「私は売春に救われた」横浜の高級住宅街で育った31歳女性が歌舞伎町で立ちんぼを続けるワケ
プレジデントオンライン / 2023年7月27日 15時15分
■全裸にして殴る蹴るを繰り返した
舞台女優でもある琴音が街娼になったのは28歳、コロナ禍前の2019年夏である。
「親ガチャ(ネット俗語で、親を自分で選べないこと)」により、人生は大きく左右される。よく言われるように、何度か会ううちに少しずつ語られた路上に立つまでの道のりは、確かにそれを体現したかのようなものだった。
琴音は1992年、瀟洒な家々が並ぶ横浜市内の高級住宅街で生まれた。大手商社でサラリーマンをしていた父と、専業主婦の母。絵に描いたような準富裕層家庭のひとりっ子だったが、幼稚園に上がるころになると琴音は、母によるしつけという名の虐待で全身に痛ましいアザをつくるようになった。
学習塾、英会話スクール、ピアノ、バレエ、新体操――過保護で教育熱心だった母は、それらの成績がふるわないと、大切な一人娘を愛するばかりに琴音を全裸にして殴る蹴るを繰り返したのだった。
■セレブ幼稚園のママ友たちを見返したかった
虐待は決まって父のいない隙に行われた。だから父親は知らないし、また母が怖くて相談もできなかったという。ちなみにその虐待は、琴音が小学校の中学年になると止んだ。母が改心したわけではなく、琴音が成長して抵抗できるようになったからだった。
「母には自分をハブにしたママ友たちへのコンプレックスがあって、それが私に向けられていたと思うんですよ」
通っていたのはセレブ幼稚園で、保護者同士の見栄の張り合いが絶えなかった。
そんななか母は、寝坊をしがちで、登園時間に間に合わないことが頻発してママ友から仲間外れにされていた。
その結果、周囲が娘に小学校受験をさせることを知らされず、準備が遅れて自分の娘だけ公立小学校に進学させるはめになった。
きっとそれが悔しかったんだよね。だから私を立派に育ててママ友たちを見返したかったんだよね――琴音は母が虐待を繰り返した持論を当時の自分に問いかけるようにして語った。
■虐待は「母なりの愛情表現」
当時の琴音は「自分が悪い」と思い込んでいた。やりたい習い事はすべてやらせてくれたり、お弁当には琴音の好きな食べ物をいっぱい詰め込んでくれたりしたからなのか、虐待を母なりの愛情表現として受け止めていた。
虐待は止んだが、母なりの庇護意識からなのか、その後もママ友たちへの復讐心を元にした過剰なまでの教育は続いた。娘が立派に育っている。なら、もっとキツい指導を与えよう。おかげでリストカットしたり、不登校にもなったけど、そんなのよくあることだし、家庭教師をつけてテストだけ受ければ問題なし。私の教育方針は間違ってないはずだ。
事実、再び登校し始めた中学時代の琴音の成績は常にトップクラスで、高校では生徒会長にもなった。
■有名私立芸大に合格、舞台女優を目指す
琴音は琴音で悲しませまいとして必死に母の期待に応えたのである。結果として、琴音は晴れて、母も自分も望んだ有名私立芸大に合格する。
振り返れば、琴音がゆくゆくは舞台女優を目指すと決めたのは、中2の夏のことだ。演劇好きの母の誘いで帝国劇場でミュージカル鑑賞をしたことで、見事にハマったのである。
高校生になると、自ら行動を起こして小劇団で汗を流すようにもなった。
「憧れていた女優は?」と聞くと、母の毒親ぶりを語るときとは違い、「余貴美子。そんなに綺麗じゃないのに舞台や映画に引っ張りだこだったから、私にもできると思って」と、琴音は夢に向かって邁進していた当時の自分を重ねて、このときだけは声を弾ませた。
■「一緒に死んでくれないか」
母に劇的な変化が生じたのは、大学進学から2年、琴音20歳のときである。
「私が大学に受かるところまでがお母さんの絶頂期だった。高校では生徒会長で、有名芸大にも合格させた。お母さん偉いわ、みたいな。でも、私がダブったら、お母さん、突然頭がオカシクなっちゃって」
もう成人したとはいえ、過剰なまでに愛情を注いできた娘の挫折に、母の精神は壊れてしまったのだという。
「私に、毎日『一緒に死んでくれないか』ってガチなテンションで言ってくるようになったの。『恥ずかしいから』って。で、精神科に」
■「死のうと思ってODした」
――お母さんに精神疾患が見つかったってこと?
