1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

プーチンと親しく、LGBTは大嫌い…そんな「ハンガリーのトランプ」が17年間も首相を続けられるワケ

プレジデントオンライン / 2022年8月2日 11時15分

2022年7月28日、オーストリア・ウィーンのオーストリア首相官邸でオーストリアのネハンマー首相と会談後、共同記者会見に臨むハンガリーのヴィクトル・オルバン首相 - 写真=EPA/時事通信フォト

今年4月、ハンガリーの総選挙で右派の与党が勝利し、オルバン首相が4選を決めた。オルバン首相はロシアのプーチン大統領と親しく、EUの加盟国でありながら、ロシアへのエネルギー制裁に反発している。なぜ多くの国民が支持するのか。今年3月と6月にハンガリーを訪ねたジャーナリストの増田ユリヤさんに、池上彰さんが聞く――。(連載第5回)

■EU各国ではガソリン価格が高騰しているが…

【増田】ロシアによるウクライナ侵攻、そのロシアに対する経済制裁によって、先進国を中心にロシア産原油の取引停止や供給不安が高まり、原油の価格が高騰しています。日本でも2020年7月に1リットル当たり130円程度だったレギュラーガソリンの価格が、2022年7月25日には170.4円まで上がってしまいました。

企業や国民の生活に大きな影響を与えていますが、政府は有効な施策を打てていません。

私はこの6月末に、東欧のハンガリーやスロバキアを取材してきました。ハンガリーでは原油高に対してガソリン価格の上限を決め、5月26日に「一度に50リットルまで、1リットル当たり480フォリントで販売する」と宣言し、翌日から実行しました。480フォリントは、現在のレートで言うと大体160円くらいです。

EU(欧州連合)各国は税制の問題や脱炭素政策の推進などもあり、ガソリン価格はもともと高かったうえに、ウクライナ事態でさらに高騰しています。イギリスではレギュラーガソリンがリッター当たり300円を超えるまでになってしまっていると報じられています。

■ハンガリーの車だけはガソリン価格が安くなる

【増田】原油価格上限が決められたことでハンガリーのガソリン価格が周囲の国々よりも安くなったため、他国からハンガリーにガソリンを入れに来る、あるいは安く買って自国で高く売ろうとする人々が出てくる可能性もありました。

ヨーロッパ諸国には、加盟国圏内を自由に行き来できるシェンゲン協定があり、ハンガリーも加盟していますから、放っておけば隣接する国々から、どんどんハンガリーにガソリンを求める客が殺到していまいます。そこで、この価格が適用されるのはハンガリーに登録されている車両のみと決め、ナンバープレートで見分けて対象外の車両に対しては、市場価格で売るという方法を取っています。

【池上】EUは統一のナンバープレートを使っていますが、EUのマークの横に「H」などとどの国の車両化を区別する記号がついているんですよね。だからプレートを見れば、どこの車両かすぐにわかるわけです。

■「自国の利益第一」が政策のモットー

【増田】この原油価格に上限を設けることを決めたのが、オルバン・ヴィクトル首相(59歳)です。1998年に初めて首相となり、2002年にいったん下野していますが、2010年に再選。その後は2022年まで連続4回の勝利を重ね、首相在任は通算で17年目という長期政権を敷いています。

トランプ前大統領自身が手法をまねたとされているほどで、「ハンガリーのトランプ」などと言われています。実際、トランプ氏はオルバン首相の強硬な移民政策を称賛しています。ハンガリーは2015年に中東や北アフリカから移民・難民がヨーロッパに押し寄せた時には真っ先に受け入れを拒否したんです。

EUと足並みをそろえてロシアに対する制裁に参加するとはしながらも、自国の利益はしっかり守ることを第一としているのがハンガリーのスタンスです。私は今年の3月にもハンガリーへ取材に行きましたが、4月3日に行われた国民議会選挙でも、元々行ってきたロシアからの天然ガスや原油の輸入をやめるか否かも争点になっていました。

