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「安倍晋三」「徳川家康」級だと500万円超…「戒名」がバカ高い値段で売りさばかれる仏教界の罰当たりなカラクリ

プレジデントオンライン / 2023年5月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuuji

■自分が死んだ後の「名前」はどんなものがいいか?

戒名不要論が広がってきている。

戒名とは、あの世における故人の名前である。現在では死後に与えられることが通例になっているが、近頃はこの戒名を高額で「販売」する寺があり、トラブルを招くケースもある。また、「ジェンダーレス」の時代において、男女の区別がある戒名を望まない人々が出現。「俗名(本名)のままでよい」とする事例も増えている。戒名制度は、いまの時代にどうあるべきなのか。1000年以上の歴史を有する戒名が、いま岐路に立っている――。

戒名は、その起源や定義、付け方など宗派や地域によって異なるので、一概にこうあるべきと言えないところがある。古くは生前、仏門に帰依した証しとして、僧侶が授けていた。現在では菩提寺の住職が訃報を受けると、急いで考案し、枕経や通夜で授与することがほとんどである。

戒名授与は人生における「最後の通過儀礼」としての役割を果たしているが、その運用をめぐって、人々の意識との間に乖離(かいり)が起きていることは否めない。乖離の要因のひとつは、戒名に「グレード(階級)」がある点である。

まず、戒名の構造を説明しよう。本稿では浄土真宗以外の宗派の戒名について述べる(浄土真宗系宗派では「釈○○」と、3字の法名=浄土真宗では戒名とは呼ばない、が通例で、男女の別もない)。

一般的に戒名は、字数の多さに比例して、グレードが高いと思われているようだ。戒名の基本形は2字だ。その下に位号と呼ばれる「信士・信女」「居士・大姉」などが付けられる。中世以降、支配階級や僧侶によって戒名の字数が増やされていく。貴族や武士、あるいはその夫人らに対して、「院」「院殿」「誉」「大居士」「清大姉」などの格式の高い戒名が与えられた。

例えば、徳川家康の戒名を例にして、解説してみる。家康の戒名は「安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士」だ。いかにも格が高そうだが、本来の戒名の部分は「道和」の2文字である。

「院殿(いんでん)」は、位階で「従三位」以上の大名に与えられる特別な称号だ。

「蓮社(れんじゃ)」は、現在では浄土宗僧侶に付けられるものであり、家康が浄土宗の念仏信者であったことを示している。

「誉(よ)」は、五重相伝という儀式を受けた者に与えられる。

ほかの武将の戒名をみれば、織田信長は「総見院殿贈大相国一品泰巌大居士」、豊臣秀吉は「国泰祐松院殿霊山俊龍大居士」である。

ちなみに明智光秀は「秀岳宗光禅定門」(他にも多数あり)、石田三成は「江東院正軸因公大禅定門」と、位号が「禅定門」となっている。禅定門(尼)は主に、関西で使われる戒名だ。「居士(大姉)」に準じる、もしくはその下位にあたる戒名とされる。天下人と、権力闘争に敗れた者の差が、死後の格差となって表れている。

■安倍元首相は将軍並の「紫雲院殿政誉清浄晋寿大居士」

近年では、非業の死を遂げた安倍晋三元首相は「紫雲院殿政誉清浄晋寿大居士」と付けられた。いまは武家社会ではないので、「院殿」は用いられないのが本来だ。だが、安倍氏に与えられた位階が「従一位」であったことで、「将軍並み」の戒名になったのかもしれない。

元都知事で2022年2月に亡くなった石原慎太郎元都知事(位階は正三位)の戒名は、「海陽院文政慎栄居士」だ。「院殿」は付いていないが、海と太陽をイメージし、さらに文学と政治の要素が盛り込まれた石原氏らしい戒名といえる。

著名人の戒名は、石原氏のような「○○院○○○○居士(女性の場合は大姉)」のパターンが多い。昭和に活躍した著名人の例を挙げてみよう(敬称略)。

石原裕次郎「陽光院天真寛裕大居士」
美空ひばり「茲唱院美空日和清大姉」
坂本九「天真院九心玄聲居士」

著名人の中にはユニークな戒名もある。

大島渚氏は「大喝無量居士」。大島氏はかつて、テレビ討論番組で「バカヤロー」などと、大声で相手を叱責することが少なくなかった。作家の野坂昭如氏とパーティーの席上で殴り合いの喧嘩をしたことも、よく知られたエピソードだ。大島氏とやりあった野坂氏のほうは「戒名などいらない」とし、付けられていない。

遺言によって戒名を拒否したのは、ほかにも作家の白洲次郎氏、俳優の渥美清氏らがいる。

黒い机の上に、菊の花、数珠、香典が載っている
写真=iStock.com/kf4851
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kf4851

落語家の立川談志氏は生前に自ら、戒名を付けていた。「立川雲黒斎家元勝手居士」。読み方は「たてかわ・うんこくさい・いえもと・かって・こじ」。「うんこくさい」との、自虐的な戒名は一見、掟破りで異色の戒名のように思えるが、割と多い。

