己的な怪物たち
7.がんの生態系を探索する
8.世にもけったいながんの話
9.薬が効かない
10.進化を味方につけてゲームをする
11.がんとのつき合い方

■がんを招く遺伝子変異の多くは内的要因による

地球に生命が誕生して間もないころ、一つひとつの細胞は独立していた。周囲に存在する他の細胞と干渉し合うことなく、自由気ままに生きていた。だが、独身時代を10億年ほど楽しんだあと、細胞たちは協力し、互いにコミュニケーションをとるようになり、多細胞生物になった。多細胞になることは個々の細胞にとって自律性を失うことを意味する。発生時や成長時、修復時に、自身をいつどこで複製するか、決められたルールに従わなくてはならない。

ところががん細胞はルールを無視し、好き勝手に増殖し、周囲の組織に侵入し、あちこちに移り住み、最終的には宿主もろとも死ぬ。がんは元はといえば私たち自身の細胞で、それが私たちを裏切って、自由奔放に増殖し、体の別の場所に広がっていく。

がんは特定の遺伝子が変異するせいで起こる。私たちは、がんの原因として外的要因、とくに化学物質や喫煙、放射線に注目しがちだが、ゲノムに傷跡を残す変異の多くは内的要因による。細胞はDNAを修復・複製するたびにミスをする可能性をつねに抱えている。大半のエラーは生きているあいだに蓄積する。増殖に有利となる遺伝子のエラーを得た細胞は増殖する。増殖が止まなければ転移がんになる。

■「子を産み育てる期間」はがんにならないよう進化してきた

世界中の研究室が、ありとあらゆるがん細胞から変異を集め、それを詳述した分厚いカタログを作成した。そこから数百の「ドライバー変異」が浮かび上がった。ドライバー変異とは、がんの駆動に直接かかわるドライバー遺伝子に生じる変異で、(上記の)変異カタログの中に何度もくり返し現れるものだ。

私たちは一定の年齢に達するころには、体中の細胞が複数の変異を抱えるほどになっている。その変異の多くはおそらく、ドライバー変異だ。つまり、私たちの細胞は一つ残らず、いつがんになってもおかしくない状態にある。

小児がん以外の大半のがんは、種類にかかわらず60歳以前に発生することはあまりない。私たちの正常な組織は中年期に達するころ、すでに変異のパッチワークになっているにもかかわらず、50代まではまあまあ抑えられているのである。

コロラド大学の生化学分子遺伝学部のジェイムズ・デグレゴリ教授は「環境適応発がん」と呼ぶ理論を提唱している。ヒトの身体は何万年もの時間をかけて、必要な期間は生存を維持するがそれ以降は関知しない、という進化原則にのっとって磨かれてきた。進化は寿命より生殖を優先する。ヒトは子を産み育てる期間、つまり青年期から中年初期までは、がんにならないよう進化してきた。

手をつなぐ母子
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

■生殖年齢のピークを過ぎると細胞のメンテナンスが雑になる

人体の各器官にある幹細胞は、各部位の個別の環境に正しく適応している。平坦な草原のような皮膚、流れの速い水系のような血管、スポンジ状の肺、波のようにうねる腸、というような環境に。さらに重要なことに、進化はこれらの幹細胞を、人体が若いときのぴちぴちした環境に最大限適応するよう磨き上げてきた。

しかし、年月とともに状況は変わりはじめる。細胞レベルでの老いだ。歳をとるにつれ、私たちの組織も器官も損傷をためていく。細胞修復機構がどれだけがんばっても、変異はたまり、それが分子組成と細胞のふるまいを変え、細胞が暮らす居住地の環境を変える。

日々の細胞のメンテナンス作業は年齢とともに、とくに生殖年齢のピークを過ぎたあとは、雑になっていく。たとえば、若いときの肌の細胞はしっかり結合している。がん化しそうな不良細胞が出てきても、広がる余地を与えず、最終的には追い出してしまう。だが、歳をとると細胞の結合がゆるむ。不良細胞はその隙に入りこみ、やがてがん化し、拡大する。また、タバコの煙や紫外線のような発がん物質は、DNAに損傷を与えるだけでなく、細胞の結合組織となるコラーゲン分子を傷つけるので、不良細胞がのさばる余地をさらに与えてしまう。

■がんの唯一で最大のリスク因子は「年齢」

がんが始まるのは、一定数の変異を拾った細胞が無秩序に増え出すときではない。細胞が、多細胞社会のルールを守らなくても生きていけるような変異を拾い、環境への適応度が上がって周囲の細胞より増えるようになったとき、がんが始まるのだ。疲れて管理がおろそかになった環境にうまく適応した不良細胞は、生存と増殖を有利に展開し、がんになる道を歩みはじめる。

