「今から行くから待ってろコラ!」電話のあと本当に来社したモンスタークレーマーを撃退した意外なひと言
プレジデントオンライン / 2023年5月1日 10時15分
※本稿は、草下シンヤ『怒られの作法』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
■「この写真は掲載していいなんて言ってない」
自分の無知や過失で相手を傷つけてしまったときは、誠心誠意謝ることが大切です。ただ現実には「知りませんでした」「申し訳ありませんでした」だけでは済まないケースもあります。特にビジネスで実害が生じたときは、真心を尽くすよりも金を払って解決したほうがいいこともあります。
私が編集を担当した本に『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』があります。著者の國友公司さんが約2カ月半、大阪の西成区のあいりん地区で実際に働きながら住人や労働者の実態をレポートした本なのですが、出版するにあたってこんなトラブルがありました。
本書には、「西成の案内人」としてサカモトという人物が登場します。実際に著者が西成を案内してもらった人で、全5章のうち丸々1章登場する重要な人物です。
サカモトさんは取材にとても協力的で、「自分のこと書いていいよ」「写真も載っけていいよ」と言ってくださいました。おかげでとてもスムーズに取材を進められたのですが、本の発売後に、そのサカモトさんから抗議の電話がかかってきたのです。
「ここに写ってるの、俺だ。この写真は掲載していいなんて言ってない」
サカモトさんが指摘してきたのは、本の冒頭に掲載した西成の街路を撮った写真でした。よく見ると、夜道を歩いている後ろ姿の人物が写っており、たしかにサカモトさんのようでした。
著者に確認したところ、サカモトさんが言うように、この写真については掲載許可をもらっていなかったようです。その時点で著者はサカモトさんにめちゃめちゃ怒られていて、どう対処すればいいのかわからない様子でした。
■適正な対価によって良好な関係を築ける場合も
正直、これは微妙だなと思いました。ほかの写真はよくて、この写真がだめな理由が判然としなかったためです。ただ、このときはサカモトさんとよく話したうえで、モデル料をお支払いすることにしました。
こちらが「写真撮ってもいいって言いましたよね」と主張すれば、突っぱねることもできたでしょう。ただ一方で、掲載許可を取っていなかったのは本当のことですし、サカモトさんも不当に金を巻き上げてやろうという意図があったわけではありません。何より、サカモトさんの協力があったからこそ、この本ができたのは間違いないのです。
その後、サカモトさんは丸山ゴンザレスとやっているユーチューブ番組の取材にも協力してくれています。また、モデル料をお支払いするときに念書を書いてもらったことで、『ルポ西成』を文庫化するときも問題なく写真を使うことができました。適正な対価や賠償金は、良好な人間関係を続けていくうえで、時に必要になることも確かです。
■謝罪と並行して事実確認を進めていく
問題なのは、相手から脅迫されたときです。
たとえば私の場合、記事や本を読んだ裏社会の人間から、「お前のせいで決まっていた仕事が飛んだじゃねぇか」とか「記事が出たことで組織にいられなくなった、どうしてくれんだ」といったクレームの電話を受けることが少なくありません。
こうした脅迫めいたクレームを受けたときは、基本的にわからないことには応じないことです。その時点では相手が一方的に言っているだけで裏が取れない。「1000万の仕事が飛んだ」と言われても、額を盛っているかもしれないし、そもそもそんな仕事自体ないかもしれない。従って、その場で相手の要求に安易に応じてはいけません。
私なら、ひとまず相手をクールダウンさせるために「迷惑をかけてしまったのなら申し訳ないです」と謝ります。ただ、これはあくまで相手の感情を鎮めるためです。そこから「失礼ですが、あなたが訴えていることが本当かどうか確かめさせてください」とひとつひとつ事実確認をしていきます。
相手は「てめえ、俺のこと疑ってんのか」と詰めてきますが、「そうではなく、本当に実害を与えてしまったのなら謝罪したい。でも現時点では証拠がないので対応の仕様がないんです。だから客観的な証拠を示してもらえませんか」とお願いを繰り返します(ほとんどの場合そんな証拠はありませんが……)。
■「傷つけられた! 責任を取れ!」
