「日本人だけが貧しくなっていく」これから日本を襲う"原油価格高騰×円安"のダブルパンチ
プレジデントオンライン / 2022年3月24日 12時15分
■リーマン後も遅れを見せた日本経済の回復
2008年秋、リーマンショックと呼ばれる金融危機が世界を襲った時、当時の麻生太郎首相は当初「日本への影響は軽微だ」と言い続けてきた。日本はバブル崩壊後の金融危機から立ち直りつつあった頃だったため、世界の金融バブルにはあまり関与せず、問題の金融商品であるサブプライム・ローンなどで損失を被った金融機関も少なかったからだ。
ところが、である。輸出産業を中心に日本企業の売り上げが急減、その余波で国内消費も落ち込んで、日本経済は大打撃を受けた。その後、東日本大震災に襲われたこともあり、日本経済の回復は遅れに遅れた。米国や欧州の経済がその後、急速に戻していったのを横目に、結局、日本経済は世界の先進国の中で最も影響を受けたと言っていいだろう。
それと似たような事が再び起きている。
2020年から世界を揺さぶった新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)では、まさに世界経済が凍りついた。欧州や米国では感染者や死者が溢れ、ロックダウン(都市封鎖)に踏み切るなど深刻な状況が続いた。一方の日本は感染者も死者数も欧米に比べれば桁違いに少なく、世界の中でも最も影響が軽微とも言えた。
■コロナ禍からの回復で、日本は大きな後れを取った
ところが、である。経済への打撃は予想以上に大きい。米国は2020年4-6月期にGDP(国内総生産)が年率実質で31.4%減と大きく落ち込んだが、7-9月期に急回復。その後も2021年10-12月期まで6四半期連続でプラス成長が続いている。一方の日本は2020年4-6月期に28.6%のマイナスで、7-9月期に急回復したところまでは同じだが、その後、プラス成長とマイナス成長を繰り返す一進一退が続いている。年率換算の成長率だけを見ていると違いがなかなか見えないが、GDPの実額の推移を見てみると、その違いは一目瞭然だ。
米国は2020年10-12月期に新型コロナ前の水準に戻り、その後も成長を続けた結果、2021年10-12月期はコロナ前を10%以上上回る過去最高を更新している。昨年末のクリスマス商戦は活況を呈し、米国では物価が急上昇していた。
一方の日本のGDPの実額は2021年10-12月期になっても、消費税率引き上げ前の2019年7-9月期を超えていない。新型コロナの影響をようやく吸収するかどうか、といったレベルだ。つまり、新型コロナ禍からの回復という観点で、日本経済は米国経済に大きく後れを取っているのだ。
■原油価格がさらに上昇したら、政府は打つ手がなくなる
そこに加わったのが、ウクライナ戦争である。ロシアのウクライナ侵攻と共に、西側先進国がそろってロシアへの制裁に踏み切ったこともあり、原油をはじめエネルギー価格は大幅に上昇している。これによって世界的なインフレの火に油が注がれることになった。
日本でもガソリン価格が高騰、政府は巨額の資金を注ぎ込んで、石油元売り会社への補助金を積み増し、小売価格を抑えようと必死になっている。戦局が膠着(こうちゃく)状態になっていることに加え、OPEC(石油輸出国機構)による増産期待があって、今のところ上昇ピッチは鈍化しているが、「国家」が「市場」をコントロールしようとするのは歴史的にも無謀な試みと言える。さらに本格的に原油価格が上昇した際には「打つ手」がなくなる懸念もある。
懸案になっている「トリガー条項」の凍結解除によって揮発油税にかかっている上乗せ分を撤廃することは、税収減に直結するため財務省が最後の最後まで抵抗しており、財務省の意向を無視できない岸田文雄内閣はなかなか決断しないだろう。
■現在、日本の電源はLNGに大きく依存している
もうひとつ懸念されるのが電気料金の大幅な上昇だ。東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故以来、原発稼働がままならず日本の電源はLNG(液化天然ガス)に大きく依存している。LNG輸入の8%あまりをロシア産に依存しているため、その帰趨(きすう)が注目される。
