1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

尖閣諸島の日本漁船は、いつ中国に撃たれてもおかしくない…東シナ海で起きている「国境紛争」の衝撃

プレジデントオンライン / 2022年3月28日 10時15分

2013年9月6日、尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島(沖縄県石垣市で、本社機から) - 写真=読売新聞/アフロ

仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『東シナ海 漁民たちの国境紛争』(角川新書)――。

■イントロダクション

日本、韓国、中国、台湾に囲まれた東シナ海は、海洋資源に恵まれ、日中台が領有を主張する尖閣諸島があるなど、東アジアの地政学上、きわめて重要な海域といえる。

その東シナ海、特に尖閣諸島周辺で近年、中国籍の船舶が日本の漁船の操業を脅かす事態がひんぱんに起きている。どう対処すればいいのだろうか。

本書では、東シナ海をめぐる地政学上の問題を、その歴史的経緯と現状を描きながら「漁業」の視点で読み解く。

日本、中国、台湾による水産資源の権益争いや、尖閣諸島をめぐる国境紛争の最前線にいるのは、日中台の漁船、漁業者である。絶大な国力をもって武力行使もいとわない姿勢を見せる中国に対峙するには、衰退産業にも位置付けられる現状の日本漁業では心もとない。それゆえ著者は、究極の選択肢としながらも、日本漁業の「国有化」にまで踏み込む。

著者は、北海道大学大学院水産科学研究院准教授を務める漁業経済学者。農林水産省水産政策審議会委員。専門は漁業経済学・職業教育学・産業社会学。著書に『近代日本の水産教育 「国境」に立つ漁業者の養成』(北海道大学出版会)、『漁業と国境』(共著、みすず書房)などがある。

まえがき――東シナ海での出会い
序.日本の生命線
1.追いつめられる東シナ海漁業
2.東シナ海で増す中国・台湾の存在感
3.東シナ海に埋め込まれた時限爆弾
4.日本人が消える海
5.軍事化する海での漁業
終.日本漁業国有化論
あとがき――さまよう小舟

■東シナ海には日本の排他的経済水域はほとんどない

東シナ海は太平洋の西側にある縁海で、日本政府によれば「おおよそ、北限は済州島と長江河口及び同島と我が国の五島列島を結んだ線、東限は九州西端から南西諸島を経た線、南限は台湾海峡の北限、西限は中国大陸で囲まれる海域」〔平成28年4月8日受領答弁第224号「答弁書」〕とされている。この東シナ海の約8割は、水深200メートル未満の浅い海で、優良漁場だ。

あり得ないと思われるかもしれないが、東シナ海では関係国と相互承認している日本の排他的経済水域(EEZ)はほとんどない。東シナ海では中国が(*日中のEEZの)中間線で経済水域を折半することを拒み、全域が中国の権益であると主張している。

新「日中漁業協定」(*1997年締結)では、EEZのかわりに、漁業協定でのみ意味を持つ「日中暫定措置水域」(*日中で共同管理する)と「中間水域」(*各国が自由に操業できる)という、二つの海域が設定された。

■新「日中漁業協定」で、東シナ海は中国漁船の独擅場に

現在、東シナ海では、中国の底びき網漁船や虎網漁船、灯光敷網漁船などによる大量漁獲が大きな問題となっているが、要因には、新「日中漁業協定」によって日本がEEZをほとんど確保できていないことがある。

現在、暫定措置水域での日本側漁船の操業実績は落ち込んでおり、大中型まき網漁船が孤軍奮闘するのみとなっているが、その場面でも、高性能なソナーやレーダーを搭載した、魚群探索能力の高い日本漁船を目印に中国漁船が周囲を取り囲み、日本では使われていない高出力の集魚ライトを灯して真横で魚を持ち去ってしまうこともある。

みすみす魚の在処を中国漁船に教えるのはバカらしく、日本漁船は暫定措置水域や中間水域に出向く意欲を失っている。東シナ海は事実上、中国漁船が独擅場とする海となってしまったのだ。

さらに、新「日中漁業協定」によって「公海」のようになった北緯27度以南水域には、尖閣諸島という極めて優良な漁場がある。今日その「尖閣漁場」では、浙江省や福建省などから漁船がやってきて、条約に抵触しない形で操業している。

波
写真=iStock.com/Gerhard Pettersson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Gerhard Pettersson

■鹿児島や熊本、沖縄の漁業者たちが打撃を受けている

その影響を正面から受けるのが、鹿児島県や熊本県、沖縄県の底魚一本釣り漁業者や底はえ縄漁業者たちである。彼らの船は、沖縄に多い10トン未満船を除けば、ほとんどが19トン型のFRP(繊維強化プラスチック)船だ。中国漁船は50~100トン程度の鋼鉄船であることが多い。

そんな大きな中国漁船は、日本漁船が夜間錨泊しているすぐ横で、煌々と集魚灯をたいて操業することも珍しくない。そのため、海底にたらした数百メートルのアンカーロープと、中国漁船がひっぱる漁網とが絡まることを不安視する漁師が大勢いるのだ。FRPでできた小規模な日本漁船は、網の沈下などに巻き込まれたり、錨をおろして身動きできない時に接近され、衝突でもされたらひとたまりもない。

尖閣漁業の主役は、領海内での操業が年間漁獲量の3割から4割に達することも珍しくない、鹿児島の岩本船団と、熊本は樋島の深海一本釣り漁船が務めている。

岩本船団は、1990年代前半までが全盛期で、最大16隻の陣容を誇った。隆盛を極めた岩本船団であったが、2021年現在、中国公船(軍艦とは一線を画す海上警察組織の船)の展開に苦しめられており、乗組員の慢性的な不足や資源の減少などと相まって、1日300キロの漁獲を目標に苦労を重ねている。尖閣漁業は風前の灯火となっているのだ。

