「同じ冷凍コロッケでも牛肉は30秒、カレーは20秒」加熱時間の細かな違いには深い意味がある
プレジデントオンライン / 2022年2月28日 18時15分
■いろんな電子レンジで何回も試す
冷凍食品は便利だ。調理は規定の時間、電子レンジで温めるだけ。しかし、この加熱時間はどうやって決められているのか。計算式でもあるのだろうか。冷凍食品の国内最大手ニチレイフーズに取材した。
現在、ニチレイフーズでは120種以上の家庭用冷凍食品を展開している。加熱時間は、炒飯やドリアでは1食につき600W4分前後、から揚げやミニハンバーグなどのおかずでは1個につき600W40秒前後が多い。重量によって違うのは当然だろうが、商品をより細かく見ていくと、同じような商品でも加熱時間が微妙に違うことに気づく。
例えば、「お弁当にGood! 衣がサクサク牛肉コロッケ」と「たいめいけん カレーコロッケ」は、両者ともほとんど同じ大きさだが、加熱時間は牛肉コロッケが1個30秒、カレーコロッケで1個20秒となっている。
ニチレイフーズ家庭用事業部の蟹沢壮平さんに聞いてみると、「端的に言うと、加熱時間はいろんな電子レンジで何回も調理試験をして決めています。重量だけでなく、厚み、配合、色々な要因が影響しますので、計算式のようなものを用いて決めているわけではありません」という答えが返ってきた。
ニチレイフーズでは冷凍食品の加熱時間の決めるまでに、次のプロセスを経ているという。
■一回一回手作業で調整し「仕上がり」を追求する
まずは試作品と食材や配合が似ている既存の商品を参考に、おおよその加熱時間のアタリをつける。そして、「標準機」と定めた電子レンジで温めてみる。その後、試作の改良とあわせて加熱時間の調整を5回程度繰り返す。
調整の結果、標準機における加熱時間が決まったら、さまざまな機種で微調整して最終決定する。過去に類似商品がない場合は、関係者が自宅の電子レンジを用いてテストすることもあるそうだ。
加熱時間は目安にすぎないはずだ。なぜ計算式などを用いないのか。なぜそこまで手間をかけて、適切な加熱時間を探っていくのだろうか。蟹沢さんは「似たような商品でも、食べてほしい温度によって加熱時間が変わります」と話す。
「今川焼(あずきあん)は温かい状態で召し上がっていただきたいので、加熱時間を40秒にしました。最低でも人肌以上の40度ぐらいにしたいからです。一方で、今川焼(クリームチーズ)は、冷たい状態で召し上がっていただく場合の加熱時間を20秒にしてあります。」
「また、お弁当用の商品の場合、調理から3~4時間後の実際に食べる時間にベストな状態になるよう、加熱時間や配合を個別に調整しています。アツアツまで加熱すると、食べるときに水分が抜けてパサパサになったり、コロッケのような商品では水分が衣に移行してサクサクとした食感が失われてしまうのです」
■アナログな試行錯誤は「おいしさ」を追求するため
冷凍食品は便利さだけでなくおいしさも強く求められる。単に冷凍状態を解凍すればよいというものではないのである。調理後の「食べてほしい状態」と「実際に食べるタイミング」を考慮しなければ、加熱時間も決められない。
「『衣がサクサク牛肉コロッケ』と『たいめいけんカレーコロッケ』は、中に入っている水分量や衣の量などが違います。サクサクな衣に仕上がる時間を個別にテストした結果、10秒の差が出たと考えられます」
手作業のテストが必要な理由はほかにもある。電子レンジは同じ出力数でも機種により温まり方が異なる。例えばターンテーブルとフラットテーブルでも仕上がりが変わってくる。
■レンジによって温まり方も変わる
ターンテーブルは庫内の横など一定の場所からマイクロ波を出し、テーブルを回転させることで食品にマイクロ波を均等に当てる。一方、機種によって違いはありますが、フラットテーブルはいろいろな場所からマイクロ波を出しているため、食材を回さなくても全体にマイクロ波が行き渡るようになっている。当然、マイクロ波が出る場所の違いによって食品の温まり方に差が出る。
さらに、メーカーや経年によっても食品の温まり方が変わってくる。こうなると計算式のようなもので一律に加熱時間を決めるのは非常に難しい。アナログな手法がとり続けられているのは、消費者の事情にあわせるためなのだ。
まだ疑問がある。家庭用電子レンジには700W以上の高出力が可能な機種もある。だが、ニチレイの商品パッケージには500Wと600Wの加熱時間しか表示されていない。なぜなのか。
「パッケージに高出力のワット数を記載していないのは、加熱ムラが起きやすいためです。確かに家庭用でも1000W、コンビニだと1500Wの電子レンジがあります。常温のものを温めるならそれほど加熱ムラは出ないでしょう。しかし冷凍状態から熱い温度まで一気に加熱するとなると話は別です。ある部分は冷たいままなのに、別の部分が焦げてしまうということが起きやすいのです」(蟹沢さん)
