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なぜ地方自治体のベンチャー支援はうまくいかないのか…「お役所仕事」がやりがちな"3つの大間違い"

プレジデントオンライン / 2023年5月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

なぜ地方自治体のベンチャー支援は成功例が乏しいのか。ふくい産業支援センターの岡田留理さんは「福井県は2017年から『ベンチャーピッチ』を予算化し、これまで8回の実績がある。振り返ってみると、イベントを続けられたのは、セオリーを知らず、他県のまねをしなかったからではないかと思う」という――。

■「地方」とひとくくりにできるのか

経済政策「アベノミクス」の第3の矢にあたる成長戦略を実現する施策として、全国各地でベンチャー支援が行われ始めたのは2014年ごろだ。その後の岸田内閣も、地方創生×デジタルの文脈で、地方発ベンチャーの重要性を示している。

地方発ベンチャーが注目され始めて10年近くたつが、いったいどれだけの「地方」がベンチャー支援に手応えを感じているのだろうかと、ふと思う。

ひとくくりに「地方」と言っても、そのサイズ感はさまざまだ。たとえば、名古屋市・広島市・福岡市・仙台市など、ベンチャー支援が盛り上がる「地方」は、福井に暮らす私から見ると、人口100万人超えの歴然たる大都市だ。地方というもののサイズ感は、比較対象がどこかによって大きく変わる。

サイズ感だけではない。気質や文化、抱えるボトルネックも地域ごとに独特だ。他地域の成功事例を示される中で、自分の地域にどうカスタマイズすればいいのか、手探りしている「地方」もまだまだ多いように思う。

■「社長輩出率ナンバーワン県=ベンチャーが盛ん」ではない

福井は、人口減少や少子高齢化、若者の流出などの問題を抱える、いわゆる「田舎」と呼ばれる地方県だ。人口は約75万人で、練馬区の人口とほぼ同じ。大学の数は6校で、大学生の総数は1万人弱。県内の大学生全員を集めても、早稲田大学の1学年分にも満たない人数だ。人口あたりの社長輩出率は38年間連続で全国1位(帝国データバンク福井支社2020年調査)だが、決して気鋭のスタートアップ創業が相次いでいるわけではない。

福井では繊維やメガネなど分業が進んだ地場産業が多く、家族や個人で経営する小規模事業所が多数を占める。着実安定を望む後継ぎ経営者が大半で、資金調達は銀行融資が主流。大企業と下請けという従来の系列取引関係にある中小企業が多い中、経営方針はお世辞にもベンチャーマインドが旺盛という土地柄とは言えない。

そんな福井県がベンチャー支援に着手したのは2017年。新たな事業「福井ベンチャーピッチ」を予算化し、県内の中小企業支援を担う福井県の関連団体「公益財団法人ふくい産業支援センター」がその立ち上げを託され、センター職員である私がその担当者になった。

当時の福井は、「ベンチャー不毛の地」そのものだった。担当を命じられた私自身も、ベンチャーという言葉すら知らないズブの素人。企業や企業を取り巻く自治体や金融機関、支援機関等もほとんど何の知識もなかった。

■福井はなんでそんなに元気なのか?

福井のような地方県でピッチイベントを単独開催する場合、登壇するベンチャー経営者を確保し続けることがなにより難しい。雨後のたけのこのように若いスタートアップが次々と誕生する都会とは違い、あっという間に「弾切れ状態」に陥るからだ。

そんな難易度の高いピッチイベント運営を、ズブの素人が手作りで始めようというのだから、相当に無謀な挑戦であったのは間違いない。試行錯誤を重ねながら7年が経ち、登壇者集めなど依然として厳しい状況は続いているが、「福井ベンチャーピッチ」は今年で9回目を迎える。

第3回「福井ベンチャーピッチ」の様子。2018年9月18日、福井市内。
写真=ふくい産業支援センター提供
第3回「福井ベンチャーピッチ」の様子。2018年9月18日、福井市内。 - 写真=ふくい産業支援センター提供

他の地方県からみると、ふんばって開催し続けている福井県の姿が、少し奇妙に映るのかもしれない。数年前から「福井はなんでそんなに元気なのか?」という問い合わせを全国各地からいただくようになった。

■3つの「イレギュラー」

当然ながら、福井でピッチイベントを開催し続けられているのは、「福井が元気だから」ではない。なにが正解かもわからないまま、とにかく足元を掘り続け、必死にもがいてきたというのが正直なところだ。しかしそうやって、手掛かりの無い中あれこれ試みながら進めてきた無我夢中の行動が、ピッチイベントの持続的実施につながったように思う。

福井の事例が他地域の参考になるかわからないが、今となっては結果オーライだったと感じている福井の取り組みは、以下の3つだ。

① コンサルタントに外注しなかった

2017年当時の福井県は、私を含めて知識が無さ過ぎたがゆえに、ベンチャー支援を行うことがセミナーを1つ開催する程度のライトなものだと勘違いしていた。そのため、別事業を担当するセンター職員が兼務でピッチイベントの立ち上げを担うことになったのだが、今ふり返ると、地元の人間が関わらざるを得ない状況を最初の段階でつくれたことが、地域に根差した支援体制の構築につながった。

福井のような小さな地域がベンチャー支援を継続するためのキーファクターは、華やかなイベントでも、洗練された支援スキームでもなく、主体性を持って自ら考え実行する、地域のベンチャーエコシステムのハブとなる人材だ。「地域に根差し、5~10年の中長期的スパンで伴走し続けてくれる存在ほど心強いものはない」と県内のベンチャー経営者は口々に話す。

