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「山梨の地下水」も「うちの水」とする謎理論に県民を巻き込むな…リニア妨害を続ける川勝知事の幼稚すぎる主張

プレジデントオンライン / 2023年5月23日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ziggy_mars

静岡県が地下水への影響などを理由にリニア中央新幹線の着工を拒否している。ジャーナリストの小林一哉さんは「開通が2040年以降にずれ込む可能性も出てきた。議論が進まないのは、川勝平太知事が『議論のゴール』をずらし続けているからだ」という――。

■リニア開業が2040年以降にずれ込む可能性が出てきた

「静岡で工事の見通しが立たず、大変心残りだ」

2023年3月24日、JR東海の金子慎社長(現会長)は社長退任前の最後の会見で、リニア中央新幹線の品川―名古屋間の2027年開業が大幅に遅れることに悔しさをにじませた。

金子社長が初めて静岡県庁を訪れたのは2020年6月。当初の予定通り2027年の開業を目指すには、もはや一刻の猶予もない状況だった。金子社長は川勝平太知事に静岡工区の準備工事再開を要請したが、川勝知事はその場で県条例を盾に要請を退けた。

2020年6月、JR東海の金子社長(当時、右)が川勝知事と初めて面談した。それから3年が過ぎたが、状況は変わらない(静岡県庁、筆者撮影)
筆者撮影
2020年6月、JR東海の金子社長(当時、右)が川勝知事と初めて面談した。それから3年が過ぎたが、状況は変わらない(静岡県庁) - 筆者撮影

それから現在に至るまで、トンネル工事の許可権限を持つ川勝知事は頑なに静岡工区の着工を認めようとしていない。たとえすぐに静岡工区工事が始まっても、リニア開業は少なくとも2030年以降になるのは確実だ。

状況は3年前と変わらないどころか、静岡県の地下水が県外に引っ張られる恐れがあるとして「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」などと隣県の工事ストップにまで口を挟み込んでいる。

山梨県の長崎幸太郎知事が5月11日、「山梨県の工事で出る水は、100%山梨県内の水」と当たり前のことを明言する事態にまで発展した。

県専門部会で配布された会議資料。赤い斜線部分が山梨県の断層帯と静岡県の断層帯が連動する可能性を示す。実際に地中深くで県境付近の断層帯がつながっているのかは不明。
県専門部会で配布された会議資料。赤い斜線部分が山梨県の断層帯と静岡県の断層帯が連動する可能性を示す。実際に地中深くで県境付近の断層帯がつながっているのかは不明。

このままでは2030年どころか、2040年以降に開業がずれ込む恐れさえ出てきた。

■水源豊かな静岡で「渇水」は本当に起こるのか

筆者は静岡県出身だ。富士山の豊富な湧水をはじめ大井川、富士川、天竜川など静岡県が水資源に恵まれていることを十分承知していた。「渇水」で水飢饉に見舞われた経験などもなく、それだけに、川勝知事の「命の水を守る」という発言に違和感を抱いていた。そこで、川勝知事が4選を決めた2021年6月の知事選後、「命の水」の真実を調べ直した。すると、調べれば調べるほど、川勝知事が固執する「命の水」は虚構にまみれた「ハリボテ」だったことがわかった。

本稿では、リニア計画の“夢”を砕こうとする川勝知事の嘘と脅し、ごまかしをあらためて明らかにしていく。

■「水の県外流出阻止」に固執する川勝知事

リニア中央新幹線は、東京―名古屋間を最短の約40分で結ぶ。山梨、静岡、長野の3県の南アルプス山岳地帯約25キロ区間を地下400メートル超のトンネルで貫通する。

3000メートル級の山々が連なる南アルプス山岳地帯は、糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る「世界最大級の断層帯」でもある。

この断層帯は破砕された脆弱な地層が多く分布し、大量の突発湧水など、実際に掘ってみなければ何が起きるのか全くわからないほど不確実性が高い地域だ。それだけに早期着工して、現地で調査ボーリングなどを重ね、不確実性を取り除いて工事を進めていかなければならない。

特に、静岡工区(約8.9キロ)は畑薙断層帯などが続く最難関区域であり、事前調査は不可欠だ。

にもかかわらず、川勝知事は病的なまでに「水の県外流出阻止」に固執し、JR東海の工事の着工を阻んできた。

現在でも、工事の基地となる準備工事にさえ入れない状況が続いている。

■「毎秒2トンの流出」は「62万人の生死に関わる」と主張

2011年5月、国はリニア中央新幹線の整備計画を決定し、JR東海に建設を指示した。

JR東海は2013年9月、リニア工事に伴う環境影響評価準備書で「リニアトンネル工事で大井川上流部の流量が毎秒2トン減少する」と予測した。不安を抱いた大井川流域首長らの要望を受けた静岡県は「トンネル湧水を大井川へ戻す対策を求める」などの知事意見書をJR東海に送った。

意見書を受け、JR東海は17年1月までに、リニアトンネルから大井川まで導水路トンネルを設置して、湧水により減少する毎秒約2トン分のうち、約1.3トンを回復させ、残りの約0.7トンは必要に応じてポンプアップで戻す対策を発表した。

全量ではなく1.3トンとしたのは、全量を戻さなくても豊富な水源をもつ大井川の環境に影響がないためだ。

だが、この対策に川勝知事は納得しなかった。

JR東海が「毎秒2トンの全量戻し」を表明しなかったことに対し、川勝知事は「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わう」と厳しい言葉でJR東海の姿勢を非難。さらに、大井川を利用した広域水道の流域7市(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原)の人口を持ち出し「全量戻してもらう。水道水を利用する62万人の生死に関わる」などと怒りをあらわにした。

さらに、「もうルートを変えたほうがいい。水が止まったら(枯渇したら)、もう戻せない。そうなったら、おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」などと「ルート変更」まで持ち出して脅した。

■水を戻したところで下流域の水量には影響はない

筆者はそもそもJR東海が大井川に水を戻す必要があるのか懐疑的だ。というのも、後述するが、現在でも毎秒4.99トンの湧水が大井川上流部の田代ダムから山梨県へ流れている。

さらにJR東海が水を戻そうとしている場所は大井川の上流部であり、川勝知事が「62万人」と主張している下流域までは100キロ以上もある。毎秒最大2トン程度の水を戻したところで、大井川には32カ所ものダムが点在し、下流域の水量に影響を与えるはずもないのだ。

静岡県大井川広域水道企業団の貯水プール。現在、62万人ではなく、約26万人に水道水を供給する(島田市、筆者撮影)
筆者撮影
静岡県大井川広域水道企業団の貯水プール。現在、62万人ではなく、約26万人に水道水を供給する(島田市) - 筆者撮影

大井川下流域は豊富な地下水源に恵まれ、大井川広域水道を主に利用するのはたった26万人に過ぎず、その26万人も水不足に悩まされたことはなかったことを筆者は明らかにした。前述した7市に水道用水を供給する大井川広域水道企業団は毎秒2トンの水利権を有しているが、流域住民はその半分さえ使う必要もなかったのだ。

またJR東海が準備書で示した「毎秒2トンの減少」という数字も、あくまで何も対策をしない場合の数値である。当然、減少分を抑える対策だけでなく、導水路トンネルやポンプアップによって、必要ならば毎秒2トン分を大井川に戻すと説明していた。

川勝知事が「毎秒2トンの全量を戻せ」と厳しい要求を続けたことを受けて、JR東海は2018年10月、「原則として湧水全量を戻す」と表明した。毎秒2トンどころか、トンネル内で発生する毎秒2.67トンの湧水全量を戻す方策を明らかにした。これでは下流域の水減少問題は起きるはずもなく、「全量戻し」に象徴されるリニア問題は解決したと思われた。

■川勝知事は全量戻しの「ゴール」を移動させた

ところが、川勝知事は「全量戻し」のゴールを新たにつくり変えてしまう。

川勝知事は、JR東海の『原則として湧水全量を戻す』という表明を逆手に取り、大井川水系の毎秒2トンの水減少だけでなく、「静岡、山梨県境付近のトンネル工事で県外に流出する地下水の全量も含まれる」という非常に困難な「全量戻し」にスタンスを変えたのだ。

山岳地帯のトンネル工事は、大量の湧水が出水する危険に見舞われるため、水抜きを最優先にさまざまな対策を立てる。特に南アルプス断層帯が続く山梨県境付近の工事は非常に困難な状況下にある。

県境付近の工事では、静岡県側から下り勾配で掘削すると、突発湧水が起きた場合、水没の可能性が高く、作業員の命が危機に見舞われる。このため、JR東海は県リニア専門部会で山梨県側から上り勾配で掘削すると説明し、約10カ月間の工事中に、最大500万トンの湧水が静岡県側から山梨県側へ流出すると推計していた。

川勝知事は「県境付近の工事中であっても、トンネル湧水の全量戻しがJR東海との約束だ。静岡県の水は一滴も県外に流出させない」「湧水全量戻しができなければ、工事中止が約束だ」などとJR東海を脅した。

