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差別的な「ヤフコメ」が中国で笑いものに…"頭の悪い言説"を積極的に海外へ拡散する行為の激烈な攻撃力

プレジデントオンライン / 2022年3月29日 18時15分

3月21日、中国の広西チワン族自治区で発生した航空機墜落事故に伴うヤフーニュースのコメントに、中国語訳がつけられた画像。中国側の複数のSNSでシェアされていた。

■ネット右翼を嘲笑する「おバカな日本」というアカウント

「日本傻事」(おバカな日本)という微博(中国のSNS)アカウントをご存じだろうか。これは日本語ができる「愛国的」な中国人が運営しているアカウントで、フォロワー数は22万1000人。内容は中国にとって好ましくない日本国内の言説(台湾との連帯の主張など)や、日本のB級ニュースなどを批判的な姿勢で紹介するものだ。

この「日本傻事」や、類似の「日本tui一生」(フォロワー1万7000人)などのアカウントが興味深いのは、日本語のツイッター、ヤフーニュースやYouTubeのコメント欄などで見られるネット右翼系の「おバカ」な投稿を積極的に翻訳し、嘲笑のネタにしていることだろう。

ツイッターや「ヤフコメ」は、ヒマ人が匿名でめちゃくちゃなことを投稿して憂さ晴らしができる便所の落書き……であるかに思えて、実はそうした低劣な書き込みが22万1000人の中国人から「おバカ」として笑いものにされている場合がある。これが2022年のインターネット空間なのだ。

■「ウクライナ女性を美人限定で保護します」

もっとも、国内の閉じたネット空間で横行する恥ずかしい言動を海外に晒されて大恥をかく現象は、実は中国も同様だ。

ロシアによるウクライナ侵攻の勃発前夜である2月22日ごろから、中国国内のSNSの「戦争になればウクライナの美女がたくさん中国に来るぞ」「18歳から30歳までの美人限定で保護します」といった差別的な内容の投稿文が英語に翻訳され、スクリーンショット画像の証拠付きで世界中のネット空間にばらまかれたのだ。

「ロシアかウクライナの16〜28歳の美女を保護します」と書かれた中国のSNS上のネタ投稿。上記の画像は翻訳前のもの。
「ロシアかウクライナの18~26歳の美女を保護します」と書かれた中国のSNS上のネタ投稿。上記の画像は翻訳前のもの。

この情報は中国の国内外でかなり広がり、物議をかもした。結果、中国のネット上では2月25~26日ごろから類似の投稿が多数削除され、中国国内のメディアが盛んに批判記事を掲載しはじめた──。つまり、当局からお叱りの姿勢が示された。

当時、中国はロシアの全面侵攻を予測しておらず、在ウクライナ中国人の保護方針は混乱していた。たとえば、最初は「退避の時は車両に中国国旗を掲げるように」と呼びかけられていたのが、数日後に「中国人だと身元を明かさないように」と真逆のメッセージが出されている。

一連の迷走は、中国の予想以上にウクライナ国内での対中感情が悪化したことが理由だった。中国国内で「ウクライナ美女」の投稿文を強く批判する報道が続出したのも、同国内の対中感情がこれ以上高まるのが懸念されたためかと思える。

■中国国内の過激言説を拡散させる「大翻訳運動」

今回、この翻訳を仕掛けたのは「浪人」と呼ばれる反体制的なオタク系中国人たちのグループだ。彼らに明確なリーダーはおらず、組織化もされていないため、イメージとしては「5ちゃんねらー」や「アノニマス」などと近いが、指す範囲はもう少し狭い。日本でいえば「なんJ民」や「嫌儲民」(いずれも5ちゃんねらー内部のグループ)くらいの肌感覚の人たちだ。

「浪人」の一部は、上記の「ウクライナ美女」の事件を契機に、中国国内のネット上にあふれている過剰な愛国主義的・排外主義的な言説や、ロシアの軍事行動を支持する言説を積極的に英語や日本語に翻訳して暴露するようになった。現在はツイッターで「#大翻译运动」や「#TheGreatTranslationMovement」「#偉大な翻訳運動」などのハッシュタグを使用し、世界に向けて晒しあげ行為を続けている。

大翻訳運動が3月22日に暴露した中国国内の対日ヘイトスピーチの一例。翻訳のレベルは高くない。
大翻訳運動が3月22日に暴露した中国国内の対日ヘイトスピーチの一例。翻訳のレベルは高くない。

