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「今しかなかった」プーチンが2月24日にウクライナ侵攻へ踏み切った本当の理由

プレジデントオンライン / 2022年3月9日 13時15分

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(ロシア・モスクワ)2022年3月5日撮影 - 写真=EPA/時事通信フォト

■長いロシア外交の中で最も大きな衝撃だった

2022年2月24日は世界を変えた。私の周りの世界も変わった。思えば筆者は、55年間ロシアとのお付き合いをしてきた。しかし、今回ほど大きな衝撃を感じたことはない。様相が変わった世界の中に、戦争が堂々と席をしめてしまったことは、許しがたいと思う。世界の多くの国が批判の声を上げているのは、当然のことだと思うし、この戦争は一刻も早くやめなければいけないと真底考える。

戦争をやめさせるために、いま米欧NATO等西側諸国は、①ウクライナに対する武器供与はじめ物心両面での支援の拡大、②「これまでロシアが経験したことのない大規模な制裁の実施」③リベラルデモクラシー諸国を中核としてできるだけ多くの国による国際的なプーチン批判、を三本柱として、プーチン政権への圧力を極大化してきた。

■なぜ侵攻は「2月24日」だったのか

日本政府もその先頭を走っているし、このやり方は一定の成果を上げているようである。しかし、一刻もはやくウクライナ全面戦争をやめさせるためには、なぜプーチンが2月24日に全面戦争にふみこんだのか、その戦争目的を知らなくてはいけないと思う。目的を分かってのみ、一刻も早い停戦実現の可能性が生まれてくるのではないか。

昨年の12月ごろからウクライナ周辺でロシア軍が大規模演習を始めたころから、ロシアの目的には、直近の目的と中長期的な目的があると分析された。直近の目的は、ドネツク・ルハンスク(略称ドンバス)の2つの州に住むロシア人の安全確保の問題だった。中長期的目的は、いわゆるNATOの東方拡大の問題、具体的には、ウクライナおよびジョージアをNATOには加盟させないという問題だった。

実はこの両者には密接な関係があり、今回世界を震撼(しんかん)させたウクライナ全土への侵攻は、この2つの密接な関連の中から生まれたことが、最近筆者にも分かってきた。

■問題は「クリミア半島奪取」から始まっていた

どうしてドンバスのロシア人居住区の問題がかくも重要な問題となったのか。話は、2014年2月のユーロ・マイダン(キエフにおける抗議運動)によって、ヤヌコーヴィチ大統領がキエフから放逐され、プーチンがこれをクリミア回復へのきっかけとした時点にさかのぼる。クリミアはロシア人にとって民族の記憶とアイデンティティが残る場所であり、国民投票と軍事力によりプーチンは、クリミアをとりもどしたのである。

しかし、キエフで暫定政権を担ったヤツェニュク首相は、東部においてウクライナ語の使用を進める政策を採用した。この政策は、ロシア語を公用語とするドンバス両州で猛烈な反発をひきおこし、ロシア軍のさらなる動員が伝えられた。新たに大統領に選出されたポロシェンコは、2015年2月に独仏の賛同をえて「ミンスク合意」を結び、ドンバス問題の解決を企図したが、事態の鎮静化にはいたらなかった(拙著『危機の外交 首相談話、歴史認識、領土問題』(角川新書、2015年、202~210ページ)。

ミンスク合意については一言説明しておかねばならない。ドンバスとNATO拡大の問題が連結していることは、ミンスク合意の中身を見ることによって、よく解(わか)るからである。

2021年10月6日、ドローンで撮影したキエフの街
写真=iStock.com/Ruslan Lytvyn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ruslan Lytvyn

■プーチンにとっては値千金だった

2015年2月に確定したミンスク合意の署名者は、ロシア・ウクライナ・ドイツ・フランス・OSCE(欧州安全保障機構)の代表であり、問題となっているドネツクとルハンスクのロシア人居住区の代表も参加した。最大の合意点は、ウクライナ国家の中に、ロシア人の人権が保障される2つのロシア人特別区をつくることにあった。ウクライナ大統領には、国際合意となったミンスク合意を実施するために必要な施策を行う義務が課せられたわけである。

