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韓国の小説は「問題意識が強すぎて苦手」…韓国で「日本の小説」が次々と爆発的ヒットになっているワケ

プレジデントオンライン / 2023年7月25日 10時15分

韓国最大の書店チェーン「教保文庫」の店頭で平積みにされた日本の翻訳小説。『すずめの戸締まり』『君の名は。』のほか、『さよならの向う側』(清水晴木)、『西由比ヶ浜駅の神様』(村瀬健)などが並ぶ - 筆者撮影

今、韓国で日本の書籍が売れている。大手書店チェーンの2023年上半期ベストセラー小説部門ではベスト30に日本の小説が8作品も入った。ジャーナリストの金敬哲さんは「社会の厳しさに疲れた韓国の若者たちは、社会問題への意識が高い自国の文芸よりも、癒やしを与えてくれる日本の小説を支持しているようだ」という――。

■小説版『すずめの戸締まり』が書店のベストセラーランキング2位

韓国では今、過去に例を見ないほど“日本ブーム”が巻き起こっている。さまざまなコンテンツが愛好されており、日本の書籍もそのひとつだ。

教保文庫の海外小説ベストセラー棚
教保文庫の海外小説ベストセラー棚。撮影時は2位に『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』(町田そのこ)がある(筆者撮影)

韓国最大の書店チェーン「教保(キョボ)文庫」が発表した2023年上半期ベストセラーランキング小説部門では、上位30作品のうち8作を日本の小説が占めた。ラインナップされたのは、2位『すずめの戸締まり』(新海誠)、5位『今夜、世界からこの恋が消えても』(一条岬)、7位『西由比ヶ浜駅の神様』(村瀬健)、12位『人間失格』(太宰治)、13位『今夜、世界からこの涙が消えても』(一条岬)、16位『すずめの戸締まり(ハードカバー版)』、22位『希望の糸』(東野圭吾)、24位『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』(町田そのこ)。

さらに海外小説部門では、この8作のほかに『死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく話。』(星火燎原)、『ノルウェイの森(ハードカバー版)』(村上春樹)、『君の名は。』(新海誠)、『容疑者Xの献身』(東野圭吾)、『ブラック・ショーマンと幻の女』(東野圭吾)の5作品が加わり、ベスト30のうち13作品を占めている。

■社会や政治への問題意識を叫ぶ韓国文学は忌避される

洋書の出版コーディネーターであるイ・ジュヨン氏は、韓国で日本の小説が愛されている理由について、次のように説明する。

『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』(町田そのこ)の特設コーナー
「永豊(ヨンプン)文庫」龍山駅店にて、『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』(町田そのこ)の特設コーナー(筆者撮影)

「韓国で最も大衆的な人気を得ている日本人作家を挙げると、村上春樹さんと東野圭吾さんがダントツですが、最近はほかにも若い日本人作家たちの『ヒーリング小説』と呼ばれるジャンルが人気を集めています。ファンタジーであれ、ロマンスであれ、ミステリーであれ、現代人が簡単に表に出せない寂しさをゆっくり癒やすような作品を指します。些細な日常が温かい目線で描かれていて、『疲れた自分を慰めてくれる』と若者を中心に評価されています。

いまの若者は、韓国の文学作品に目立つ、社会や政治に対する強い問題意識が苦手です。若者たちの間では“小確幸(ソファッケン)”という言葉が流行しています。そんな平凡な幸せを追求している20〜30代が日本の小説のファンになっています」

教保文庫関係者も「新型コロナウイルスのパンデミック以後、温かい空間を背景にそこに集まる人々の話を盛り込んだヒーリング小説が着実に人気を得ている」と分析。社会に疲れた韓国の読者は、本を通じて日常の慰めと安全を追求しようとする傾向にあるというわけだ。

■ヒットのきっかけはまったくの謎…『人間失格』が100刷を突破

こうした感覚を裏付けるヒットが、前述の教保文庫のベストセラーに含まれている。12位にランクインした『人間失格』だ。日本で1948年に発表された同作は、小説部門のみならずベストセラー総合ランキングでも48位に入った。

ミヌムサ版『人間失格』。店頭に厚く積まれている
ミヌムサ版『人間失格』。店頭に厚く積まれている(筆者撮影)

韓国の文学系出版社から出された世界文学全集に収録されている古典の中で、このランキングの50位以内に入った小説はミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』(42位)と太宰治の『人間失格』の2作品だけだ。

『人間失格』が韓国で正式に翻訳出版されたのは2004年の5月。それが2021年初頭から突然人気に火がつき、現在は計6社が韓国語版を出版している。太宰治の死後70年がたち、著作権保護を受けなくなったためだ。

