「女性であることを意識せずに仕事ができる」究極の男社会・自衛隊で男女差別が起きづらいワケ
プレジデントオンライン / 2022年3月24日 15時15分
■階級を可視化する「制服」という存在
そもそも自衛隊は、幕僚長をトップに据えたピラミッド型の階層が極めて明確な組織です。最近は、階層を少なくして風通しを良くする組織への転換が強調されるようになっています。
2014年にフレデリック・ラルーが提唱し注目された「ティール組織」では、階層に頼らずに個人が自身の判断で自主的に動くことを期待しており、業務指示を出す上司の存在を前提としていません。このような「進化型」といわれる組織と自衛隊の組織構造は正反対にあります。自衛隊の組織は時代遅れの組織なのでしょうか。
まず、自衛官の階級は16あり、制服に装着する階級章で判断することができます。自衛官には制服着用の義務があり、部隊ではない幕僚監部勤務であっても、勤務時間中は制服を着ることが求められています。
「制服を着たときは、自衛官だって誇りを持っていることが一番大切なのではないかなと思います。制服を着ることによって、スイッチが入るところもあるんですよね」
この発言にあるように、階級を可視化することが、仕事モードに切り替わる一つのスイッチとして働くという側面もあるようです。
■上官の命令に服従することは法律上の義務
16の階級というのは普通の組織に比べてかなり多いのですが、上司と部下の関係も民間企業の上司―部下関係とはかなり隔たりがあるようです。自衛隊組織の特性上、自衛隊法には、上官の命令に服従する義務が定められています。これは、一般職の国家公務員も同様ですが、自衛官はこの意味するところを、日々の任務を通じて実感しているに違いありません。
「国を守らなくてはいけないという任務に就いているからこそ、自らの身を律しておかないと、国防という任務に対応できないと思うので、他の公務員以上に、きちんとあるべきという目線で国民から見られるんだと思っています。
例えば、一人でも不祥事を起こしてしまうと『自衛隊は何をしてるのか』と非難されるし、そういうことで国民の信頼を失ってしまうと国防を担う組織が信頼されなくなってしまう。そういう意味で他の公務員よりは、規律が強く求められるのだと思っています」
■自衛隊が「有事」に迅速かつ的確に対応できるワケ
このような規律が強く求められる組織の中で、上司の命令の重さは一般の組織とは大きく異なると考えられます。それは、常に「有事」の可能性を意識しているためです。階級があることの意味は、待ったなしの状況が起きたとき、最上位者が誰なのか、つまり指揮命令系統を明らかにするところにあります。それにより上位者が決断を下し、指揮命令の系統を通じて迅速かつ的確な対応がとれることが期待されるわけです。
「階級があるから、指示や命令をしやすい面もあるし、上から言われたら、基本的にはそれに従わなければいけないというのが体に染みついています。そういうものですよね。自衛隊は指揮命令で動いている組織なので」
この発言にあるように、階級の必要性、上からの命令に従う意識は体現化されているといえます。
しかし、自衛隊の組織は上司に意見が言えない、ということではないようです。職務上の命令については、命令系統を強く意識して、上官の指揮下に入ることを当然にこなす自衛官ですが、普段の職場では、自分の意見を具申する場面も少なくないようです。意見を交わすことを前提として、最終的な判断をするのはその中の最上位の者となるということです。
上官の判断は、多くの隊員、時には何万、何十万という国民の命に直結するものとなるため、影響力は極めて大きいものがあります。有事に対応するという特性上、個人がそれぞれに判断を下して動いてしまえば、相手に隙を与えることにもなりかねません。
■知らない相手でも「階級に対して敬礼」
このような明確な階級社会について、女性自衛官はどのようにとらえているのでしょうか。自衛隊のことをよく知らない入隊前には、階級への疑問もあったようです。
「私は一般大学から自衛隊に入隊したので、防大出身者は上官の指導とかに耐える辛抱強さがすごいなと思っていました。入隊当初、人に敬礼するという文化がよくわからなくて、防大出身の子に、知らない相手になぜ敬礼するのかと訊いたら、『その人に対して敬礼しているわけじゃない。階級に対して敬礼しているんだ』と言われて、ああそうなのだと納得できました。組織の特性上、自衛隊で働く以上は階級はあった方が良いと思っています」
この発言からは、自衛隊は相手の階級に対して敬意を示す組織であることがわかります。ただ、階級によって厳格に律せられていることについて、窮屈に感じることはないのでしょうか。一般にピラミッド型の組織は、「男社会」の象徴といったイメージもあります。
■職場で男女差別が起きやすい場面とは
自衛隊組織の階層性の強さは、女性の能力発揮にどのような影響を及ぼしているのかを考えてみる価値がありそうです。最初に彼女たちの発言をまとめると、階級があるから男女差別が起きにくい、自分が上に立ったときにその階級の命令として受け止めてもらえる、というポジティブな意見に集約されます。
厳格な階級社会、それはつまり上下関係があって窮屈な面があるのではないかというのは私たちの思い込みで、階級があるからこそやりがいを感じられるし、いきいきと働けると話す女性が多かったのは想定外でした。
