シフト勤務の人は要注意…「なんとなくいつも調子が悪い人」がまず疑うべき"ある病気"
プレジデントオンライン / 2022年2月1日 15時15分
※本稿は、八木田和弘『「2つの体内時計」の秘密』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■体内時計を乱しやすい「シフトワーカー」
歴史をさかのぼると、私たちの祖先は地球の自転周期に合わせ、太陽が昇ると同時に活動を開始して、太陽が沈むとともに活動が鈍っていき、やがて眠りにつくという生活が一般的でした。
ところが産業革命以来、工業が勃興して社会環境が一変すると、2交替や3交替制で昼夜関係なく働く工場勤務者が生まれ、不規則な生活を送る人が増えてきました。いわゆる「シフトワーカー」の登場です。
また、警察、消防などの公務員、医療従事者、交通機関の乗務員など、生活に欠かせないサービスを提供する、いわゆるエッセンシャルワーカーもまた、昼夜を分かたず働くことが多い人たちです。近年では24時間営業のコンビニエンスストアやスーパーも全国に展開され、シフトワーカーは増える一方です。こうした人たちは現代社会に欠かせない重要な仕事を担う一方で、往々にして体内時計を乱してしまい、睡眠・覚醒障害をはじめとする「概日リズム障害」を起こしがちです。
■コロナ禍で朝起きられない人が増加中
さらに近年になって、概日リズム障害はますます増えてきました。その原因として、経済や社会のグローバル化が挙げられます。グローバル化によって、今では世界の各地と結んでリモート会議をおこなったり、リアルタイムで情報が得られたりするようになりました。
それは喜ばしいことでもある半面、仕事相手が時差のある国の場合、昼夜に関係なく業務をしなければなりません。そのおかげで、企業や業種によっては深夜や明け方に会議が入ることもあるといいます。週に1回程度ならともかく、そんな生活が毎日続いたら体調を崩してしまうのも当然でしょう。
体内時計が乱れる原因は、シフトワークなど不規則な働き方のほかにもあります。それは、世界と瞬時につながることができるスマートフォンの普及です。これは、大人だけでなく、成長期の子どもたちに大きな影響が及んでいます。夜遅くまでスマホを使い続けることで、睡眠リズムを乱す中高生が増加していることは、どなたもご存じでしょう。
さらに、若い人たちの体内時計の乱れは、今、無視できないほどの大きな課題となっています。
「概日リズム睡眠覚醒障害」という体内時計の乱れと関連する睡眠障害があります。これは、朝しんどくて起きることができず、仕事や学校に行けないといった症状が特徴的なのですが、中高生から大学生くらいの若い人に多く見られることが知られています。しかも、コロナ禍でその数は増えているという指摘もあり、注目していかなければなりません。
■人間の細胞のほとんどに「体内時計」が存在する
ここまで「体内時計」という用語を何度も使ってきましたが、まだその正体を明らかにしていませんでした。
もしかすると、読者の方々のなかには、これまでも雑誌やメディアで体内時計という言葉を見たり聞いたりしたことがある人もいるかもしれません。とはいえ、それが具体的に何であるかはわからず、なんとなく「昼夜のリズムに合わせた体のリズムのことかな」というような抽象的なイメージを抱いているのではないでしょうか。
夜更かしをしたり、不規則な生活を送ったりしていると、体内時計が乱れて体によくないということは知っていても、「体内に時計がある」というのは、あくまでもたとえ話だと思っている方も多いことでしょう。
「まさか、本当に体内に時計のようなものがあるはずはないだろう」と思っているのではありませんか?
