NHK受信料は視聴1時間当たり2000年33.4円→2017年43.6円…独自推計でわかった3割超増の"物価の劣等生ぶり"
プレジデントオンライン / 2023年7月11日 11時15分
■1951年→2022年 値段は傘1本1.6倍だったが床屋は43倍
モノやサービスの値段については誰もが気になる関心事であり、物価が下がるデフレでは企業が困り、物価が上がるインフレでは消費者が困る。今回は、物価動向の際に参照されることが多い消費者物価指数ではなく、家計調査の単価の動きから代表的な品目を取り上げてモノやサービスの値段の動きの背景について探りを入れてみよう。
消費者物価指数は同じ品質のモノ・サービスの値段の推移をたどる点で厳密に物価の推移を追うことができる。他方、家計調査は、例えば時計の値段でもチープなデジタル製品が主流となりつつある時期か、アナログ製品や高級品志向が大勢の時期かによって単価の動きに違いが生じる。このため、厳密な価格推移を追うのには適していない半面、世相の推移をうかがい知ることができる点がメリットである。
最初に、モノの価格とサービスの価格が長期的に対照的な推移をたどっているという点について、傘と床屋の値段の推移を代表例に取り上げて示した(図表1参照)。
1本当たりの傘の値段は1951年905円、そして71年後の2022年に1447円と、その年月の経過のわりにあまり変わりがない(1.6倍)。1973年のオイルショックの頃のインフレの時期、バブルの頃の高級品志向が高まった時期に傘の値段も上昇したことがあるが、その後の値下がりで相殺されている。一般に貨幣価値はこの間大きく低下しているので、実質上は、傘の値段は大きく下がってきているのである。
一方、1回の床屋の値段は、1951年に62円だったのが2022年に2676円と43倍に値上がりしている。
1.6倍と43倍という差はひどく大きい。1951年段階では傘一本買うお金で14回床屋に行くことができた。ところが、2022年には立場が逆転。床屋1回の値段で傘が2本買えるのである。われわれは七十数年経つうちに全く異なった商品世界に生きることになったと言うことができる。実際、私が子どもの頃には、大人も子供もしょっちゅう床屋で時間を過ごしていた気がする。
こうしたモノの価格推移とサービスの価格推移の違いは、「労働生産性の上昇率格差」と「貿易を通じた国際流通への適性」の2つから説明できる。
労働生産性の上昇率格差とは、傘一本を製造する労働時間が大規模生産や機械生産によりどんどん少なくなったのに対して、床屋1回には必ず理髪師1人の小1時間を要するというという違いである。
貿易を通じた国際流通への適性とは、傘を作る労働者は人件費の低い国の労働者でもよいのに対して、理髪師は人件費の高い日本に住む労働者でなければならないという違いである。
傘で第2次産業を代表させ、床屋で第3次産業を代表させると、この2種類の事情が3次産業が2次産業に対して大きく成長するいわゆる「サービス経済化」の基本要因となっている。
なお、理髪料は1999年をピークに低下傾向にあった。競争激化、美容室との競争、価格破壊新サービスなどによるものと思われる。ただし、2019年を底にやや回復傾向が見られる。一方、傘も使い捨て商品化がやや見直され、2009年を底に最近やや上昇している。円安の進行や日傘需要の高まりによるのかもしれない。
■最近高騰しているが…卵は「物価の優等生」
次に、同じ食品でありながら対照的な価格推移をたどっている事例として、「うどん・そば」と「卵」の家計調査による単価推移を取り上げた(図表2参照)。
1973年のオイルショックより前の時期は、鶏卵1個当たり11~12円、Mサイズの重量は1個58~64gなので1個61gで換算すると100g当たり約20円の水準だった。
1973年と1980年の2回のオイルショック時の飼料価格の上昇で卵の値段も一時期は35円まで上がったが、その後、再度、値段が下がってしまった。昨年まで卵は100g当たり25~30円なので、オイルショック前とあまり変わっていなかった。
一方、生うどん・そばはオイルショックを境に、それまでの100g5円前後の水準から大きく価格を上昇させている。
こうした変化で、以前は卵のほうがうどん・そばよりずっと高かったのが、1987年に逆転し、それ以降、うどん・そばのほうが高価である状況が続いている。植物を加工しただけの炭水化物主体のうどん・そばより、植物を食べて育つ動物が産むタンパク質たっぷりの卵のほうが安いのもヘンな話なのだが、本当なのである。