4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、野党連合の統一首相候補だったマルキザイ氏に増田氏が取材。
写真提供=増田ユリヤ
4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、野党連合の統一首相候補だったマルキザイ氏に増田氏が取材。 - 写真提供=増田ユリヤ

当初はEUに対して「制裁に参加します」と、ある意味「いい顔」を見せながらも、エネルギー制裁には反発し、オルバン首相自ら国民に「安心せよ」とFacebookで直接呼びかけていました。ハンガリーは天然ガスと原油のほとんどをロシアに依存していますから、ロシアからの輸入を止めれば経済的な打撃が避けられないというのです。親ロ派とも言われてきたオルバン首相でしたが、ウクライナ有事があっても選挙は圧勝。

■「オルバンは弱者の気持ちを分かっている」

【増田】ハンガリーはウクライナと隣接しているため、戦火を逃れてきたウクライナ難民を多く受け入れてもいますが、一方で6月末に取材に訪れた際には、ロシアによる侵略そのものに対する関心は薄れてきているような印象でした。報道も減ってきていますし、やはり関心があるのはガソリンの高騰や日々の生活など「自分たちの身の回りのこと」。取材中も、出てくるのは「オルバンはうまくやっている」という評価の声でした。

首相として5期目ともなれば、選挙を経ているとはいっても「独裁ではないか」という批判が出てもおかしくないところ、ハンガリーの少なくない人たちはむしろ「オルバンはエリートが理想を語っているのとは違う、われわれ生活者、弱者の気持ちを分かってくれている」と評価しているのです。

実際、社会福祉は充実しています。例えばアレルギーのある子供には、保育所での特別な食事も、医療費も、すべて無料になるんだそうです。もちろん批判はありますが、子育て世代が暮らしやすいような施策は打っている。4人以上の子どもを産んだ女性は、一生、所得税を免除する「生涯免除」を導入したり。抑えるところは抑えているので「うまくやっている」という評価になるのでしょう。

■「消費税」は27%だが、国民の不満は聞こえず

【池上】福祉が充実している、となると税金の高さが気になりますね。

【増田】日本で言う「消費税」にあたる「付加価値税」の標準税率は27%、とこれだけ聞くと驚くのですが、穀物や小麦などを使用した製品、乳製品などは18%、牛乳、卵、鶏肉、豚肉、魚などの食品、医療品、本、飲食店での食事、インターネット接続サービス、新築住宅など特定の品物・サービスに関しては5%に軽減されています

取材中に、「税金が高くて困っている」というような不満の声は聞きませんでしたし、話題にも出ませんでした。

4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、オルバン首相率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」を支持するハンガリー国民に増田氏が取材。
写真提供=増田ユリヤ
4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、オルバン首相率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」を支持するハンガリー国民に増田氏が取材。 - 写真提供=増田ユリヤ
4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、マルキザイ氏率いる6党による野党連合を支持するハンガリー国民に増田氏が取材。
写真提供=増田ユリヤ
4月3日に行われたハンガリー議会選挙で、マルキザイ氏率いる6党による野党連合を支持するハンガリー国民に増田氏が取材。 - 写真提供=増田ユリヤ

オルバン政権になって、経済成長が著しいことも影響しているかもしれません。2012年にはマイナスだった経済成長が、以降、約2~5%の成長を続け、2020年はコロナで一時的に落ち込んだものの、2021年は実に7%を超える経済成長率を達成しました。

■中国との深い関係が経済成長のカギ

【池上】ハンガリーの経済成長の理由はなんでしょうか。

【増田】理由の一つは、中国との関係です。この6月にも、中国パソコン大手のレノボが欧州で初めてハンガリーに設立した工場が稼働し始めました。オルバンは中国との関係を深めており、中国の名門である復旦大学のブダペストキャンパスを誘致してもいます。

しかし中国の大学は学費が高いから、結局は欧州に通う中国人学生が通うだけで、地元の人間には何の益もないのではないか、とか、あるいは当初の設立資金は中国が出してくれるけれど、結果的にはハンガリーが負担することになるのではないか、という懸念があり、現地では反対運動も起きています。