■最も開発に苦労した商品は…
ニチレイフーズでも高出力での調理時間の議論はあるものの、加熱ムラの問題が解消されていないため、パッケージの表記は500Wと600Wに限っているいるそうだ。
それでは高出力のレンジしか使えない場合にはどうすればいいのか。
「700Wしか使えないときには、600Wでの加熱時間の7分の6を目安に様子を見ながら加熱してください。しかし、あくまでこれはざっくりとした目安です。パッケージ表記の出力と加熱時間で調理していただくのが、いちばんおいしくなります」(蟹沢さん)
加熱時間を検討する作業は、過去のノウハウ、工場ライン、市場のニーズなどの条件がそろえば、だいたい数日で決められるという。ただし、ときにはなかなか加熱時間を決められない商品も登場する。蟹沢さんは「冷やし中華の調整ではとても苦労しました」と話す。
「冷やし中華」とは3月1日発売予定の新商品で、「レンジで温めると冷たい麺ができあがる」という他に類を見ない冷凍食品だ。
「電子レンジはマイクロ波が食品中の水分子を振動させることで熱を発生させます。ですが、氷は水分子同士が固く結びついていて、マイクロ波の影響を受けにくいため電子レンジでは溶けづらいんです。『冷やし中華』は温めることで麺が解凍され、氷が残ります。残った氷によって麺が冷やされるんです。われわれが知る限りでは、冷凍食品に氷が入った商品はなく、自社はもちろん他社商品にも参考になるものがありませんでした」(蟹沢さん)
■手作業だからこその「おいしさ」がある
ニチレイフーズの「冷やし中華」には、自家製煮豚やきざみオクラなど4種の具材もついている。加熱時間の決定については全体のバランスを取るのに苦労したそうだ。
「麺や具の個別の加熱時間を調整するのはさほど難しくありません。ですが、レンジに1回かけるだけで麺と具材すべてにおいてベストな状態を作ることが非常に難しかったですね。加熱時間はもちろん、水分・氷・具材・麺の量そして氷の位置など、全方位に気を配って開発した商品です」(蟹沢さん)
「冷やし中華」の加熱時間は600W2分50秒。この時間を導き出すために重ねた試作は100回を超えたそうだ。こうした苦労を重ねた商品は大ヒットになるかもしれない。ニチレイフーズの定番商品「衣がサクサク牛肉コロッケ」も、1994年の発売当時は前例がなく、開発で苦労した商品だったからだ。
それまで冷凍コロッケの主流は油で揚げるタイプだった。しかし、お弁当のおかずにする消費者が多く、電子レンジ調理へのニーズが高まっていた。このときは前述の「冷やし中華」と同じく、適切な加熱時間を探るために試行錯誤を重ねたそうだ。その結果、「忙しい朝にも、サクサクのおいしいコロッケをお弁当に入れられる」として、大ヒットとなった。
実はニチレイフーズのパッケージには、加熱時間のほかに調理のワンポイントアドバイスも書かれている。「中身から加熱されますので衣が熱くならなくても出来上がり(カレーコロッケ)」「電子レンジ調理のあとにオーブントースターで加熱すると皮がカリっとさらにおいしい(今川焼)」などだ。
こうしたコツを書くことができるのは、開発陣がコツコツと調理試験を重ねているからこそ。ざっくりとした加熱時間を記すだけのメーカーとはひと味違う。そんな地道で細かな積み重ねが、冷食最大手の地位を下支えしているのだろう。
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ライター、翻訳者(中日)
大阪教育大学卒業。大学で中国近代文学と出合い上海・同済大学に留学。卒業後、学校法人で中国語通訳・翻訳を行う。2010年上海万博日本館での勤務を経てライター、編集者となる。Webを中心にグルメ、エンタメや中国・台湾の「やわらか」ニュースを年間500本以上取材、執筆、翻訳。20年からフリーランスに。東洋経済オンラインで台湾の経済誌『今周刊』の翻訳を行うほか、中国・台湾のエンタメや文化、時事ニュースなどを中心に記事を執筆、翻訳。イラスト制作も行う。また自身の地方移住や双子育児の経験を元にしたコラムにも取り組む。主な訳書に『用九商店』『DAYOFF』(共にトゥーヴァージンズ刊)。Twitterアカウント / Instagramアカウント
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(ライター、翻訳者(中日) 沢井 メグ)
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