「飢えた犬が食べる」「森の中で苔むす」ウクライナ・ロシア人の遺体がたどる非情すぎる現実
プレジデントオンライン / 2022年3月25日 11時15分
■路傍の遺体を飢えた犬が食べているという凄惨な状況
ロシアのウクライナ侵攻によって、両国に多くの死者が出ている。発表元によってばらつきがあるため、正確な数字はわからないが、ロシア・ウクライナ両国の死者数はそれぞれ数千人、あるいは1万人以上に及ぶという。
かつて第二次世界大戦時の日本では、300万人以上の戦没者を出した。「戦後」はいまなお続いており、世界各地で遺骨の収容が続けられている。本稿では、戦時下での弔いをみていく。
ウクライナでは東部マウリポリなどを中心に兵士、民間人の死者が増え続けている。手厚く葬儀ができず、埋葬も追い付いていない。路傍には遺体が転がり、飢えた犬が食べているという凄惨な状況も伝えられている。共同墓地の片隅に墓穴を掘って、集団埋葬しているありさまだ。
他方、ロシア国内ではウクライナで戦死したロシア兵士の遺体が続々、戻ってきている。ロシア側は3月2日までに498人の戦没者数を発表したが、それ以降は更新されておらず、実態は不明である。戦没者の増加に伴って、遺体がロシア国内に戻り、あちこちで葬儀が実施されると、戦争への嫌厭ムードが広がり、プーチン政権への反発へとつながりかねない。
英国の公共放送BBCは20日、ロシア軍副司令官の葬儀・埋葬に密着した番組を放送した。
番組では、「いったい、何人のロシア兵がウクライナで命を落としたかわからない。ロシア各地で、大勢の戦没者遺族が苦しんでいる」と伝えた。自国に遺体が戻されるのはまだいいほうだ。戦地で無名戦士として埋葬されたり、あるいは山間部に放置されたりすれば、苔むす遺体も出てくることだろう。
プーチン大統領はウクライナでの戦死者の遺族にたいし、1人あたり742万ルーブル(約732万円)の弔慰金を支給することを発表したが、戦争が長期化すればその補償もどうなるかわからない。
■第二次世界大戦の日本の死者中、240万人は海外で
わが国もまた、過去には多くの戦没者を出してきた民族だ。
かつてロシアと日本とは日露戦争で交戦した。実はこの際、ロシア兵の捕虜収容所が愛媛県松山市に設けられ、捕虜は寺などに収容された。捕虜輸送船が110数回にわたって大陸と行き来し、松山に収容されたロシア兵は6000人にも及んだという。松山での捕虜生活はかなり自由だったようで、温泉地や観劇なども楽しんだと伝えられている。
それでも、当地で亡くなったロシア軍人は97人を数えた。その遺体はロシア人墓地に丁重に埋葬され、墓は祖国ロシアの北の方角を向いて立てられている。いまでも献花が絶えない。慰霊祭も毎年実施されており、在大阪ロシア総領事も来賓として訪れている。
第二次世界大戦では、わが国に多大なる犠牲者を出した。日本人の死者数は軍人が約230万人、一般市民が約80万人の計約310万人といわれている。うち、海外における戦没者は約240万人という尋常ではない数だ。そのうちの9割が、1944(昭和19)年以降の終戦直前での犠牲とされている。
戦時下での葬儀は、開戦直後は手厚く実施された。軍人の葬儀や埋葬は、一般人とは違って特別扱いであった。軍部から仏教界にたいし、英霊は最上級の弔いにするよう指示、通達があったのだ。
たとえば曹洞宗の場合、檀家に戦死者が出た際には末寺は本山に報告。大本山貫主からは代理が送られ、弔辞が読まれた。また将校(少尉)以上の軍人には、戒名に必ず「居士」を付けるよう命じられていた。太平洋戦争が始まればその制限もなくなり、戦死したすべての兵隊に「居士」が付けられた。
