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本当に2208億円で足りるのか…「イージスシステム搭載艦」を新造する防衛省に根本的に欠けている視点

プレジデントオンライン / 2023年1月13日 13時15分

護衛艦こんごう型(2013年6月12日) - 写真=朝雲新聞/時事通信フォト

2023年度予算案における防衛費が前年の約1.3倍に膨らんでいる。その中には新造するイージスシステム搭載艦の整備費として2208億円が含まれる。元海上自衛隊自衛艦隊司令官の香田洋二氏は「イージスアショアの地上配備が困難になったため、イージスシステム搭載艦に仕様変更されたが、詳細の説明がない。本当に2208億円で足りるのだろうか」という――。

※本稿は、香田洋二『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「イージス艦」と「イージスシステム搭載艦」は何が違うのか

イージスシステム搭載艦とは、防衛省が秋田県と山口県で進めていた地上配備型弾道ミサイル迎撃システム「イージスアショア」の配備計画を断念したことを受け、その代替手段として選ばれた装備計画だ。

「イージス艦」という名前は、いろいろなところで報道されているので、聞き覚えがある方も多いと思う。ただ、これに「イージスアショア」とか「イージスシステム搭載艦」などが加わると、何がどう違うか混乱する方もいるかもしれない。防衛問題に強い関心がある読者はすでにご承知のことかとは思うが、イージスシステム搭載艦の問題点を明らかにする前に、「イージスシステム」「イージス艦」「イージスアショア」「イージスシステム搭載艦」について、少し詳しく説明しておきたい。

「イージスシステム」とは、米海軍の開発した防空システムで、4方向に設置された3次元のレーダーにより多数の目標物、敵などを探索できるシステムだ。

■陸上での配備が困難になったために代替システムが生まれた

「イージス艦」は、このシステムを搭載した艦艇で、海上交通の安全確保に当たる護衛艦隊群の防空中枢艦として整備された。

「イージスアショア」とはイージス艦の陸上版にあたる。特徴は陸上に根を張った固定基地に配備したイージスシステムによる、弾道ミサイル防衛を中心とした広範囲の国土の防空である。広範囲とは本システム2基で北海道から南西諸島全体をカバーできると防衛省は説明している。

「イージスシステム搭載艦」とは、イージスアショアの我が国内配備が困難となった事態への代替のシステムである。陸上に「根を張った」イージスアショアとは異なり、イージスアショアと同じ性能のシステムを大型艦に搭載、つまり洋上を移動しながら我が国土の広範囲の防空に当たるものと考えられるが、細部の構想を防衛省は公表していない。今後もまだまだ細部が変化することも考えられる。

■抜本的な仕様変更でコストが上がるも説明はなし

ここで、イージスシステム搭載艦レーダーの仕様変更について補足説明が必要となる。現在想定しているレーダーは、本来陸上システムとして防衛省が選定したものであり、そのまま運用環境が大きく異なる洋上で使用できないため大きな仕様変更が必要となった。現在はこの仕様変更に応じたレーダーは製造中とされている。この仕様変更はこれまで何回か論議された価格上昇と技術リスクの一因と考えられるが、これまた防衛省の説明はない。

ちなみに、艦上システムをそのまま陸上に転用する米海軍のイージスアショアは、運用環境が厳しい海上から、相対的に「穏やかな」陸上への転用であり、仕様変更の規模は、防衛省構想のイージスシステム搭載艦よりもはるかに小さいことは確実である。

■イージス艦導入に向けた研究は1983年に始まった

さて、実をいうと、私はイージス艦一番艦の導入に担当者としてかかわっている。

海上幕僚監部でイージス艦の導入に向けた事前研究作業を始めたのは1983年ごろだったと記憶している。当時のソ連軍はマッハ3級の超音速ミサイル(注:これは今話題の極超音速対艦ミサイルとは異なる、高速であるが通常の対艦ミサイル)や超音速爆撃機バックファイア、最新鋭の電子妨害機の導入を進めており、当時海上自衛隊が配備を進めていた従来のミサイル護衛艦では対処が難しいと目されていた。

このため、新たなミサイル護衛艦として検討対象にしたのがアメリカで開発され、当時一番艦が就役したばかりのイージス艦だった。

■喉から手が出るほど欲しかったアメリカの最新システム

イージス艦の中核となるイージスシステムはアメリカが開発したもので、フェーズドアレイレーダーと当時最新のデジタルコンピュータを使用した高度な情報処理・射撃指揮システムにより、200を超える対空目標を追尾し、10個以上の目標を同時攻撃する能力を持つ。このシステムの総称が、ギリシャ神話の最後の防御の砦となる「盾」を意味するイージスであり、これを搭載した巡洋艦と駆逐艦をイージス艦と呼称した。

当時「超」高性能であったイージス艦は、海上自衛隊からすれば喉から手が出るほど欲しい艦だったが、高価格とアメリカの最新技術保護政策に照らせば、対日売却提供は難しいと思われた。このような中、アメリカ政府がイージスシステムを我が国へ売却してくれそうだということで、1984年に防衛庁に「洋上防空態勢プロジェクト」を設置し、本格的な検討が始まった。

防衛庁がプロジェクトを設置したのは、イージス艦導入のような一大プロジェクトの事業化は内幕一体でしっかり疑問点や実現の可能性を詰めて事業の精度を高めた上で、以後の予算要求作業を進めるためである。当時の内局と海上幕僚監部の責任感と決意の表れであった。