その先頭に立っているのが首都ブダペストのカラーチョニ・ゲルゲイ市長で、市内の道路に「香港自由通り」などと中国の嫌がる名前をつけて、「復旦大学・ブダペストキャンパス誘致反対」の姿勢を強く打ち出しています。ただ、政策としての中国傾斜は、オルバン首相に対する直接の批判にはつながっていません。

■同性愛について話すことを禁じる“反LGBT法”

【増田】オルバン首相はほかにも、「ハンガリーという国では、多様性を認める必要はない」と言い放ちました。LGBTなど性的少数者の権利を認める必要はない、とし、男の子同士が仲良くしている場面がある絵本を販売した書店に罰金が科せられるという事態になりました。

「この本には通常とは異なる表現がある」という表示がなかったための罰金、つまり「R18指定」のような表示がないのが違反だ、という理由だったのですが、昨年6月、子どもへの教育の場などで、同性愛や性転換に関わる情報を伝えることを禁じる新法(反LGBT法)が成立したことが影響しています。とはいえ、表立ってLGBTを批判したり、反LGBT法を適用したりすることもありませんでした。

その後、反LGBT法が改正されて、こうした内容の表現物(18歳未満向け)は禁止するという内容が盛り込まれました。ハンガリーは、基本的にカトリックの教えを重んじる国柄ということもありますが、これに対しても国民から強い反対の声は上がっていません。

ハンガリー議会選挙に際して、多様性に関する国民投票が行われた。「未成年者に対して性転換手術(性別適合手術)を広めることに賛成しますか」など答えにくい設問が並んだ。写真のポスターはその際に町中に貼られていたもので、「子どもを守ろう」とだけ書いてある。
撮影=増田ユリヤ
ハンガリー議会選挙に際して、多様性に関する国民投票が行われた。「未成年者に対して性転換手術(性別適合手術)を広めることに賛成しますか」など答えにくい設問が並んだ。写真のポスターはその際に町中に貼られていたもので、「子どもを守ろう」とだけ書いてある。 - 撮影=増田ユリヤ

【池上】国際社会の多様化推進の流れに、明らかに逆行しています。7月15日、欧州委員会は、この新法が性的少数者の基本的権利を侵害しているなどとして、EU司法裁判所に提訴すると発表しています。

【増田】ハンガリーの中でも、都市部か郊外や農村部かでかなり国民の感覚も違っている面はあると思います。また、「同性間の恋愛や、体の性と心の性が違う人たちをあえて否定もしないけれど、歓迎しろと言われるとそれは違う」というくらいの感覚の方が、郊外の、特に高齢者には多いのではないでしょうか。実際、オルバン首相が再選された国民議会選挙でも、野党が勝ったのはブダペストをはじめとした都市部の地域だけでした。

また、オルバン首相は行政区画の名前を、昔の呼び名に戻そうという政策も進めています。日本でいえば、現在の都道府県を藩や「武蔵国」「越後国」といった旧国名に戻そうというような運動です。国民は「何を言い出したんだろう、首相は」とあきれているようで、「昔に戻って、オルバン自身が王宮にでも入るつもりなのか」という批判も出てはいます。

しかしこうした時代錯誤的な発言や政策が決定的な支持率の低下につながっていないのは、やはり経済成長、もっと言えば国民生活の向上に関しては実現しているからではないでしょうか。ガソリン定額制をはじめ、国民生活への目配りも重要だと改めて思います。

----------

池上 彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト
1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京工業大学特命教授など。計9大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』など著書多数。

----------

----------

増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。日本テレビ「世界一受けたい授業」に歴史や地理の先生として出演のほか、現在コメンテーターとしてテレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」などで活躍。日本と世界のさまざまな問題の現場を幅広く取材・執筆している。著書に『新しい「教育格差」』(講談社現代新書)、『教育立国フィンランド流 教師の育て方』(岩波書店)、『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)など。

----------

(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ 構成=梶原麻衣子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください