技術的な理由ではない…丸美屋「麻婆豆腐の素」には、なぜ豆腐が入っていないのか
プレジデントオンライン / 2022年1月27日 12時15分
■中華系レトルト食品の中でも人気の「麻婆豆腐」
この2年で在宅勤務が一般的となった。コロナ前に比べて自宅での食事が増え、近くのスーパーや小売店に行く機会が増えた人も多いだろう。中には、店頭に並ぶ冷凍食品やレトルト食品の多さに、あらためて驚いた人がいるかもしれない。
冷凍食品・レトルト食品なしでは、自宅での食生活が回らない時代だ。味も進化しておいしくなった。人気が高いのは「ぎょうざ・しゅうまい」や「チャーハン」など中華系だと聞くが、今回はその中でレトルト食品の「麻婆豆腐の素」を取り上げたい。
長年にわたり親しまれており、現在も多くの人が作ること。そして日本の食生活を変えた歴史もあるからだ。
現在はどのように利用されているのか。どんな経緯で発売され、日本の食卓に浸透していったのか。生活文化やマーケティングの視点も織り込みながら考えた。
■「用意するのは豆腐だけ」でシェア約50%に成長
「『丸美屋 麻婆豆腐の素』が発売されたのは1971(昭和46)年で、昨年で50周年を迎えました。現在はレギュラー5品(中辛、甘口、辛口、大辛、鶏しお味※)で年間約5600万個を販売し、メーカー別のシェアは約50%を占めています」
※鶏しお味は2022年1月からリニューアルで鶏白湯(パイタン)味になった。
丸美屋食品工業の村上麻登香(まどか)さん(マーケティング部 中華即席チーム課長)はこう説明する。入社以来、マーケティング歴は約20年。同社の「釜めしの素」も長く担当した。
レトルト食品である「麻婆豆腐の素」がこれほど長く愛される理由は何なのだろう。
「日本人にとってなじみ深い『豆腐を用いた料理』であること、そして日本人好みだが自分では再現しにくい『中華味』という点があると思います。消費者調査をしても麻婆豆腐が嫌いという人は少ないのです。豆腐を用意すれば調理できますが、別に用意した挽き肉を足したり、ねぎや春雨を足したり、各家庭の味にもなっています。片栗粉を用意しなくてすむのも消費者からは好評です」
奈良時代に唐から伝わったという豆腐は長い歴史を持つ食品だが、意外な一面もあった。
「さまざまな鍋料理にも使われますが、豆腐は名脇役のような存在。湯豆腐や冷奴ぐらいしか主役になりません。麻婆豆腐は数少ない、豆腐が主役の料理なのです」(同)
日本食の定番・味噌汁にも豆腐が入ることが多いが、やはり脇役といえる存在だ。
■辛口、甘口に加えて麻の「しびれ」も登場
家庭での人気を裏づけるように、大型小売店の店頭では「麻婆豆腐の素」がさまざまな味で陳列されている。
「最近は味のバリエーションも増えています。2017年ごろから『マー活』と呼ぶブームが起き、麻(マー)のしびれるような辛さを楽しむ消費者が増えました。当社でも花椒を効かせた本格的な味わいの『贅を味わう 麻婆豆腐の素』が売れています」
この1品となると定番が人気だ。最新の商品別ランキングは次のようになっている。
丸美屋と味の素以外にも人気商品が多い。大型小売店を視察した際は、理研ビタミン、ヤマムロ、新宿中村屋といったメーカーの商品が並んでいた。
甘口から激辛まで揃(そろ)い、味のバリエーションが豊富なのも使いやすいのだろう。パスタソースにも通じるが、いつもと違う味を選べば目先の変わった料理として楽しめる。
だが半世紀前の発売時は、現在のような盛況は想像できなかった。
■「婆ちゃんの豆腐、なんだいそりゃ?」
「発売当初『麻婆豆腐の素』は苦戦しました。主な理由は、当時なじみのない料理だったからです。発売翌年からテレビCMが開始されて関東地方では知名度が上がりましたが、豆腐にこだわりを持ち、濃い味を好まない西日本では売れなかったと聞いています」
当時の定価は120円で、現在と同じ3人前パックが2本入り。豆腐が1丁40円だったというが、麻婆豆腐はまだ町の中華料理店にもない、未知のメニューだった。
「婆ちゃんの豆腐? なんだいそりゃ?」という声もあったという。
ただし、家庭の食卓でも「簡単便利」を求める時代が来ていた。市販のレトルトカレーは「ボンカレー」(大塚食品、1968年)が最初で、即席麺は「チキンラーメン」(日清食品、1958年)によって広まり、60年代後半には現在もロングセラーの袋麺ブランドが誕生した。ボンカレーの3年後に誕生したのが「麻婆豆腐の素」だ。
当時の開発スタッフが首都圏の団地を1戸ずつ訪問して無料サンプルを手渡すローラー作戦や小売店への地道な営業活動を行った。転機は2年後の「オイルショック」だった。
原油価格の高騰からさまざまな噂が流れ、「日用品が買えなくなる」とパニック状態になった消費者が小売店に殺到した。その影響で食品在庫もさばけ、麻婆豆腐の素も売れた。これが全国各地の人が味を知る一因となった。
