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「うんち君は今にも泣き出しそう」生き物として当然のことなのに、うんちを恥ずかしがる人間はおかしい

プレジデントオンライン / 2022年6月14日 13時15分

出典=『うんち学入門』

「うんち」にはどんな役割があるのか。北海道大学大学院の増田隆一教授は「人間は排泄物を遠ざけて生活しているが、動物たちは生き残るためにコミュニケーションの道具として活用している」という。増田教授の著書『うんち学入門』(ブルーバックス)から、エミルダとうんち君の物語をお届けする――。(第2回)

■ただの排泄物ではない…動物たちの「うんち」の活用術

「動物の『うんち』は、個体間のコミュニケーションで具体的にどんなふうに利用されているの?」

うんち君の問いかけに、ミエルダが答えます。

「たとえば、仲間を集めるために『うんち』が使われているよ」

「えっ? 『うんち』で仲間を集める……? いったいどんな生き物が?」

うんち君は首を傾げています。

「これまでに知られているそうした生き物の代表は『ゴキブリ』だ。なかでも家屋の中に住んでいる小型のチャバネゴキブリの『うんち』に、仲間を引き寄せる物質が含まれていることが最初にわかったんだ」

「その物質は集合フェロモンと名づけられた。落とされた『うんち』に集合フェロモンが含まれているために、そのにおいをキャッチした同じチャバネゴキブリの別の個体が、においの発生源である『うんち』のところにやってくるんだ」

■1匹のゴキブリが集団を作り出すカラクリ

ゴキブリは通常、物の隙間の薄暗い場所に好んですんでいます。

夜間にはエサを求めて単独で行動しますが、最初に隠れ家の隙間へやってきたゴキブリがそこで「うんち」をすると、その「うんち」から発せられた集合フェロモンによって、別の個体がやってきます。

その次にやってきたゴキブリが排泄した「うんち」にも集合フェロモンが含まれているため、次々と他の個体を呼び寄せ、集団を形成することになります。このように、集団形成のために個体を集合させる物質であることから、集合フェロモンとよばれるようになりました。

フェロモンとは、動物の個体で合成されて体外に分泌・放出され、同種の他個体に強い生理活性作用を起こす化学物質のことです。

カイコガの性フェロモンとして初めて発見され、カイコガの学名(ボンビックス・モリ)にちなんで「ボンビコール」と名づけられました。

体内で合成される量はごくわずかなので、その化学的な性質を調べるために膨大な試料が使用されたといわれています。

よく似た言葉にホルモンがあります。ホルモンとは、個体の中の分泌腺で合成され、血中に分泌された後に血流で運ばれ、個体内の他の器官に生理活性作用を引き起こす化学物質です。つまり、ホルモンは自分の体内ではたらく一方、フェロモンは同種の他個体にはたらく物質なのです。

フェロモンもまた、分泌腺で合成・分泌されます。チャバネゴキブリの集合フェロモンは、後腸にある器官から分泌されると考えられています。最近では、ゴキブリの腸内細菌の一部が集合フェロモンを合成・放出しているという研究報告もあります。

■集合フェロモンは同種の仲間しか感知できない

「その集合フェロモンのにおいは、誰でも感知できるの?」

ミエルダは腕組みをして答えます。

「いい質問だ。そこがフェロモンのいちばんの特徴なのだが、フェロモンは同種のゴキブリにしか感知できないんだ。たとえば、ヒトはそのにおいを感知できないし、たとえ何かにおいを感じたとしても、ゴキブリの『うんち』をめがけて集まる行動を起こすことはない。フェロモンはあくまでも同種のみにはたらき、仲間うちだけに同じような行動を引き起こす物質なんだ」

「どのようにして、同じ種の個体どうしだけが反応するの?」

「う~ん、これは少し難しい質問だね。まず、他個体の『うんち』から発せられた集合フェロモンをキャッチする必要がある。そのため、ゴキブリの触角には集合フェロモンのみを受け取ることができる受容細胞が並んでいるんだ」

