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ウクライナ侵攻は序章に過ぎない…プーチン大統領が狙っている「欧米解体」という危険な野望

プレジデントオンライン / 2022年2月1日 12時15分

2022年1月22日、ロシアのプーチン大統領は、ロシアのサンクトペテルブルクにて、第2次世界大戦中のレニングラード包囲からの解放78周年を記念して、ピスカリョフスコエ記念墓地での花輪贈呈式に出席 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト

ロシアのウクライナ侵攻が危険視されている。筑波大学の中村逸郎教授は「プーチン大統領は、ウクライナ侵攻によってNATOに揺さぶりをかけ、アメリカの欧州撤退をもくろんでいる。最終的には、NATOを乗っ取ることを考えているのかもしれない」という――。

■ウクライナのNATO参加に強く反発するロシア

昨年10月以降、ウクライナをめぐる国際情勢が緊迫している。「最大級の危機」と報道されているが、いったい何が危機なのだろうか。

NATO(北大西洋条約機構)加盟を目指すウクライナに、プーチン政権は強く反発している。昨年12月以降、ロシアはウクライナへ大規模な軍事圧力を加えており、ウクライナとの国境沿いに11万2000人(今年1月22日現在)のロシア兵を集結させている。

アメリカのメディアは、その数が17万5000人に達した時点でウクライナ侵攻が始まると予想している。ロシア政府は全力で、ウクライナのNATO加盟を武力で阻止したいのである。

ロシアの不穏な動きをにらみ、NATOに強い影響力をもつバイデン大統領は、1月29日、ウクライナと東欧諸国に8500人の兵士を派遣することを決めた。

近年、東欧諸国には6000人のアメリカ兵が常駐しており、総勢1万4500人に増強される。単純に兵士の数で比較すると、NATOは劣勢に回っており、ロシア側は強気の姿勢を崩さない。

その一方で昨年末、バイデン大統領とプーチン大統領がオンライン会談を実施している。今年に入ってからも、北米、欧州、中央アジアの57カ国が加盟するOSCE(欧州安全保障協力機構)の本部があるスイス・ジュネーブを舞台に外交交渉が繰り広げられている。ただ互いに相手に譲歩を迫っており、両国の溝が浮き彫りになるばかりだ。

■プーチン大統領の“ある要求”で交渉がこじれた

なぜ、交渉が難航しているのだろうか。当初は、ウクライナのNATO加盟問題が議論されていたが、途中でプーチン政権はポーランドやルーマニア、ブルガリアなどの東欧諸国に配備されているNATO軍がロシアの安全保障を脅かしていると警告。「ヨーロッパの勢力図を1997年以前に戻せ」と要求を強めたのだ。

プーチン氏が言う1997年とは、ロシアがNATOと交わした「基本指針」が採択された年である。その文書には、「ヨーロッパに民主主義と安全を原則に平和を樹立する」と記されている。プーチン氏は「安全と平和」の回復を口実に、東欧諸国からNATO軍を撤退させろというわけである。

■なぜロシア周辺国が相次いでNATOに参加しているのか

「基本指針」の合意後の1999年にハンガリー、ポーランド、チェコがNATOに加盟したのを皮切りに、2004年にバルト3国をはじめとしてルーマニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリアの7カ国が加入した。

ロシア周辺国が相次いでNATOに加盟しているのは、ロシアに向けて勢力拡大したいという考えではなく、ロシアの脅威を前に自国の安全を守るためにNATO軍の支援を必要としたのだ。いわば苦肉の策といえる。

2008年には、ウクライナとジョージア(旧名はグルジア)がNATO加盟を申請した。だが、同年にロシアがジョージア国内の民族紛争に軍事介入している。この2カ国の加盟を頑として認めていない。

2021年6月14日、ベルギーブリュッセルのチンカンテネール公園の凱旋門に掲げられたEU旗
写真=iStock.com/Xavier Lejeune
ベルギー、ブリュッセルにあるNATO本部

■「アメリカがわたしたちをだました」

ロシア側の言い分はこうだ。昨年12月23日の恒例記者会見の場で、プーチン氏はNATOをめぐるアメリカへの不満を爆発させている。

「アメリカがやっていることは、まったく理解できない。わたしたちが、アメリカとの国境近くにミサイルを配備したことがあるのか。『ない』に決まっている。それなのにアメリカは、わが国をミサイルで攻撃し、侵略しようとしている。すでに敷居を跨ごうとしている」

プーチン氏が神経質になっているのも理解はできる。アメリカがウクライナのロシア国境付近に超音速兵器を配備するかもしれないからだ。「5分でモスクワに到達可能であり、ロシアは壊滅的な事態に陥る」とプーチン氏は声を荒らげる。NATOの「基本方針」は守られておらず、まさに「ロシアのレッドライン」超えると息巻く。さらに、

「アメリカは、わたしたちをだました。ずうずうしいにもほどがある。NATOの地対空ミサイルシステムが、ルーマニアとポーランドにも配備されている。わたしたちは、『迫ってくるな。アメリカは、わたしたちにNATO不拡大を約束した』と何度も忠告した。