■中国は海域での実力行使の姿勢を先鋭化している

2012年の日本政府による尖閣諸島の「国有化」は、中国にとって“慶事”だった。問題の「棚上げ」を放棄したと解釈できる日本政府の行動は、尖閣諸島に堂々と実力を行使できるチャンスの到来とうつった。

中国側は海洋進出の意思をより明確にし、それに見合う組織の整備・増強を進めている。尖閣海域において海上保安庁の巡視船と対峙する中国海警局の海警船は、2018年7月以降、中国共産党中央軍事委員会隷下の人民武装警察に編入された。

2020年10月15日には、単独で(*尖閣漁場の一つである)大正島漁場に向かっていた熊本県の19トン型漁船が、大正島西方の領海にでたり入ったりしていた海警船4隻に突如追尾される事件が発生。日本漁船の領海内への「侵入」を阻止するかのごとく接近した海警船団は、9時から17時までの8時間にわたって執拗に日本漁船につきまとった。

朝から追いかけ回され、青息吐息で那覇に戻った漁師は肩を落とした。「尖閣の海を失えば獲れる魚は半分になる。俺たちの行き先は与那国など、沖縄の沿岸漁師がいる場所になる。そうなったら日本人同士で魚の奪い合いになる」。国際問題が国内問題に移し替えられる辛酸を、今、日本人漁師の多くが嘗めている。

沖縄の魚介類
写真=iStock.com/7maru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/7maru

■尖閣諸島の日本漁船は、すでに中国の射程圏内に入っている

さらに2020年11月の全国人民代表大会(全人代)にて示された「中国海警法草案」で中国は、(*領海やEEZなどについて定めた国際法である)「国連海洋法条約」の理念とは相いれない強硬な規定をいくつも鏤(ちりば)めた。

例えば、領域主権が及ばないはずの領海外に「管轄海域」という独自概念をひねり出して、そこでの外国船舶の通航を制限・禁止することができるとした。そのうえで、管轄海域において、外国船舶が停船命令等に従わない場合は武器の使用も可能としたのである。中国が領有権を主張する島嶼に、一方的に「管轄海域」を設定した場合、そこで操業する日本漁船は、通航制限・禁止違反者として排除され、時に尋問や武器使用の対象となり得るのだ。

中国政府は、「今のところ」尖閣諸島にいる海上保安庁の巡視船や日本漁船に対しては、武器の使用や強制退去を「自制している」と表明。この主張は、尖閣諸島の日本漁船が、すでに射程圏内に入っていることを暗に示したものとなった。

■「国有化の議論」も視野に入れる必要がある

鹿児島・熊本・沖縄の漁船の操業が、自覚の有る無しにかかわらず、尖閣諸島でおこなわれている日本の“唯一の経済活動”であることの意味は小さくない。領土や領海、EEZに対する主権を主張する有効な、そして重要な手段が、経済活動であるとの考えが存在しているからだ。北方領土を占拠しているロシアが近年、水産加工場の建設など島の開発を急ピッチで進め、実効支配の既成事実化を進めていることをみればよくわかる。

佐々木貴文『東シナ海 漁民たちの国境紛争』(角川新書)
佐々木貴文『東シナ海 漁民たちの国境紛争』(角川新書)

外国漁船との熾烈な戦いに挑んでいる日本漁業が今、世界の漁業と伍するために必要としているのは、(1)潤沢な資本注入による生産設備の増強と生産性の向上、(2)資源アクセス権の回復(資源外交で存在感を発揮しての漁業権益の確保)、(3)乗組員の待遇改善と安定的養成である。

これらを達成することは現状、日本の漁業経営体の体力では心もとなく、究極的には「国有化」の議論さえも視野に入ってくる。この場合、沖合・遠洋漁業会社に資本注入し、予防的国有化を目指す方法や、優れた漁船を国が準備して、乗組員や経営者を民間が用意するような「上下分離方式」なども議論してよいだろう。

この際、政府(経済産業大臣)が黄金株(拒否権付株式)を保有するINPEX(国際石油開発帝石)のような組織を見倣って、農林水産大臣が黄金株を持つ漁業資源会社を設立して、優良な沖合・遠洋漁業経営体を傘下に収めるような方式もあるだろう。

ただ、いずれの針路を想定するにせよ、国民の間で広く、日本は海洋国家であり、漁業は国民に食料を供給することを使命とした、安全保障に直結する産業との認識が共有されなければならない。

※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの

■コメントby SERENDIP

本書には、漁場の狭隘化や水産資源の枯渇とともに、日本の第一次産業に共通する課題でもある人材・後継者不足という複合的な危機に苦しむ日本漁業の現実も描かれている。それに加え、日本の漁船が事実上の係争海域で危険に晒されるというのは、あまりに酷な状況ではないだろうか。もちろん政府の外交努力は必要であるし、真摯に取り組まれていると思う。だがそれ以上に、われわれ一人一人が、日本の食料自給と安全保障を必死に支える漁業者たちの実情を理解し、いかに日本漁業を復活させられるかを真剣に考えるべきだろう。

----------

書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」 ビジネスから教養まで、厳選した書籍のハイライトを10分程度で読めるダイジェストにして配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」。国内の書籍だけではなく、まだ日本で翻訳出版されていない、海外で話題の書籍も毎週日本語のダイジェストにして配信。(毎週、国内書籍3本、海外書籍1本)上場企業のエグゼクティブなどビジネスリーダーが視野を広げるツールとして利用しています。

----------

(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください