日本人が思うより「日本式教育」は世界で評価されている…「東大の海外進出」を真剣に検討すべき理由
プレジデントオンライン / 2023年6月18日 14時15分
■日本の幼稚園がカナダで大人気
2023年3月、筑波大学のマレーシア海外分校の設立に向け、日本政府はマレーシア政府と政府間協力覚書に署名しました。2024年9月の開校を目指しているといいます。在マレーシア日本国大使館によれば、日本の大学が海外分校を設置するのはこれが初めてとのこと。実は大学を含め、日本の学校が現地の学生をターゲットに海外進出する例は本当に少ないのです。
日本の私立有名校の中には、早稲田や慶應義塾、立教のように海外に系列校を設置(※1)しているところもあります。でも基本的にこうした学校は、日本人学校の延長線上で、日本人駐在員の子供向けの学校です。国内でインターナショナルスクールの運営に携わる私からすると、現地校として認可を取り、地元行政の助成を受けつつ学校運営をしないのが不思議で仕方ありません。ポテンシャルはあるのに本当にもったいない。
実際、未就学児向けではありますが、日本から日本式教育をひっさげて海外進出し、大成功した例があります。国内26校、海外3校を展開する「キンダーキッズ」です。
キンダーキッズが初の海外校であるカナダ・オンタリオ州クラークソンに進出したのは2014年のこと。私は去年、カナダまで取材に行きましたが、定員140名のところ300名が入園のキャンセル待ちをするほどの大人気でした。こうした人気を受け、2019年にはアメリカ・ハワイ、2022年にはカナダ・オンタリオ州オークビルにも開校しています。
※1 在外教育施設一覧
■日本式「早期教育」のニーズがある
キンダーキッズの売りは日本式の幼児教育です。例えば日本では、幼稚園で文字を教えるのは当たり前です。ところがカナダやアメリカではこれが「当たり前」ではありません。就学前は遊びながらコミュニケーション能力を身に付けるべきで、読み書きはその後、という考え方が根強い。でも少々「早期教育」をしたところで人格形成に悪影響が出るわけではないことくらい、現地の親御さんも分かっています。おまけに勉強だけでなく、運動や音楽やアートのアクティビティも充実していて楽しそうだから入園させたい、というわけです。
キンダーキッズは地元のオンタリオ州から保育園としてのライセンスを得て運営されており、認可園として助成金の対象にもなっています。まさに「現地校」なのです。
■英国に見る輸出産業としての「教育」の可能性
さて前回、英国の名門私立校の海外進出をめぐる事情に少し触れました。もともと、ハリー・ポッターのホグワーツ校のような寄宿学校形式の私立の伝統校はビジネスとしてはあまり儲かりません。あれだけ広大な敷地に、生徒は数百人しかいないわけですから。
他方で、歴史と伝統に裏打ちされたイギリスの名門校の教育というコンテンツは、英語というメジャー言語を使っていることもあって売り物になります。そこで中国やインドのような経済発展著しい巨大市場を主なターゲットとしてこのコンテンツを輸出すれば、英国の学校にはフランチャイズ料が入ります。学校ビジネスは息が長いものです。分校を作って3年で終わりなんてことはありませんから、例えば分校を10校作ってそれぞれが100年続けば、経営基盤の安定に大いに寄与するのです。
英国のうまいところは、フランチャイズに際して権利も人もカリキュラムも出すけれど、土地建物については現地のパートナーに丸投げというところ。つまり英国側は金を出さないのです。リスクは取らないで儲けるという、実に巧みな輸出モデルです。一方、中国のパートナーは英国の学校のブランドを使わせてもらい、国内はもちろん日本をはじめとする他の国でも学校ビジネスを展開して金儲けをしているわけで、両者はまさにウィンウィンの関係です。
前回紹介したとおり、実は「教育輸出」は英国の国策でもあります。英国政府は欧州連合(EU)からの離脱を目前にした2019年に、英国の教育輸出額を2030年までに年350億ポンド(2016年の1.5倍)にするという目標を掲げた政策文書を発表しました(※2)。
ここで言う教育輸出額には、イギリスの学校の海外展開による収益はもちろん、イギリス国内で留学生が落とすお金(授業料や生活費)も含まれます。つまり海外のイギリス系の学校からの収入だけでなく、そこで育った優秀な人材がオックスフォードやケンブリッジといったイギリスの名門大学で学ぶところまで「教育輸出」の恩恵はおよぶのです。これはイギリス経済を潤すだけでなく、名門大学の高いレベルを維持するのにも、将来的には高度人材の獲得にもつながります。
※2 2019年 英国政府「国際教育戦略(International Education Strategy)」
■日本の教育輸出政策のお粗末さ
