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なぜ「クソどうでもいい仕事」は増えるのか…世界中の人たちがそんな悩みに苛まれる根本原因

プレジデントオンライン / 2022年4月15日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/demaerre

デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)は、なぜ世界中で共感を集めたのか。作家の橘玲さんは「社会の複雑化によって管理職や専門職が増えている。彼らの仕事はバスの運転手や看護師と比べて社会への貢献度が見えにくいためだ」という――。(第4回)

※本稿は、橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

■管理職はとうぶんのあいだなくならない

「未来世界」ではさまざまな仕事が分権化され、プロジェクトとして切り分けられるようになっていくことはまちがいありません。その一方で、「ギグエコノミー(フリーエージェント)の世界では会社はフラット化し、管理職はいなくなる」とするテクノロジー理想主義者の期待に反して、会社も管理職も(とうぶんのあいだ)存続しつづけるでしょう。

このことは、もっとも早く(1950年代)からプロジェクト型に移行した映画産業でも、映画会社が大きな影響力を持っていることからも明らかです。

一般的な映画のつくり方だと、プロデューサーが企画を立てて出資者を集め、脚本家と相談しながら作品の骨格を決めて、監督と俳優にオファーを出します。低予算でも脚本が気に入ればビッグネームの俳優が出演することもあるし、大作でも自分のイメージに合わないと断られます。監督は、助監督、撮影、音声など現場を支えるスタッフを集めてクランクインし、作品ができあがるとチームは解散し、次の映画(プロジェクト)のための準備をはじめるのです。

ここで登場したひとたち──プロデューサー、脚本家、監督、俳優、現場スタッフ──のなかで「会社員」はひとりもいません。俳優は芸能事務所に所属しているでしょうが、それはマネジメントを代行してもらっているだけで、人気が出れば収入は青天井で、仕事がなければお金はもらえません。

■映画産業に映画会社が必要とされる理由

こうした働き方ができるのは、大物監督や人気俳優だけではありません。いったん仕事のやり方がプロジェクト化されると、現場スタッフから端役にいたるまですべてのメンバーがフリーエージェントになるのです。

映画制作の現場がここまで徹底して「ギグ化」しているにもかかわらず、映画会社はあいかわらず必要とされています。

大作映画をつくるには数十億円、ハリウッドなら数百億円の制作費をかけることもあります。こんな莫大(ばくだい)な資金を個人(プロデューサー)が管理することはできませんから、投資家が安心してお金を預けられる映画会社が受け皿になります。

いったん映画ができあがると、こんどはそれを全国の劇場で上映したり、DVD販売やネット配信したり、海外に版権を売ったりしなければなりません。作品を市場に流通させるには膨大な事務作業(バックオフィス)が必要で、これも映画会社がやっています。

■ホワイトカラーの問題点

仕事のなかには、プロジェクト化しやすいものと、そうでないものがあります。ギグエコノミーにもっとも適しているのはコンテンツ(作品)の制作で、エンジニア(プログラマー)やデータ・サイエンティストなどの仕事や、新規部門の立ち上げのような特殊な才能と経験が必要なコンサルティングへと拡張されていきました。

それに対して、利害の異なるさまざまな関係者の複雑な契約を管理したり、大規模なバックオフィスを管理する仕事はこれまでどおり会社に任されることになるでしょう。フリーエージェントがギグで制作したコンテンツ(音楽や映画)も、多くの場合、会社のブランドで流通しています。

プロジェクト型の仕事は、新しいモノやサービスを創造するクリエイターの世界です。こうした分野は徐々に会社から分離され、フリーエージェントが担うことになります。

それに対して会社には、プロジェクト全体を管理するマネージャーのほかに、法律や会計・税務などの専門的な分野をカバーするスペシャリスト(専門職)がいます。クリエイターはプロジェクト単位で仕事の契約をして、組織に所属するマネージャーやスペシャリストの助けを借りながらコンテンツを完成させ、そうやって生まれた作品は会社のブランドで流通しマネタイズされるのです。

「未来世界」でも(とうぶんのあいだ)フリーエージェント(クリエイター)と管理職(スペシャリスト)は増えていくでしょう。「AIがホワイトカラーの仕事を奪う」との不安が広がっていますが、幸いなことにそうした事態はすぐには起こりそうもありません。しかし、ホワイトカラーの問題はほかのところにあります。

■世界中で大評判となった「クソどうでもいい仕事」

文化人類学者で「アナキスト」を自称するデヴィッド・グレーバーは2013年、ロンドンで発行されている左翼系の『Strike!(ストライク!)』という雑誌に“On the Phenomenon of Bullshit Jobs”(ブルシットジョブという現象について)という短いエッセイを寄稿しました。

世の中には、部外者から見てなんの役に立っているのかまったくわからない仕事がものすごくたくさんある。たとえばHR(ヒューマンリソース)コンサルタント、PR(パブリック・リレーションシップ)リサーチャー、フィナンシャル・ストラテジスト、コーポレート・ロイヤーなどなど。このリストはえんえんとつづくが、部外者だからわからないのではなく、こうした仕事にはもともとなんの意味もないのではないか……。

これらの仕事を総称して、グレーバーは「ブルシットBullshit(牛の糞)」と呼びました。これは俗語で「たわごと」「でたらめ」のことですが、興味深いことに、jobという単語は「牛や馬のひとかたまりの糞」を意味する中世の言葉から派生したとの説があります。グレーバーがこのことを意識していたかどうかはわかりませんが。

