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鮮度が落ちているのになぜか美味しくなる…「寿司は漁港より東京で食べたほうがいい」科学的理由

プレジデントオンライン / 2023年6月6日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chadchai Krisadapong

刺身と寿司の違いは何か。東京海洋大学非常勤講師のながさき一生さんは「寿司は魚に酢や砂糖を使ったシャリを合わせることで、生臭さを消して時間が経っても美味しく食べることができる。鮮度命の刺身は産地で食べるのが一番だが、寿司はむしろ流通先で食べたほうがいい」という――。

※本稿は、ながさき一生『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■素材の味を楽しむ刺身は鮮度が命

刺身と寿司は、両方とも生魚が使われる料理としてよく比較されます。

その違いを簡単に表すと、刺身は「魚」単体であり、寿司は「魚」+「シャリ」だということです。単純明快の話に聞こえますが、この点が「魚」と「寿司」の世界観の違いを作り出しています。

まず、刺身は小さく切られた魚の身をそのまま食べる料理です。非常にシンプルで、素材の味をダイレクトに楽しむ料理でもあります。

魚の味にとって、鮮度は重要な要素となりますが、鮮度は魚が獲れてからどんどん落ちていきます。すると産地と流通先では少なからず魚の味に差が出てきます。

この差は、手の凝った料理になる際にはさほど気になりませんが、素材の味をダイレクトに味わう刺身では、かなり気になる要素となります。特に鮮度の良さを楽しむ魚種であれば、刺身は産地で食べた方が絶対に美味しいといえるでしょう。

■寿司は産地よりむしろ流通先で食べるべき

一方、寿司は魚の肉を平たく切った上で酢飯であるシャリと合わせて食べる料理です。

魚の素材も大事になってきますが、シャリもあるため刺身ほどではありません。すると産地と流通先での鮮度による味の差は、刺身よりは生じてきません。つまり寿司は、刺身と比べると、流通先でも魚を美味しく食べられる方法といえるのです。

そして、時間が経って生じてくる生臭さの成分は、トリメチルアミンというアルカリ性の物質です。一方でシャリは、酢飯のため酸性です。そのため、シャリは生臭さの成分を中和して抑えてくれる役目を果たします。これが、シャリの存在意義でもあります。

また、獲れてから時間が経って起こることは、鮮度劣化という悪いことだけではありません。時間が経つと、魚のタンパク質が分解され、うま味成分に変わっていく「熟成」が起きます。

つまり、魚は流通先では鮮度が低下し生臭さは増える一方で、熟成が進みうま味は増えるのです。シャリは、この悪い部分を消し去り、良い部分を残してくれます。

以上をまとめると、寿司とは、産地よりも、むしろ流通先で食べることに適した料理といえるのです。

■塩には殺菌成分、海苔は生臭さを薄める

このように、寿司という食べ物には、「魚を流通先で美味しく安全に食べる」という工夫が様々になされています。

シャリには、ほかに塩、砂糖、お米が含まれますが、それぞれに意味があります。まず、塩には殺菌作用があります。

砂糖は、殺菌作用のほか、酸味を和らげる、お米の持ちを良くするなどの効果があります。ただし、砂糖はお店によっては使われない場合もあります。それは砂糖が普及したのが1950年代以降と遅れたことに起因し、伝統を重んじているなどの理由です。

お米は、それ自体に味があり、魚の臭みやエグみといった嫌な部分を薄めてくれます。これは一緒につけ合わされる海苔も同じで、香りが強いため生臭さを薄めてくれます。

また、ワサビやバレンには、殺菌作用があり腐敗を防ぐ役目があります。お茶にも殺菌作用があり、ガリとともに前の寿司ダネの味をさっぱりとさせ、様々なネタを楽しめるようにする役目があります。

このように、細かな点で寿司の工夫にはすべて意味があり、科学的でもあります。それらの工夫は、流通先で魚を美味しく食べるために生まれたものといえるのです。

ここまでをまとめれば、「刺身は産地で食べるもの、寿司は街で食べるもの」ということもできます。そして、これを最も感じるのはウニです。次に述べていきましょう。

殻付きのウニ
写真=iStock.com/hattey
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hattey