謝罪するときに最も注意しなければならないのは、相手に主従関係を強いられ、一方的に要求を飲まざるを得ない状況に追い込まれてしまうことです。
相手に不快な思いをさせたのなら、それについては謝らなければなりません。しかしそれはあくまで心情面での話です。たとえこちらに非があっても、法外な金を要求していい理由にはなりません。あくまで正常な範囲で、こちらの要望も伝えながら適正なリカバリーの方法を探るべきです。相手の怒りの感情には謝意で、実害に対してはエビデンスでと、切り分けて対応していく必要があります。
電話やメールで脅迫されるだけでなく、怒った相手が実際に会社に乗り込んできたこともあります。
ある日会社に、1本のクレーム電話がかかってきました。「俺はオダカってもんだ!」と名乗るその男は、「お前の会社が出した本のせいで傷つけられた! 責任を取れ!」と訴えてきました。
彩図社では、2010年に『毒のいきもの』という世界の猛毒生物をイラストとユーモアを交えた文章で紹介する本を出しました。その中に「まるでキャバ嬢みたいな生態だ」と解説している部分があるのですが、どうやらオダカはその表現にむかついたようです。
■「もう電車に乗って会社に向かっている」
「あのな、俺の女はキャバ嬢なんだよ。俺の女、馬鹿にしてんのかコラ。これって職業差別だよな?」と言いがかりをつけてきました。
正直「この人は何を言ってるんだろう」と思いましたが、無視するわけにもいきません。私は「そんな意図は全くありません」と丁寧に説明をしました。しかしオダカの怒りは収まりません。「納得いかねぇよ! 今から会社に行くから待ってろコラ!」と声を荒らげます。
「今どこにいるんですか?」と聞くと、「もう電車に乗って会社に向かっている」と言います。音声に耳を澄ますと、たしかに電車のレール音やアナウンス音が聞こえてくる。「あ、これは本当に来るな」と思いました。「あと20~30分で着く」ということだったので、私は一旦電話を切って対策を練ることにしました。
こんなことで実際に会社に乗り込んでくるのは、ある意味クレイジーです。「話が通じない相手かもしれない」と覚悟しました。さすがにチャカは持ってこないだろうけど、ナイフで刺されたり、ガソリンをまいて火をつけられたりする可能性はある。そこでほかの社員には「男がきたら俺が対応するから、何かあったら逃げて警察を呼ぶなりしてくれ」と頼み、念のため非常階段のほうに避難させました。
■非常階段を駆け上がり名前を叫んだ20代男性
当時、会社は雑居ビルの3階にあり、来るのであればエレベーターに乗ってくるはずです。一体どんなやつがくるのだろう。私は半ばワクワクしながら、エレベーターの前で男を待っていました。
すると背後から急に「ドンドンドンドンッ!」とドアを叩く音が聞こえました。オダカはなぜか非常階段を駆け上がってきたのです。「何で⁉」と思いましたが、危険を避けるため急いで社員をエレベーターのほうに避難させて、私は非常階段のドアを開けました。
目の前には、20代後半ぐらいの金髪をしたチンピラ風の男が立っていました。男は入ってくるなり、いきなり叫びました。
「オダカが来たぞーー‼」
その時点で「何で名前を叫ぶの?」と私は面白くなってしまったのですが、オダカは真剣です。言いたいことがあってせっかく来てもらったのだから、話ぐらいは聞かないと失礼だと思い直し、「どうぞこちらに」と迎え入れました。
当時、非常階段は全く使われておらず、消防法的にあまりよくないことですが、ドアの脇には仮眠用のベッドや大量の用紙が積まれていました。そのため通路の幅がとても狭かったのですが、オダカは気にせずオラオラ歩くので、肘がベッドの上に積んでいた用紙に当たり崩れ落ちてしまいました。
■常習的に出版社を恐喝していたクレーマーだった
するとオダカは「何でこんなところに紙を置いてんだよッ‼」といきなりキレてきました。
「いやいや、おかしいでしょ。あなたが落としたんだから拾ってくださいよ」
私は冷静にオダカをたしなめました。
「ちゃんと紙を戻したら話をしましょう」
そう言うと、オダカは「なにっ⁉」と威圧しながらも紙を拾って戻していました。それからオダカを応接室に通して向かい合って話したのですが、席についた時点でしゅんと小さくなっているのがわかりました。一応「どこが問題だと思いましたか?」と話は聞いたのですが、オダカに電話のような勢いはありません。
そこで「こちらには表現の自由もあるし、決してキャバ嬢を馬鹿にしているわけではないんです。ユーモアで書いているだけなので、あなたに責められる筋合いもないと思います」ということを丁寧に伝えました。
