岸防衛相と河野太郎氏が大舌戦…日本の敵基地攻撃能力の保有が"時代遅れ"といわれるワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月2日 17時15分
■「防衛力の抜本的な強化」を唱える岸防衛相
1月に入ってから北朝鮮が立て続けに弾道ミサイルを発射している。これを受けて岸信夫防衛相は、記者団に「いわゆる敵基地攻撃能力の保有を含め、あらゆる選択肢を検討し、防衛力の抜本的な強化に取り組んでいく」と述べた。以降、「敵基地攻撃能力」保有をめぐって各政党が旗幟をあらわにしている。
「敵基地攻撃能力」とは、弾道ミサイルの発射基地など、敵の基地を直接破壊できる能力をいう。政府の見解では、他に手段がない場合のやむを得ない必要最小限度の措置として、「法理的には自衛の範囲に含まれ可能」としている。
元航空自衛官として筆者が不思議に思うのは、日本の敵基地攻撃能力が発揮される状況についての議論がないこと、そしてそもそも対北朝鮮において敵基地攻撃能力がどれほど意味を成すのかの議論が欠けていることである。
■日本と北朝鮮の二国間世戦争は起こり得ない
日本と北朝鮮の二国間で戦争が起きる可能性はゼロといっていい。米朝関係と関係なく、いきなり日本にミサイル攻撃を行うことは、いくら北朝鮮でも実行しない。日本が攻撃を受ければ必ず米国が登場してくるからだ。北朝鮮が日本にミサイル攻撃を行うことは米国への宣戦布告を意味しており、米朝関係が極限まで緊張した場合にしか起こり得ない。
そうした事態が生じるとしたら、原因は何か。それは、米国が北朝鮮に完全な非核化と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄を要求し、北朝鮮が強く反発して「第3次核危機」が起きたときだ。
■「被害甚大」米国が武力行使を断念した第1次核危機
過去の核危機について振り返っておこう。
1993年3月、北朝鮮はIAEAによる二度目の特別査察を拒否し、核拡散防止条約(NPT)の脱退を表明した。「第1次核危機」はここから始まっている。これを受けて米国が同年6月2日、米朝協議第1ラウンドを開始し、北朝鮮はNPT脱退の保留を宣言した。
北朝鮮の核開発に関する米朝二国間交渉はその後も続き、6カ国協議も行われたが、結局非核化は進まなかった。
第1次核危機で米国は北朝鮮に対する武力行使を検討していたが、実行に移されることはなかった。断念した要因の一つは、米国側の損害が大きすぎることだった。
1994年5月4日、在韓米軍司令官ゲリー・ラック大将(当時)は「北朝鮮は国境地帯に8400の大砲と2400の多連装ロケット発射台を据えており、ソウルに向けて最初の12時間で5000発の砲弾を浴びせる能力がある。もし再び戦争となれば半年がかりとなり、米軍に10万人の犠牲者が出るだろう」と発言した。
米国本国では、同5月18日、作戦検討会議が開かれた。ペリー国防長官がシャリカシュビリ統合参謀本部議長に先制攻撃計画の策定を命じたことによる。北朝鮮では核燃料棒交換作業が進行している最中だった。
ここで立てられた作戦計画は、F-117ステルス戦闘爆撃機や巡航ミサイルで、北朝鮮西部の寧辺に集中している核関連施設を空爆するという内容だった。だが導き出された推計は、ゲリー・ラック大将の発言同様、甚大な被害を予見させるものだった。
全面戦争に発展した場合、
「緒戦の90日間の死傷者は米兵5万2000人、韓国兵49万人」
「全面戦争になればソウルの市街地でも戦闘が展開され、アメリカ人8万~10万人を含めて軍・民間の死傷者は100万人以上」
「韓国経済の損害総額は1兆ドル(現在のレートで約115兆円)」
というのがその内容だ。
6月16日には、大統領特使として訪朝したジミー・カーター元大統領と金日成の会談が実施。同10月に、北朝鮮の黒鉛減速炉および関連施設の軽水炉型発電所への転換についての協力などの4点を柱とする米朝枠組み合意に署名がなされ、第1次核危機は決着した。
■イラク戦争直前、金正日は動静を秘匿した
2003年1月、北朝鮮は核拡散防止条約からの脱退と国際原子力機関(IAEA)保障措置協定からの離脱を宣言。米朝枠組み合意は完全に崩壊し、「第2次核危機」が始まった。
米国の反応は速かった。2月には核施設への先制攻撃を示唆。実際に同月16日、米空軍は在日米軍基地にF-15戦闘機とU-2高高度偵察機などを増派している。28日にはラムズフェルド国防長官がB-52戦略爆撃機12機、B-1戦略爆撃機12機をグアムへ配備するよう命じた。
この時期、米国のイラクへの武力行使は必至の形成になっていた。中国は北朝鮮に対し、イラクの次に攻撃される危険性を間接的に警告。多国間協議に応じるよう説得したが、北朝鮮は拒否した。そして、2月26日には北朝鮮の原子炉の再稼働が確認された。