■三陸の新鮮なウニが最高峰だと思っていたが…

私は、漁師の家庭に生まれ育ち、長い間、魚と関わってきました。そんな私が、寿司の世界の話を伺う時にいつも感じるのが、「寿司の世界と魚の世界は違う」ということです。

寿司という料理の本質を探るため、説明していきましょう。

私は仕事柄、全国各地の産地を訪ねていますが、三陸に伺った際に食べたウニの味が忘れられません。いただいたのは、キタムラサキウニ。とれたてを漁師さんからいただくことができました。ウニを割ると可食部が詰まっていて、それはそれは甘くて、臭みやエグみは一切なく、格別なものでした。

このような経験をした後、とある寿司通の方が、「どこどこのメーカーのウニは最高峰だ」といった話をしていました。これに対して私は、「いや、どう考えても三陸のウニのように、産地に行って食べた方が最高峰だろう」と最初は思いました。

しかし、寿司についての理解を深めていくと、どうやらそういうことではないようです。

■寿司界では「ウニにミョウバン」が一般的

ウニは特に鮮度が大事な水産品で、みるみるうちに品質が変わっていきます。ちなみに、あの可食部は生殖器で、卵巣もしくは精巣です。組織が脆く、放っておくと溶け、酸化が進み、臭いがキツくなってきます。それを防ぐために、塩水やミョウバンが使われます。

このうち、寿司ネタに多く使われるのはミョウバンが使われたウニになります。塩水のウニは元々日持ちせず、処理にも時間がかかり、開けると一気に使わないとなりません。このことから寿司には非効率です。

ミョウバンは、添加物のイメージが強く、嫌がる人もいるかもしれませんが、毒性はほとんどありません。サツマイモのアク抜きや漬物にも使われるものです。

ウニに添加することで、ミョウバンの苦味や独特の臭いで味が悪くなると思われがちですが、それは使い方次第です。ミョウバンの効かせ方が上手いと、嫌な部分は気にならず美味しいウニを長く楽しめるようになります。

ウニの軍艦巻き
写真=iStock.com/bonchan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bonchan

■「寿司は1カ所に集めて味を追求するもの」

このようなこともあり、寿司の世界で価値が高いのは、「ミョウバンを上手く効かせたウニ」になっています。産地の新鮮なウニでもなく、塩水ウニでもないのです。この点に、魚の世界とは違う寿司独特の世界観が詰まっているように私は感じています。

それは、「寿司は、様々な食材を世界各地から1カ所に集めて味を追求するもの」だということです。

一貫一貫が小さく、一食の中で様々なネタを楽しむのが本来の寿司の形です。ネタを集める際に鮮度が落ちて生じてしまう生臭さは、酢飯で中和して補います。

そして、人口も多く需要の高い都市部に流通した際に寿司で美味しくいただける素材には高い価値がつきます。こうして、ミョウバンを上手く効かせたウニの価値を生んでいるのです。

■新鮮な魚をわざわざ寿司にする必要はない

これが、純粋な魚の場合は状況が違います。

純粋なそれぞれの魚の味を追求するならば、産地に行って食べるのが一番です。様々に集める必要はありません。

近年、日本海側のズワイガニが1杯あたり数十万円になることもありますが、提供方法は現地の旅館などで食べるというものが主です。

ところが、寿司はそうなりません。そもそも産地のキンキンの魚は、シャリとは合いにくいところがあります。酢飯によって臭みを中和する必要もありません。また、腕がものをいう寿司の技術は、人が集まる都市部に集約されていきます。

寿司は、追求をするならば都市部で食べる食べ物といえます。そして、お店の雰囲気や器なども含めた総合芸術に昇華させています。世界のセレブたちにもウケる要因の1つは、このような寿司の独特な世界観にあるのではないでしょうか。