するとオダカは「そうですね」とあっさり引き下がりました。そして「草下さんを見た瞬間、こりゃ無理だなってわかりました」と白旗を上げたのです。
よくよく話を聞いてみると、オダカは本に書かれている内容にクレームをつけて色んな出版社を恐喝していたようです。驚くべきことに、実際に金を出した出版社もあったのだとか。オダカは高校卒業後、美容師になりたくてニューヨークにあるヴィダルサスーンの美容室に行ったはいいものの、結局雇ってもらえず、帰国した後は無職で金に困っていたそうです。それで出版社にクレームを入れたらたまたま金が手に入った。それ以来、こうした脅迫行為を繰り返しているということでした。
■「無理なものは無理」とわからせるべき
「いやそれは犯罪だからやっちゃだめだよ、やめなよ」
私がたしなめると、オダカはさらにしゅんとなっていました。私は何だかいたたまれない気持ちになってきました。
「オダカくん、お腹減ってるの?」
「はい」
「飯、食いに行く?」
「はい!」
というわけで、最後は2人で飯を食って、この騒動は幕引きとなりました。
ちょっとオモシロ話になってしまいましたが、実はこの騒動にも、謝るときに守るべきポイントが詰まっています。
クレームが入ったり、怒られたりしたときは、とりあえず謝っておくという人も多いと思います。繰り返しになりますが、相手が気分を害していることは事実なので、最初にクッション言葉的に謝るのはアリです。ただ、相手を「いい気分」にさせるために謝るわけではありません。気分を害さないことばかりに気を取られると、相手の術中に自らはまってしまいます。
先ほどのオダカの件で言うと、オダカに「落とした紙を拾わせる」のは絶対に譲れないポイントでした。なぜかというと、「いくら怒っても無理なものは無理」であることをわからせるためです。
■感情的な被害にお金を払ってはいけない
謝っているときは心理的に劣勢に立たされるため、つい相手の理不尽な要求や行いを受け入れてしまいがちです。たとえば机を叩いたり、書類をばらまいたり、椅子を蹴飛ばしたりと、脅迫してくる相手ほどそうした“演出”を入れてきます。雰囲気に飲まれてこうした横暴を受け入れてしまうと、相手からは「こいつは押せば要求を飲むな」と思われてしまうわけです。
そのためこちらに非がある場合でも、問題に直接関係ないことで責められたときは、ひとつひとつ訂正したり注意したりすることが大切です。「書類を片付けてください」「椅子を蹴らないでください」と当たり前のことを冷静に伝えるだけで、「こいつに無理は通らないな」と思わせることができます。
それからもう1つのポイントは、「傷つけられた」という訴えには金を払ってはいけないということです。
感情と利害の座標軸で言うと、相手はこちらの感情に訴えることで利益を得ようとしてきます。これは被害者の立場を装って加害行為をしてくる、ある種の“弱者マウンティング”です。罪悪感がある分、無碍(むげ)には断りにくいところがたちが悪い。
しかし相手がどれだけ傷ついたのかという「程度」は、立証の仕様がありません。10万円払えば納得する場合もあれば、1000万円でも足りないことだってあり得る。客観的には判断できないため、結局は相手の言い値になってしまいます。
従って、定性的、感情的な被害に対しては、金銭で解決を図るのは適切ではありません。それで相手が不服に思う場合は、それこそ司法の場で第三者に判断してもらえばいいのです。
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作家、漫画原作者
1978年、静岡県出身。彩図社書籍編集長。『ルポ西成』『売春島』『怒羅権と私』『雑草で酔う』『悪党の詩 D.O自伝』など多くの作品を手掛ける。著書に『裏のハローワーク』『半グレ』『常識として知っておきたい裏社会』(共著)など。そのほか漫画原作に『ハスリンボーイ』『 私刑執行人』など、取材協力に『ごくちゅう!』などがある。YouTubeチャンネル「丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー」のプロデューサーとしても活躍。
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(作家、漫画原作者 草下 シンヤ)
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