しかし、これまでの研究で、それが事実であることがわかっています。体内には本当に時計の働きをする仕組みがあるのです。しかも、その体内時計は人間だけでなく、昆虫から微生物に至るまで、地球上のほとんどの生物に備わっているのです。
人間の体を構成する何十兆個という細胞のうち、生殖細胞を除くほとんどに体内時計が存在しています。そして、それぞれの細胞内には、概日リズムを刻む「時計遺伝子」という遺伝子が存在しているのです。
■「親時計」を司令塔に生理機能をコントロール
ここで重要なポイントが、「親時計(中枢時計)」と「子時計(末梢時計)」の存在です。いずれも約24時間のリズムを刻む時計遺伝子によってつくられていますが、親時計は脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)という場所に存在し、内臓などの子時計の時間がバラバラにならないよう束ねる司令塔の役割を担っています。
時計遺伝子は、まさに腕時計や置き時計が時を刻むのと同じように、約24時間周期のリズムをつくり出していることがわかってきました。体内時計は、遺伝子レベルで私たちの生理機能をコントロールする仕組みだったのです。
そのメカニズムを解明した3人の研究者は、2017年のノーベル生理学・医学賞に輝きました。体内時計と時計遺伝子は、今まさにホットな話題といってよいでしょう。
体内時計は、昼夜の環境変化に適応するために、生物が進化の過程で手にした優れた機能です。人間においては、睡眠はもちろんのこと、血圧、体温、ホルモン分泌、自律神経のリズムなど、さまざまな生理機能を「縁の下の力持ち」のように幅広くコントロールしているのです。
■海外旅行に行くと「時差ぼけ」になるメカニズム
体内時計のズレがはっきりと認識できるのは、いわゆる「時差ぼけ」といわれる状態です。
ご存じのように、ヨーロッパと日本、アメリカと日本というように、何時間も時差のある地域を飛行機で短時間に移動すると、その直後に時差ぼけが襲ってきます。
体験したことのある方ならわかるでしょうが、概日リズム障害と同じような症状があらわれてきます。昼間なのに頭がぼんやりとして眠気が襲ってきたり、注意力が散漫になってうっかりミスやケガをすることもあります。逆に、夜なのに頭が冴えて眠れなくなってしまいます。まさに体内時計がズレてしまった状態です。
つまり時差ぼけは、生活リズムと親時計とのあいだにズレが生じ、さらに親時計と全身の子時計のあいだに時間的なズレが生じてしまうことによって起こる、全身の機能の調節不全なのです。
もっとも、こうした時差ぼけによる体内時計のズレは1回きりのものです。2、3日、長くても1週間ほどで治ります。
■じわじわと調子が悪くなる体内時計のズレ
それに対して、日々の生活からくる体内時計のズレは、ちょっと事情が違ってきます。海外旅行とは違って、一度に何時間もの時差を生じるように極端にズレるわけではありません。少しずつズレていくため、その影響がすぐに表面化するような自覚症状は発生しません。
しかし、その一方で、毎日のように生活時間と体内時計(親時計)のズレが持続していくために、親時計と子時計のあいだのズレも大きくなり、じわじわと健康な状態を保てなくなっていきます。まさに「なんとなく不調」としてあらわれてくるのです。
日々の生活からくる体内時計のズレは、時差ぼけがずっと続いていく状態を想像するとよいでしょう。眠気や運動能力の低下、注意力・集中力の低下などを招き、そのズレが蓄積していくとミスや事故が多くなってしまいます。とくに、車の運転をする場合には、注意が必要な状態といってよいでしょう。
子どもから大人まで、体内時計のズレが生じていると、精神的にも肉体的にも、本来持ち合わせている機能や能力を十分に発揮できなくなるのです。
■サマータイムは効率的だがデメリットも
年に2回、国を挙げて時計を1、2時間ズラすという年中行事があります。日本にはありませんが、海外の多くの国で採用されているサマータイム(夏時間)です。
日の出が早くなる夏の時期は時計を1、2時間進め、秋になると元に戻すというもので、日本でも第二次世界大戦後の一時期に実施されたことがありますが、わずか4年で終わってしまいました。
サマータイムには、太陽が出ている時間を有効に活用し、余暇の時間を充実させるというメリットがあります。その一方で、人為的に時差を生じさせることで、体内時計をズラしてしまうというデメリットがあります。
