「人の役に立ちたい」という若者の心を監禁する…介護業界が低賃金で成り立ってしまうワケ
プレジデントオンライン / 2022年1月28日 12時15分
■往復20時間かけて親を介護する60代男性
(前編から続く)
――『マンモスの抜け殻』では、誰もが避けては通れない介護問題を扱っていますが、相場さんご自身は介護の経験はあるんですか。
僕の両親は80代なのですが、幸いいまも新潟で健康に暮らしています。僕自身もそうした状況に甘えて、親の介護からは目を背けてきました。
ただ、コロナ禍で帰省できなくなり、親の介護について真剣に考えざるをえなくなった。田舎なのでクルマが運転できないと生活もままなりません。高齢者の事故が社会問題化になっているいま、いつまで現状の暮らしが維持できるのか。近い将来、僕が定期的に実家に帰り、ケアマネージャーとやり取りしながら介護をしていくことになるとは思うのですが……。
介護を続ける知人からは切実な話を聞きます。彼は両親の介護のために毎週末、帰省しています。当初は新幹線を利用していたんですが、金がかかりすぎるから、と夜行バスに変えた。往復で20時間。もう60代ですからね。身体にも相当、こたえるはずです。経済的にも肉体的にも精神的にも厳しいなか介護を続けている。
■弱者が公助にたどり着くまで高いハードルがある
――仕事をしながら介護をするには施設やデイサービスなどに頼らざるをえないのでしょうが、相場さんは厳しい労働環境で働く介護スタッフを描いていますね。
もともと介護の仕事は、低賃金、長時間労働、人手不足で敬遠されていました。それが不景気になり、定収入を求めたい人たちが介護業界に入ってきた。いま、介護業界はラストリゾート――最終的な選択肢と呼ばれているんです。
取材で、シングルマザーとして2人の子供を育てながら介護施設で働く女性に話を聞きました。彼女は、子供が生まれるまではキャバクラで働いていたそうです。その後、シングルになり、介護の仕事をはじめた。ただ、子供は小学生だから託児所を利用できない。夜勤はどうしているのか、尋ねたんです。そうしたら、同じ境遇の友達と子供を預け合っていると話してくれました。個人的な人間関係に支えられて、仕事を続け、子供を育てていた。自助と共助で生活を維持していました。
――そうした人たちをサポートする公的な仕組みはないんですか。
そこが難しいところで……。彼女はスマホでゲームはするけど、自分がどんな支援を受けられるか検索をしないみたいなんですよ。国や自治体も積極的にアピールしていない上に、ユーザーフレンドリーじゃない。たとえ調べても、小難しい役人言葉で書かれているし、自分がそこに該当するかわかりにくい。申請も面倒くさい。公助にたどり着く前に諦めてしまう人も少なくないようです。
■介護業界は若者のやる気や善意を利用している
介護業界については、高齢者デイサービスセンターを運営した経験もあるノンフィクション作家の中村淳彦さんに教えてもらいました。中村さんの言葉が介護業界で働く人たちが置かれる環境を端的に表していた。
「介護業界は、善意に溢れ、やる気に満ちた若者の心を監禁するんです」
介護業界には人の役に立ちたいという人が入ってくる。彼らの善意や、やる気を利用して、低賃金で長時間の労働を強いる。コロナ禍でデイサービスの利用を控える高齢者も多いので、経営は厳しい。そんななか本来、支払うべき手当などを出さない事業所や施設もあると聞きます。
そんな実態を知り、ある居酒屋チェーンを思い出しました。「夢をかなえよう」「仲間と一緒にがんばろう」……そんな中身のないふわふわした言葉で、自己承認欲求が満たされない若者を非正規の労働者として利用する手口と同じだな、と。
スタッフのやりがいや善意を当てにして、厳しい条件で働かせる。高齢者はそうしたなかで介護サービスを受ける……。そんな構造がいつまでも持つわけがない。高齢者施設での虐待がニュースとしてよく報じられますが、必然なのかもしれないと感じました。
■余裕を失った結果、自己責任社会に
本来、介護は、高齢者の命を預かり、たくさんの人の暮らしを支える尊敬される仕事だったはずです。介護施設は、保育園と同じです。保育園があるから、親世代は安心して仕事ができる。
でも、現実には介護施設を利用できずに、離職せざるをえない人たちも少なくない。
――老老介護で追い詰められて、殺人に発展する事件も起きていますね。
日本は、いつからこんなに余裕がなく、すさんだ社会になってしまったんでしょうね。
社会に余裕があれば、人はゆとりを持って生きられる。困っている人や弱い立場の人を思いやれる。でも、日本が貧しくなり、人々からゆとりを奪ってしまった。菅前首相が語ったような、国民一人ひとりが自助で生きていくしかない社会になってしまった。
――非正規労働者、技能実習生、そして高齢化と介護……。相場さんはさまざまな社会問題を作品にしてきましたが、いつから日本社会がすさんでしまったと感じますか。
きっかけは、2001年からの小泉内閣時代でしょうね。労働者派遣法が改正されて、潮目が変わりました。新自由主義がうまくいき経済成長できれば、また違ったのでしょうが、経済が縮小して格差が広がった。その結果、社会から余裕を奪って、事あるごとに個々の自己責任を問う風潮が強くなった。
■コロナ禍では弱者から先に被害を受けた
そこに新型コロナです。
新型コロナは、立場の弱い人から先にダメージを与えました。たとえば僕らがかつて経験したバブル崩壊やリーマンショックのような経済危機は、金融機関や大企業が立ちゆかなくなり、徐々に国民全体に影響を与えていった。
でも、コロナ禍では、企業の業績が悪化した途端に、非正規や派遣が真っ先に切られた。彼らが生き延びるために何をやったかと言えば、ウーバーイーツ。あるいは、Amazonの配送の個人請負です。コロナが流行してから、マクドナルドの前には「マック地蔵」と呼ばれるウーバーイーツの宅配員が待機するようになりました。日本人だけではなく、仕事を失った外国人の姿も珍しくない。
ギグワーカーと言えば聞こえはいいけど、要は日雇いです。しかもみな激しい生存競争にさらされている。
次の小説の取材で「日雇いの町」として知られる大阪の西成や横浜の寿町について調べていたんですが、日本中が日雇いの町になってしまったと感じました。
僕には、日本が「日雇い国家」あるいは「国民総日雇い化」と呼んでもいい社会に向かっているようにしか思えないんですよ。
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小説家
1967年、新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりドラマ化され、ベストセラーに。
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(小説家 相場 英雄 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川 徹)
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