■「鬼」と思うほど厳しい態度だった大蔵省担当者

その後、1987年に行われたイージス艦一番艦の予算要求に対する大蔵省(現財務省)側の極めて厳しい説明要求は担当筆者にとって「鬼」とさえ思えるものもあった。簡単に首を縦に振ってもらえるような案件ではなかった。例年の一般的な要求説明の倍以上の時間が経過したが、大蔵省担当者の厳しい態度からは、イージス艦導入の前途に光明は見えなかった。

大蔵省も前例のない高性能かつ高額装備導入の可否を判断する上で、導入を認めた場合には後に控える国会審議と、主権者であり納税者でもある国民に対する予算査定機関としての強い責任感があったことは、説明を担当した筆者にも強く理解することができた。

当時は、米ソが対立する冷戦時代のど真ん中、つまり中国の脅威はほとんど意識されていなかった。そのころは、アメリカにとっても、日本にとっても、ソ連が最大の脅威であったが、防衛庁・自衛隊にとって深刻な「脅威」は他にもあった。当時の大蔵省と野党第一党の社会党だ。

■一番艦「こんごう」の建造まで足掛け6年を費やした

ひょっとすると、若い人はびっくりするかもしれない。当時の野党第一党は、自衛隊の存在を堂々と憲法違反だと主張していた。しかも、安全保障政策は「非武装・中立」だ。つまり、軍隊はおろか自衛隊さえ持ってはいけないし、アメリカと同盟を組んでもいけない。非武装・中立を貫いていれば日本は侵略されることもないし、世界は平和になるという考え方だ。

当然ながら、社会党はことあるごとに防衛予算に噛みついた。少しでも甘いところがある予算要求などは最初から予算審議さえしてもらえない。我々海上幕僚監部も、そういう緊張感の中で予算を要求しなければならなかった。

そんな時代状況の中で、大蔵省への説明を難儀の末に何とかクリアして、政府予算案決定、次いで国会審議を経てイージス艦建造予算が認められた。イージス艦一番艦「こんごう」の建造が始まったのは1988年度であり、米政府の内諾を得てから本艦建造開始までの期間は、足掛け6年を費やしたことになる。

■世間が納得する説明ができるよう、予算の理屈を組み立てた

ここで最後まで大蔵省が徹底的に詰めたことは、防衛効率の問題だ。どれぐらいの予算を投入したら、どれぐらいの効果が得られるか、という事である。防空能力を高めるためにイージス艦に替えて従来のミサイル護衛艦の増勢ではだめなのか。あるいは戦闘機の追加購入で洋上防空能力は上がらないのか、といったことを厳しく問われた。国会審議で追及された際には、当然ながら世間一般が納得できる説明が求められる。

国会議事堂
写真=iStock.com/SeanPavonePhoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SeanPavonePhoto

たとえば、イージス艦は当時1隻1500億円だとして、2隻購入すれば3000億円になる。F15戦闘機は1機100億円だから、イージス艦2隻分の3000億円を費やせば30機になる。そのF15を配備して防空態勢を取るとして、2カ月ぐらい作戦を行えばどうなるか。F15の作戦効率を1とすれば、イージス艦は1.2になる。

これに加えて維持経費などを考えると、F15の全経費を1とした場合にイージス艦は0.7で済むというような、事の性格上公表ができない性能に関わる秘密情報には触れない形でイージス艦導入の正当性を、主として費用対効果の相対比較結果で示すことにした。そこに我々の知恵があった。

■現在の防衛省の予算要求には緊張感が足りていない

香田洋二『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(中公新書ラクレ)
香田洋二『防衛省に告ぐ 元自衛隊現場トップが明かす防衛行政の失態』(中公新書ラクレ)

こうしたことを澱みなく証明できるデータをまとめるために延々と作業を行った。徹夜が続くこともある。スタッフの疲労も限界に達する。

だが、当時は自衛隊が憲法違反と批判された時代だから、そこまで準備しなければならなかった。同時にそのような澱みのない説明をするのが防衛組織として当然という雰囲気も強かった。国民に対する責任感でもあった。

そういう経験をした人間からすると、今の予算編成、特に防衛省の予算要求が本当にそこまで詰めたものなのか、疑問に感じざるを得ない。それは端的に言って「説明していない」のではなく、相対評価も併用した作業を行っていない結果として「説明できない」ということではないのか。

■緊張感が薄らぐ中で“背広組”に任せていていいのか

冷戦時代のような保革対立の緊張感が薄らぐ中で、戦闘のプロたる自衛官を予算査定から排除し続けていれば、イージス艦一番艦のような、あらゆるデータを駆使した比較結果に基づくきちんとした説明ができるはずもない。

ここで念のためにあえて説明すると、筆者が当時行ったことは、防衛庁内の予算案審議で、イージスシステムの有効性と必要性を庁内向きに説明すること。また、大蔵省に予算要求する防衛庁の背広組の担当者に陪席し、担当者になり替わって説明することであった。つまり、内幕一体の対大蔵省説明といえども、予算の査定そのものには全く関係していなかったのが実態である。

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香田 洋二(こうだ・ようじ)
元・海上自衛隊自衛艦隊司令官
1949年、徳島県生まれ。72年防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。92年米海軍大学指揮課程修了。統合幕僚会議事務局長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官などを歴任し、2008年退官。09年~11年ハーバード大学アジアセンター上席研究員。著書に『賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門』『北朝鮮がアメリカと戦争する日』(ともに幻冬舎新書)がある。

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(元・海上自衛隊自衛艦隊司令官 香田 洋二)

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