しかし、ミンスク合意が無事に実現した場合、ウクライナは、自国の中に「ロシア人特別区」を持つことになる。ウクライナのNATO加盟問題が出たときに当然この特別区の人たちは反対することになる。しかるにNATOには内規があり、「民族紛争または領土紛争を有する国はこれをOSCEの原則に従って平和的に解決しなくてはならない。これらの紛争を平和的に解決しているかどうかが、加盟を許すか否かの判断要因になる」(「NATO拡大に関する研究=2008年11月5日改訂」)とされている。

この内規に照らせば、ウクライナとジョージアは、事実上NATO加盟が不可能になる。プーチンにとって「ミンスク合意」こそ、一石二鳥の大政策だったと言ってもよい。

■ゼレンスキー大統領「彼らはテロリストだ」

しかし、ポロシェンコに代わって大統領に選ばれたゼレンスキーは、ミンスク合意の全否定から政策を開始した。筆者は、2019年5月に選出されたゼレンスキー大統領が、2018年11月8日の選挙で選ばれていたドンバス2州のロシア人地区の代表者について「彼らはテロリストだから会わない」と言い出したのを知り、驚愕した。

しかし、バイデン政権は、「ウクライナ現政権の主権と領土的一体性を守る」という立場のみからゼレンスキー政権を全面支持した。プーチンがミンスク合意実現の可能性なしと思ったことには、それなりの理由があったといわねばならない。

その結果、2月21日プーチン大統領は、安全保障会議を開き、ドンバスの2つの「共和国」(「ドネツク人民共和国」「ルハンスク人民共和国」)の独立を承認。両共和国との間に「友好相互援助条約」を締結した。さて、このニュースを聞いた時に筆者は、おそらくかなりの人たちと一緒に「なるほど。これでドンバス問題はかたがついた。これからしばらくの間、NATOの東方拡大の問題について交渉が始まり、そこから何らかの合意が生まれることを期待しよう」と思ったのである。

■「今しかなかった」と語ったプーチンの真意

しかしプーチンの判断はまったく逆であり、ロシア軍の全面侵攻が2月24日に始まった。この間わずかに3日、ドンバス両共和国承認と同時にウクライナ侵攻を決めたのではないかと考えてもおかしくはない。一体なぜだろうか。既述のように、ようやく最近になって、筆者もその原因を理解できるようになったと思う。

ドネツク・ルハンスク人民共和国を独立国家として承認することは、ウクライナのNATO加盟への道を開きかねないことを、プーチンは最初から自覚していたのではないか。

分かりやすく言えば、もしもゼレンスキーに天才的な知恵があり、2月21日の翌日にでも、新たに成立したドンバス両人民共和国を国家承認したら何が起きるか。ロシアとウクライナの双方から承認された両人民共和国は国際法上安定した基礎をもつのみならず、残ったウクライナという国の民族的矛盾がほとんどなくなってしまうではないか。

NATOの内規に基づく「民族紛争」がなくなれば、ウクライナのNATO加盟を妨(さまた)げる要因はなくなる。ウクライナ攻撃を命じたプーチンが「今しかなかった」と述べていたことが筆者にはとても印象的だった。しばらく分からなかったその意味が、今はなにがしか分かる気がするのである。

■停戦にはプーチンの内的論理を知る必要がある

2月24日以降、世界は戦争のパラダイムに入ってしまった。一度始まった戦争を止めるのは本当に大変なことである。ゼレンスキーの下でまとまりを強めているウクライナ国民は、徹底抗戦の構えをとっている。アメリカを含むNATO諸国は自ら戦いには参加しないが、ウクライナに武器供与を行い、打倒プーチンに向かって結束行動をとり始めた。まずは「かつてない強烈な制裁をかける」ために共同行動をとり、ウクライナ戦争後には、ロシアを敵国とした新欧州安保制度創設の模索が始まったようである。

国際世論においても、ロシア非難が大きな役割を占め、3月1日に開催された国連総会では、即時撤退決議が、賛成141、反対5、棄権35で採択となった。岸田内閣は、日本はやらないと決めている「対ウクライナ武器供与」は別として、国際世論の先頭に立って、ロシア非難と制裁の強化に必死である。

2014年3月30日オーストリア・ウィーンにて、ロシアのウクライナからのクリミア併合に抗議するため、ウィーンの中央広場に集まるデモ参加者。
写真=iStock.com/benstevens
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/benstevens

そうはいっても、アメリカの場合、ホワイトハウス主導の「打倒プーチン」論が世論を風靡(ふうび)する中にあっても、①NATOの東方拡大こそ最大の間違いだったとするシカゴ大学のミアシャイマー教授(『ウクライナ危機は西側の誤り』(Foreign Affairs, 2014 September/October)『2015年シカゴ大学公開講義』『2022年New Yorker Interview』)、②ニクソン大統領のソ連問題指南役だったドミートリー・サイムス、③ロシア関連情報を英語で丹念に紹介配布しているジョンソン・リストの『私の意見』など、プーチンの内的論理を追求しながら政策を考えようとする意見が発信されている。

日本の場合、今回ここまでの武力行使は許せないと明確に指摘しつつも、ロシアの内的論理を丁寧に紹介している代表が佐藤優氏だと思う。

■米国よりも付き合いの長い日本ができること

ロシアの内的論理を追求する人たちに学びながら、いま日本の国益にたって日本外交を考えるときに、述べておきたいことがある。

日本としてウクライナ和平のためにどのような行動をとったのか、もしくは今でもなしうることをやっているのかという問題である。日本にはアメリカよりもはるかに長いロシア人との接触があり、日ロ戦争の大勝利と太平洋戦争最後の火事場泥棒的攻撃の屈辱とその後の永(なが)い領土交渉の歴史をもっている。そこで蓄積してきたロシアの内的ロジックについての知見が、日本にはあるはずである。

昨年12月以降緊張が蓄積していく中で明確になってきた、「ドンバスに平和と安定を」と「ウクライナの中立化」の2つの課題がプーチンにとって必須である――そのことをアメリカとウクライナにきちっと日本の然るべき責任者は言ったのだろうか。マスコミ報道からは、残念ながらそれはうかがえない(<「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由(2021年12月16日)>および拙文『Responsible Statecraft(2022年1月24日)』参照)。

これまでのことはともあれ、今拡大しているウクライナ戦争は、あまりに悲惨で危険である。「スラブ三兄弟」の「弟殺し」を続けているプーチンにも早期停戦のインセンティブは必ずあると筆者は思う。戦争を終わらせる外交交渉ほど難しいものはない。戦争を終わらせるには、双方の最低限の要件を満たさねばならない。

■プーチンを説得できる「ある人物」とは

筆者は「ウクライナの中立化」と「両国軍の即時停戦」が今ロシアとウクライナが合意できる最低限の要件だと思う。日本外交がそこで底力を発揮できないか。今のプーチンには一見の客は通用しない。日本外交には安倍晋三元首相という切り札がある。岸田総理が腹をきめれば、今なら、日本外交は世界の平和のために必死の努力をすることができる。それは同盟の分裂ではなく、逆に同盟強化のための最大の努力ではないかと、筆者には思えるのだが。

最後にもう一つ、ウクライナ戦争後の日ロ関係について付言しておきたい。このまま事態が進行すれば、何も期待しうるものは残らないと思う。

今マスコミが伝えているように、日本外交がアメリカの政策のみを復唱し、最も厳しい制裁を実施してきたのであれば、56年日ソ共同宣言を基礎とする平和条約交渉はなくなり、ゴルバチョフとの交渉以来30年にわたって拡大強化してきたいわゆる「環境整備の輪」(昆布・墓参・ビザなし・四島周辺漁業協定・自由訪問等)もすべてなくなる。そのあとには、外務省条約局の鉄壁の法律論の下で、日本人だけが行くことのできない「北方四島」が再出現することになる。これについての議論は本稿では差し控えることとしたい。(2022年3月8日筆)

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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。

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(静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)

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