■海外の未収容遺骨数は約112万柱。半数しか戻ってない
曹洞宗の当時の『宗報』(1937年、昭和12年9月)にはこのように書かれている。
一.多数戦死者ノ合同葬儀又ハ殊勲者ノ葬儀ニ際シ特ニ本宗代表者ノ会葬必要アル場合地方宗務所長ハ本宗ヲ代表シ会葬ノ上管長ノ弔詞ヲ代読スヘシ其ノ会葬経費ハ地方宗務所ノ負担トス 但各鎮守府竝要港部ハ前項ヨリ除外ス
二.一般戦死者又ハ之ニ準スル軍人軍属ノ葬儀アル場合其ノ地方軍人布教師ハ勿論其ノ近隣寺院住職ハ成ルヘク会葬ノ上弔意ヲ表スへシ但両大本山貫首代理又ハ管長代理ノ名儀ヲ以テ会葬シ又ハ弔詞ヲ呈スルコトヲ得ス
三.戒名ハ其ノ菩提寺ヨリ授与スヘキモノナレトモ戦死又ハ之ニ準スル軍人軍属ニシテ生前ヨリ戒名授与ヲ希望シアル者ニ限リ其ノ菩提寺ヲ通シ申請有之場合ニハ審議ノ上管長ノ慈慮ヲ乞フコトアルへシ但院号及居士号ハ将校竝同相当官ニ限リ其ノ他ノ者ハ菩提寺ノ権限トス
四.戦死者又ハ之ニ準スル軍人軍属ノ遺骨送還セラルルヲ聞知シタル場合ニハ成ルへク適当ナル場所ニ出迎へ弔意ヲ表スヘシ 宗務所長ハ前各号ニ関シ数区長ヲ通シテ各寺院ニ無漏悉知セシムへシ
「三」には戒名の取り扱いについての指示があるが、これはどの宗派でも同様であった。戦死者の戒名には、もれなく最高位の「院」や「居士」が与えられた。また、戒名の文字には「義」「烈」「勇」「忠」「國」「誠」などの国粋主義を連想するような文言が選ばれている。
例えば、「報國院義烈○○居士」という名付け方である。戦時戒名は日中戦争を契機にして付けられ、終戦をもって完全に姿を消している。
軍人の墓も特別なものだった。わが国において、一般的な石塔は四角柱だが、軍人には「奥津城(おくつき)」と呼ばれる神道式の墓を立てるよう、軍部から寺院へと指示がなされた。英霊は先祖代々の墓には入らず、ひとりで奥津城に祀られているのが特徴である。
外見は古代エジプトの石柱オベリスクのような、上部が尖った四角柱である。奥津城は日当りのよい、墓地の中でも一等地に立てられていることが多い。また、奥津城だけを集めた戦没者墓地をつくって祀るケースもある。いずれにしても、戦死者は遺骨が戻ってこないことが多く、奥津城に納めてあるのは遺品や戦地の石、出征前に家族に残した遺髪などである。
海外戦没者約240万柱のうち、実際に遺骨が戻ってきているのは2021年時点で約128万柱。未収容遺骨数は約112万柱だ。つまり、戦後77年が経過してもおよそ半数しか、遺骨が故郷に戻ってきていないのだ。
現在でも各国で遺骨収容事業は実施されている。しかし、厚生労働省では相手国の事情などにより収容が困難と判断しているのが約23万柱もある、としている。撃沈された軍艦などに乗っていて海没した遺骨が約30万柱とされている。
ちなみに未収容遺骨が残っている国で最も多いのがフィリピンの約37万柱、次いで中国東北地方(ノモンハンを含む)が約21万柱だ。ロシア・ウクライナを含む旧ソ連の、未収容遺骨は約3万体以上あるとみられている。政情が不安定になれば、遺骨収容事業は中断される。
遺骨収容が途上にあるということは、日本の「戦争」は終わっていないことを意味する。遺骨を収容し、日本への帰還を果たしたうえで葬儀、供養をしてはじめて、戦没者と遺族の戦争が終わる。旧ソ連の地に多くの日本人を残している以上、このウクライナ戦争は私たちも、決して無関係ではいられないはずである。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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