しかしながら、通常は戒名に用いられる字は、経典の中の言葉や、花鳥風月を連想するもの、故人の趣味や性格、さらには俗名などから、バランスよく選ばれるべきである。したがって、住職には言葉選びのセンスが問われることはもちろん、生前戒名の場合には本人、あるいは遺族には「その戒名を付けた意味」を説明する義務がある。

その上で「戒名料」を取るのは、是か非か、を論じたい。

■戒名代は「院殿大居士」なら推定500万円

複数の葬祭業のホームページをみると、宗派・ランク別の戒名が書かれ、「戒名代」の目安が記されている。あるサイトだと、「居士・大姉の目安が30万〜80万円」「院居士・院大姉の目安が100万円〜」とある。

また別の寺のサイトでは「院号居士が推定60万円」「院号大居士が推定200万円」「院殿大居士が推定500万円」などとある。

これらをみると、戒名がグレードごとに「販売」されている実態がよくわかる。しかし、「目安」や「万円〜」「推定」などが添えられているのをみても、戒名料には明確な基準がないことがわかる。

庶民に「院殿大居士」などの戒名が付けられたとしても、あまりにアンバランスだ。だが、カネさえ払えばそうした位の高い戒名が得られているのが現状である。

住職のほうから、「先祖代々の戒名には院・居士がついているから、今回も同等の戒名を付ける。その際のお布施は○○万円」などと、半ば強制的にグレードの高い戒名を要求するケースもあると聞く。半世紀ほど前であれば、高位の戒名がもらえることは名誉であったかもしれないが、現代では戒名にこだわらない人のほうが多いのではないか。

なぜ、戒名が切り売りされているのか。

理由のひとつに、かつてバブル期に芸能人の戒名が高額で取引きされ、その金額が報じられたことで、「戒名の販売」が一般化したことが挙げられる。

タレントが亡くなった際に、芸能プロダクション側が「戒名料は高くてもよいので、最高ランクの戒名を付けてほしい」などと大寺院に申し出るケースだ。あるいは、著名人や政治家の死亡時に、寺院側が“忖度(そんたく)”して過剰に高い位の戒名を付けてしまうケースもある。

ここで、あえて言いたい。戒名は、販売対象では決してないということ。ネットなどで戒名の料金を明示することも、やってはいけないことだ。

なぜなら「院」や「居士」は、信仰に篤く特別な儀式を受けた信者や、長きにわたって寺を護持してきた檀家に対して付けられるものであるからだ。したがって、菩提寺と関係性のない者にたいして、「戒名を売る」という行為自体が間違っている。住職も仮に檀信徒から高位の戒名を頼まれたとしても、多額の布施と引き換え、ということは慎むべきだ。

それに、院号居士がついた戒名だからといって、「死後の扱い」が優遇されるわけでもあるまい。

著名人への「戒名販売」が、なし崩し的に庶民の世界に広がり、恒常化していった面は否めない。戒名自体は必要なものかもしれないが、戒名に「差」を付けたことで弊害が生まれた。平等や寛容、慈悲をとなえる仏教にあって、仏法と矛盾した戒名の階級をなくすことを、検討する時機にきているのではないか。

■ジェンダーレスの時代に戒名はどうあるべきか

いや、私は戒名自体が近い将来、なくなってしまう可能性すらあると考える。それは、ジェンダーレスの時代が到来しているからである。

先述のように戒名は、浄土真宗以外は男女で分けられている。たとえば男性ならば、「信士」「禅定門」「居士」などの位号が付けられる。女性では「信女」「禅定尼」「大姉」などだ。

また、これまで、戒名を付ける際には「男らしい」「女らしい」文字を取り入れることが多かった。たとえば、男性ならば「雄」「岳」「山」など。女性ならば、「室」「操」「淑」などである。

しかし、LGBTQの人や、その遺族であれば「生まれた時の性は男性だが、女性として生きてきた。だから、女性の戒名を付けてほしい(あるいはその逆)」と、戸籍上の性とは別の戒名を望むケースが考えられる。

理解がある住職であれば、施主の要望に応え、ジェンダー上の性別の戒名を付けてくれることだろう。しかし、LGBTQの人に対する偏見を抱える住職が対応した場合、悲劇が起きる可能性がある。

仮に住職が、「戸籍上の性別の戒名を付けるのが当たり前。一族の墓には、同性カップルは入れないよ」などと答えようものなら、LGBTQの人を苦しめることになりかねない。

それは仏教者としての資質を問われかねない問題にもなると同時に、「墓じまい」や「離檀」を加速させる要因にもなりうる。

本来、戒名は故人と遺された者、あるいは菩提寺とを結び付ける、有益なコミュニケーションツールでもある。しかし、現場の寺院での運用が適切ではないがゆえに、さまざまな軋轢を生むもとにもなっている。仮に戒名の習わしを継続させるとしても、高額で販売するなどもってのほか。宗門は末寺に対する指導を徹底するとともに、仏教界は現代社会に対応した柔軟な戒名の運用を考えていくべきだ。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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