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女性自衛官の草分けから教育現場へ転身 竹本三保さんが自衛隊で学んだミッション達成法 一聞百見

産経ニュース / 2024年4月26日 14時0分

自宅離れを改修して作ったセミナールームを拠点に人材育成を目指す=奈良県上牧町

好きな言葉は「ミッション」-。女性自衛官として33年間、男社会の中でもがき続けた。退官後は公募に挑んで大阪府立高校の校長に就任し、5年間にわたり教育現場に新風を吹かせた竹本三保さん(68)。現在は、奈良県上牧町の自宅に「竹本教育研究所」を構え、人づくりに乗り出すとともに、令和4年度に発足した奈良女子大工学部の非常勤講師として教壇に立つ。華麗なる転身の原動力は、その都度自らに課したミッションだった。

「海に囲まれた貿易立国の日本にとって、海上防衛は最も重要だ」

中学生だった竹本さんの心を捉えたのは、中曽根康弘防衛庁長官(当時)の言葉だった。「将来どう生きるべきか考えていた時期。『日本にとって一番大事な仕事に就きたい』と海上自衛官を志したんです」

だが女子中卒者の募集はなく、高卒時も海自の扉は閉ざされたまま。大学に進学してその時を待ち、国防と同じくらい重要だと考えていた「教育学」を専攻した。

大学を卒業し、念願の海上自衛隊に入隊。幹部候補生学校の同期は、男性約150人に対し女性は3人だった。「3人とも結婚して子供も持ちながら、懸命に職務を全うした。誇らしい同期でした」

その道のりは平坦(へいたん)ではなかった。艦艇に乗りたいと切望しても、同期の男性隊員が参加する遠洋練習航海に加われず、艦艇に乗るための部内資格試験も受けられない。「女性隊員には厚い壁が立ちはだかっていました」。

それなら-と配属先の通信部隊でその道を究めるべく暗号を学ぼうとした。「そこでも『結婚したら辞める女には暗号を扱わせない』といわれる始末。私はもう結婚していたんですけどね」。

「男女区別なく扱うからしっかり仕事しろ」とハッパをかけつつ、「俺の目の黒いうちは子供を産ませない」と言い放った上司。第2子を妊娠し訓練中に体調不良を伝えた際には、「今休まれたら困る」と言われ、流産してしまったつらい経験もあった。

「『女じゃない』『男と同じ』が褒め言葉だったのは悲しいですが、それでも常に『きっとうまくいく』というプラス思考で臨んでいました」。舞鶴や中央など3カ所のシステム通信隊司令を務めたり、青森地方協力本部長として東日本大震災の発生を受けた即応予備自衛官の実任務招集に臨んだりと、さまざまな「女性初」「自衛隊初」の実績を積んでいった。

防衛大学校の勉強会に参加し、「男女区別平等論」と題した論文を公表したことも。「女性隊員の活躍や職域開放を促すための理念として、全ての配置を男女等しくするのではなく、女性の持つ能力を生かした役割を探究すべきだ-という趣旨です。娘を抱っこしながら考えました」

今では女性隊員なしには成立しない自衛隊。「私が勤め上げることができたのは、『後に続く女性隊員のために道を切り開く』という自分なりのミッションあってこそでした」

日の丸背負い校長先生に

女性幹部自衛官の草分けとして、30年以上にわたり奮闘を続けてきた竹本さんだが、定年退官の時が近づくにつれ、10代の頃に「国防」と同様に重要だと考えていた「教育」分野への挑戦が、次のミッションとして頭の中を占めていった。

「22回の転勤を経験した自衛隊在籍中は家族や双方の両親の協力が不可欠でしたから、次の仕事は家族や親の住む関西で探したかったんです」

すると、大阪府が実施する府立学校長の公募が目に留まった。1次試験をクリアして臨んだ2次の面談では、9人の面接官のうち4人が女性だった。「完全な男社会だった自衛隊とは違い、教育の世界は男女平等なんだと感心しました」

平成23年9月に合格通知を手にしたが、当時の大阪府は国旗国歌条例を制定し、日の丸や君が代に教育現場が神経質になっていた頃。「『橋下徹知事(当時)の肝煎りで元自衛官が採用された』とあらぬ噂も立ちました。今に至るまで橋下さんにお会いしたことはないんですが」と苦笑する。

校長就任前の研修中に現校長らが集まる会議で自己紹介を求められ、会場内の国旗を指して「あの日の丸を背負ってきました竹本です」とあいさつすると微妙などよめきが起こった。着任した府立狭山高校に初出勤した際、出迎えた先生から「匍匐(ほふく)前進で来られるのかと思いました」と言われ、「海上自衛官はめったにしませんね」と切り返したことも。

すべてが未知の領域だったため、判断基準を「生徒のためになるかどうか」に置いた。朝8時に出勤して下足室に行き、登校してきた生徒らとあいさつを交わす。授業中の教室に入り、空いた席に座って生徒目線で授業を受ける。「将来の夢を100のリストにしよう」「10年後に何をやっていたいか考えよう」などと宿題を出し、提出してくれた生徒に返事を書く。