通常、このような受容細胞の細胞膜には、タンパク質でできた受容体が並んでいます。それら受容体に、空中を漂ってきたフェロモンが結合することによって受容細胞内で変化が起こり、信号が発せられます。

その信号は神経線維を伝わって脳に伝えられ、脳でその情報が処理されます。続いてその情報が出力をおこなう運動神経に伝えられ、運動器官である脚の筋肉を収縮させて、集合場所への移動行動を引き起こすのです。

【図表1】ゴキブリの「うんち」から発せられる集合フェロモンが他の個体を次々に誘引する
出典=『うんち学入門』
【図表2】嗅細胞の表面にある嗅覚受容体
出典=『うんち学入門』

集合場所である「うんち」にたどり着いた個体の中でも集合フェロモンが分泌され、その集合フェロモンを含んだ新たな「うんち」が落とされる。その「うんち」が、さらに別の個体を引きつける……という連鎖が起こります。ミエルダに戻しましょう。

■ゴキブリの進化を支えた「うんち」

「集団が形成されれば交尾がおこなわれ、次の世代を生み出すことができる。たとえ天敵に襲われても、群れでいることで集団として生き延びる可能性が高くなる。このような集合フェロモンに発する一連の行動は、個々のゴキブリが生まれた後の経験から習得したものではなく、生まれる前から備わっている生得的行動なんだ。これは、ゴキブリが進化する過程で形成されたものだろう」

うんち君は驚いたようです。

「え⁈ ゴキブリは触角で、自分たちのフェロモンだけを感知しているんだ。イヌとは違った方法で、嗅覚を発達させてきたんだね。そして、ゴキブリのフェロモンによる集合行動は、進化の過程で備わったもの……。その一連の行動のなかで、『うんち』は最初の引き金となるフェロモンの運搬役として重要な役割を果たしている。『うんち』ってすごいなあ」

触角はよくアンテナに喩えられますが、フェロモンをキャッチするゴキブリの触角は、いわば人間社会でラジオのアンテナを使ってキャッチできる複数の電波のうち、特定の周波数の電波のみを音声として情報処理するようなもの、といえるかもしれません。

ミエルダがうんち君に同意しています。

「ゴキブリはきわめて能動的な『うんち』を排泄しているんだ。それによって、集団や種の存続にもつながっている。『うんち』は確かにすごい存在だ」

■カバの「うんち」活用法

ミエルダがさらに話を広げました。

「『うんち』には別の使い方もあるよ。たとえば、動物が『なわばり』を示す際にも『うんち』が使われることがあるんだ。なわばりとは、他の個体が入ってくることを許さない占有地域のことだ」

たとえば、アフリカに生息しているカバは、水辺から上がると「うんち」を排泄しながら、短い尾を震わせて「うんち」を四方へ撒(ま)き散らします。「うんち」を使って自身のにおいを周囲に漂わせ、なわばりを示す行動です。

池にいるカバ
写真=iStock.com/Maxlevoyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Maxlevoyou

同様に、野生の食肉類の仲間は、石や倒木などの目立つ場所に「うんち」をして、そのにおいによって自らのなわばりを示します。

一方、イルカやクジラなどの海生哺乳類も個体間でのコミュニケーションをとっていますが、水中に暮らす彼らにとって、におい物質を体外に放出しても水流ですぐに流されるため、化学物質を介した情報伝達の効率はきわめて悪いと考えられます。

他方、水中における音の振動速度は速いため、イルカやクジラの仲間は、超音波を用いたエコーロケーションや鳴き声を使って、遠距離の個体のあいだでコミュニケーションをとっています。

■ネコの「うんち」活用法

最近の研究では、イエネコのうんちの中に「なわばりを示す物質」が含まれていることが報告されています。その物質は硫黄を含んだ揮発性の化合物で、性フェロモンとしてもはたらき、メスはその「うんち」がオスのものかどうかを識別します。