いくら他地域の成功事例を持ち込んだところで、そこに当事者意識を持って実行し続ける地元の人間がいなければ、本質的な地域活性にはつながらない。逆に言えば、不慣れでもいいから、自ら考え行動する人の周りには、協力者が自然と集まってくるものだ。

■一般的には20代~30代前半の若手が中心だが…

② セオリーを知らなかった

2017年当時は、ピッチイベントのオンライン配信が無かった時代だ。担当者のくせに、ピッチイベント運営など他県のベンチャー支援の取り組みをほとんど見たこともなく、手掛かりはうわさを聞きかじった程度の情報だけというひどいありさまだったが、今ふり返ると、先入観を持たずに始められたことが、適切なターゲットや地域課題の発見につながった。

立ち上げ当初は、とにかく事情がわからないので、試行錯誤を重ねながらピッチイベントを開催していた。回を重ねていくうちに、どうやら福井では、都会でやっているベンチャー支援とは「支援すべきターゲット」も「解消すべきボトルネック」も全く違うということが次第にわかってきた。

一般的なベンチャー支援のターゲットゾーンは20代から30代前半の若手というイメージだが、福井の場合は30代後半から40代がメインだ。小規模ながらも10年近く事業を続け、十分な実績を積んだ段階で従来のやり方から大きくかじを切って急成長を目指す経営者が多数を占める。小粒でもビジネスモデルの収益性や信用力が高く、かつ、経営者の人格も優れているのが福井企業の特徴だ。

屋外で握手を交わすビジネスマン
写真=iStock.com/Nalinee Supapornpasupad
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nalinee Supapornpasupad

一方で、高いポテンシャルを持っているにもかかわらず、スピード感を持って成長しようという意識がやや薄い点がボトルネックになっていた。つまりは、マインドセットを大きく変えていくことが福井におけるベンチャー支援の最大のテーマだったのだ。

ターゲットや地域課題を適切に把握することなく、若い起業家の資金需要を満たすことを優先した都会のスキームをセオリー通りに持ち込んでいたら、福井におけるベンチャー支援はもしかしたら打ち上げ花火で終わっていたかもしれない。

■行政が求める短期スパンで結果を出すのは難しい

③ 大風呂敷を広げなかった

地方県でベンチャー支援に取り組もうとする場合、まずは地元の利害関係者が一堂に会してコンソーシアムを組むところからスタートしがちだが、2017年当時の福井県では、コンソーシアムを組むどころか、関心を持ってくれる人を探すことの方が困難な状況であった。周りから注目されることもないので、大風呂敷を広げるタイミングもない。必然的にスモールスタートすることになった。

行政の事業は、得てして短期スパンで結果を求められがちだ。しかし、地域のボトルネックを解消するべく手探りで事業を組み立てていくには、ある程度の時間がかかる。失敗と挑戦を繰り返さない限りは、最善の策は見いだせない。最初の段階から大きな期待を背負わせられなかったことで、状況に応じた施策を柔軟に実施することができた。

県政が刷新されるタイミングもマッチした。試行錯誤を繰り返し、ようやく事業が軌道に乗り始めた3年目の2019年4月に、イノベーション施策に理解のある杉本知事が誕生。県内発ベンチャーを応援するムードが立ち上がり、適当な時機に弾みがついた。

■7年目に入ってようやく成果が出てきた

2023年3月末、静岡県から突然、お客さまが訪ねて来られるという出来事があった。その人は2年前に静岡県西部のイノベーション事業の担当者になられたのだそう。何をどこから始めていいかわからず困っていた時に、ネット上で当センター事業の記事を発見したらしい。記事を参考に、見よう見まねでピッチイベントを立ち上げて、「もうすでに2回開催した」とうれしそうに報告してくれた。

なにが正解かもわからないまま、無我夢中で取り組んできたことを、「参考にした」と言ってくれる他地域の人に出会えるなど想像もしていなかった。その人は私にお礼を言ってくれていたが、私の方がその人から元気や勇気をいただいたのだと思う。

人けのない集落に、赤いポストがある風景
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

福井県でベンチャー支援事業を立ち上げて7年目になる。7年続けてきてやっと、上場企業が出る芽が見え始めてきたくらいの進捗(しんちょく)だ。当然ながら、当センター事業は実績として誇れる段階では決してない。しかし、福井ベンチャーピッチを定期開催できていること、そして、ここ数年で、シード期に資金調達をして成長モデルを描く若者や社長直下のポジションで活動するイントレプレナーなど、若手のチャレンジャーも登場し始めていることを鑑みると、これまでたどってきた道程は、少なくとも間違いではなかったと感じている。

地方のベンチャー支援というのは、一定の成果が出るまでには想像以上に時間がかかる。一見回り道のように見えたことが実は近道だったと発見することもあったりして、試行錯誤を繰り返す過程の中にこそヒントがあると実感する日々だ。福井ではこれからも、地域の実情に合ったベンチャー支援を一歩一歩進めていきたい。

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岡田 留理(おかだ・るり)
公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士
福井県生まれ。同志社大学卒業。特定社会保険労務士。開業社労士時代は、中小企業の顧問、労働局の総合労働相談員、人材育成コンサルタントを経験。2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入職。現在は、福井県内の創業・ベンチャー支援業務を担当している。2018年11月、近畿経済産業局が取りまとめる関西企業フロントラインにて、関西における「中小企業の頼りになる支援人材」として紹介された。(ふくい創業者育成プロジェクト http://www.s-project.biz/)

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(公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士 岡田 留理)

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