老母は100万円を払って、死後の送付を頼んだ…絶縁した娘に宛てた「恨みの手紙」の中身
プレジデントオンライン / 2022年4月23日 15時15分
※本稿は、橘さつき『絶縁家族 終焉のとき 試される「家族」の絆』(さくら舎)の一部を再編集したものです。
■費用目安は100万円…「契約家族」に注目が集まるワケ
生前契約のパイオニア的存在である「NPOりすシステム」を訪ねた。りすシステムのりす(Liss)はLiving・support・service(生活支援サービス)の略称である。同法人の前身は1990年に設立された「もやいの会」。
「もやいの会」はお墓の維持に困っている人や、入るお墓がなくて悩んでいる人に「家族」「血縁」「宗教」「国籍」などの垣根を越え、自らの意思で「終のすみか」を決めておき、死後納骨できる合葬墓「もやいの碑」を運営している団体である。
その合葬墓「もやいの碑」に入る墓友の集まり「もやいの会」の会員の要望から、「りすシステム」は1993年に日本で初めて生前契約を受託する法人として発足した。
2000年には契約により行った仕事の確認とお金の支払い役として「NPO日本生前契約等決済機構」を設立し、同年に「りすシステム」は生前契約の受託機関としてNPOに組織変更をした。以来“「契約家族」契約”の先駆けとして全国に支部を広げている。
気になる費用は、死後事務の基本料金が50万円。入院や施設入居の保証人など生前の事務は必要に応じて依頼する。財産の管理や日常の話し相手、ペットの世話に墓参の代行、介護認定の立ち会い、医者選びの手伝いなどもメニューにある。申込金(5万円)に預託金、公正証書の作成費用などで、費用は100万円程度になるケースが多い。
■「生前契約」「任意後見」「死後事務」
「りすシステム」が目指すのは最後まで自分らしく生き、自己責任で死後の準備をする「21世紀型の社会保障システム」。「家族の役割引き受けます」「死後の支払い引き受けます」といった生活支援を提供している。
自立した生活を送っているときから、判断力が低下した時、そして死後にいたるまで、しっかり支援が続けられるように「契約」を結ぶことで、当法人が「契約家族」として「家族」の役割を担うというシステムだ。
契約の三本柱は「生前契約」「任意後見」「死後事務」である。
昨今、「自己責任」という言葉が乱用、誤用されている感があったが、「自己責任で死後の準備をする」という姿勢に潔さを感じ、共感を覚えた。
代表理事の杉山歩氏によると、契約者は独身、または子どもがいない夫婦が多いという。子どもがいて契約している人からは、子どもがいても海外など遠隔地に住んでいるために、もしもの時に間に合わない場合に備えて、一時的なつなぎの役割を求められることもある。
家族がいても頼りたくない、迷惑はかけたくないという人。生きている間は迷惑をかけないように、こちらでお世話になりたいが、死後のことは子どもに頼みたいという人が多い。
それを聞くと、もしかしたら子どもとは不仲なのかもしれないが、それほど深刻な断絶ではなく、子どもとの関係にまだ望みが見える人たちのような気がした。
■子どもと絶縁している契約者の「死後」をサポート
だが、中にはやはり子どもと長年絶縁していて、子どもには遺産を一切遺したくないという人もいる。子どもから暴力を振るわれた、虐待されたことを理由に絶縁しているというケースもある。子どもの連絡先を知らないという人も。
親の世話をしない子どもに遺産を一切遺したくないと親が思っても、わが国の法律で子には遺留分の相続権は保障されているから、そうはいかないのである。いくら親子が不仲で、断絶していても、それだけでは相続不適切とは認められない。そうした子どもと絶縁している契約者の生前から死後まで、同法人がすべてサポートすることになる。
その場合、契約者の希望により、同法人が遺言執行人として、契約者が亡くなった時は葬儀から納骨まで、さらに死後の諸手続き、自宅の片づけ、家の売却まですべて済ませてから、遺留分減殺請求について子どもと連絡を取り、子どもの意向を確認する。
そして要求があれば、遺留分を子どもの口座に振り込むようなこともあるという。
血を分けた親子がここまで揉めて、死後まで完全に断絶することに、殺伐としたものを感じるが、現実に起きている家族間の壮絶な争いを思うと、こうした機関の存在の必要性を改めて感じるのであった。
いろいろな家族を取材して感じるのは、親と子のうちの一人との関係がこじれた時に、親は子のきょうだいや親族を自分の味方につけて、その子どもを孤立させることが多いということだ。
このように法人の「契約家族」のサービスに頼らない家庭が必ずしも円満というわけではなく、一人の子と絶縁関係にあっても、他の子どもに頼り、死後の相続まで任せることで、外部にはその家族の亀裂が見えてこないだけなのかもしれない。
■「子どもに負担をかけたくない」という依頼者
高齢化に伴い、親子で契約をする人も増えてきた。
70代の子と90代の親の場合、子が契約のキーパーソンとなって、もしも親より先立つことや、自分が認知症になったときの場合に備えて、契約を結んでおくという。これはこれからの時代の切実な問題である。