こうした努力の積み重ねで生徒や教職員らの信頼を勝ち得る一方で、元自衛官らしさも見せた。「体育大会で校旗掲揚の際に挙手の敬礼を見せたり、半旗が掲げられた際にその意味を生徒たちに説いたり。卒業式で全ての先生方に起立してもらうための働きかけにも心を砕きました」

仮装した校長が開幕のあいさつをするのが恒例の同校文化祭。とりわけ竹本校長のはしゃぎっぷりは今も語り継がれている。「韓国のエプロン姿でKポップ『江南スタイル』を踊ったり、キレッキレのヒップホップダンスに挑んだり、頼まれれば何でもやっちゃいました。ウエットスーツを着て『海猿』のテーマ曲に合わせて登場させられたときは、『あの子たち、海上保安官と海上自衛官の区別ついてへんな』と思いましたね」

元自衛官で初めての公立学校長にして、全国初の民間人女性高校長として注目を集めた5年間。「覚悟して入った未知の世界でしたが、いかにして方向性を一つにし、仲間を育てて結果を出すかの答えは、自衛隊での経験の延長線上にあったのかもしれません」

世界に行動起こせる人材を

「明るく爽やかに、己の本分を尽くせ」-。奈良女子大(奈良市)の工学系H棟で4月11日に行われた、今年度最初となる「自己プロデュースⅠ」の授業。竹本さんは工学部非常勤講師として、出席した新入生たちにこんなミッションを〝発令〟した。

日本で初めて女子大に設置された同大学の工学部。海上自衛官や大阪府立高校の校長を務めた実績を買われ、令和4年4月の開設以来、キャリア形成に関する講義を受け持ち、母校の教壇に立って「工学女子」たちを指導している。

狭山高校の校長職を平成29年に退任。その後、請われて奈良県教育委員会事務局参与を3年間務めた。

「参与の在任中、知事の紹介で奈良女子大の学長と対談する機会をいただきました。その内容が学内誌に掲載され、それが縁で外部講師として引き受けたキャリア教育の講義の様子が、工学部の開設準備を進める先生の目に留まり、新学部のキャリア教育要員に加えてくださった。偶然の連続というか、運がいいんですね、私」

自己プロデュースⅠの授業は、学生たちを8つの円卓に分けて行うアクティブラーニングスタイル。毎回、授業の前にくじ引きで各円卓のメンバー編成を決める。より多くの学生同士が顔を合わせ、意見交換や討論などを行うためだ。

「私のここでのミッションは、主体性を持って自分で考え行動し、共感し合えるチームづくりができる学生を育てること」。ビブリオバトルや、企業・官公庁やトップアスリートなどの採用例も多い教育手法「原田メソッド」も取り入れて授業を進める。

女子大に工学部を設置することの意義は何か。「入学してきた学生からは、『工学分野には興味があるけれど、奈良女に工学部がなかったら工学部進学を諦めていた』という声を多く聞きました。男子9割、女子1割の世界に自ら飛び込んでまで工学の道に進みたいという意欲を持つ女子学生は少ないのかもしれません」

そう指摘した上で、「女性目線を必要とする工学系のものづくり現場は多い。女子大の工学部は、そうした需要に応える役割を果たせる」と意義を強調。「私は工学系のスキルではなく主としてメンタル面になりますが、母校で後輩の育成に関われるのは望外の幸せです」

一方、奈良県教委参与としては県立学校配置の適正化計画や新任校長の指導などに携わった。その退任後に、「竹本教育研究所」を設立。子供や若者たちを対象に「地域を引っ張るリーダーを育てたい」というミッションを掲げて「寺子屋塾」の開設を目指し、今年3月には奈良県上牧町にある自宅の離れをセミナールームに改修した。

入塾生の募集活動に取り組む中で地域のニーズをくみ取り、子供・若者に限らず「リーダーシップ」や「危機管理」について学びたい経営者や管理職、子育ての悩みを持つママ、部活動の指導者を目指す人など対象の拡大を検討。10代の頃からこの国の将来にとっての重要な仕事と位置づけてきた「国防」と「教育」の現場で、それぞれリーダーとして成功を収めた経験を生かし、社会に貢献したいと強く望んでいる。

「志は高く、寺子屋塾を『令和の松下村塾』に育てることが夢。戦後、多くの人たちがなくしてしまった自信を取り戻し、世界によい影響を及ぼす行動を起こせる人材を送り出せたらうれしいですね」。竹本さんのミッションはまだ終わらない。

たけもと・みほ 昭和31年、京都府城陽市生まれ。奈良女子大文学部を卒業後の54年、海上自衛隊入り。青森地方協力本部長、中央システム通信隊司令などを歴任して平成23年に退官し、24年から5年間、公募で就任した大阪府立狭山高校長を務めた。令和2年に竹本教育研究所を開設。母校の同大学に4年新設された工学部の非常勤講師となる。著書に「任務完了」(並木書房)、「56歳の青春宣言-女性自衛官 校長になる-」(星湖舎)、「国防と教育」(PHP研究所)など。

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