川勝知事は「62万人の命の水を守る」大井川の水の全量戻しから、「県境付近の工事中の全量戻し」にゴールを変えたのである。

この「全量戻し」は静岡県の水環境を守ることとは全く違う、単なる川勝知事の言い掛かりに過ぎない。たちが悪いのは、この500万トンの流出でも大井川流域の湧水に大きな影響を与えると主張したことだ。

■地下水に「静岡のもの」も「山梨」もない

もともとの「全量戻し」は「静岡県内のリニア工事で発生するトンネル湧水全量を恒久的に大井川水系に戻すこと」である。これは県の資料にちゃんと記載されている。

県境付近の地下水は大井川水系の湧水ではない。日本地下水学会は「地下水とは動的な水であり、地下水脈がどのように流れているのかわからない」としている。静岡県の大井川水系と違い、県境付近の地下水に静岡県も山梨県もないことくらい一般常識である。

国交省鉄道局は2020年4月、東京大学教授らの専門家による有識者会議を設置し、静岡県とJR東海との間の議論を科学的・工学的な方向から検証を進めた。

大井川下流域の水環境の影響を議論した国の有識者会議(国交省提供)
国交省提供
大井川下流域の水環境の影響を議論した国の有識者会議 - 国交省提供

有識者会議は21年12月、「JR東海の工事による大井川下流域の水環境に影響はほぼなし」とする結論をまとめた。さらに、川勝知事の言い掛かりである「県境付近の工事中の全量戻し」についても、「静岡県外流出量の最大500万トンは微々たる値であり、下流域の水環境への影響はない」と断言した。

ところが、2022年1月、県と流域市町長らの組織する大井川利水関係協議会は「県境付近の工事中のトンネル工事湧水全量戻し方について解決策が示されていない」と反論をして、「トンネル工事を認めることができない」と有識者会議の結論を蹴ってしまった。

県境付近の工事中の全量戻しを問題にした2022年1月の大井川利水関係協議会(静岡県庁、筆者撮影)
筆者撮影
県境付近の工事中の全量戻しを問題にした2022年1月の大井川利水関係協議会(静岡県庁) - 筆者撮影

■「田代ダム案」の議論も明後日の方向に…

これを受けてJR東海が2022年4月に示したのが、「田代ダム取水抑制案」である。

田代ダムは大井川唯一の発電用ダムで、東京電力リニューアブルパワー(東電RP)が毎秒4.99トンの水利権を持ち、山梨県早川町の発電所で使用している。単純に計算すれば、月量約1300万トンの膨大な水が静岡県から山梨県へ流出している。つまり、毎秒2トンの湧水減少が問題ならば、東京電力RPが使う膨大な水で大井川水系は干上がってしまうことになるが、1964年以来、毎秒4.99トンの水利権は変わっていない。

山梨県へ流れ出る大井川の大量の水に着目したJR東海は、東電RPの内諾を得た上で、工事期間中の約10カ月間に限り、流出する水量に当たる毎秒0.21トン分の自主抑制を行ってもらう「田代ダム案」を示した。

だが、これにも川勝知事は待ったをかけた。

川勝知事は「東電RPの水利権の話に無関係のJR東海が首を突っ込んできた」と反発。「突然、水利権の約束を破るのはアホなこと、乱暴なこと」とまで述べた。

今回の案は東京電力RPの自主的、一時的な取水抑制であり、河川法上の水利権とは全く関係ない。それなのに、川勝知事は頭から東電RPからJR東海への水利権の譲渡と決めつけた。

東京電力RPは「田代ダム案」に協力する姿勢だが、県境付近の工事中の限定的な対応であり、恒常的な水利権の問題とは無関係であることを「前提条件」とした。

流域市町は「前提条件」に同意したが、川勝知事は東京電力RPの水利権に関係すると「田代ダム案」をつぶすのに躍起である。現在も「前提条件」を巡り、静岡県はJR東海に難くせをつけ、ムダな時間ばかりが過ぎていく。

その上、「山梨県のリニア工事をやめろ」という川勝知事のいやがらせが昨年10月から、突然、始まった。長崎知事の強硬な申し出に関わらず、この問題も簡単に解決できそうにない。

このような川勝知事の嘘と脅し、ごまかしでリニア計画は大幅な遅れを余儀なくされている。静岡県の理不尽な権力濫用をストップさせるためには、政治の重要な課題として政府が乗り出すしかない。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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