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「おう、ワイや。巨人の番長、清原和博や」はもう古い…清原でさえ「僕」というようになった自称詞の変化

プレジデントオンライン / 2023年7月12日 15時15分

自主トレーニングの調整状況について記者の質問に答えるオリックス・清原和博内野手(=2006年1月11日東京都港区三田) - 写真=時事通信フォト

かつては自身のことを「ワイ」「ワシ」「オレ」と呼ぶ男性がいたが、現在では「僕」と呼ぶ人がもっぱらになっている。歴史研究者で日本語教師の友田健太郎さんは「『ワシ』という一人称がトレードマークだった野球選手の清原和博さんも『僕』を使うようになっている。ここからは着実な時代の変化を読み取ることができる」という――。

※本稿は、友田健太郎『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)の一部を再編集したものです。

■自称詞「ワイ」が定着していた清原和博

「僕がMVP(最高殊勲選手)をとったかどうかではなくて、日本の野球が世界に勝てるんだという。みんなが一つになって、本当に楽しい時間でした」

2023年3月22日(日本時間)に米マイアミで行われた「第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」決勝戦後の記者会見。日本代表の中心として活躍した大谷翔平選手は、優勝と自身のMVP獲得という、最高の形で締めくくった大会をこう振り返った。

大会を通じて、日本中に大谷選手の姿があふれ、まさに時代のヒーローとなった。そんな大谷選手が記者会見やインタビューなどで使う自称詞〈僕〉は、さわやかでりりしいイメージにぴったりはまっている。大谷選手だけではない。最高齢選手で「精神的支柱」とも言われたダルビッシュ有投手から若手選手たち、さらには栗山英樹監督まで、日本代表メンバーは公の場ではもっぱら自称詞〈僕〉を使った。

2023年現在、そのことに違和感を抱く人はまずいないだろう。しかし、考えてみれば、かつての野球界では、〈ワシ〉〈ワイ〉といったいかつい印象の自称詞が当然のように飛び交っていた。いつの間にか、そうした自称詞は使われなくなり、ビジネスマナーではNGのはずの〈僕〉が、公の場の「正解」のはずの〈私〉をも押しのけて、すっかり一般的になっているのである。考えてみれば不思議なことである。

「おう、ワイや。巨人の番長、清原和博や」。元プロ野球選手・清原和博さんを扱った雑誌記事の書き出しだ(*1)。大阪府岸和田市出身の清原さんの現役時代、雑誌『FRIDAY』では、自称詞〈ワイ〉で話す形で多くの記事が書かれ、一種の名物となっていた。もちろん書いたのは記者。清原選手が話したものでないことは読者には明らかだったが、監督批判や同僚選手の悪口など、言いたい放題の内容が清原選手の名を借りて書かれた。いかにも清原選手が言いそうだということだったのだろう。

(*1)舩川輝樹著『おうワイや! 清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.8

■野村克也や江夏豊も「ワシ」を使っていた

『FRIDAY』に掲載された写真の清原さんは、しばしば記者をにらみつけ、高級車で六本木や赤坂に夜遊びに出かけたり、様々な女性と付き合ったりと、「豪快」で「男らしい」イメージを振りまいていた。

清原選手に関しては、〈ワイ〉だけでなく、他の雑誌やスポーツ新聞では〈ワシ〉とした記事も多く見られた。〈ワイ〉〈ワシ〉はどちらも〈私〉が変化したものだが、清原選手が生まれ育った関西などで男性が使い、「男っぽさ」を強く感じさせる自称詞である。清原選手がどこまで本当に〈ワイ〉〈ワシ〉と言っていたかはよくわからない。TV番組などで自称詞が話題になり、〈ワイ〉や〈ワシ〉などは「言わない」と否定したこともあるという(*2)

しかし、記事の中には直接の発言の引用で〈ワシ〉と書いてあるものもあり、まったく使わなかったわけでもないようだ。プロ野球には昔から清原選手のような関西出身者が多く、野村克也さんや江夏豊さんなど、清原選手の前にも〈ワシ〉を使った人はしばしばいた。関西では今でも、少数ながら若い男性でも〈ワシ〉や〈ワイ〉を使う人はいる(*3)