事実、サマータイム制を導入している欧米諸国では、サマータイム移行直後の約1週間事故が多くなることが報告されています。その理由として、時差ぼけの場合と同じように、眠気や注意力の低下などが挙げられています。さらに、急性心筋梗塞やうつ病などの気分障害が発生するリスクも高くなっています。
そのため、ヨーロッパではサマータイムが「ソーシャル・ジェットラグ」(社会的時差ぼけ)を引き起こしているとして、廃止を求める声も少なくありません。
■日本でもサマータイム復活が議論されたが…
ごく普通の日常生活を営んでいたり、事務的な作業をしている限りは、何かミスをしても、「あ、しまった」で終わるのですが、時と場合によってはそれでは済みません。公共交通機関やトラックの運転手をはじめ、人の命を預かる仕事では、より慎重に考えることが求められます。
日本では一度廃止されたサマータイムですが、復活させてはどうかという機運が高まったことがありました。環境対策やエネルギー節約、さらには猛暑が予想されたオリンピック対策として検討されたようです。確かに、日の出が早くなる時期には、早く仕事に出かけて明るいうちに帰るというのは、エコロジーの観点からすると効果的かもしれません。
しかし、体内時計を無理やりズラすことになるため、人体の生理機能に悪影響があることは見逃せません。私も所属している睡眠学会や日本時間生物学会は、医学生理学的な面から科学的根拠をもとにして反対の声明を出しています。たった1時間と思われるかもしれませんが、体内時計をいきなりズラすというのは、体にとって大きなストレスになってしまうのです。
■東京五輪の輝かしいメダルラッシュの背景
2021年に開催された東京オリンピックにおいて、日本は金メダル27個、合計のメダル数でも58個と、史上最多のメダル獲得数となりました。これは自国開催に向けた強化の賜物であると同時に、アスリートの皆さんの言葉にできないほどの努力の結果であり、その姿に私も深い感動を覚えました。
それに加え、体内時計の視点から考えると、時差がなく体内時計のズレがないまま試合に臨めることも、他国の選手にくらべて大きく有利な点です。
時差への対応は、どの選手団もチームドクターや専門家が担当して、綿密な配慮がなされているはずで、オリンピックに限らず、国際試合の前には試合会場近くで合宿するという話をよく聞きます。これは、現地の気候に対応するだけでなく、時差への適応を考慮した措置であることはよく知られていると思います。
■体内時計は人間のパフォーマンスを大きく左右する
ところが、今回のオリンピックでは、コロナ禍のためにこうした事前合宿を中止した国が多かったようです。日本との時差が7時間、8時間以上ある地域も数多くあり、遠方の国からやってきた選手はさぞ大変だったことでしょう。適応にはかなりの時間がかかってしまい、適応しきれないうちに試合当日を迎えたというケースもあったと思います。
試合までに時差ぼけが解消されているかどうかで、パフォーマンスはまったく違ってきます。反射神経や骨格筋の反応など肉体的なパフォーマンスに大きく影響しますし、注意力や判断力の面でも多大な影響があります。
体内時計の働きは、単に約24時間周期のリズムをつくり出しているだけではありません。
「最適な時刻に、最適な機能を活性化させる」というタイミングを決める重要な働きも持っています。体内時計をきちんと整えておくことは、その人が本来持っているパフォーマンスを最大限に発揮することにつながるのです。
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京都府立医科大学大学院教授
1995年京都府立医科大学卒業後、同大学附属病院第3内科にて研修。京都府立医科大学大学院修了。神戸大学医学部第2解剖学助手および講師、名古屋大学理学部COE助教授、大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学准教授を経て2010年より京都府立医科大学大学院医学研究科統合生理学教授。2017年から地域生涯健康医学講座の教授を併任。時間生物学、環境生理学の研究に取り組む傍ら、体内時計の視点から生活改善の大切さを伝える活動にも取り組んでいる。
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(京都府立医科大学大学院教授 八木田 和弘)
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