最初に翻訳書を出版した出版社「ミヌムサ(MINUMSA)」によると、初版刊行から18年後の2022年5月に100刷を突破し、販売部数も30万部を超えたという。だが、突然売れだした背景に対しては「人間失格ミステリー」という言葉まで登場したほど謎であるという。

■競争社会で苦しむ若者が『人間失格』主人公に共感する

ミヌムサの関係者は次のように語ってくれた。

「古典が再び人気を集めるときは何かトリガーがあるはずだが、『人間失格』の場合はそのようなものがまったく見つからない。同名のドラマが2021年の秋に放送されたが、その前の5月ごろから本は売れ始めていたし、ドラマはあまり注目されなかったうえ、内容も小説と関連性がほとんどなく、その影響とは言い難い。

編集者たちと原因を分析したが明確な理由を探すのが難しかったため『ミステリー』と称するようになった。ただ、発表から70年がたった今も『人間失格』が読者から選ばれているのは、現実の壁の前で挫折する不安定な青年たちに特に深い共感を呼び起こしているためではないかと思われる」

心理カウンセラーのクァク・ソヒョン氏も「韓国の若者が『人間失格』主人公の大庭葉蔵に自分を投影していることが人気の理由ではないか」と分析する。

「社会の期待と基準に応えられないことに起因する大庭葉蔵の内面的な葛藤や苦痛は、今日の韓国の若者たちが直面している現実的困難や彼らが抱く感情と似ている。誠実に努力すれば社会に組み込まれて経済的にも安定していた親世代とは異なり、熾烈(しれつ)な競争社会を生きている20~30代は経済的にも心理的にも主流社会に入ることができない絶望を感じている。これは大庭葉蔵の内面的状況と非常に似ているといえるはずだ。

特に新型コロナ以後、一層増幅した就職不安や社会的疎外感、はみ出すことを恐れる感情が混じり合って、大庭葉蔵と自分を同一視しているのでは」

■旅行書や語学本でも日本関連がランクイン

韓国出版界における日本ブームは、旅行書と外国語学習書の分野でさらに目立つ。前出の教保文庫上半期ベストセラーランキング旅行部門では、ベスト10のうちなんと6点が日本のガイドブックだ。ちなみに1位と2位が大阪案内、4位と5位が東京、6位が福岡、7位が北海道だ。

外国語の学習書といえば韓国でも英語が売り上げの中心だが、今年上半期のランキングでは日本語学習書が30位内に7点も含まれている。一時人気を博した中国語が、1点もランキングに入らなかったのとは対照的だ。

■オンライン書店では『スラムダンク』が売れに売れている

オンライン書店最大手の「イエス24」上半期統計でも同じく、日本の書籍ブームが見てとれる。劇場版アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』の公開に助けられて、原作漫画の『スラムダンク』単行本が大きな人気を集めた。イエス24の今年上半期ベストセラー50位の中には新装再編版『スラムダンク』が計20点も含まれている。

ほかにも『今夜、世界からこの恋が消えても』は今年上半期の小説/詩/戯曲分野で5位を、『西由比ヶ浜駅の神様』は7位を記録した。海外旅行分野の図書全体販売量の中で日本旅行書の比重が約30%で1位を占め、旅行日本語および会話・日本語入門書販売も昨年上半期に比べて約70.9%も増加したという分析が出た。イエス24側は「今年上半期の書籍市場の主要イシューのひとつは、なんといってもJ-コンテンツの人気」と分析している。

■ノージャパン以前は出版市場の20%を日本の書籍が占めていた

もともと韓国の出版界では日本の書籍の需要が高く、2014年に韓国で発行された本は3冊のうち1冊が日本の書籍だったという統計も存在している。ところが、2019年からのノージャパン運動により変化を余儀なくされた。筆者の知人の出版関係者は次のように説明する。

「かつて韓国の出版市場では日本の書籍が占める比重が常に約20%を超えるほど絶対的だったが、ノージャパン運動により出版界でも細心の注意を払うようになったことで、2020〜2022年には比重が7〜8%まで下がった。ところがここにきて日本のアニメが人気を集め、同時にマンガや小説を中心に書籍も回復してきたというわけだ」

ノージャパン運動の暗黒期がようやく過ぎた今、日本の書籍の人気は当面続きそうだ。

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金 敬哲(きむ・きょんちょる)
フリージャーナリスト
韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て現職。著書に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)、『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)。

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(フリージャーナリスト 金 敬哲)

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