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首相を狙うのは「頭のネジの外れた人間」だけなのか…実行犯にみる「ぼんやりとした動機」の恐ろしさ

プレジデントオンライン / 2023年5月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Motortion

■首相を狙う人間は、本当に2人しかいないのか

「山上と、ウチの隆ちゃん。一億分の二だよ。まぁ隆ちゃんは、宗教がどうとか、そういうのはないけどね。ただ、あんなことをする奴なんて、どこかしら頭のネジが外れているんよ」

こう週刊文春(4月27日号)に話したのは、4月15日の午前、衆議院和歌山一区補選の応援のため、雑賀崎(さいかざき)漁協の応援演説会場に駆けつけた岸田文雄首相を狙って、パイプ爆弾のようなものを投げつけ、逮捕された木村隆二容疑者(24)の実父である。

「一億分の二」というのは、昨年7月に安倍晋三元首相を手作りの銃で狙撃し、命を奪った山上徹也被告と、今回の事件を起こした息子のことをいっている。

父親は、こうした頭のネジが外れた人間はめったに出てこないという意味でいっているのだろうが、果たしてそうだろうか。私はこの言葉がものすごく気になっている。

その前に、木村隆二容疑者について見てみよう。

和歌山県和歌山市、紀伊水道に面した雑賀崎市は、〈紀伊国の/雑賀の浦に出で見れば/海人の燈火/波の間ゆ見ゆ〉と万葉集にも歌われた歴史ある地である。最近ではイタリアの景勝地になぞらえ“日本のアマルフィ”とも称されるという。

そんな静かな港町に4月15日の昼前、耳をろうする爆発音が鳴り響いたのだ。

■木村容疑者はどんな人間だったのか

岸田首相(65)は小雨が降る中、候補者の応援のため、演説会場となった漁港を訪れていた。だが、スピーチへと移る直前、爆発物が投げ込まれて炸裂した。集まった約200人の聴衆から悲鳴が上がり、現場は大混乱に陥った。

警視庁のSPや和歌山県警警備部は、誰より先に危険排除へ動き出すべきだったが、出足は鈍かったという。

彼らの代わりに爆弾犯の身柄を取り押さえにかかったのが2人の漁師だった。その一人、寺井政見さん(67)は週刊新潮(4月27日号)にこう話している。

「船の板子一枚、下は地獄。せやから、わしらは助け合っとる。(今回も)仲間が犯人に飛びつくのを見て、お手伝いしただけや。(それに)悪いことをやった人は捕まえなあかんからな。それだけのことや」

漁師らの協力を得て和歌山県警が威力業務妨害の容疑で現行犯逮捕した木村隆二は、手提げカバンの中に刃渡り13センチの果物ナイフもしのばせていたという。

木村容疑者は、兵庫県川西市の閑静な住宅街に建つ一軒家で母親(53)と姉(28)、学年がひとつ違いの兄(25)たちと暮らしていた。

父親は赤帽の配送業者として、兵庫県内の製麺会社に出入りして配送を担当していたという。仕事は夜がメインだったが、仕事ぶりは至極真面目だったそうだ。母親は百貨店の美容部員をしていたこともあったという。

その後父親は赤帽をやめて個人で配送業を始めたそうだ。末っ子の隆二は父親っ子だったという。

■被選挙権が25歳からなのは「憲法違反」と主張

中学時代はソフトテニス部に所属したが、うまいほうではなかったようだ。成績も中の中、目立たないタイプだった。

「兄弟仲も良く、不良でも優等生でもない読書好きの少年」(文春)だったが、クラスメートからからかわれたこともあってか、次第に不登校気味になっていったという。

地元の県立高校に入るが、いつしか姿を見せなくなったそうだ。父親はそんな末っ子に厳しく当たり、度を越した罵声を浴びせて警察が駆け付けたことがあったという。

それから以降、家から父親の姿が見えなくなったそうだ。一方、木村は引きこもるでもなく、家庭内暴力をふるうでもなく、母親と庭仕事をしながら仲睦まじく話している姿が目撃されていたという。