がんの唯一で最大のリスク因子は年齢だ。私たちがどれだけ健康的な暮らしをするよう心がけても若返ることだけはぜったいない。このまま平均寿命が延び続ければ、全員ががんになる時代が来るかもしれない。

ヨガの練習をしているシニアのグループ
写真=iStock.com/Halfpoint
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Halfpoint

裏切り細胞の出現をできるだけ長く阻止するために細胞組織を若く美しく保つ方法を見出すには、もっと多くの研究が必要だ。5年か10年、老化を遅らせるだけで大きな効果がある。20年以上遅らせることができたら、大転換となるだろう。

■害虫「コナガ」対策から得られたヒント

腫瘍というのはどれも、同じがん細胞でできているのではなく、遺伝子的に少しずつ違うがん細胞集団(クローン)の寄せ集めであり、その一部が転移しやすい変異をもつクローンだったり、治療に抵抗しやすい変異をもつクローンだったりする。

フロリダ州にあるモフィットがんセンターのロバート(ボブ)・ゲイトンビーは、100年以上前から農家を悩ませていた害虫、コナガがすべての農薬に耐性をつけてしまったという記事を読んだとき、これはがんをめぐる状況と同じだと気がついた。

コナガが農薬に耐性をつけてしまう問題に対し、農家は数十年前から「総合的害虫管理」という方法をとってきた。害虫の群れには遺伝子的に多様な集団が交ざり合っている。農薬に屈しやすい集団もあれば、農薬に耐性をもつ集団もある。

そうした群れに大量の農薬を浴びせると、農薬に屈しやすい集団は全滅し、農薬に耐性をもつ集団だけが生き残ってライバルのいなくなった生息地で好きなだけ繁殖する。一方、農薬の量を少なくすれば、農薬に屈しやすい集団がそれなりに残って、耐性をもつ集団が増えすぎないよう抑制してくれる。

がんにも同じことが言えるのは明白だ。ゲイトンビーは、腫瘍内にはいつも(*がん治療薬が効かない)耐性細胞がいる、という前提からスタートすることにした。その耐性細胞は、増殖スピードが遅いので増えすぎることはなく目立たない。しかし、薬に反応するがん細胞が全滅すればそのあとを埋めるように勢力を広げるだろう。

■薬剤耐性細胞を抑制し続ける「適応療法」

この場合、薬を最大耐用量にするのではなく逆に低用量にして、薬に反応するがん細胞の量をある程度保ち、そのがん細胞に耐性細胞を抑制させたほうがいい。薬に反応するがん細胞が増えすぎたら、薬を増やして以前と同じバランスに戻す。ゲイトンビーはこの方法を「適応療法」と呼ぶ。

キャット・アーニー『ヒトはなぜ「がん」になるのか』(河出書房新社)
キャット・アーニー『ヒトはなぜ「がん」になるのか』(河出書房新社)

ゲイトンビーらのチームは、ラボ実験で得られた測定値をもとに、薬の効く細胞と耐性細胞の増殖スピードと、薬投与による勢力争いの変化を法則化する一連の数式を考案した。その数式を使って、薬を与えたとき、その2集団がどれだけ拡大または縮小するかを仮想シミュレーションし、薬の用量と適切な投与タイミングを割り出した。

適応療法は、薬剤耐性細胞の集団を患者の体内でコントロールしてがんを安定させるのが目的だ。耐性細胞はいつも存在し、増殖している(かなりゆっくりではあるが)。その耐性細胞の集団がいつなんどき優勢になってもおかしくない状態だが、ゲイトンビーの数学モデルによれば、治療回数20期ほどまではバランスを保持できそうだという。

根絶が無理なら、がんを同じ円の上をぐるぐると回らせ続けよう。観察し、待ち、薬で治療し、観察し、待ち、薬で治療する……これを場合によっては数十年続ける。この方法はこれまで私たちが追い求めてきた「完治」のイメージとは違うかもしれないが、それでもかなり似たものになるだろう。

■コメント by SERENDIP

たとえばオセロゲームで、序盤に相手のコマを返しすぎると、終盤に大逆転を許すことがある。相手の残りコマが1~2個まで追い詰めながら、結果として大敗を喫するのは、ひっくり返す対象の相手のコマがなくなり、逆に相手が返すことのできる自分のコマを大量に残しているからだ。序盤は大量にひっくり返すチャンスがあったとしても我慢し、ある程度相手のコマを残しながら、自分が優位になるようなコマの配置を探っていくのが必勝法の一つだ。本文にあるがんの「適応療法」も、これと似た考え方なのだと思う。社会や組織についても同様に、少数の「異分子」「非主流派」「反対派」などを排除せず、多様性を維持することがレジリエンスを高めることにつながるのだろう。

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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)

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