■高級寿司と回転寿司は何が違うのか

寿司は今やバリエーションも豊かになりました。1食何万円もする高級な寿司もあれば、1食1000円以内で済んでしまう回転寿司のような安い寿司もあります。

同じ寿司であるのに、なぜここまで差が生じてしまうのでしょうか。

回転寿司
写真=iStock.com/Nayomiee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nayomiee

本稿の最後では、高級寿司と回転寿司は何が違うのかを話しながら、寿司という料理の性質について述べていきます。

高級寿司と回転寿司の違いは、他のもので例えるなら、靴の世界における「オーダーメイドでつくる革靴」と、「量販店で売られているスニーカー」の違いのようなものです。前者は数十万円以上、一方で後者は数千円という値段の差があります。

前者は1人ひとりに合わせて上質な素材を使い丁寧に作られる一方、後者は安価な材料を使って大量生産されるため値段に差が生じます。ただ、どちらが良い悪いではなく、使う用途やシーンによって両方に存在価値があると言えます。寿司の場合も、ほぼこれと同じです。

■最高のネタを高品質、芸術的に提供する

高級寿司の場合、まずネタはその日の入荷状況によって最高のネタが仕入れられます。

それを職人があれこれと処理をし、場合によっては何日もかけて最高の味を引き出します。シャリや海苔、ワサビといったものにもベストなものにこだわり、その価格は私たちの日常からは想像もできないくらいに高価な場合もあります。

それらの食材を、その日その日、その人その人の状況に合わせて最高の状態で提供してくれるのが高級寿司なのです。

こうして作られる高級寿司は、高品質を通り越して芸術的でもあります。素材と手間、そして技術のすべてにおいて突き詰めているからこそ、高い値段となるのです。

■大量仕入れでいつでも同じ味をキープ

一方で回転寿司の場合は、その日その日の入荷状況に極力左右されないように仕入れを行います。冷凍魚や養殖魚も駆使しながら、味が良いネタをまとめて安く買い付け、その時々で出していきます。

また、調理は機械やマニュアルを使って誰でもできるようにし、いつも同じ味を出せるようにします。シャリや海苔、ワサビといったものも大量に安く仕入れて使います。これらを合わせ、なるべく同じ品質の寿司を広範囲に提供し、多売でビジネスを成り立たせるのが回転寿司です。

ながさき一生『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)
ながさき一生『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)

こうして作る回転寿司なので、価格を抑えることができます。ただ、安いといっても決して不味くはないはずです。むしろ、美味しく、コストパフォーマンスの良い食べ物だと思っている人が多いから、人気になっているのでしょう。

以上のように、高級寿司と回転寿司はまったく違う性質のものを提供しています。前者は特別な際の食事や芸術性を楽しむものとして、後者は日々の生活の中で食事を楽しむものとして、人々に満足感を与えていることでしょう。

寿司は、様々な形に変わることができ、様々なニーズやシーンにも溶け込める素晴らしい食べ物です。世界各地の老若男女すべての人に向けて、それぞれに合わせた形で、魚を使って満足を提供できるのが寿司という食べ物です。寿司って本当に素晴らしいですね。

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ながさき 一生(ながさき・いっき)
東京海洋大学非常勤講師、おさかなコーディネータ
株式会社さかなプロダクション 代表取締役。一般社団法人さかなの会 理事長・代表。1984年、新潟県糸魚川市の漁師の家庭で生まれ、家業を手伝いながら育つ。2007年に東京海洋大学を卒業後、築地市場の卸売企業に就職し、水産物流通の現場に携わる。その後、東京海洋大学大学院修士課程を修了。2006年からは、ゆるい魚好きの集まり「さかなの会」を主宰。2017年に「さかなプロダクション」を創業し独立。食としての魚をわかりやすく解説する中で、ふるさと納税のコンテンツ監修や、ドラマ「ファーストペンギン!」の漁業監修を手がける。著書に『魚ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。

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(東京海洋大学非常勤講師、おさかなコーディネータ ながさき 一生)

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