ひとまず、私の今回の記事では「大翻訳運動」と呼んでおこう。翻訳のターゲットは中国のSNSである微博のほか、質問サイト知乎の投稿、bilibili(ニコニコ動画に似た動画サイト)の弾幕、TikTok(中国国内での名称は「抖音」)の動画など多岐に及んでいる。

■中国共産党はネットの「祭り」に本気で激怒している

今回、私は大翻訳運動の公式ツイッターの運営者に接触し、匿名を条件に話を聞いた。こちらによると、運動の目的は「党の対外プロパガンダが覆い隠している中国のリアルな姿を海外の自由世界に向けて公開し、中国版のファシスト勢力の台頭を阻止する」ことだ。

立ち上がった動機は近年の中国の体制に対する不満と、ロシアによる「侵略戦争を支持する言説」や「愚かしいヘイト言説」の粉砕にあるという。翻訳の元ネタに選ぶのは、中国国内のネット上の反民主主義的・好戦的・排外主義的な言説のなかでも、多くの「いいね」を集めてバズっている投稿だ。

大翻訳運動の参加人数は、公称では「数百人から1000人」。英語のほかに日本語、韓国語、ドイツ語、フランス語、アラビア語で情報発信をおこなっている。そのうち日本語の翻訳担当者は「5人から10人」程度とされる。

もっとも、彼らの日本語翻訳のクオリティはあまり高くない(これは「#偉大な翻訳運動」という、日本人には違和感のあるハッシュタグからも明らかだ)。さらに英語の発信も含めて、翻訳の対象とする原文の選定方法についても、個人的にはそれほど秀逸なセンスは感じない。

リーダーが存在しない自発的活動であることから、翻訳のチェック体制は甘く、デマや扇動的すぎる情報を不用意に流しがちな構造的欠陥を抱えているようにも思える。良くも悪くもネット民の「祭り」を発端として生まれた動きなのだ。

ところが、中国当局はこの活動に本気で激怒している。なんと3月に入ってから、党中央機関紙『人民日報』系列の最大手紙『環球時報』が、批判記事を2回も掲載しているのだ。

■いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配

過剰にも思える反応の理由は、おそらく大翻訳運動の内容が、習近平政権のキャンペーン「講好中国故事」(しっかりと中国の話をしよう)に抵触するためだ。これは中国の体制や文化の優秀性、経済発展の素晴らしさなどを海外に向けて積極的に発信せよという方針で、最近では2021年5月にも習近平自身の講話で強調された。

政権の肝煎りで中国の素晴らしさを世界に宣伝しているときに、「戦争でウクライナ美女が中国に来る」だの「プーチンの覇気を称賛する」「日本に原爆を落としてやれ」だのといった正真正銘の「中国の声」が、各国語に翻訳されて全世界に流れたのではたまらない。当局の怒りの理由はこのあたりにあるのだろう。

「全世界にあまねく中国の声をよく聞かせられるように」と述べた習近平の講話を紹介する2019年1月10日付『中国共産党新聞』
「全世界にあまねく中国の声をよく聞かせられるように」と述べた習近平の講話を紹介する2019年1月10日付『中国共産党新聞』

いっぽう、中国の体制に批判的な『ヴォイス・オブ・アメリカ』『ラジオ・フランス・アンテルナショナル』など西側メディアの中国語版や、香港や台湾のメディアは、大翻訳運動についてかなり大きく報じている。たとえば3月27日付けのドイツの国際放送『ドイチェ・ヴェレ』中国語版は「大翻訳運動という一種の低コストな反抗」なる記事を掲載した。

この記事では、大翻訳運動のターゲットにされるような過激な言説について、中国当局の言論統制のもとでなおもバズっている点からしても、中国のウクライナ戦争に対する国内向けの立場やプロパガンダの方向性を示すものだろうと指摘している。それらを翻訳し、世界に向けて晒す行為の意義は大きいという評価だ。

本来は取るに足らないようなネットの「祭り」が、いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配である。

■中国の「神奈川沖浪人」コミュニティが発祥

大翻訳運動をはじめた「浪人」たちの巣は、アメリカのBBS型SNS「Reddit」内に設けられていた、メンバー数5万3000人の反体制的な中国人政治オタクのコミュニティ「ChonglangTV」だ。