母親は生活を支えるために仕事に打ち込んでいるため、暇を持て余した木村が目を向けたのが「政治」だったといわれる。

新潮によれば、

「“政治”には強い執着を見せていた。

『木村は昨年9月、川西市で開かれた市議会議員の市政報告会に現れ、そこで自民党の大串正樹衆院議員(比例近畿)に“市議選に出たいが、被選挙権が25歳からなので出られない”“(24歳以下では選挙に出られないのは)憲法違反なので被選挙権(を得られる年齢)を引き下げるべきだ”などと訴えていたことがわかっています』(社会部デスク)

加えて、驚きの行動も。

■この短絡さがとても気になる

『昨年6月には、年齢制限や供託金300万円が用意できなかったことを理由に参院選への出馬を阻まれたのは不当だと主張し、代理人弁護士をつけない「本人訴訟」で国を提訴。請求が退けられるも控訴しており、5月25日に判決が出る予定です』(同)

裁判の過程で現行の選挙制度を批判し、木村容疑者は書面でこんな主張に及んでいる。

〈政治家が国民のために存在しない(原文ママ)に至ったのは制限選挙を続けてきたからである〉
〈故安倍晋三の様な既存政治家が、政治家であり続けられたのは、旧統一教会の様なカルト団体、組織票をもつ団体と癒着していたからである〉」

報じられていることが事実なら、選挙に出たいのに年齢制限や供託金を300万円も用意しなくてはいけないのは憲法違反だと訴えたが退けられたから、首相の命を狙ったというのである。

弁護士を付けずに、本人が訴訟を起こしたというのだから、24歳の若者にしては政治や法律に通じているようだが、自分の考えが通らないから、この国のトップである首相の命を狙うというのはあまりにも短絡的である。

しかし私は、この短絡さがとても気になるのだ。

新潮、文春ともに木村の実父にインタビューしているが、ここは文春から引用してみよう。

■「あの安倍さんの、奈良の何とかさんと同じでしょう」

木村容疑者の父方の祖母の家を訪ねると、彼の実父が出てきたそうだ。

「そう、隆二の父親、何も話すことなんかないからね。隆ちゃんも、もう大人だから。本人がやったことでしょ。なんで親のところに来んの? あなたも人の子だったら、こんなときの親の気持ちぐらい分かるでしょ。仕事なのはわかるけど」

――そんなことをするようなお子さんではなかったと話す人も多いのですが。

「やっちゃったんだから、そんなことするようなお子さんだったんだよ。あの安倍さんの、奈良の何とかさんと同じでしょう」

容疑者の自宅近隣の取材では、両親は5年ほど前から別居中とも、すでに離婚したとも囁かれていたが、それゆえか、どこか他人事のような突き放す口調だ。

――ネット上に隆二さんについて様々なことが書かれている。事実を確認したい。

「ネットなんか誹謗中傷を好きに書いたらいいよ。それで死んじゃうだけなんだから。プロレスの(木村)花さんていたでしょ。ネットの書き込みで死んじゃった。あいつが何を考えていたかなんて知らないよ。隆ちゃんに聞いてよ」

■戦後77年間ほとんどなかった暗殺事件が立て続けに

――やはり心配ですか?

「心配じゃないわけないでしょ。こんな状況で、親なんだから。でも、事件のことなんて聞かれても、分かるわけないじゃん。あっちの家のことなんだから。(中略)

朱に交われば赤くなるっていうでしょ。ごんたくれ(関西の方言で不良の意)はごんたくれと一緒におるし、東大行くような奴は東大行くような奴と一緒におる。周りから変わるんよ。外の力って案外大きいから。だいたい爆弾なんて普段作らないよ。あんた、爆弾作ろうって思ったことある? 俺はそんなこと一度も考えたことないよ。だから、本人に聞いてよ」