ロシアへの制裁では、米国がロシア産原油やLNGなどのエネルギー輸入を禁止したが、依存度の高い欧州は禁輸にまでは踏み切っていない。エネルギー代金を決済するロシアの最大手銀行なども銀行間の国際決済システムであるSWIFTから排除していないのは、ロシアから欧州へのガス供給を止めれば、たちまち西欧諸国の人たちの生活に大打撃を与えることになるためだ。ドイツの場合4割以上をパイプラインを通じたロシア産ガスに依存している。
英エネルギー大手シェルが早々にサハリンでの石油ガス開発事業「サハリン2」からの撤退を表明したが、同様に出資する三井物産と三菱商事は態度を保留している。萩生田光一経済産業相は「利権を手放せば第三国がそれを手に入れるだけで、制裁にはならない」と国会答弁しており、政府としては何とかロシアからのLNG調達を続けたい考え。日本が撤退すれば、中国が利権を獲得するのが関の山というわけだ。
■輸入食料品・原材料の価格上昇も日本を襲う
だが、ウクライナでの戦争がエスカレートして、ロシアによる民間人への攻撃が激化した場合、さらなる経済政策が必要になり、ドイツなど欧州諸国がエネルギー禁輸にまで踏み切る可能性もある。そうなった時に、日本がサハリン利権を死守できるかどうか。欧米からの圧力もあって、放棄せざるを得なくなる可能性もある。そうなると日本のLNG調達コストはさらに上がり、電気料金も上昇を続けていくことになりかねない。
日本を襲うのはエネルギー価格の上昇だけではない。円安が進めば、輸入物価全体が上昇することになりかねず、輸入食料品・原材料の価格上昇が生活を圧迫することになりそうだ。
3月18日に開かれた日本銀行の金融政策決定会合後の記者会見で、日銀の黒田東彦総裁は、それでも円安を容認する考えを示した。これをきっかけに東京外国為替市場では一時、1ドル=119円台にまで円安が進んだ。黒田総裁は「円安が経済・物価を共に押し上げ我が国経済にプラスに作用している基本的な構造は変わりはない」と、あくまで円安がプラスだ、としたのだ。
■「不景気なのに物価が上がる」スタグフレーションの入口
日本の場合、円安を容認せざるを得ない理由がある。米国で起きているインフレは、経済成長と共に物価上昇が起きているため、金融の量的緩和の縮小を早々に決め、利上げに踏み切る姿勢を鮮明にしている。景気の過熱を抑える金融引き締めという従来の金融政策が機能するのだ。
ところが、日本経済は前述の通り、新型コロナからの回復が遅れ、金融緩和をやめれば景気が失速する懸念もある。金融緩和を続けざるを得ないわけだ。不景気なのに物価上昇が起きることをスタグフレーションと呼ぶが、まさに日本経済はそのとば口に立たされているように見える。
黒田総裁はスタグフレーションではないかという質問に、「そういう恐れが日米欧にあるとは思っていない」と述べて否定していたが、米欧は少なくとも現状ではスタグフレーションではないため、金融引き締めに動けるが、日本は明らかに不景気なのに物価が上昇し始めていることは歴然としている。結局、日本は金融政策の手足を縛られているとみるべきだろう。
■日本が円安政策を続ければ、庶民の生活は一層苦しくなる
世界が猛烈なインフレに襲われる中で、日本が円安政策を採り続けたらどうなるか。見た目の為替レートよりも実質実効為替レートはさらに円安になるだろう。実質実効為替レートは50年ぶりの低水準だと報じられていたが、円安容認政策でさらに円は弱くなり、輸入物価が猛烈に上昇していくことになるだろう。
円安で輸入物価が上昇しても、それで日本企業が潤うわけでなければ、企業業績は改善せず、従業員の給与も上がらない。このままでは庶民の生活は一段と苦しくなるに違いない。
「新しい資本主義」を掲げて「市場」に背を向ける岸田首相は、これから荒れ狂う市場の猛烈な反撃に遭遇することになるだろう。その時、どんな政策を打とうとしているのか。新型コロナの影響が最も軽微で、ウクライナからも遠いはずの日本の経済が最も大打撃を被るとすれば、それは経済政策の無策の結果と言えるのではないか。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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