このように英国政府は、教育輸出を自国の世界的な地位向上のために使っています。前述の政策文書に引用されている英高等教育政策研究所の推計によれば、世界各国の指導者のうちイギリスで教育を受けた経験がある人は50人以上いるといいます(※3)。
振り返って、わが国の政府はどうでしょう。
確かに、日本式教育を海外に広めようとはしています。ただそれは、子供に学校の掃除をさせるといった、日本の学校文化的なものが中心です(※4)。それも日本式教育の一部だし、悪いことではありません。でもそこに、イギリスのような幅広い国益を考えた大所高所からの視点はあまり感じられません。
さらに岸田文雄首相は「グローバル・スタートアップ・キャンパス(GSUC)」の構想でMITを誘致し、AI研究人材の育成に取り組むと言い出しました。もともとアメリカは英国と異なり、教育輸出に熱心ではありませんでした。わざわざ海外進出しなくても、世界中から優れた人材がアメリカの大学に入学してくるからです。それを誘致するというのは寝た子を起こす政策で、AI研究で東大や東工大といった日本の大学を応援するのではなく、足を引っ張るというのはどういう考えなのでしょう。
※3 英高等教育政策研究所「2022 HEPIソフトパワー指数」
※4 協調性を育む日本式
■海外分校づくりが日本の教育再生の切り札
私はいまこそ、日本も英国のように教育輸出を本格的に考えるべきだと思っています。ニューヨークあたりに東京大学の分校を作ってはどうでしょう。東大と言えば、各種の大学ランキングで中国をはじめとするアジア諸国のトップ大学の後塵を拝していることから、「国内では超一流校だけれど世界の評価はイマイチ」との印象を持つ人も多いかもしれません(※5)。でも丁寧に見ていくと、ちょっと違う絵が浮かび上がってきます。
英クアクアレリ・シモンズが毎年発表している「QS世界大学ランキング」ではここ数年、東大の順位は23位前後で推移しています(※6)。9つある評価項目のうち、7つの項目は100点満点中80〜100点と高得点なのですが、外国人教員比率と外国人学生比率の低さが足を引っ張っているのです(※7)。つまり教員と学生の国際化が進めば相応の評価が得られるはずで、海外分校の設置はその手段の1つになり得ます。
※5 2023年版QS世界大学ランキング 世界のトップクラスの大学として日本の大学50校が選出
※6 QS世界大学ランキング
※7 評価項目
■東大は世界トップ大学になれる
東大にはすでに、英語のみで学位取得が可能なPEAK(教養学部英語コース)(※8)というものが存在します。これを海外の東大の分校で、教養学部の前期のみ展開すれば、ここで学んだ外国人学生が3年次以降、日本で学べる仕組みができるのではないでしょうか。それに海外分校ができれば、外国人教員の採用も進むはずです。
問題は東大で学びたい外国人学生がどれほどいるかですが、QS世界大学ランキングの評価項目のうち、東大の「学術関係者からの評判」(世界中の大学の教員に自身の専門分野でトップの研究をしている大学名を尋ね、点数化したもの)のスコアは満点(100)で、世界トップレベル(※9)。そこだけを見れば、アジアトップのシンガポール国立大学(99.5)より評価は高いのです。
クアクアレリ・シモンズによれば東大で学ぶ外国人学生のうち、大学院生が占める割合は88%(※10)。これも学術面での評価の高さを裏付けていると言えるでしょう。海外分校の設置で優秀な外国人学生が今以上に集まれば、東大の学術水準はさらに上がるでしょうし、日本政府が目指す高度人材の獲得にもつながるはずです。
おまけに東大の授業料は年53万5800円(約6060ドル)。QS世界大学ランキングで東大より1つ上のアメリカのコロンビア大学は6万2570ドルですから、実に10分の1。コストパフォーマンスは抜群で、教育実績も高いとなれば、十分な競争力があるはずです。海外大学を評価するだけでなく、「東大の海外進出」を真剣に検討するべきではないでしょうか。
※8 PEAK(教養学部英語コース)
※9 QS World University Rankings Academic Reputation
※10 外国人学生の学部、大学院比率
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国際教育評論家
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。
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(国際教育評論家 村田 学 構成=村井裕美)
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