ブルシットジョブの記事が雑誌に掲載されるやいなや大評判になり、数週間のうちにドイツ語、ノルウェー語、スウェーデン語、フランス語、チェコ語、ルーマニア語、ロシア語、トルコ語、ラトビア語、ポーランド語、ギリシア語、韓国語に翻訳され、スイスからオーストラリアまでさまざまな新聞に転載され、雑誌『Strike!』のWEBサイトは数百万のアクセスでたびたびクラッシュしたといいます(邦訳は『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』〈岩波書店〉)。

■「自分の仕事は無意味だ」と考える人が増えた理由

コメントの多くはホワイトカラーの専門職からのもので、自分が常日頃漠然と思っていたことをグレーバーが的確に言い当ててくれたと述べていました。たとえばオーストラリアのあるコーポレート・ロイヤー(企業弁護士)は、「私はこの世界になにひとつ貢献しておらず、すべての時間がとてつもなくみじめだ」と書いています。

頭を抱えているビジネスマン
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

2015年1月5日(多くのロンドンっ子が冬休みを終えて職場に向かう初日)、何者かがロンドンの地下鉄の広告を差し替える事件が起きました。その「ゲリラ広告」には、グレーバーのエッセイが抜き書きされていました。

「ものすごい数のひとたちが、内心では“こんなものなんの役にも立たない”と信じている仕事をするために、何日も費やしている」
「まるで何者かが、俺たちを働かせつづけるために無意味な仕事をわざわざつくりだしているみたいだ」
「この状況が生み出す道徳的・精神的なダメージははかりしれない。それは俺たちの魂に刻まれた傷だ。だがそのことを、誰も言葉にしようとはしない」
「内心では自分の仕事が世の中に存在すべきではないと思っているときに、どうやって労働の尊厳について語りはじめることができるだろう」

この騒動を受けて調査会社が「あなたの仕事は世の中になんらかの貢献をしていますか?」と訊いたところ、37%が「ノー」と答えました。

こうしてグレーバーは、なぜこれほど世の中に無意味な仕事が多いのか考察していくのですが、ここではすこし視点を変えて、マカフィーとブリニョルフソンの論理からこの現象を考えてみましょう。

■管理職は「市場の潤滑油」のような存在

『プラットフォームの経済学』(日経BP社)では、知識社会の高度化とテクノロジーの進歩によって高スキル労働者(クリエイティブクラス)がフリーエージェント化する一方で、プラットフォーマーのようなグローバル企業が拡大し、そこで多数の「管理職」が働くようになると予想しています。

クリエイティブクラスとはその名のとおり、なにかを創造(クリエイト)するひとたちで、その典型がシリコンバレーで「世界を変えるイノベーション」を目指す若者たちです。それに対して会社の「管理職」は、彼ら/彼女たちの創造を手助けし、創造物の権利関係を定め、流通や配信、利用を管理し、収益を回収して分配する仕事をしています。

「管理職」は市場の潤滑油であり、その存在がなければどのような創造行為もたちまち行き詰まり、空中分解してしまうでしょう。

■ホワイトカラーの「みじめだ」という嘆き

グローバル市場が巨大化し、複雑化するにつれて、さまざまな国籍の文化的・歴史的・宗教的に多様な市場参加者の利害が交錯し、「管理職」の役割はますます重要になると同時に細分化されていきます。その結果皮肉なことに、誰のためになんの仕事をしているのかわからなくなってしまうのです。業務にかかわる膨大な契約の一部に携わるコーポレート・ロイヤーなどは、その典型でしょう。

このように考えれば、「この世界になにひとつ貢献しておらず、とてつもなくみじめだ」という嘆きの意味がわかります。しかしそれでもこの仕事は必要であり、だからこそ高い報酬が支払われるのです。

■ムダな会議が永遠になくならない理由

こうした事情は、日本のサラリーマンにはよくわかるでしょう。大手企業では業務全体に占める会議の割合は20%ちかくにもなるとのデータがあり、経営者は「ムダな会議をやめろ」と号令をかけますが、それでも一向に減りません。

橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)
橘玲『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)

これはブルシットジョブそのものですが、しかし会議をやめてしまうと部門間の調整などがうまくいかず、業務が滞ってしまうからまた復活するのです。「資本主義の陰謀」で無意味な仕事がつくりだされているのではなく、周囲だけでなく本人ですら「無意味」と思っている仕事にも、なくなってしまうと困る理由があるから存在しているのです(たぶん)。

グレーバーはアナキストなので、ホワイトカラーの仕事の多くは「ブルシット」だが、世間一般で「ブルシット」と思われるバスの運転手や看護師、清掃係は直接的に社会に貢献している「エッセンシャルジョブ」だといいます。たしかにそうかもしれませんが、問題なのは、こうした仕事が(訓練を受ければ)多くのひとが従事できることです。

それに対して、いくら「ブルシット」でもコーポレート・ロイヤーになるには高度な資格が必要になります。この需要と供給の法則によって、「社会に貢献している仕事が低賃金で、なにも貢献していない(と本人が思っている)仕事は高報酬」ということになるのです。

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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。

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(作家 橘 玲)

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