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民間企業であればあり得ないレベル…商社出身の大使が直面した「在外公館」の残念な仕事ぶり

プレジデントオンライン / 2023年6月20日 10時15分

ほとんどは非効率的な仕事をしていた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/mapo

日本政府の外交は本当に機能しているのだろうか。元エルサルバドル大使の樋口和喜さんは「前例踏襲を固守するあまり、業務全体がきわめて非効率化していた。経済や産業界の専門用語を知らないため、意味のわからない直訳文が公電案として上がってきた」という――。

※本稿は、樋口和喜『商社マン、エルサルバドル大使になる』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。

■「そんな新しいことをしていいのですか」

面談と並行して、各本官(=外交官)から業務に関するブリーフィングを受けていましたが、そこで気づいたのは「資料作成の効率の悪さ」でした。

過去に何度も使ったのと同じような資料を一から作りなおしている、数字データも一から調べなおして作成している。結果、作成にえらく時間がかかる。

各人がふだんから担当部門の資料やデータを管理して、適宜アップデートしておけば、必要になったときすぐに提示できるのに。

もちろんデータ管理をきちんとしている本官もいましたが、ほとんどは非効率的な仕事をしていました。

それを指摘すると、ある本官は「そんな新しいことをしていいのですか」と驚くではないですか。

■「改善」ということばを知らない者が館内を統括していた

聞けば彼は非効率的な作業を改善したかったが、「今までこうしてきた(データ管理などせず、一から作成してきた)のだから、そのやりかたを守れ」と言われてきたようです。

いわゆる「改善」ということばを知らない者が館内を統括していたことから本官は「前例踏襲型」で物事を処理せざるを得なかったことが背景にあったようです。

「本省からの訓令があれば仕事をする。それ以外はなにもしなくてよい。余計なことはしない」ということばを当時の次席(キャリアで私とそんなに歳は離れていません)から聞いたときは仰天しました。

■新しいことには挑戦したくないという意識が沁(し)みこんでいる

本省からは、その考えは大間違いだ、と言われはしましたが、この大使館にかぎらず他国の大使館でも似たような哲学で仕事をしている外交官は少なくないと思われます。

前例踏襲型でいれば、失敗しても大きくは叱責されません。

前例踏襲型でいれば、失敗しても大きくは叱責されない(※写真はイメージです)
写真=iStock.com/takasuu
前例踏襲型でいれば、失敗しても大きくは叱責されない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/takasuu

逆に新しいことを発案して実行し、成果が得られなければ叱責を受け人事評価は大きく減点されます。

本省の人事評価システムがそうなっているのでしょうか。新しいことには挑戦したくないという意識が大使館に沁みこんでいる気がしました。

■時間と紙のムダ

毎週月曜日、大使と本官で館内会議を開きます。

議題は大使の日程確認でした。

大使の1週間の日程表が作成されてその印刷物が会議で配布され、それを全員で確認するという作業です。それだけです。他にトピックスの発表などありません。

なんのための会議だ、と聞くと、大使の日程に合わせて本官の業務日程を調整する、という返答です。

大使の日程なぞ、PCのスケジューラーに入れてあり各人が必要なときに確認し、自分の日程を調整すればいい。

私との調整が必要なら、その都度私に相談すればいいのです。

私の日程表を毎週作成し、印刷して配布するのは時間と紙のムダです。情報共有の手段が少なかった数十年前ならともかく、わざわざ本官全員が貴重な時間を使って集まって議題が日程確認だけとは、こんなに不思議な会議はありません。

■「5分以内で口頭報告」に苦情

とりあえず着任後1カ月は様子を見ることにしました。

1カ月過ぎても、なんの変化もなかったので、日程確認はやめて会議に新たな議題を加えることにしました。

各本官が担当業務の状況を5分以内で口頭報告することにしたのです。

限られた時間での口頭報告は、簡潔に要領よく内容をまとめる練習にもなるし、本人の頭の整理にもつながります。

しかし次席が「今までやったことがないので、若い本官はうまく報告できないでしょう」と軽く苦情を呈してきました。

だから練習するのだ、ということばを飲みこみ、苦情は無視しました。

実際、最初はなにを言いたいのかわからない報告や、照れたり苦笑いしたりしてその場をごまかす報告もありましたが、修正する点を指摘することで徐々に改善されていきました。

■もともと能力は高い

赴任当時の大使館では、次席だけがキャリア外交官で他の本官はノンキャリアでした。

大使の私が民間出身なので、次席は「自分が大使館の事実上のトップで、いちばんよく業務を知っているのだから、従来のやりかたを守らねば」と思っていたのでしょうか。

しかし、前例踏襲を固守するあまり業務全体がきわめて非効率化していることに無頓着だったのは問題です。

業務全体がきわめて非効率化していた(※写真はイメージです)
写真=iStock.com/Oleg Elkov
業務全体がきわめて非効率化していた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Oleg Elkov

口頭報告は私にとっても意義あるものでした。本省への報告事案の詳細や背景、裏話など文書には記載されない情報もあり、臨場感もあってよく理解できます。また未知の専門用語や略語もその場で質問できるので時間と手間が省けます。非常に役立ちました。

回を重ねるうちに、情報を共有することで他部署から問題の解決策が示されたり、問題が自分の業務に関わってくる案件だとわかり協働して対処しようという展開になったり、という前向きな話し合いもおこなわれるようになりました。