さらに、ネコの「うんち」に含まれている種々の脂肪酸の割合が個体ごとに異なり、他の個体はそれを感知して個体識別していると考えられています。尿に含まれる成分も、重要なはたらきをしています。

猫のトイレにいる子猫
写真=iStock.com/BiancaGrueneberg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BiancaGrueneberg

また、散歩をしている最中のイヌが、電柱や大きな石に尿をかけたり、からだをこすりつけたりすることがありますが、これも、なわばりを主張するにおい付けの行動です。ペットになったイヌも野生の名残で、「なわばり」を示す行動をとるのです。

イヌではまた、足の裏の肉球にあるエクリン腺(汗腺の一つ)からのにおい物質を地面に擦りつけて、その砂を周囲に撒き散らす行動が知られています。これもまた、なわばりを示していると考えられています。

■においやフェロモンでコミュニケーションをとっている

一方、においを隠すような動物の行動も見られます。

たとえば、ネコが砂場で「うんち」をした際には、後ろ足で「うんち」に砂をかけて隠すことがあります。これは、なわばりを示すこととは反対に、「うんち」のにおいを消すことで、自分の存在を周囲に知らせないためだと考えられています。

天敵には自身の存在を知られたくないし、獲物に対しても自らの存在を隠したいのでしょう。そのような場合には「うんち」のにおいは邪魔になり、砂をかけて隠蔽(いんぺい)する行動をとることになると考えられます。

これもまた、においが自身の存在を示すシグナル、すなわち「分身」となっていることの証拠の一つです。うんち君が感心しています。

「動物は相手の姿を見ずとも、においやフェロモンをシグナルとして使って、個体間のコミュニケーションをはかっているんだね。そして都合が悪い時には、そのにおいを遮断して存在を隠すようにしている。そういう行動のなかで、『うんち』の果たす役割がとても重要なんだね」

■暮らしから消えた「うんち」…ヒトはどう利用してきたのか

「動物たちが積極的に仲間とのコミュニケーションに『うんち』を活用することを見てきたけれど、最後に一風変わった例を確認しておくことにしよう。ホモ・サピエンス、すなわちヒトだ」

うんち君には、ミエルダの口調が少し変わったように感じられました。

現生人類は約20万年前にアフリカで進化し、その後、アフリカを出た集団がユーラシアから新大陸、太平洋の島々へと拡散して、地球上のすみずみにまで生活圏を広げて現在の社会を形成してきました。当初、狩猟・遊牧生活を送っていたヒトは、やがて野生動物の家畜化を開始します。

「ヒトも家畜も、野外で『うんち』をしながら移動生活をしていた。野外に排泄された『うんち』は、植物の栄養源になる。ヒトは移動しながら、ときに同じ場所に戻ってくると、その間に、前の滞在中に排泄した『うんち』によって植物が繁茂し、その恵みを受けることもあったに違いない。当時のヒトはおそらく、すでに『うんち』によるコミュニケーションをとることはなくなっていただろうが、『うんち』が植物を育て、その恵みを得るという循環を生み出していたと推測される」

ミエルダの話に、うんち君が継ぎ穂をします。

「でも、やがて人間社会は狩猟・遊牧生活から農耕・定住生活へと向かったんですよね」

■かつては農地の肥料として重宝されたが…

狩猟・遊牧生活においては、「うんち」はまばらに野外に排泄され、そのまま放置しても特に問題は起きなかったでしょう。やがて始まった農耕・定住生活では、それ以前に比べ、ある程度限られた空間のなかで集中的に「うんち」が排泄されることになります。

トラクターのある風景
写真=iStock.com/Aramyan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aramyan

ヒトや家畜の「うんち」は、農地の肥料として利用されるようになりますが、社会が発展し、特定の地域に人口が集中しはじめると、「うんち」の量は農地の肥料にする許容量を超え、処理しきれなくなっていったと考えられます。

