「ベッドに入る前に電子書籍を読むのは自殺行為」そんなタイトルの記事に騙される人が知らない事実
プレジデントオンライン / 2022年3月12日 8時15分
※本稿は、トム&デイヴィッド・チヴァース『ニュースの数字をどう読むか 統計にだまされないための22章』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■ケータイの画面を見る時間の長さをどれくらい怖がるべきか
ケータイやタブレットの画面を見ている時間について、私たちはどのくらい怖がるべきでしょうか?
ここ数年、ありとあらゆる種類の大げさな言いがかりがありました――特にひどいのは、「iPhoneはある世代を破壊した」(※1)とか、「女子にとってソーシャルメディアは実際のところヘロインより有害」(※2)(この主張はその後削除されました)など。
この分野の研究はごちゃごちゃしていて分かりにくく、良いデータを取ることや関連性がないのにあると言ってしまわないようにするのが難しいために行き詰まっています。ただし、もっとも厳密な科学によれば、そうした関連性はほとんどないとされていますが(※3)。
とはいえ、画面を見ている時間と睡眠との関連は、大きな注目を集めている分野です。2014年の「ベッドに入る前に電子書籍を読むのは自殺行為」(※4)という記事の見出しは、取り乱したというよりもはや悲鳴のようでした。この記事は「米国科学アカデミー紀要」[アメリカのトップ科学誌]に発表された研究(※5)に基づいていました。
■明るい画面で読書をすると睡眠時間が減る
この研究のアイデアは、睡眠不足は健康に悪いというシンプルなもので、明るい画面で読書をすると睡眠時間が減ることを見いだしました。それゆえ、このニュース記事では、明るい画面で読書するのは自殺行為かもしれない、としたのです。
まず確認しておきましょう。この研究では確かに、画面の使用時間は睡眠時間と関連することを発見しています。研究の参加者は、ある晩は寝る前に電子書籍を読み、別の晩は一般的な印刷された本を読むよう指示されました(どちらを先に読むかが結果に与える影響を考慮して、読む順番はランダム化されました。つまり、何人かは印刷された本を先に、何人かは電子書籍を先に読みました)。
その結果、“統計学的に有意”な結果――p<0.01が得られました。これは、効果がまったくないという仮定の下で、同じ実験を100回行ったら、これほど極端な結果が出るのは1回未満であることを意味します。
これは非常に小規模の研究――たった12人――だったので、おかしな結果になることもあると説明していました。しかし時には、少数例の研究であっても、注意して扱う限り、研究の道筋の可能性を示すという意味で有用なこともあります。
■「統計的に有意」の本当の意味とは
しかしながら、“統計学的に有意”とは世の中の普通の感覚で“意味がある”ということではありません。もしある結果が統計学的に有意なら、それが真実である可能性がかなり高いということを意味しているだけです。他にも考える必要があるのは効果量[エフェクトサイズ]です。都合のよいことに、“統計学的に有意”とは異なり、効果量とは文字通り、効果の大きさという意味です。
たとえば『ニュースの数字をどう読むか』を読んだ500人と、本書より劣る本、たとえば『ミドルマーチ』[ジョージ・エリオットの代表作であり、イギリス小説の最高峰とも言われている]または『シェイクスピア全集』を読んだ500人を比較します。そして、統計の能力に対する効果を測る代わりに、何時に眠りについたかを測り、どちらがより遅くまで起きていたかを調べます。
結果を見れば明らかです。『ニュースの数字をどう読むか』を読んだ500人全員が、他方を読んだ500人より遅く眠りにつきました。
これは疑いなく統計学的に有意な結果でしょう。差がどのくらいあったか知らなくても、これが偶然でない確率は天文学的に高く、宇宙に存在する原子の数よりずっと大きいでしょう。研究がきちんと行われていれば、実際に影響(効果)がないわけがありません。
■統計的に有意でも役立たないこともある
さて今度は、その効果がどのくらい大きいかを考えてみましょう。『ニュースの数字をどう読むか』を読んだ500人全員が、ちょうど1分だけ遅く眠りにつきました。
これが実際の効果です。統計学的に有意です。でもあなたの生活にはまったく無意味です。もしあなたが睡眠の改善方法に関する情報を得ようとしているのなら、何の役にも立ちません。
何かが統計学的に有意かどうかは、科学者にとっては大きな関心事です。何かが別の何かと関連することが分かったら、その関連性を調べることができますし、背景にあるメカニズムについても何かが分かるかもしれません。
たとえば、もし画面を見る時間が睡眠に与える効果が実際にあるなら、たとえそれがわずかであっても、人間のサーカディアンリズムがどのように働くのか――ブルーライトは私たちの体内時計のリセットに役立つのか――について何かを教えてくれるかもしれません。
■ベッドに入る前に電子書籍を読むのは自殺行為なのか
この線で研究を続けると興味深い発見につながる可能性があります。そして、時には小さな効果であっても重要です。自転車競技のチームは、1マイル当たりのタイムを1000分の1秒削るために、より完璧なコース取りを何とかして探そうとするでしょう。その差は、金メダルと銀メダルを分けるのに十分なはずです。チームドクターが喘息薬の処方も十分行っているのであれば、なおさらです。