日本の麻婆豆腐は家庭から浸透し、今では町中華の定番メニューにもなっている。
■社会の変化で生まれた「時短料理」が追い風に
半世紀前の発売時は「料理は女性が作るもの」という価値観が強かった時代。まだ専業主婦も多く、夫の両親と同居する家も目立った。
現在、女性の就業率(15~64歳の生産年齢人口)は70%を超えているが、1970(昭和45)年は52.8%。男女雇用機会均等法元年の1986(同61)年も53.1%とほぼ同じだ。ただし当時はパートタイムで働く女性(特に主婦)も多く、総じて夕食の支度は行っていた。
「高度経済成長期となり、ファミリーレストランができて外食のメニューも多様化しました。家庭内の食卓も洋風化していき、上の世代が食べなかったメニューも浸透。時代の変化が麻婆豆腐にも追い風となり、受け入れられていきました」(村上さん)
同商品の風味を時系列的に紹介すると、発売時は現在も一番人気の「麻婆豆腐の素(中辛)」のみで、70年代に「甘口」(1978年)、「辛口」(1979年)を投入していった。
丸美屋の開発者たちは、調理時間を短くする「食卓改革」を目指していたのだろうか。
「当時はそうした意識はなく、『この新しいメニューをみなさんに食べていただきたい』信念だったようです。麻婆豆腐の素の発売35年に際して単行本も制作し、先輩方にも話を聞きましたが、未知のメニューの浸透に力を注いだ思いを語っていました」(同)
結果的に食卓メニューの進化となり、調理時間も短縮された。この間に世代交代も進み、従来の固定観念も薄れた。現在は「1人暮らしの男性もよく作る料理」となっている。
■あえて「すべての具材を入れない」ワケ
生活文化の視点では、世の中全体が気ぜわしくなると、さまざまな分野で「時短」が進む。
例えば従来型の理容店に代わって「1000円カット」が浸透し、髪を切るのに平日の隙間時間を利用する人も増えた。衣類ではコート類をクリーニング店に出す人が減り、自宅の洗濯機で洗えるような重衣料が人気となっている。
家庭内の調理では電子レンジが重要度を増し、“レンチン料理”もなじむようになった。一方で「揚げ物は買うもの」という意識も進み、とんかつは総菜として人気だ。天ぷらは「ふだん、きちんと料理する女性層にも天丼弁当が好評」(天丼チェーン店)という話も聞いた。
豆腐や野菜も近ごろはフリーズドライ製法で多くのレトルト食品に入っている。こうした時代性に食品メーカーとしてどう向き合っていくのか。
「自宅での調理も時短を重視されるので、簡便さには対応します。ただ、少し余白も残しておきたい。すべての具材が用意されていると”手抜き”感が出て、買うのをためらう人が多いからです。『麻婆豆腐の素』の派生商品として『麻婆茄子の素』『麻婆白菜の素』なども展開していますが、別に用意した肉や野菜を加えるなど、みなさんアレンジされています」
麻婆豆腐のジャンルで約半分のシェアを占める背景には、購入後にひと手間加えることで料理が完成するという、「余白を残す」商品開発への支持があるようだ。
■「お雑煮」「おせち」に飽きると、麻婆豆腐が売れ始める
丸美屋食品工業は、ふりかけや中華の素、釜めしの素など、さまざまな食品を展開する。「白いご飯になにかを乗せる・混ぜる」商品も多い。コロナ禍でも業績は好調で2021年度の全社売上高は約564億円と22期連続増収を達成した。
コロナ禍の在宅勤務が追い風となった一面もあるが、ふりかけは通勤や旅行激減で手作り弁当を作る回数が減って影響を受けた。むしろ注目したいのは「不景気になると存在感を増す」ことだ。
近年は、同社のお客様相談センターに年配男性からの問い合わせが多いという。「麻婆豆腐の素や釜めしの素などを使って作り始めた方も多いようです」(同社)。
数年前から麻婆豆腐の素の「作り方動画」も投稿している。
「当初は『ここまで必要かな?』と半信半疑でしたが、再生回数は多いです。きちんと伝えることの大切さを再認識しました」
実は、一番売れるのは1月。「おせち料理が終わった時期」なのも興味深い。
「即席カレーと麻婆豆腐の素は似たポジションで、雑煮やおせちの和風の時期を過ぎると登場回数が増えます。メーカーとして思い出してもらえる訴求をしなければなりません」
料理への意識もどんどん変わり、市販の総菜を買ってきて野菜などと一緒に盛りつければ立派な“手作り料理”だ。調理の時短+手作りという余白、への訴求が続く。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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