そして冒頭のように「一億分の二だよ」といったというのだ。

戦後77年がたったが、安倍元首相暗殺事件が起こるまで、現職の大物政治家を狙った暗殺事件は、1960年10月に起きた浅沼稲次郎社会党党首刺殺事件と、2007年4月に伊藤一長長崎市長が市長選の選挙運動中に暴力団幹部に銃撃され死亡した事件しかなかったと記憶している。

暗がりで刃渡りの長い包丁を持つ人
写真=iStock.com/tanawit sabprasan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tanawit sabprasan

それが、7月に安倍元首相暗殺事件が起こり、それからわずか9カ月後に、現職の岸田首相が狙われる事件が起きたのだ。

山上被告は、母親から財産を奪い、自分たち子どもたちの生活を困窮させた統一教会に恨みを持っていたが、その教団ではなく、そこと関わりが深いという理由で安倍元首相を狙撃した。

■社会党党首を刺殺した少年は明確な意思を持っていた

今回の木村容疑者は逮捕後、取調官に黙秘すると告げた後、日本弁護士連合会元会長の宇都宮健児弁護士に弁護を依頼したいと訴えたという。

宇都宮弁護士は3回都知事選に出馬し、脱原発、反貧困を訴えている人権派弁護士。だが宇都宮弁護士とは連絡がつかず、地元和歌山県弁護士会所属の弁護士に決まったという。

宇都宮弁護士は文春に対して、選挙期間中に暴力で自分の意見を主張することは許されないとして、「暴力の連鎖が当たり前の社会になると民主主義や、言論を通じて物事を解決していくという原則が崩れてしまうからね」と話している。

しかし、時の首相を狙った大胆な犯行のわりには、木村の動機は判然としない。

私はそのやり方を是としないが、浅沼社会党党首を刺殺した山口二矢は当時17歳だったが、逮捕後に「日本を赤化から守りたかった」と語っているように明確な意志を持っていた。

この事件を取材して『テロルの決算』(文春文庫)を書いた沢木耕太郎は、その中でこう記している。

「二矢は十六歳になって間もなく、わずかな身の回りの品を持って家を出た。『愛国運動に挺身する』といい、浅草にある大日本愛国党の本部で寝泊まりするようになった。やがて高校も中退し、右翼の政治活動に没頭していった。愛国党の党員として十七歳の誕生日を迎え、家を出て一年が過ぎた」

■新しいテロの時代の幕開けなのかもしれない

逮捕後に山口はこう供述している。

「左翼指導者を倒せば左翼勢力をすぐ阻止できるなどとは考えていませんでしたが、これらの指導者が現在までやってきた罪悪は許すことができなく、一人を倒すことによって今後左翼指導者の行動が制限され、煽動者の甘言によって付和雷同している一般の国民が、一人でも多く覚醒してくれればそれでよいと思いました」

山口は11月2日、東京少年鑑別所で自殺した。

彼の死後、右翼の人たちに英雄視され偶像化されたためもあってか、山口に続くテロリストはその後出てこなかった。

それから60年以上たって安倍元首相暗殺事件が起こるのだが、実行犯の山上の犯行動機は、安倍元首相への直接的な憎悪でもなければ、政治的なものでもなかった。

山上被告の統一教会への怒りは理解できるが、教会は警戒が厳重だったから、警備が手薄な選挙の応援演説をしている安倍氏を狙ったという“動機”は、私には理解できない。

ましてや、自分が選挙に立候補できないからという理由で、時の宰相を狙った木村隆二の短絡的な動機は、それが本当だとしたら、新しいテロの時代の幕開けなのかもしれないと危惧するのである。

■女優のために無関係の大統領を狙撃したケースも

アメリカでは多くの大統領たちがテロに遭い、命を落としている。

その中で、銃撃されたがシークレットサービスの好判断で一命をとりとめたロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件は、今も語り継がれるほど奇跡的なものだった。

