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毎年数十人が「殺人スズメバチ」の犠牲に…「刺される人の共通点」と「刺されない絶対ルール」を教えます

プレジデントオンライン / 2023年7月27日 8時15分

毎年数十人がハチに刺され命を落としている。危険なハチから身を守るにはどうすればいいのか。玉川大学農学部の小野正人教授は「死亡事故のほとんどがスズメバチによって引き起こされている。『殺人スズメバチ』と呼ばれているが、ハチは人を刺したくて刺しているわけではない。最も重要なのは蜂の巣に近づかないことだ」という――。

■人を刺す「害虫・スズメバチ」の知られざる本性

夏になるとハチに刺される事故のニュースが恒例行事のように流れます。

厚生労働省の人口動態調査によれば、1984年の73人を筆頭に、毎年数十人の人命がハチに刺されたことが原因で失われているのです。この数は、クマ(ヒグマ、ツキノワグマ)や毒ヘビ(ハブ、マムシなど)の被害と比較にならないほど多く、社会問題化しています。

一口にハチと言ってもミツバチ、マルハナバチ、アシナガバチ、スズメバチに代表される家族で社会生活を営むグループや小さな寄生蜂のように単独生活するグループなど実に多様な種が知られています。

それらのハチの中で、人への刺害をもたらす衛生害虫として最も注目されているのが「スズメバチ」です(写真1)。

前述の死亡事故のほとんどが、スズメバチによって引き起こされているからです。日本には在来の同所性スズメバチ(Vespaという属に分類される大型種)が6種分布しています(写真2)。沖縄県にはもう一種ツマグロスズメバチ(写真3)が分布しています。

(写真2)日本産の同所性スズメバチ属6種。上段左からオオスズメバチ、コガタスズメバチ、ヒメスズメバチ、下段左からキイロスズメバチ、チャイロスズメバチ、モンスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。
(写真3)沖縄県に生息するツマグロスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。

■7月から「最も危険な4カ月」がはじまる

それらのスズメバチの中でも、住宅地で増殖しているキイロスズメバチ(写真4)とコガタスズメバチ(写真5)は「都市適応型スズメバチ」と呼ばれ、人との摩擦が生じやすい危険な種と言えます。

(写真4)キイロスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。
(写真5)コガタスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。

一方、里山など自然の残された環境にはオオスズメバチという世界最大のスズメバチ種が生活しており、ハイキングや郊外学習などの際に深刻な事故を引き起こす事例が後を絶ちません。

スズメバチによる刺傷事故の発生には大きな特徴があります。それは、1年の中でも事故が7~10月の4カ月間に集中していることです。

この理由にはスズメバチの生活史が大きく関係しています。

■スズメバチとのハチ合わせ――なぜ夏なのか?

例えばキイロスズメバチの生活は、4月の終わりごろ越冬(写真6)を終えて朽ち木や土中から出てきた女王蜂による造巣から始まります(写真7)。女王蜂は前年の秋にオスと交尾しており、腹部内の受精のうという小さな袋に精子を貯めており、それを使って受精卵を生み続けることができます。

(写真6)越冬中のキイロスズメバチの女王蜂。撮影=小野正人、無断転載禁止。
(写真7)営巣を開始したキイロスズメバチの女王蜂。撮影=小野正人、無断転載禁止。

女王蜂は、前年の晩秋にオスと交尾して腹部内にある受精のうという小さな袋に精子を貯蔵しています。たった1頭で巣造りを開始した女王蜂は、産卵の際にその精子を小出しにして使い受精卵を産むことができます。従って、産卵するたびにオスと交尾する必要がないのです。

こうして始まった初期巣の大きさはピンポン玉を一回り大きくした程度で手のひらにものる小ささです。最初の働き蜂が羽化するまでの1カ月もの間、産卵、育児、巣造り、外敵防御など全ての仕事を女王蜂1頭でこなさなければならない、いわゆるワンオペ状態で「女王」とは名ばかりです。

この時期に寒い日が続いたり、梅雨が長かったりすると十分な餌を集めることができずに、人知れず廃絶してしまう巣が多いと考えられます。この単独営巣期には巣に近づいても何も起きないので、危険が忍び寄っていることには全く気付くことができません。

■7月は働きバチが急増し、攻撃性がピークに達する

6月も中旬に入ると女王蜂にとって待望の小さな働き蜂が誕生します(写真8)。働き蜂の性別は全てメスでオスはいません。ハチの社会では、メスが受精卵から、オスは無精卵から発生するという原則があるのです。

(写真8)キイロスズメバチの女王蜂(右)と小さな働き蜂。撮影=小野正人、無断転載禁止。

ちなみに、刺針は産卵器官の一部が武器として変化したものなので、針で刺せるのはメスのみです。女王蜂にとって娘にあたる小さなメス働き蜂は、母親が担っていたリスクの高い仕事を分掌し、女王蜂は産卵に専念できるようになります。

このように女王蜂(生殖)と働き蜂(労働)の分業が成立すると巣は急速に成長します。7月には巣の大きさはソフトボールを一回り大きくしたサイズになり、成長の早い巣では小玉スイカ程度になっている場合もあります(写真9)。働き蜂の数も数十から百頭近くまで急増しており、知らないで巣に近づくと刺針による激しい防衛行動にさらされることになります。

(写真9)小玉スイカほどの大きさに成長したキイロスズメバチの巣。撮影=小野正人、無断転載禁止。

スズメバチの生活史は実は4月のゴールデンウィークの頃から始まっていたのですが、巣の成長に伴って、その攻撃性が大きく変わるという特徴があり、そのターニングポイントが働き蜂の数が急増する7月にあるのです。

■8月以降スズメバチの巣はどうなるのか

これから8月にかけて巣は日に日に大きくなっていきます。キイロスズメバチでは、女王蜂が4月に造った営巣場所が手狭になると家の軒下、ビルの窓枠、橋の下などに引っ越しをします。広い開放空間に造られる引っ越し巣は、瞬く間に一抱えもあるような巨大な巣へと発展していきます(写真10)。

(写真10)大きく成長したキイロスズメバチの巣。撮影=小野正人、無断転載禁止。

9月に至れば、働き蜂の数が1000頭を超えることもあります。そして、巣内では新女王蜂(来年女王蜂となる候補)と他の巣の新女王蜂と交尾するオスという生殖を役割とするハチの養育が開始されます。多産のキイロスズメバチでは、一つの巨大な巣から生産される新女王蜂とオスの数は、それぞれ数百頭に及ぶとされています。

これらの次世代を担う大切なハチが育てられる時期に、働き蜂の数が最大になり巣の守りも鉄壁になるようにプログラムされているかのようです。丁度、その時期が秋の行楽シーズンやフィールド・スポーツの盛んな時期にあたり、スズメバチの巣を刺激したことにより、一度に多数のスズメバチに刺されて命を落とす悲しい事故が続いてしまいます。

スズメバチによる刺傷リスクは、10月下旬に新女王蜂が離巣し交尾を終えて越冬に入るまで続くので油断は禁物です。一方、どんなに大きく成長した巣も、働き蜂は死に絶え巣としては解散するので、同じ巣が年を越えて活動継続されることはありません。

■スズメバチはやむを得ず人を刺している…巣に近づかないことが最善

刺す虫の代表格であるカやブユのメスは産卵するための栄養として血を吸う必要があるので、刺さないと子孫を残せません。それに対して、ハチは外敵から巣内で育つ幼虫や蛹(さなぎ)(写真11)を守るためにやむを得ず刺針による防衛を行うという大きな相違点があります。

(写真11)巣内で育つオオスズメバチの幼虫と蛹。撮影=小野正人、無断転載禁止。

カやブユは先方から吸血のために積極的に向かってきますが、スズメバチは巣に刺激を与えなければ刺しにくることはありません。巣に近づかないことが最も大切な点です。

しかし、巣があるのに気が付かないで近づいてしまう、あるは家や敷地内に巣を作られてしまうなどリスクと隣り合わせになることも間々あろうかと思います。そのような時の護身術を紹介しましょう。

まず、スズメバチの巣のある場所が分からないまま近づいてしまうと、巣から1、2頭の偵察蜂が身の周りをまとわりつくように飛び回ります。もし野外でこのような状況になったらスズメバチの縄張りにはいってしまった可能性が高いので、元来た道をゆっくり戻れば事なきをえます。

この時に、驚いて手で蜂を払いのけたり、そのまま前進してしまうと偵察蜂は、針先から毒液を噴射しその中に含まれている揮発性の警報フェロモンが発散、それに刺激されて多数の働き蜂のスクランブル発進と刺針行動の連鎖が起き、大事故につながってしまうので禁物です。

■色の濃い衣服、強い香りは避けたほうがいい

今の時期、生活圏内に巣を作られてしまった場合には、専門の知識と道具が不可欠です。それらを持たない方が駆除を行うのは大変危険です。自治体の担当窓口に相談するか専門の駆除業者に依頼して巣を撤去してもらうのが賢明です。

スズメバチは振動にもとても敏感に反応するので、駆除作業が終了するまでの間はドアの開け閉めや扉のスライドの際の微動などにも細心の注意を払う必要があります。

興奮したスズメバチは色の濃い部分を攻撃する習性があります。頭髪や目など人の弱点を狙ってくるので、これからの季節、スズメバチの巣のありそうな場所にでかける際には、色の淡い帽子や着衣を選択するのもお勧めです。

さらに、スズメバチは“揮発性の香り成分のブレンド”を餌場を知る手がかりにしたり、仲間との情報伝達に使うフェロモンとしていることが分かっています。

それらの香り成分のどの物質がどう組み合わさると、スズメバチにとってどのような意味となるのか不明な点が多いのですが、万が一にも警報フェロモンとして機能するブレンドになってしまうと、何もしていないのにいきなり多数の蜂に攻撃されてしまいます。

香りの強いものを付けてスズメバチの巣に近づかないようにするのが無難と言えます。

■刺された場所を口で吸ってはいけない

どんなに注意していても刺されてしまうことがあるかもしれません。そのような場合の初動対応としては、まず、刺された場所がスズメバチの巣の近くの場合、できるだけ早くその場から離れましょう。興奮した多数の働き蜂により次々に攻撃が重なるので危険だからです。

次に刺された患部を綺麗な冷水で洗い流し、できれば指で摘まむか市販のポイズンリムーバーなどを使って少しでも毒液を体外に出すのは有効です(写真12)。

(写真12)市販の毒を吸い出す器具の使用例。撮影=小野正人、無断転載禁止。

この時、絶対に口で吸ってはいけません。毒液が口腔内の傷から体内に入る可能性があります。刺された箇所が赤くあるいは紫色になっているのは、毒液中のタンパク質を破壊する酵素の作用の可能性がありますが、患部周辺だけが痛み腫れる状態(写真13)であれば、安静にしていれば良いのです。

(写真13)スズメバチの刺症例。撮影=小野正人、無断転載禁止。

しかし、身体全体に蕁麻疹がでたり、呼吸困難になる、血圧が低下して意識がもうろうとなるなどの全身症状が出た場合には、医師によるアナフィラキシーへの適切な治療が必須になるので、一刻も早く病院(アレルギー内科、皮膚科)で適切な治療を受ける必要があります。

アナフィラキシーショックは蜂毒に対しての急性アレルギー反応なので、過去に蜂に刺された経験のある方は、事前に病院などで抗体検査をしてもらい、場合によってはエピペンを処方してもらっておくと万が一の場合に有効かもしれません。