とはいえ、本書の読者――世界を解明しようとし、遭遇するリスクや困難をどうやって舵取りしていくかを理解しようとしている人です――としては、2つのことがらの間に統計学的に有意な関連があるかどうかは、それ自体では知的な興味をひきません。
たとえば、ベッドサイドの照明を消してパートナーが眠れるように、就寝時は印刷した本の代わりにキンドルを使いたいと思うかもしれません。関連を見つけられるかどうかは大して気になりません。気になるのは、その関連がどのくらい大きいかです。
■就寝前に4時間電子書籍を読むと睡眠時間が10分減る
就寝前に画面で読書することの効果はどのくらい大きいのでしょうか? まあ、ほんのわずかです。さきほどの研究の参加者は、就寝の4時間前(4時間ですよ!)に、紙の書籍または電子書籍を読むよう指示されました。
そして、「ベッドに入る前に電子書籍を読むのは自殺行為」の短い記事ではほとんど触れられていませんでしたが、電子書籍を読んだ晩は、被験者は寝るのが平均して10分遅かったのです。それが毎晩のことなら、睡眠時間が10分減るのは問題かもしれませんが、毎晩ベッドで4時間も本を読む人がどこにいるでしょうか?
■関連性だけでなく関連の大きさに目を向ける
興味深いことに、後に、若者対象のずっと規模の大きな研究で、ほとんど同じ結果が得られました。ケータイやタブレットの画面の使用と睡眠との間には関連がありますが、それはわずかで、画面を1時間余計に見ると睡眠時間が3~8分減りました(※6)。
こう書くと、ばらつきが大きいことが見えにくいかもしれません――おそらく、子どもやティーンエイジャーのほとんどは影響を受けませんが、非常に大きな影響を受ける人が少数いるのでしょう。しかし、就寝前にケータイやタブレットの使用を禁止しても、国民全体の睡眠習慣が大きく改善するとは思えません。
新聞やメディアが、統計学的有意だけでなく効果量についても関心を持つようになればうれしく思います。技術的に細かいことにまで立ち入る必要はなく、単に「4時間の読書は、睡眠時間の約10分の短縮と関連があった」と言ってくれれば、気にすべきかどうかを読者が判断するのに必要な情報を提供できるはずです。
そして読者は、関連性(ベーコンを食べるとがんになるか?)だけでなく、その関連がどのくらい大きいのか(もし20年間にわたって毎日ベーコンを食べたとしたら、がんになる可能性がどのくらい増えるのか?)にも注意を向けるべきです。もし記事の中にその点について何も書かれていないようなら、もっともありそうな理由は、その効果は非常に小さく、その記事は見かけほど面白くないから、です。
[脚注]
※1. Jean Twenge, ‘Have smartphones destroyed a generation?’, The Atlantic,2017
※2. Dr Leonard Sax, ‘How social media may harm boys and girls differently’, Psychology Today, 2020
※3. Orben, A. and Przybylski, A., ‘The association between adolescentwell-being and digital technology use’, Nature Human Behaviour, 3(2)(2019) doi : 10.1038/s41562-018-0506-1
※4. Damon Beres, ‘Reading on a screen before bed might be killing you’,Huffington Post, 23 December 2014
※5. Chang, A.-M., Aeschbach, D., Duffy, J. F. and Czeisler, C. A., ‘Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, circadian timing, andnext-morning alertness’, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 112(4)(2015), pp. 1232-7 doi : 10.1073/pnas.1418490112
※6. Przybylski, A. K., ‘Digital screen time and pediatric sleep : Evidence from a preregistered cohort study’, The Journal of Pediatrics, 205(2018), pp. 218-23. e1
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「テレグラフ」「バズフィード」を経て18年よりフリー。同年王立統計学会'statistical excellence in journalism'賞を受賞。著書に『AIは人間を憎まない』(飛鳥新社)。
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専門はマクロ経済。
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(サイエンスライター、作家 トム・チヴァース、ダラム大学経済学部助教授 デイビッド・チヴァース)
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