咄嗟の判断でレーガンの命を救ったジェリー・パーの『シークレットサービス レーガン大統領の命を救った男』(中央公論新社)によると、事件の当日、66人のシークレットサービスがレーガンを取り囲むように警護していたという。

インカムに手をやるボディーガード
写真=iStock.com/LightFieldStudios
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

だが、警護をあざ笑うように、銃弾はレーガンを襲った。

「最初の射撃音の時、私はすでに動いていた。『覆いかぶさり、そして脱出』。私はレーガン大統領の後ろとズボンをつかみ、右手で彼の頭を押し下げ、彼を車の中に投げた。(中略)

レーガンは倒れないよう両腕を伸ばした。彼の胸は、私の全体重がもろに乗った状態で、床の突起に激突し、頭が座席シートにぶつかった。(中略)『ここから脱出だ! 行け、行け、行け!』私は叫んだ。第一弾の発射から三秒後、大統領車は走り出した」

ホワイトハウスに向かうはずだったが、思っていたよりはるかにレーガンは重傷だった。ジェリーはとっさの判断で車を大学病院に向かわせた。これがレーガンの命を救うことになったのである。

厳重なはずの警備をすり抜け、レーガンに銃弾を撃ち込んだのはジョン・ヒンクリーだった。彼がレーガンを暗殺しようとした動機は、女優のジョディ・フォスターに対する偏執的な愛情からだった。

■「頭のネジが外れている」と非難することはたやすいが…

大学生の頃、ヒンクリーは映画『タクシードライバー』(1976年)を観て、12歳の売春婦を演じたフォスターに憧れ、何度も彼女に接触しようと試みる。それが失敗したヒンクリーは、「歴史上の人物になり、フォスターと同等の立場にたつため」に、大統領暗殺を考え始める。

最初はジミー・カーター大統領を付け狙うが、重火器所持で逮捕されてしまう。その後、精神的におかしくなり、今度はレーガンをつけ狙うようになる。

ヒンクリーは襲撃前にフォスターに手紙を2通書いたという。そして大統領専用車に乗り込もうとした瞬間のレーガンを狙撃し、左胸に命中させたのである。しかし、逮捕されたヒンクリーは、精神異常だと判断され、無罪となってしまった。

政治的信条でもなく、個人的な恨みでもなく、女優に好きになってもらうために大統領暗殺を実行する人間を、「頭のネジが外れている」と非難することはたやすい。だが、はっきりとした動機のないテロほど恐ろしいものはないのではないか。

自分が金持ちになれないのも、女優と恋愛できないのも、東大に入れないのも、みんなこの国の宰相が悪いからだと鬱屈した思いを抱いている人間が、闇サイトで手に入れた銃や爆弾で、時の首相を狙うようにならないだろうか。

■日本は今以上の監視社会になっていくのか

警察庁警備局時代に数々のテロ事件の統括責任者を務めてきた亀井静香元衆院議員は、週刊現代(4月29日号)でこう語っている。

「個人が起こすテロには対処しようがありません。どんなに警備を厚くしても、個々の気持ちや行動をすべて把握するのは不可能です。金属探知機を導入しようが、SPを増やそうが意味はない。安倍元首相や岸田首相が狙われたように、これからも政治家へテロ行為は続くでしょう」

山口二矢が浅沼を暗殺したことで、社会党は党勢を失っていった。安倍元首相を暗殺したことで、統一教会と自民党との癒着構造が白日の下にさらされ、教会と関係の深かった閣僚たちが次々に辞任し、教会にも解散命令が出されるかもしれない。

木村容疑者の事件の影響は、自分がおかしいと思うことを世間に知らしめるためには、首相を狙うのが一番効果的だと、多くの現状に不満を抱いている人間たちに思わせたことではないか。

新しい戦前が始まっているといわれる。そこは、一見動機とは思えないような動機で、テロが頻発する時代になるのかもしれない。

しかし、テロを口実に、今以上の監視社会、警察国家にしようという声が政治家たちの中から出てくるほうが、私にはもっと怖い。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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