すると、アメリカはこう返答してくる。『どんな文書にそんな約束が記されているのか。勝手に心配するがいい』って開き直る」

■アメリカ不信の根源にある1990年の出来事

どうやらプーチン氏の怒りには、アメリカに裏切られたという恨みがある。

その「裏切り」について、BBCが詳しく報じている。記事のタイトは、「NATOの拡大:果たして西側はゴルバチョフをだましたのか」(2017年12月26日)。

アメリカのジョージ・ワシントン大学に設置されている「国家安全保障文書館」の資料によれば、1990年に東西ドイツが統合した際、当時のゴルバチョフ・ソ連邦大統領を相手にジェイムズ・ベイカー・アメリカ国務長官をはじめとする外交官たちが、こう口頭で約束したと記されている。「NATOは、ドイツの国境線を超えて東方拡大することはない」。

BBCの解説記事はこうだ。「プーチン政権はNATOの東方拡大の動きを牽制するために、27年前のアメリカ高官たちの約束を持ち出してきた。だが西側は、ゴルバチョフと書面で約束したわけではない。NATO東方拡大を、だれも止めることはできない」。

■「NATO不拡大」を文書化しなかった

なぜ、口頭での約束になってしまったのか。わたしの考えでは、当時の冷戦終結という漠然とした融和の雰囲気が大きかった。

1989年11月にベルリンの壁が崩壊、翌月にはブッシュ大統領とゴルバチョフ氏は、マルタ会談で冷戦の終結を宣言した。両国間の「信頼の醸成」が大きな成果を生んだとたたえられた。

だから、NATO不拡大という約束を文書化すれば、細かな文言の解釈をめぐって亀裂が走るかもしれない。両国とも、冷戦終結という歴史的な偉業を優先させたのであろう。口約束という曖昧さが、30年後に新しい緊張の火種になるとは歴史の皮肉といえる。

ゴルバチョフ氏は、この件について沈黙を守っている。

■アメリカに圧力をかけ続けるプーチン

このような経緯を踏まえて、プーチン氏はアメリカとNATOに「東方不拡大」を文書(条約または協定)に明記するように強く要求している。一歩も引かない姿勢だ。

ボールが投げられたバイデン政権は1月27日、ロシアの求めについて書簡で返答したが、肝心の中身は公表されていない(1月31日現在)。

ただ、プーチン氏は1月28日、フランスのマクロン大統領と電話会談した際、以下のように不満を述べた。

「アメリカは、ロシアの重要な要求を無視してしまった。NATO拡大を容認できないというわたしたちの原則に、言及していないのだ」

プーチン氏からすれば、自分たちの要求にアメリカ政府が回答していない。それどころか「無視した」と解釈し、さらに軍事圧力を強める可能性が高くなるとわたしは予想する。

壇上に掲げられた、左からロシア国旗、星条旗、ウクライナ国旗
写真=iStock.com/sb2010
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sb2010

■アメリカがロシアを無視せざるを得ない事情

それにしても、なぜアメリカは回答しなかったのか。わたしの見立ては、NATO諸国内でロシア対応をめぐって思惑がバラバラであり、アメリカはまとめることができなかったからだ。

内情としては親ロシア派の国(ギリシャやハンガリーなど)もいれば、嫌ロシア派(イギリス、バルト3国など)の国もあり、温度差で五つのグループに分類されるほどに複雑である。

ドイツにしても、天然ガスの約半分をロシアから輸入しており、反ロシアでもない親ロシアでもない微妙な立ち位置である。

アメリカとNATOが一丸となって、ロシアに対応できないのである。NATOの足元を見るロシアは、容赦なくNATOを揺さぶっており、ロシアがウクライナに侵攻しても、反撃できないと高をくくっているかもしれない。

外交的にも軍事的にも圧力をかければかけるほど、NATOの足並みが乱れ、機能が形骸化する姿が露呈する。もはやバイデン政権の手腕が問われかねない状況だ。

■プーチンの野望の正体

バイデン氏は当面、ロシアに明確な返答を先延ばしにする戦法のようだが、プーチン氏は「即時に、いや今すぐに回答せよ」といら立つ姿勢を見せる。

ロシアの容赦ない圧力にさらされるバイデン氏が、不調和が続くNATOに不信感を募らせ、NATOからの撤退を模索するかもしれない。中東、アフガニスタンからアメリカ軍が撤退したようにヨーロッパからも、という流れである。

その先に、プーチン氏の野望が見え隠れする。主導権を握ってきたアメリカの不在でNATOは弱体化し、伝統的な同盟を形成してきた「欧米」が引き離される。

NATOを統率するリーダーがいなくなれば、プーチン氏が崩壊寸前のNATOを乗っ取る秘策を打ち出すかもしれない。

実はNATO第10代事務総長(1999~2004年)を務めたジョージ・ロバートソン氏はアメリカの雑誌『フォーリン・ポリシー』(1月22日付)に、2002年にプーチン氏がロシアのNATO参加の構想を語り、加盟国を驚かせたと証言している。

当時は冗談のように思えたようだが、今となればプーチン氏は真剣に野望を語っていたかもしれない。そうなれば、「欧露」という異次元の同盟が誕生する。欧米はいまや、「恐ロシア」の陰謀で重大な危機に直面しているのである。

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中村 逸郎(なかむら・いつろう)
筑波大学人文社会系教授
1956年生まれ。学習院大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。モスクワ大学、ソ連科学アカデミーに留学。2017年、『シベリア最深紀行』で梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。『ロシア市民』『ろくでなしのロシア』などの著作がある。

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(筑波大学人文社会系教授 中村 逸郎)

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