職場における女性差別は、例えば同じような年齢・能力の男女の部下がいたときに、上司が性別を理由として女性だけに厳しい指導をしなかったり、難しい業務を与えなかったりと、恣意的な判断が入り込むことによって生じることが多いのです。
同じ役割期待の部下がいたとき、性別にかかわらず適性や能力に応じて仕事を配分して育成すれば、女性差別は起こらないわけですが、ここに上司の個人的な想いやこれまでの経験を踏まえた判断などが入り込む余地があると、恣意性を排除できなくなっていきます。
■「女性であることを意識せずに仕事ができる」
自衛隊組織においても、完全に恣意性を排除することは難しいかもしれませんが、形式的には、それぞれの階級と職務内容に応じた役割期待に基づいて仕事が与えられていくという点で、性差別の意識が入りにくい構造になっているようです。
「階級がないと組織が動かないものだし、たぶん階級があるからこそ、私たちは女性であることを意識せずに仕事ができるのだと思います。幹部自衛官としての仕事のやりがいについて考えてみると、女性だから男性だからということではなく、階級に応じて仕事が与えられていると思います。例えば『1佐』としてのあなたに命じているのです、というのが通じる社会なのです。だからやりやすいところもあるだろうなと思っています」
これは、自分が上官になったときに、部下との関係においてもメリットとなっています。
「自衛隊のすごいところは、階級を尊重してくれるという点です。私が部隊に配属になったときは、一応幹部自衛官だったので、自分の下に准曹士の隊員がいて、先任の曹長の方がついてくれて、いろいろと教えてくれるんですね。当時の私にとってはお父さんぐらいの年齢の人が、当時20代の私に教えてくれました。
それは、やはり階級なんですよね。階級を尊重してくれるので、私のことを『小隊長』として扱ってくれるのです。ベテランの隊員の方が私を立ててくれるのを周りの隊員は見るわけですよね。そうするとみんなも小隊長、小隊長って呼んでくれましたし、指示にも従ってくれました」
■性別や年齢にとらわれない指揮命令系統のメリット
このように、階級が明確にあることにより、性別や年齢といった個人の属性にかかわらず統制をとることができる点を、女性自衛官は評価しているのです。階級には役割や責任が紐づいており、それを周囲が認めて上司の判断に従う、という明確な指揮命令の系統がメリットとしてとらえられているのは重要な発見でした。階級という客観的に認められた立場が、男女差が生じることの防波堤になっているといえるでしょう。
「階級があるからこそ、任せてもらえる部分もたくさんあるし。そしてそれがやりがいにつながる。階級に対して敬礼してくれているというのは、その人の持っている責任に対して敬礼してくれていると思うんですよね。だから、そうされると身も引き締まるし、頑張らなくちゃと思うし。幹部としてしかるべき階級に身を置かせてもらえるってことは誇らしいですよね」
また、上司としての自分が、部下の生活にまでも責任を持っていることに対する自負心も感じられました。
■「階級」は上司と部下の信頼関係の上に成り立っている
「階級社会であることはある意味すごい明白、明確で、わかりやすいと思います。命令には従わなくてはなりませんが、上司と部下の間の信頼関係の上に成り立っています。上司は自分の部下を上手く使う義務がある。馬車馬のように働かせるのではなく、プライベートと仕事を両立できるようにした上で、部下の人生を充実させるようにする義務があるのですね。
部下は、上司がそういうことをきちんと考えてくれているという信頼があるから服従するし、上司がしかるべき階級になっているということは、部下のことをきちんと考える能力があって、その考えに基づいて、部下に対して言う権限があることも理解していると思います。
自衛官はこのような考えを前提として、階級に対する尊敬を持っているので、階級社会というのは、敬意と上司のマネジメント能力に対する信頼で成り立っていると思います」
「階級」というものが、上下関係の意味合いが強い指揮命令のためだけでなく、チームワークや信頼関係の醸成、さらには部下の私生活も視野に入れた関係構築まで含めたものとして存在しているのかもしれません。
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防衛省職員
東京都生まれ。2011年、防衛省に防衛事務官として入省(現在、内閣府出向中)。2020年、法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修士課程修了。国家資格キャリアコンサルタント。
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法政大学キャリアデザイン学部教授
茨城県生まれ。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省(現厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授を経て現職。専門は人的資源管理論、女性労働論。『キャリア開発論』など著書多数。
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(防衛省職員 上野 友子、法政大学キャリアデザイン学部教授 武石 恵美子)
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