「そう、統合失調症。のちに私も統合失調症だと診断された。だから遺伝だと思う」
――琴音も統合失調症? 病院には行ったの?
「うん」
――なんで?
「死のうと思ってOD(オーバードーズ)した。家にあった風邪薬を飲みまくった。そしたら死にかけたの。そのとき医者から診断された」
――留年して、お母さんの病気がわかった直後のこと?
「わかんない。記憶が曖昧なんですよね、当時の私は沼で」
沼とは、「(底なし)沼」にたとえて、ゲームやアニメなどの作品にどっぷりハマってしまう様子と、的確な受け答えのできない人の2つの意味がある、ネットスラングである(さらに知的障害の意味でも使われる〈“池沼”という〉が、ここでは関係ないので割愛)。
琴音の場合は後者で、理性を失った母の心の奥底に否応なしに引きずり込まれてしまい、その間の記憶がすっぽり抜け落ちているということだ。
■ODで倒れている娘を放置した母
ただ、微かながらに覚えていることもある。
彼女がODで倒れているのを発見した母は、救急車を呼ぶと思いきや、サイレンの音でバレて周囲から奇異の目で見られることを嫌い、飲み込んだものを吐くように言うだけで、ひどい腹痛に襲われ意識が朦朧とする琴音をそのまま放置したという。
結局、病院には連れて行ったのだが、娘が生死の境を彷徨っていたとき、それでも母の頭に浮かんできたのは「世間体」だったことになる。
■「100のパワーで全力投球しちゃうから、疲れちゃう」
統合失調症は遺伝的な要素があるともいわれる精神疾患である。両親のどちらかが統合失調症の場合、子供が発症する確率が飛躍的に上がる一方で、後天的な要素も含まれるので一概には言えない。
琴音の場合、遺伝かどうかは定かではないが、のちに風俗嬢になる――そして街娼になる現実を説明するためには、琴音が患う精神疾患についても知ってもらった上で話を進めなければならない。
心や考えがまとまりづらくなってしまう病気、統合失調症。
健康なときにはなかった状態が表れる陽性症状(妄想、幻覚、思考障害)と、健康なときにあったものが失われる陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲の欠如、自閉、記憶力の低下、注意・集中力の低下、判断力の低下)があり、当事者の気分や行動、人間関係などに影響が出るらしく、琴音の場合、陽性症状のときは幻覚と妄想に襲われるという。
中程度の症状「2級」と診断されているという琴音は、いま服用している薬をテーブルの上に広げてみせてくれたことがあった。
飲んでいるのはエビリファイ(抗精神病薬)、ワイパックス(抗不安薬)、マイスリー(睡眠薬)、デエビゴ(睡眠薬)、リスパダール(抗精神病薬)と、それぞれの薬を指差しながら説明すると、「なんか、私はゼロか100かの性格で、仕事ってなると100のパワーで全力投球しちゃうから、疲れちゃう。だから一般職はもちろん、風俗も何か糧がないと続かないんですよね」と言った。そして続けた。
■「統合失調症だけじゃなくASDも混じってるんだと思います」
「だから統合失調症だけじゃなくASD(自閉症スペクトラム障害)も混じってるんだと思います。でも、他人に大きな迷惑はかけないくらいで、いわゆる軽度ってやつ。精神科の先生にも言われました。あなたはASDっぽいけど、これ以上処方したら薬漬けになるからやめましょう、って」
琴音の密着取材は、振り返れば苦難の連続だった。約束の時間に遅れる――「家から出られない」とすっぽかす――そして、「やっぱり書かないでほしい」と取材自体を反故にする。
おそらく何かの幻覚や妄想の影響で、前に進んではダメだと不安にかられたのだろう。それらの不可思議な行動は単なる怠慢ではなく、多分に統合失調症の陽性症状が影響していたとみるのが自然なのだ。
■思い込みが激しく、場の空気を読めない
ASDは生まれつきの脳機能の発達が関係する障害で、ADHD(注意欠陥・多動性障害)やLD(学習障害)とならび、主な発達障害のひとつだ。できることとできないことの能力に差が生じ、仕事や日常生活に苦しむ。
ASDは、知的な問題はないが、人間関係のコミュニケーションに問題が生じる障害だ。思い込みが激しかったり、場の空気を読めなかったり、こだわり行動(興味・関心が限定される、特定の行動を繰り返す)があるといった症状によって特徴づけられる。
ただし症状には軽度から重度までグラデーションがあり、軽度の場合はわかりづらいものらしい。ちなみにADHDは不注意が多く、加えて多動・衝動性が強い。LDは知的発達に遅れはないが読み書きや計算が困難、といった特性がそれぞれある。
■内向的で大人しいタイプと、外交的かつ攻撃的なタイプとに大別
さらにASDの気質を対人関係に焦点を当てれば、以下の4つのタイプになるようだ(以下、webサイト『みんなの障がい』より引用)。
・孤立型――周囲とコミュニケーションをとろうとせず、自分から孤立する
・受動型――集団の中で人と関わろうとするが、自分からは関わりにいかない。命令されやすく、流されやすく、自分の意見をもてない
・積極奇異型――人との交流に積極的で、人との距離感が誰にでも近すぎる。自分の話したいことをずっと話し続ける
・尊大型――自分の主張を一方的に押しつけて、まわりを圧倒しようとする。高圧的な態度でふるまう
つまり孤立型・受動型のように内向的で大人しいタイプと、積極奇異型・尊大型のように外交的かつ攻撃的なタイプとに大別される。
■「私は売春に救われた」
琴音に照らし合せれば、一旦は約束を好意的に了承する――のちに容赦なく反故にする――といった行動に表れているように、後者(外交的かつ攻撃的なタイプ)のように思われる。
琴音が語った「街娼になったきっかけ」はひとつの事象にすぎない。むしろASDの症状のひとつである「こだわり行動」が、多分に外交的で攻撃的な琴音と、セックスワークとを結びつけたのではと思えてくるのだ。
「でもさあ、その私がこうやって自立して、仕事のメインは売春だけど細々とでも舞台もやってるのって、すごいよね。うん、こんなにいい仕事ないと思う。学も教養もなく手っ取り早く稼げるし」
自分の天職を見つけた彼女はまばゆいばかりに輝いていた、というのは言い過ぎかもしれないが、いまを照らして「私は売春に救われた」と語る姿は、過去を話すときよりずいぶん希望に満ちていた。(後編に続く)
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ノンフィクションライター
1976年生まれ。月刊誌編集長、週刊誌記者などを経てフリーに。主に社会・風俗の犯罪事件を取材・執筆。著書に『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』『東日本大震災 東京電力「黒い賠償」の真実』『覚醒剤アンダーグラウンド「日本の覚醒剤流通の全てを知り尽くした男」』(彩図社)、『裏オプ JKビジネスを天国と呼ぶ“女子高生”12人の生告白』(大洋図書)、『日影のこえ』(共著、鉄人社)ほか。
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(ノンフィクションライター 高木 瑞穂)
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