イラク戦争開戦(2003年3月20日)直前、韓国で最大規模の米韓合同演習「フォールイーグル」(2003年3月4日~4月2日)が行われた。金正日は、米軍が演習名目で米国本土から韓国へ兵力を増強し、イラクの前に北朝鮮を攻撃してくることを恐れて動静を秘匿した。常ならばほぼ毎日「労働新聞」に金正日の動静が掲載されているが、2003年2月12日~4月3日の間は載らなかったのだ。
しかし、結局、イラクへの攻撃が開始されたことで北朝鮮への武力行使は行われなかった。米軍の戦力では、一度に2つの地域で戦争を遂行することは不可能だったからだ。
■中国参戦の局面で敵基地攻撃能力が発揮される
核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有した北朝鮮に、今後米国は完全非核化とICBMの廃棄を要求するだろう。しかし、北朝鮮が無条件で受け入れることはない。
やむなく米国が北朝鮮の核関連施設に対する空爆に乗り出した場合、北朝鮮も黙ってはいない。北朝鮮攻撃の拠点となる在日米軍基地への攻撃を行うと脅すだろう。
こうなってくると、中国が介入する可能性が高い。中国にとっては、金正恩が最高指導者である必要も、国号が「朝鮮民主主義人民共和国」である必要もない。だが、朝鮮半島の北半分は、中国と米国との緩衝地帯、すなわち、中国の安全保障に寄与する地域である必要があり、米国の影響下に置くわけにはいかないのだ。結果として、第2次朝鮮戦争、すなわち、米国・日本・韓国対中国・北朝鮮の戦争が勃発する。
中国が参戦し、日本を弾道ミサイルで攻撃してきた場合は、中国東北部の吉林省などに配備されている、日本を攻撃目標とする弾道ミサイル基地を破壊しなければならない。
「敵基地攻撃能力」とはこのような事態になって発揮される。
■日本の装備では“移動式発射機”を叩けない
だが、そこで発揮される「敵基地攻撃能力」とはそもそも何なのだろうか。実は日本政府は現在も「敵基地攻撃能力」が何を指すのかを明確にしていない。
北朝鮮は移動式発射機(輸送起立発射機・TEL)も用いて、多くのミサイルを発射するようになっている。移動する弾道ミサイルを発射前に攻撃する能力は日本にはない。情報衛星(偵察衛星)では移動する目標を探知・追尾することができないからだ。また、列車から発射される弾道ミサイルもある。列車はトンネルなどの遮蔽(しゃへい)物で覆って衛星から隠すことが可能だ。
現在、米国では小型衛星数百機で構成する「衛星コンステレーション」構想が進められており、日本でもこの構想との連携を検討している。だが衛星コンステレーションは発射されたミサイルの探知と追尾を行うものであるため、これも発射前のミサイルを叩く機構とはなり得ない。北朝鮮が開発を進めている極超音速兵器にどこまで対応できるのかも不明だ。
「敵基地攻撃能力」については自民党内でも異論が出ている。前防衛相の河野太郎広報本部長は、自身のブログで「『敵「基地」攻撃能力』は、昭和の議論であり、令和の今日もはや意味がありません」と指摘している(「ごまめの歯ぎしり」2021年11月11日掲載「敵基地攻撃能力から抑止力へ」)。
■防衛相の言う「あらゆる選択肢」とは何を指しているのか
河野氏の指摘に対し、岸信夫防衛相は1月14日の記者会見で「古くからある議論ではありますが、まさに現代の問題でもあります」と反論。「国民の命、暮らしを守るために何が求められているか、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討していき、その中で国民の皆様や与党にもご理解いただきたい」と訴えた。
しかし、たとえ憲法を改正して「専守防衛」という国是を捨て、先制攻撃できる兵器を保有するに至ったとしても、移動式の弾道ミサイルを発射前に発見することは不可能に近い。
岸防衛相は、「あらゆる選択肢を検討し、防衛力の抜本的な強化に取り組んでいく」と述べているが、その中身は明らかになっていない。「あらゆる選択肢」とは何を意味しているのか、具体的な手段の確立が急務となっている。
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元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。
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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)
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