清原選手の場合も実際に口にしたことはあるのだろうが、それがいかにもキャラクターにふさわしいと思われて、記事などで過剰に使われたのだろう。その結果、清原選手と言えば〈ワイ〉〈ワシ〉というイメージが定着してしまった。

(*2)舩川輝樹著『おうワイや! 清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.169
(*3)村中淑子「関西方言の自称詞・対称詞に関する覚え書き」(『現象と秩序』3 pp.69-80)では2015年7月に大阪・神戸の大学生を対象に行った調査の結果が掲載されているが、男子大学生15人のうち、2人がふだん友達と話す時に使う自称詞の一つとして〈ワシ〉を挙げており、ほかに〈ワイ〉〈ワテ〉も一人ずつが挙げている。

■野球選手は「僕」を使うようになった

しかし、引退から十数年を経た今、清原さんが〈ワイ〉〈ワシ〉で話すことはない。

新聞などに登場するときも、もっぱら〈僕〉である。覚せい剤で逮捕されるという挫折を味わったこともあるが、現役時代こわもてと言われた容貌もぐっと柔らかく、ソフトになった。その間に、野球界も大きく変わっている。

野球のダグアウトにて
写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IPGGutenbergUKLtd

今回のWBCではチームの中心となったダルビッシュ投手や大谷選手が若手に積極的に声をかけ、率先して和気あいあいとした雰囲気作りに努めた。それがチームの結束を強め、優勝という成果にもつながった。優勝後の記者会見で、ダルビッシュ投手は「(前回優勝した2009年)当時も素晴らしいチームでしたけど、今はフィールド外で笑顔があふれていますし、仲良く、チームとして一致団結している感じがしています」と振り返った(*4)

ダルビッシュ投手は大会中に公開された動画(*5)で、野球界で口にされがちな「最近の若い子は根性がない」といった言葉について、「僕らの世代では最低でもそれは止めなアカンと思ってる」と発言し、年功序列の伝統を乗り越える必要性を強調している。

また大谷選手は、7歳年下の宮城大弥投手に「タメ口でこい」と声をかけ、その後宮城投手が「おはよう、翔平」とあいさつをすると、「いいね!」と親指を立てて答えたという(*6)。かつての野球界では考えられないことだ。清原さんの自称詞の変化。それは清原さん個人を超えて、時代の変化を映し出しているのではないだろうか。

(*4)朝日新聞2023年3月23日付
(*5)Baseball Channel by高木豊 【衝撃】ダルビッシュのW BC出場の裏には“大谷翔平からのLINEが…”永久保存版「変化球論」(9分30秒)
(*6)サンケイスポーツ2023年3月23付

■厳格な雰囲気のある大相撲でも「僕」が増えている

野球に限らず、近年のスポーツ界では男性の自称詞として〈僕〉が一般化している。

2022年に中国・北京で開かれた冬季五輪でも、フィギュアスケートの羽生結弦、鍵山優馬、宇野昌磨の各選手や、スキージャンプ・ノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑選手、スノーボードの平野歩夢選手など、注目選手はこぞって〈僕〉を使っていた。巨漢たちが裸でぶつかり合い、かつては〈ワシ〉で話す人も多かった大相撲でも、最近は〈僕〉を使う力士が多くなっている。

共に大関を経験した御嶽海(みたけうみ)久司(ひさし)さん、正代(しょうだい)直也(なおや)さんなどが筆頭だ。御嶽海関は明るい笑顔がトレードマークだ。「近寄りがたい大関が本当は目標ですけど、僕の性格上、みんな話しかけてくれるので(*7)」。

フィリピン出身の母マルガリータさんは「玄関の掃除も、掃除機がけもしてくれる。宿題が終わると、『僕、何すればいい?』と必ず聞くんです」とすすんでお手伝いをした少年時代を振り返っている(*8)。正代関は十両昇進の記者会見で「できればみんなと当たり(対戦し)たくない」と発言、「ネガティブ力士」の異名をとった(*9)