さらに江戸時代や明治期との対比では以下のような経緯をたどっている。
「江戸時代はかけそばが二八の16文、玉子とじは天ぷらそばと同額の32文だった。月見そばは明治34(1901)年の『東京風俗志』中巻に初めて登場する。下谷池之端の蓮玉庵が明治43(1910)年に配ったチラシにはもり・かけ3銭、月見そば10銭とあり、月見にすると3倍以上の値段となっていた。その後、そば粉の値段は他の物価にスライドして正常に上昇したが、物価の優等生といわれている卵の値段は一貫して変わらず、今では月見そばはかけそばとほとんど変わらない値段になってしまった。」(森誠『なぜニワトリは毎日卵を産むのか 鳥と人間のうんちく文化学』こぶし書房、2015年、p.26~27)。
肉や卵1kg増やすのに必要な飼料の量を飼料要求率と呼ぶが、だいたいのところ、牛は10kg、豚は3kg、鶏(採卵鶏、ブロイラー)は2kg程度である。これに加えて、卵はブロイラーのように肉にしたらそれで終わりでなく、1年以上毎日1個ずつ生れるので、それだけ、飼料価格がそのまま製品価格に反映する。輸入する飼料価格の低価格化が反映しやすいことと飼養羽数の大規模化が卵の低価格安定をもたらしていたといえる。
まことに卵は物価の優等生と言われるゆえんである。
ところが、2023年に入って卵の値段は高騰を続けている。図表2には2023年の値として4月の家計調査結果を示したが、100g飼料価格が高くなっていることに加え、卵のほうは、円安にロシアのウクライナ侵攻が重なって輸入物価の小麦価格、さらに、鳥インフルエンザにより各地で鳥の殺処分が起きてしまったことが供給不足を招いたからである。100g当たり卵が45円、生うどん・そばが39円と両者ともに大きく上昇する中で再度逆転し、卵は過去最高となっている。
■NHK放送受信料は「物価の劣等生」
最後に、モノの価格と比べて、相対的に上昇する傾向にあるサービスの価格においても、品目によっては大きな差がある点を見てみよう(図表3参照)。
ここでは先に取り上げた理髪料とNHKの放送受信料の単価推移を比較した。
サービス価格は理髪料の場合は支出金額と回数が調べられているので1回当たりの単価推移が家計調査から得られるが、NHK放送受信料は月決め料金であることもあって家計の年間支出額しか調べられていない。
そこで、世帯員1人の年間視聴時間を平均世帯員数に掛け合わせて世帯の総視聴時間を算出し、年間支出額を除して視聴1時間当たりの単価を独自に推計した。世帯員1人の年間視聴時間の推計にはNHK全国個人視聴率調査(6月・11月実施)による週平均の1日当たり視聴時間を使用した。
理髪料は2000年の1回当たり3129円から2019年の2557円へと18.3%低下している一方で、NHK放送受信料は視聴1時間当たり2000年には33.4円だったのが2017年には43.6円と30.5%も上昇している。2割低下と3割上昇の差は大きい。
NHK放送受信料の世帯の年間支出額ほぼ1万4000円台で横ばいであるが、世帯員数も1人当たり視聴時間も減少傾向にあるため、こうした結果となるのである。まことに、NHK放送受信料は物価の劣等生と言わざるをえない。
理髪料はコロナが襲った2020年から上昇に転じ、一方NHK放送受信料の単価は2021~22年に逆に低下したため、両者の格差は縮まっている。
理髪料はコロナの影響で理髪サービスを受ける回数が減少し、恐らく理髪を安く済ませていた若い層での落ち込みが大きかったため単価はむしろ上昇したものと見られる。
最近のNHK放送受信料の単価は、2020年にはNHKの個人視聴率調査が行われなかったため2021~22年しか推計できないが、コロナによる外出抑制でテレビ視聴時間がやや長くなったため、単価そのものは低下したと見られる。
いずれにせよ、コロナの影響が収まれば、NHKの放送受信料の大幅引き下げがない限り、NHK放送受信料の物価の劣等生状態は続くと予想される。
NHK放送受信料については、少なくとも電気、ガス、水道の料金のように基本料金と従量制を組み合わせた価格体系に移行しないと視聴者の不満、イライラは解消されないと考えられる。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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