本官たちは、もともと能力は高いので、ちょっとしたヒントやアドバイスが大きな効果を生みます。

■大使館内に5S委員会を設置

着任して1カ月ほど経過したころ、大使館内の執務室や倉庫をチェックしてみました。

本官やNS(現地採用スタッフ)の執務室には山のように書類を積み重ねている机も多く、なかには10年以上経過した、どう考えても不要な書類まで混じっている。

山のように書類を積み重ねている机も多かった(※写真はイメージです)
写真=iStock.com/Casanowe
山のように書類を積み重ねている机も多かった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Casanowe

各班の倉庫もひどいもので、埃をかぶった何年も前の本官(異動してもういない)の私物や用済みの資料、ファイルの類が放置されていました。

細かいことを言う、と思われるのは承知で、私は民間の産業界では常となっている「5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)」を導入することにしました。

5S委員会を作り、まず手本として、ある班の執務室と倉庫の現状写真を撮ります。

それから荷物や不要な書類、ファイル、私物の整理を1週間でおこなってもらい、整理後の写真も撮る。

委員会で前後の写真を比較し、整理整頓の具合を評価し、全体会議で発表する。

これをくり返して、館内すべてを整理整頓していきました。

同時に、ファイリング法も統一し、書類のデータベースを作って作成したらそこにインプットして所在を明確にするよう指示しました。

時間はかかりましたが、最終的に執務室も倉庫もきれいに整理整頓され、どこにどの書類があるかひと目でわかるようになりました。5Sは人材育成の一つの材料になることも説明しました。

■意味のわからない直訳文が上がってくる

大使館の業務のひとつに外交公電の作成があります。

本省からの要請事項に対する報告、任国の政治経済社会情勢の報告に加え、大使館の会計報告にも公電を使用します。

通常の公電は、担当の本官が公電案を作成し、次席と私がチェックして本省に打電します。

ちょっと困りものだったのは、情勢報告でした。

新聞記事をはじめとする現地報道を訳すだけの場合も、関係者から集めた情報を加え分析して報告する場合もあります。

もちろん、個人差は大きいのですが、本官たちの中には、スペイン語は堪能でも、政治経済、特にビジネス関係の知識はさほどでもない人もいます。

専門用語を知らないため、意味のわからないスペイン語からの直訳文が公電案として上がってくることが、しばしばありました。

■日本語の文章そのものがわかりづらい

民間でビジネス活動に従事していた私には常識的なことばも、彼らはふだん使いしないため、理解していないのです。これはしかたないのかもしれませんが。

また、これも人によるのですが、報告書の作成法も指導されていないのか、日本語の文章そのものがわかりづらい文書案もままある。

それが途中でチェックもされぬまま、私のところまで上がってきます。

誤りを指摘し、書きなおしを何度も命じました。

そこまででない場合は、「大使は添削係かよ」と内心ぶつぶつ言いながら、私が用語と文章を修正したり、「てにをは」を正したりもしました。

公電の中には、「本使電(本使は大使の一人称)」と呼ばれる、大使の意見を述べる報告書や要望書もあります。

こちらは逆に、私が作成する場合は本省内で使われる用語をよく知らないため、本官たちにチェックしてもらうこともありました。

特に、ふたり目の次席(着任時の次席の後任。ノンキャリアの女性)には、言いまわしや用語の添削で世話になりました。

この女性次席は非常にまじめな人で、対外的な交渉ごとにも大使館内統括業務にも前向きに取り組んでくれたので、大いに助かりました。

■公電案が意味不明すぎて「ボツ」

公電案が意味不明すぎて「ボツ」にしようと言っても、最初の次席は「担当者は一生懸命作成しているのだから、そのまま報告したい」とか、「今までこれでやってきているから」というお決まりのことばを発していました。

目をつぶって承認することも多々ありましたが、受け取った本省だって困るだろうとどうにも納得がいかないのが本心でした。

樋口和喜『商社マン、エルサルバドル大使になる』(集英社インターナショナル)
樋口和喜『商社マン、エルサルバドル大使になる』(集英社インターナショナル)

そこで本省と打合せする機会があった際に、「書く側が専門的な内容をわかっていないので逐語訳しかできず、読んだ側が理解できない報告が多い。このままでは流し読みされるだけで報告の意味がありません。現場で内容を理解させて意訳でもよいからわかりやすい日本語で報告するべきだと思うがどうでしょう。現状では無意味な情報過多を招くだけです」と問い合わせたところ、そのとおり、という返答をもらいました。

努力しましたが、在任中にめざましく意識改革できたとは言えません。

また、見るところ、他の大使館までなにか指導なり指示なりがあったようには思えませんでした。

私の常識と大使館の常識のギャップでストレスを感じたできごとでした。

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樋口 和喜(ひぐち・かずよし)
元エルサルバドル大使
1954年、岐阜県岐阜市出身。早稲田大学商学部卒。1979年、住友商事(株)入社。自動車製造事業部で中南米、北米他各地で自動車製造設備・部品ビジネス、製造投資に従事。元メキシコ住友商事会社社長、元メキシコキリウ社長。2017年6月、住友商事退職。2017年6月から2020年11月まで外務省特別職/特命全権大使としてエルサルバドル共和国に駐在。現在、情報セキュリティ(株)顧問、サイエスト(株)グローバル顧問。

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(元エルサルバドル大使 樋口 和喜)

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