他部屋との合同稽古で「僕はみんなとワイワイしたい」と話すなど(*10)、闘志を露わにしない柔和な雰囲気は、これまでの力士のイメージを打ち破っている。

相撲界ではかつては暴力的なしごきがはびこり、死者も出て問題化した。しかし、御嶽海さんや正代さんの存在は、そんな空気が今、大きく変わりつつあることを示しているようにも感じられる。〈僕〉という自称詞の柔らかい雰囲気が、その変化を演出している。

(*7)朝日新聞2022年1月27日付
(*8)『婦人公論』2018年9月11日号
(*9)東京新聞2020年10月1日付
(*10)スポーツ報知2020年10月16日付

■不良のイメージがあるEXILEは「俺」を使わない

黒っぽい衣装にサングラス、ひげ、スキンヘッド……。テレビで活躍するダンス&ボーカルグループEXILEのメンバーは、こわもての印象がある。

しかし、メンバーが口を開くと――「当時、僕、メイクとかしなくて坊主だったから(ATSUSHIさん)(*11)」「今の時代に何か少しでも僕たちの存在が、微力ながらでも何か力になれるような活動をしていきたい(AKIRAさん)(*12)」「僕が思うEXILEってやっぱりこう、こう言っちゃなんですけどちょっと不良というか(TAKAHIROさん)(*13)」。

EXILEのメンバーの使う自称詞は圧倒的に〈僕〉が多い。対談などでたまに〈俺(おれ)〉になることはあるものの、ルールがあるのかと思うほど〈僕〉で統一されている。また、デビュー曲「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭(かたち)〜」や「僕へ」など曲名や歌詞にも〈僕〉が多く使われており、一方〈俺〉を使った曲名や歌詞はないようだ。

EXILE、2020年1月の台湾公演にて
EXILE、2020年1月の台湾公演にて(写真=PlayIN/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

EXILEのような「こわもて」イメージの音楽グループはこれまでにもいくつかあった――宇崎竜童さん率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンド、矢沢永吉さんらのキャロル、横浜銀蝿など――が、メンバーは〈俺〉で話していた印象が強い。それを考えるとEXILEのメンバーの〈僕〉使いは意外な感じもする。そこにはEXILE創始者のHIROさんの考えがあるようだ。

(*11)【悪い顔選手権】激おこ⁈ATSUSHIがMATSUに物申す‼ 
(*12)EXILE加入時の貴重映像も満載!】EXILEAKIRAが語る、EXILE魂の原点(23分10秒)
(*13)【Bar ATSUSHI】EXILETAKAHIROご来店!前編(3分47秒)

■芸能界で身につけた「下から目線」

HIROさんにはこれまでに2冊の著書があるが、1冊目の『Bボーイサラリーマン』(*14)ではこわもてのイメージ通り、〈俺〉を使っている。ところが、二冊目の『ビビリ』(*15)では、一部を除いてすべて〈僕〉になっている。

友田健太郎『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)
友田健太郎『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)

〈俺〉を使うのは、妻である女優の上戸彩さんへの思いを「俺よりもものすごい経験をいっぱいしていて」(*16)と書く箇所など例外的だ。『ビビリ』でHIROさんは「人と接するときは、基本は下から目線がいい」(*17)と謙虚さの重要性を説いている。競争が熾烈(しれつ)な芸能界で身につけた知恵だろう。

HIROさんはそんな考えから〈俺〉よりも謙虚に聞こえる〈僕〉を使うようになり、またメンバーにも勧めているのかもしれない。メンバーの世代交代の影響もあり、最近のEXILEは外見のイメージも、以前よりもぐっとソフトになってきている。

(*14)幻冬舎、2005
(*15)幻冬舎、2014
(*16)同右p.287
(*17)同右p.213

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友田 健太郎(ともだ・けんたろう)
歴史研究者、日本語教師
1967年生まれ。放送大学修士(日本政治思想史)。1991年、東京大学法学部卒。新聞社勤務後、ニューヨーク州立大学バッファロー校にて経済学修士号を取得。著書に『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)、訳書にルーク・S・ロバーツ『泰平を演じる 徳川期日本の政治空間と「公然の秘密」』(岩波書店)がある。

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(歴史研究者、日本語教師 友田 健太郎)

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