80代の親と50代の子の親子関係と、70代の親と40代、30代の子の親子関係は大きく意識が違うことを、ここでも聞いた。
40代以下の世代では、親の介護をして看取る意識がかなり薄くなっている。世代間の意識の違いがまたこれからの家族の問題を変えていくだろう。
りすシステムで契約をすると、「私のおぼえがき」を作成し、公正証書による契約へと進む。「私のおぼえがき」を基に、契約者の希望に沿ったサポートがされる仕組みだ。ペットの処遇やデジタル記録の消去、死後の形見分けまで、きめ細かいサポートは多岐にわたる。
同法人のホームページを見ていたら、「死後事務の内容」でライフスタイルや価値観に応じて自由に追加できるという「自由選択型死後事務」の欄に、「死後もお世話になった方へのお祝いや香典などの社会参加の代理・代行」とあったのが気になった。
■依頼者の孫にランドセルを贈ることも…
これについて杉山氏に聞いてみると、「ご自身が亡くなった後に、お孫さんにランドセルを贈る方がいらっしゃいました。残念だけど、自分はそれまで生きていられないからと。私どもで代行して、お孫さんの入学時に『おじい様から、これでランドセルを買ってくださいと、お渡しするように頼まれております』とお祝い金をお送りさせていただきました」と語り、さらに続けた。
「他には、ご自身の三十三回忌までを頼まれた方もいらっしゃいましたね。この方はお子さんがいらっしゃらない方でしたが。もうすでに私どもで十三回忌のご供養をさせていただいております」
「子どもと絶縁している契約者さんで、このサービスを利用して、死後に子どもと和解につながるようなお手紙などを託された方はいらっしゃらないですか?」と聞いてみると、「それはないですね。でも、そういう使い方もあるんですね。ぜひ、このサービスを、そういうふうにお使いいただけると嬉しいです」という答えが返ってきた。
■絶縁した娘に遺した「恨みの手紙」に書かれていたこと
絶縁している親で、子どもとの和解に歩み寄る努力をしている人の話をほとんど聞かない。最期まで子ども側が歩み寄るのを待っているようだ。
死後に、絶縁した娘宛てに長い手紙を遺した母親がいた。その手紙は彼女が娘から受けた傷がどれほど深いものであったかを訴える、恨みの手紙だった。
他のきょうだいに遺した手紙にはその娘にされたことが詳細に書き遺されていたが、娘に聞くとまったくのデタラメで、母親は死後まで自分を正当化するためにありもしないことを「呪いの手紙」に書き遺して、逝ったのだという。
その手紙の話が、心に突き刺さっていた。その母はなぜ、そこまでして死んだのだろう? その手紙が母という人の立場を良くすると思っていたのだろうか?
母親が我が子たちに遺した手紙が、きょうだい間の確執をさらに深めたのは言うまでもない。
■殺伐とした印象だった「契約家族」だが…
生前に長く親と絶縁関係にある人が、親の死で、それまでの確執をすぐに水に流すのは難しい。もし死後すぐに手紙を渡しても、読まれずに破棄されてしまうかもしれない。
でも、死後5年後、あるいは10年後なら、年を重ねた子どもの気持ちにも変化が見られるのではないだろうか?
こうしたサービスを利用して、生前に伝えられなかった親の思いを手紙に託すのも、これからの時代に希望をつなげるものだと思った。ただ、前述の母親の手紙のように、恨みつらみを死後に届く手紙に書いてあの世に旅立つのだけは自重したい。
死後に遺された家族がさらに揉めるようなことは慎みたい。手紙というものは後々まで残る。たとえ破り捨てられても、読んだ人の心にいつまでも残るものだ。
シニア世代は晩年をどう生きるかが試されている気がする。
わかり合えなかった子どもを恨み、子孫を呪う先祖になるのか、今生の哀しみを自分の胸に秘めてあの世に逝き、子孫の幸せを祈る先祖になるのか?
あなたはどちらを望むだろうか。
「契約家族」という言葉に今までは正直なところ、なにか殺伐とした印象をぬぐえなかったが、契約者自身がこうした生前契約を上手く自分に合った活用をしていくことで、子どもに負担をかけずに、最期まで自分らしく、自己責任で人生を修め、あの世に逝くことが出来るのではないかと感じた。
「契約家族」の契約が、子ども世代の負担を減らし、家族を分断するのではなく、家族を繋げるような役割を果たしてくれることを期待したい。
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日本葬送文化学会常任理事、ライター
1961年、東京に生まれる。早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。日本葬送文化学会常任理事。自身に起きた問題をきっかけに、問題を抱えた家族の葬送を取材、活動。「これからの家族の在り方と葬送」をテーマに執筆を続けている
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(日本葬送文化学会常任理事、ライター 橘 さつき)
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