「Chonglang」は漢字で「沖浪」と書き、もとは「5ちゃんねる」に似た中国の大規模掲示板「百度貼吧」の「神奈川沖浪裏」というコミュニティが発祥だという。この名称の元ネタは、明らかに葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だ。

葛飾北斎の名所浮世絵揃物『富嶽三十六景』全46図中の1図「神奈川沖浪裏」
葛飾北斎の名所浮世絵揃物『富嶽三十六景』全46図中の1図「神奈川沖浪裏」(図版=Katsushika Hokusai works in the Tokyo National Museum/Wikimedia Commons)

なぜ葛飾北斎なのかは不明だが、一昔前までの中国のオタクが日本のアニメやゲームの影響を強く受けていたことも関係しているのだろう。さておき、この「神奈川沖浪裏」コミュに出自を持つネットユーザーたちが「浪人」を称している。

今年2月中旬、この「浪人」たちの間で、「ウクライナ美女」に関連した中国国内の恥ずかしい投稿を外国語に翻訳するプチブームがあった。

その後、「ChonglangTV」のメンバーがウクライナを支援するために募金を集めている行為を嘲笑する人物がいたため、一部の「浪人」たちがこの人物の個人情報を突き止めてネット上に暴露。結果、これがマナー違反とされて「ChonglangTV」は閉鎖されるのだが、メンバーの一部が大翻訳運動に流れることになった。

■サイバー空間で戦う「名無し」のオタクたち

事情に詳しい知人(中国人)によると、おそらく「浪人」の大部分は20代の中国人男性で、多くが中国国内に住んでおり、ネット規制を回避できるVPNを用いてRedditやツイッターに接続している模様である。

近年、中国ではリアルとオンラインとを問わず反体制的な言論に対する規制が強化され、たとえば胡錦濤時代(2003年~2013年)のようなデモ・集会を伴う体制抗議運動や、IPアドレスを隠さない一般人によるネット上での体制批判議論などはほとんどおこなわれなくなった。

代わりに増えたのが、VPNで海外サイトに接続する反体制的なオタク層が、匿名性を確保した「名無し」の集団となってサイバー空間で戦うパターンだ。彼らは従来の中国民主化勢力とはほとんど接点がなく、TelegramやSignal、Discord(いずれも機密性が高いとされるコミュニケーションソフト)、Redditなどを駆使し、悪ふざけ的な雰囲気も漂わせつつ反体制的な行動をおこなう。

■共通の目的は、中国共産党にダメージをあたえること

中華圏のオタクのサイバー反共活動は、今回の「大翻訳運動」だけではない。たとえば、習近平をはじめとした党高官の個人情報の暴露をおこなっている「悪俗圏」や、さらに2019年の香港デモの舞台裏で香港警察の個人情報暴露を続けていた過激派グループ「老豆搵仔」などとも、全体的にかなり近いノリを感じる(悪俗圏については、私が過去に「文春オンライン」に執筆した記事を参照いただきたい)。

「悪俗圏」メンバーがネット上に暴露した習近平の身分証番号や個人情報とされるデータ。

個人情報の公開は違法行為だが、中国のネット上の言説を外国語に翻訳して晒す行為は合法だという違いはある。また、当事者たちの話では、どうやら大翻訳運動と、悪俗圏や老豆搵仔のメンバー同士に直接的な関係は薄いらしい。だが、彼らに共通するのは、インターネットを使って中国の体制に不都合な情報を外部に暴露し、中国共産党にダメージをあたえるというサイバーゲリラ的な手法だ。

中国国内でごく当然のように流布されている差別的な言説やショービニズム的な言説は、それを外国語に翻訳して国際社会のスタンダードな社会通念の前に引っ張り出すだけで、中国国家の対外的イメージに強烈な圧迫を加えることができる。

もっとも、大翻訳運動の一件からは、閉鎖的な言論空間で横行する「頭の悪い言説」が、国益を毀損(きそん)する潜在的なリスク要因になるという教訓も読み取れる。たとえば、ロシアや中国が日本のヤフコメやツイッターの差別言説を戦略的に抽出・翻訳し、「日本ではネオナチ勢力が台頭している」といったディスインフォメーションに活用する危険性も、やはりあり得るのではないか。

さまざまな意味で、今回の騒動は日本にとっても無視できない意味を持ちそうである。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)、『「低度」外国人材』(KADOKAWA)、『八九六四 完全版』(角川新書)など。近著は2022年1月26日刊行の『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)。

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(ルポライター、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊)

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