■「殺人スズメバチ」と呼ばれているけれど…

ここまで読み進めて下さった方は、スズメバチに対してとても悪い印象をもたれたのではないかと心配しています。

確かにテレビなどでスズメバチの枕詞のように使われるのは「殺人」、「最恐」と好まれざる生き物として扱われています。人を刺す「衛生害虫」、ミツバチを襲う「養蜂害虫」、果物を食害する「果樹害虫」と「害虫」扱いがほとんどです。

そもそも「害虫」か「益虫」かという言葉は、人の価値観に基づいた造語です。この地球上で時空間をともに生き、「地球共生系」の一員として生物多様性を形成する要素であるスズメバチをどちらかに仕分けるのは実はとても難しいと感じます。

スズメバチも俯瞰(ふかん)的な視座から、「益虫」としての機能をもっていることを忘れてはいけないと思います。

大きく成長したスズメバチの巣には多数の幼虫がいて、働き蜂は幼虫の餌として相当量の昆虫の肉を日々巣に搬入しています。自然界において捕食者として食物連鎖の上位に君臨するスズメバチは生態系のバランスを保持する上で重要な役割を演じているはずです。

スズメバチが餌として狩る昆虫類の中には多くの森林および農業害虫が含まれており、それらの大発生を制御する緑のパトロール隊としての一面ももっているのです(写真14)。

(写真14)植物を食害する昆虫を狩るキイロスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。

■彼らの習性を理解すれば共存ができるはずだ

その他にも、古くは貴重なタンパク質源としてスズメバチの幼虫や蛹が食用に供されたり(写真15)、最近では幼虫の分泌する唾液(写真16)に含まれる多様なアミノ酸混合液をヒントに「VAAM」として商品化されたのは記憶に新しいところです。

(写真15)オオスズメバチの蛹の素揚げ。撮影=小野正人、無断転載禁止。
(写真16)多様なアミノ酸を含む唾液を分泌する幼虫。撮影=小野正人、無断転載禁止。

紙の原料を木材パルプからというのも、蜂が木の皮を齧(かじ)ってそれを薄く伸ばして巣の材料にする様子からヒントを得たという逸話もあるようです(写真17)。

(写真17)ヒノキの樹皮を齧って巣の材料を集め(左)、集めた樹皮を薄くシート状に伸ばして巣を拡張するキイロスズメバチ。撮影=小野正人、無断転載禁止。

縁起物としてスズメバチの巣を大切にする家も多く、飲食店や旅館、選挙事務所、家庭の居間等に飾られる場合があります。私たちの先祖が「繁栄」、「強い団結」、「子宝の恵み」の願いを託すと同時に、彼らに抱いていた畏敬の念、延いては民族的・文化的な思想も感じ取れます(写真18)。

(写真18)キイロスズメバチの巣を大切にする里山の民家。撮影=小野正人、無断転載禁止。

彼らの習性を科学的に理解して、誤解に端を発する刺傷事故を回避し自然界における貢献を評価、共存の術を探ることができればと想うのは、私だけでしょうか。

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小野 正人(おの・まさと)
玉川大学教授
1988年3月玉川大学大学院農学研究科博士課程修了(農学博士)、同年4月玉川大学助手、以後講師、助教授を経て、2005年玉川大学教授。2013~2019年玉川大学農学部長/大学院農学研究科長/農産研究センター長、2019年より玉川大学学術研究所長、2023年より研究推進事業部長(兼)。日本昆虫学会副会長、日本応用動物昆虫学会会長(代表理事)などを歴任。現在、日本昆虫科学連合代表、ICE2024 Kyotoプレジデントなどを務める。1990年 井上研究奨励賞、1996年 環境賞 優良賞、2004年 日本応用動物昆虫学会 学会賞、2022年 日本昆虫学会 論文賞の受賞歴がある。

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(玉川大学教授 小野 正人)

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