こうして社会問題となった大量の「うんち」は、居住地から離れた場所へ移動させるようになっていきます。かつての日本では、農地に使用される肥料として、個々の農家で「うんち」が利用されていました。

「うんち」を蓄積する肥溜は、農村風景に当たり前のように溶け込んでいたものです。現在では、人工的に合成された化学肥料がそれに代わり、「うんち」の利用はほとんどなくなりました。

さらに都市化が進むと、大量の「うんち」は「下水処理」によって廃棄されていく運命をたどることになります。水洗トイレの開発・普及も進み、「うんち」は排泄後、すぐに流されるようになりました。

その結果、今や個人が自身の「うんち」に向き合う時間はなくなったばかりか、社会として「うんち」を有効利用するという機会がなくなりつつあるのです。

■いじめ、消臭剤、流水音…うんちを遠ざける人間たち

「現代では、ヒトは排泄した『うんち』とはほとんど関わりをもっていないんですね……」

ため息をついたうんち君に、ミエルダがうなずき返します。

「そうだね。ただ、皮肉なことも起こっているんだ。ヒトは一見、『うんち』となるべく関係がないように生活しているけれど、じつは『うんち』を排泄することに関して、野生動物には見られない社会問題が引き起こされているんだよ」

「社会問題?」

増田隆一『うんち学入門』(ブルーバックス)
増田隆一『うんち学入門』(ブルーバックス)

「そうなんだ。その一つとして、子どもが学校のトイレで『うんち』をしづらいということが挙げられる。学校のトイレで排便したことが校内で周囲に知れると、子どもの社会ではいじめの対象になることがあるようなんだ。また、公衆トイレなどでは、排便時の音が他者に聞こえないよう、音楽や水流音を流していることもある。さらには、『うんち』のにおいを消す目的で、いろいろな消臭剤が販売されていたりするんだ。これらはどれも、ヒト特有の『うんちを遠ざける』行動といっていいだろう」

うんち君の表情が曇り、今にも泣きだしそうな雰囲気です。

「『うんち』をすることは生き物として当然のことなのに、どうしてそれをいじめの対象にするんだろう? 僕には全然、理解できないよ。『うんちがどのようにしてできてくるか』を知りさえすれば、においあってこその『うんち』の重要性もわかるはずなのに……」

■「うんち」を遠ざける必要はない

「まったくそのとおりだね、うんち君。でも、さらに別の問題もあるんだ。成人でも、職場等の人間関係によるストレスに起因する自律神経系の不調によって消化管のはたらきに支障を来し、ストレス性の下痢や便秘になることが知られているんだ。野生動物の社会では、まず見られない現象だ」

「人間社会では『うんち』が積極的に利用されることはなくなり、他者に向けたコミュニケーション情報として機能することがなくなったのはよく理解できる。でも、『うんち』からの情報を消し去ったり、精神的に『うんち』を排泄しづらい環境が生じているなんて、どう考えても行き過ぎだ……。ヒトは、『うんち』の大切さをもっと知る必要がありますね」

うんち君は、人間社会における「うんち」の扱いやとらえられ方を知って、考え込んでしまいました。しかし、さらに広い視野から「うんち」の役割を考えていくことで、問題解決の糸口が見つかるかもしれません。

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増田 隆一(ますだ・りゅういち)
北海道大学大学院 理学研究院 教授
1960年、岐阜県生まれ。北海道大学大学院修了(理学博士)。アメリカ国立がん研究所(NCI)研究員等を経て、現職。2019年度日本動物学会賞、日本哺乳類学会賞を受賞。著書に、『哺乳類の生物地理学』(東京大学出版会)、『ユーラシア動物紀行』(岩波新書)、『ヒグマ学への招待』(北海道大学出版会・編著)、『日本の食肉類』(東京大学出版会・編著)、『生物学』(医学書院・共著)など多数。

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(北海道大学大学院 理学研究院 教授 増田 隆一)

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