建物はボロボロ、観光拠点はガラガラ…死にかけだった六甲山がビジネス拠点として再生できたワケ
プレジデントオンライン / 2022年4月8日 15時15分
■がんじがらめの法規制により建物の老朽化が止まらない
神戸の中心地から車で30分ほどの「六甲山(ろっこうさん)」。登山、ドライブ、ゴルフ、さらに名物のケーブルカーなど、関西では観光スポットとして広く知られている。
神戸の街は海と山に挟まれており、市街地・住宅地のすぐ裏が山になっている。東京の地理に重ねるとすれば、品川や汐留あたりの海岸から見て、六本木あたりはもう山で、新宿あたりが六甲山の山頂になるような距離感だ。
しかも山頂は標高931mと高尾山(599m)よりも高く、山頂から神戸の街はもちろん、大阪、和歌山方面まで一望できる。「100万ドルの夜景」(現在は1000万ドル)と呼ばれたのも、日本では六甲山が最初だ。
そんなロケーションに恵まれる六甲山だが、レジャー嗜好(しこう)の変化などから、六甲・摩耶エリアの観光客数は1992年の837万人をピークに減少。95年の阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を受け、225万人まで減った。1990年には228カ所だった別荘・保養所は、2018年までに56カ所となっている。
なぜ客離れが進んだのか。それは土地利用に関するさまざまな法律で規制され、建て替えができなかったからだ。代表的な規制が国立公園に適用される自然公園法である。
■ブランドだった「国立公園」が裏目に…
1956年、六甲山は国立公園に指定された。国立公園とは、日本を代表する自然の風景地を保護し利用の促進を図る目的で、環境大臣が指定する自然公園の一種である。当時は高いブランド価値があり、全国の観光地がこぞって申請した。だが、皮肉にも、自然保護のための厳しい法規制が六甲山の客離れにつながってしまった。
神戸市の久元喜造市長は「自然公園法によって、閉鎖された保養所や戦前に建てられた個人別荘などを建て替えることもままならない状況でした」と話す。
自然公園法以外にも法令による規制の網が何重にもかかっており、事実上施設の新設ができず、改築も相当制限されてしまった。六甲山の再活性化のためには規制緩和をする必要があった。
そこで、地元住民や民間事業者、経済界、学識経験者に国、県、市が加わり六甲山の再活性化に向けた協議を開始した。その流れのなかで、国では18年に自然公園法において「六甲山集団施設地区」を指定し、利用を促進するエリアを定めた。さらに、神戸市では18年、建築物の高さ制限を10m以下から13m以下へと緩和。さらに19年4月にはホテルやカフェなど観光資源となる建築物を新築できるようにした。そして、19年12月からは、クリエイティブな人材が集まるオフィスへの建て替え・改修も可能にした。
「これらの緩和にあたっては、もちろん乱開発につながらないように留意をしています。しっかりとルールを堅持することで、自然環境の維持と活性化、観光政策は両立すると思っています」(久元市長)
■リモートワーク環境の整備も
加えて、17年以降、六甲山上の遊休施設の建て替えや改修にかかる費用を一部補助。20年5月には六甲山頂のビジネス利用を活性化させる取り組みを開始した。観光地としての六甲山を大事にするとともに、リモートオフィスやコワーキングスペースといった新しいタイプのビジネス起点として利用してもらうのが狙いだ。
この構想以前、六甲山頂には高速なインターネット回線が通っていなかった。通信事業者としては採算が合わなかったためだが、これではリモートワークなどのビジネス利用は難しい。このため20年に神戸市が8000万円を補助。ようやく光回線が敷設された。
さらに市街地よりも高く設定されていた水道料金も大幅に引き下げた。引き下げられた金額は施設の規模によるが、一般的な事務所では4分の1ほどに、ホテルなどの宿泊施設では最大で年間100万円も安くなるところもあった。これらの取り組みが知れ渡るに連れて、民間事業者からの相談が増えていった。
■観光、ビジネス両面で施設が続々とオープン
これらの取り組みもあり、「六甲山サイレンスリゾート」「ホテル神戸六甲迎賓館」といったリゾート施設の他、ウイスキーの蒸留所「六甲山蒸溜所」、アスレチック施設「六甲山アスレチックパークGREENIA」などができた。
ビジネスの拠点としても、レンタルオフィス・コワーキングスペース「ROKKONOMAD(ロコノマド)」がオープンしたほか、複数の企業がコワーキングスペースを開設したり、本社機能を一部移転することが決まっている。
多くは遊休施設を改築したオフィス利用だ。基本的にはデザインや映像関係、メディアなどクリエイティブな業種に絞っている。環境負荷の少ない事業であることに加えて、自然の中で感性を磨いてほしいという思いが重なったのだという。構想の発表は新型コロナの感染拡大に重なるが、構想自体はコロナ以前にさかのぼる。期せずしてウィズコロナ、ポストコロナの社会に適したプロジェクトとなっている*。
*REGULATION GUIDE 六甲山のススメ(2022.4)
■人の手を加え続けることが自然を守ることにつながる
住民の自然に対する考え方には、六甲山の歴史的な経緯も関係している。六甲山は江戸時代から明治時代にかけて樹木の伐採が進み荒廃していた。はげ山と化していたため、ひとたび大雨が降ると、洪水や甚大な土砂災害を引き起こしていた。
災害対策や水道事業のために六甲山を再興させる植林事業は、初期の神戸市政の大きな使命だった。豊かな植生をもたらすために、市は明治神宮の造園にも携わった林学者、本多静六博士を招き教えを請うた。植林というと、スギやヒノキといった針葉樹がイメージされるが、六甲山は、本多静六の指導により、常緑樹や落葉樹、針葉樹、広葉樹を取り混ぜられた多彩な植生になっている。
今の緑滴る六甲山になるまでに長い年月がかかった。人の手によって作られたことが、知床や白神山地の原生林とは異なる。人が作った自然は手を加え続けないと植生が理想的な形では維持されない。今でも継続的に間伐などを行い、山を維持している。
本多静六といえば、学者としての顔だけでなく、株式投資によって巨万の富を築いたことでも知られる。神戸市も明治時代以降の植林で六甲山を再生させ、治水や防災面はもちろん、レジャーや観光の分野でも地域に豊かさをもたらした。賑わいを取り戻し、ビジネスを活性化させる六甲山の再生への取り組みは、今後数十年、100年先に大きな成果となって返ってくるに違いない。
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ライター
コラムニスト。ITや家電を中心にモノとビジネスのあり方をウォッチし続け、『DIME』(小学館)『日経トレンディネット』(日経BP)等の雑誌やWebメディアなどで活躍する。「ドヤ家電(自慢したくなる家電)」の名付け親。エンタメ×テックのコンサルティングも行う。
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(ライター 小口 覺)
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